二話◇薬草どろぼうウサギ
翌日、元気になったウサギを抱えて朝早く、若い神官は家を出る。村外れの一軒家、村の人には見つからない。
「ウサギは畑を荒らすから嫌われるんだ。お前、もう村に近づくなよ」
白いウサギに言い聞かせて、若い神官は繁みへとウサギをポイと投げる。ぞんざいな扱いに抗議するように、ウサギの赤い目が若い神官をジロリと見る。
「じゃあな、お前に光の神々のご加護があるように」
雑に聖印を指でチャッチャと切ると、若い神官は自宅に戻る。
村にたった一人の神官。村に住む人は、困ったことがあるとこの神官の家にやって来る。
「神官様、息子の足のケガが酷くて……」
「あー、こりゃキズからなんか入ったみたいですね」
「キズから、何が? 毒ですか? 病気ですか?」
「あー、はいはいお母さん落ち着いて。ケガをしたらキズ口は綺麗にしなきゃいけないんですよ」
「痛いよう、神官さまあ」
「ちょっとガマンしなさい。男の子だろ」
村人相手には良い神官さんとして、口調を整える若い神官。村の人には神官として、カッコをつけなきゃいけない。若い神官はまだまだ経験不足。だけど光の神々教会の評判を落とすような真似はできない。
治癒術の使える人は少ない。神官は本来の役目、光の神々の教えの伝導者としてよりは、ケガと病気を治せる薬師、治癒術師として村で重宝された。
もともと祈る暇があれば、剣を振るかクワを握れ、というたくましい人たちの多い辺境の土地柄。光の神々信仰は、この辺りではまだまだひろまってはいない。嫌われてはいないが熱心に信仰する人も少ない。
役に立つならなんでも受け入れるという、懐の広いところがこの辺境の地。
光の神々教会は治癒術と回復薬を売りにして、その教義を広めていたところ。といってもこの若い神官は、貧しい人からはツケにして、金を払うのはいつでもいい、なんていうお人好しだったので、商売には向いてない。
代わりに村の人は、作物や狩りの獲物を若い神官に持ってくるので、若い神官は食べ物に困ることは無かった。
「この村に聖堂を建てるための寄付金は、ぜんぜん貯まらないけどな」
本来ならば、教会にそれなりの寄付をしなければ手に入らない回復薬も、若い神官は自前で作っては村の人に使ったりしていた。教会の中で偉くなろう、なんて出世欲とか無かった。
「庭の薬草畑ができたから、上手く育てば材料を取りに行くことは無いか……、ん?」
若い神官が作ったばかりの庭の薬草畑。小さな芽が出てきたところ。
ふと見ると、その畑に白い毛玉がうずくまり、ショリショリと音がする。
「あ、ウサギ? 俺の畑で何を、ああ!?」
気づいてクルリとふりむいたウサギの口から、緑の若芽がチラリと見える。ウサギはショリショリと音を立てて、芽を出したばかりの薬草を、口でもしゃもしゃと。驚いて口を開いた若い神官と目を合わせたまま、小さなウサギはもしゃもしゃと口を動かす。
ショリショリ、もしゃもしゃ、ごっくん。
「おおおお前! 俺の薬草畑を!」
若い神官が思わず叫ぶと、ウサギは一目散に走り出す。頭に血が昇り追いかける若い神官。逃げる小さなウサギ、追いかける若い神官。突然始まる追いかけっこ。
「お前、助けてやった恩も忘れて! あ? あのときのウサギか? それとも違う奴か? 知るか! ウサギの見分けなんかつくか! 待てこの薬草どろぼう!」
怒る若い神官が走るより速く、ウサギはチョコマカと飛んで跳ねて逃げて、ヒョイと藪の中へと姿を消した。
捕まえられずに膝に手をつき、ぜぇぜぇと息を荒げる神官さん。
「く、のおお。つぶらな目でかわいい見た目でも、村の人が言うように害獣だったのか。くそお、俺の薬草畑……」
トボトボと我が家に帰り畑を見れば、芽が出たばかりの薬草は、半分くらい食べられていた。掘り返された跡にウサギの足跡がてんてんと。
「……あのちっこい身体で、大ぐらいめ。次にやってくれたら容赦しねえぞ」
若い神官は村の人に頼んで、薬草畑に獣避けの柵を作るのを、手伝ってもらうことにする。
村の人と一緒にトンテンカンテンと、獣避けの柵を作る。村の人が苦笑しながら神官さんに。
「神官さん、こいつはやられちまったね」
「目を離した隙に、この有り様ですよ」
「ウサギは見かけたらさっさと捕まえるのがいいんでさ。ウサギのシチューは病気に効くんで」
「病気に? そうなんですか?」
「グリーンラビットの骨を煎じて飲めば、風邪をひかないってもんですよ」
「グリーンラビットって、森の奥のでかくて狂暴なやつでしょう? 見たことありませんが」
「森の浅いとこにいる普通のウサギも、食えば元気になるってもんで」
ウサギの肉は精がついて元気になる。そんな話が信じられている小さな村。
畑の作物の魅力に惹かれて、村に来る獣がいる。ウサギにイノシシ、大ガラス。そんな獣をほっとくと、畑が荒らされて困ってしまう。
だから、ネズミ避けに猫を飼い、番犬として犬を飼うのもいる小さな村。獣対策はそれなりにしている。
なので、そこに小さなウサギがやってくることも珍しいのだが。