新しいお家
主人公の性別は設定していません。お好きな方でご想像ください。
小学生の頃
新しいお家に引っ越した
パパが買った新しいお家
出窓のある白い壁
青い屋根・赤い玄関の扉
お部屋の中はピカピカで
高い天井・大理石の床
初めてお家を見たとき
お城のようだと思った
天にも昇る心地
有頂天
夢のよう
それからは毎日が
嬉しくて楽しくて幸せで
パパもママも私も
いつも満面の笑顔だった
ニコニコニコ
ウキウキウキ
ルンルンルン
しばらくしてママが働き出した
パートタイマー
ローン返済の応援
「ただいま!」と帰っても
「おかえりなさい」の声は聞こえない
お家の鍵を一本もらった
お家に一人は
ちっとも寂しくはなかった
お城の中は夢でいっぱい
ある晩 ママの帰りが遅かった
会社の宴会があると朝言っていた
私は待てなくて寝てしまったけど
パパは起きていたと思う
翌朝
ママは泣いていた
パパは何も喋らないけれど
怒っているのがわかる
何が起こったのか教えてもらえなかった
ママは泣いてごめんなさいを言うばかり
ーー酔った勢いの火遊びの代償は
とても大きいことを知ったのはずっと後のこと
パパとママが喋らなくなって数日後
運送屋さんがママの荷物を運び出した
ママはお婆ちゃんの家に行くという
一緒に行こうって誘われた
頭の中でお婆ちゃんの家を思い描いた
畳と襖と障子がいっぱいの古いお家
「行かない」
私は直ぐに返事ができた
ママよりも新しいお家を選んだ
*********
中学生になってある日
「ただいま」と帰ると
「おかえりなさい」の声が聞こえた
パパが家政婦さんを雇った
ママよりずっと若くて料理も掃除も上手な人
ちょっと寂しそうな顔をする人
でもそれがパパは気に入ったのかな
気になって気に入った
何となく分かる気がした
新しいママができた
そう、あの家政婦さん
パパみたいなおじさんのどこがいいんだろ
多分きっと私と同じで
このお家が気に入ったんだ
このお家がなかったら
パパなんかと結婚しないよね
翌年に弟が生まれた
赤ちゃんは可愛くて
新しいママも優しかったけれど
何か違うんだ
遠いんだ
弟は同じ血が半分流れてるけれど
ずっとずっと遠く感じた
*********
高校で寮に入った
新しいママに勧められた学校は
ミッション系でお洒落で気に入った
物語の世界への扉が開いたような
特別な空間に特別な時間が流れた
いい体験 いい思い出
夏休みに家に帰ると
私の部屋には新しいママのママが住んでいた
新しいお家は
新しいママと弟と
新しいママのママと
そしてパパのお家になっていた
新しいお家には新しい人達がお似合いだね
昔のママは
風の便りで再婚したと聞いた
新しいパパと新しい赤ちゃん
新しい生活が始まっていた
*********
大学で上京する時
大事なものは全部持って出た
たぶん もう帰らない
そして本当に帰らなかった
*********
就職してからは
毎日が忙しかった
毎日毎日毎日毎日
仕事仕事仕事仕事
淡々と淡々と淡々と
仕事っていいな
お金もらえて忙しくしてくれて
余計なこと考える暇もない
時々昔のママからメールが来たけれど
読む気にはなれなかった
昔のママは もう遠くの昔話
昔々のお話になってしまった
そのうち音沙汰なくなって
ほっとした……
仕事があれば一人で生きていける
一人はいいな 気楽でいいな
どうしてママもパパも家族を増やすのかな
お部屋があって一人でいれば十分だよ
天国なのに
*********
沢山働いてお金が貯まったので
家を買うことにした
自分で買った家に一人で住めば
追い出されることもない
昔のママみたいに
一人で住むから小さなお家
私だけのお城
私はとても幸福だった
そんなある日
故郷の弁護士から手紙が来た
パパが死んで財産がもらえるという
え? 新しいママと兄弟は?
自分で稼いだし一人だし
パパの財産なんか当てにしてないよ
どうせ分けたら少しなんだし
何でも新しいママと兄弟は
とっくの昔に事故で亡くなって
パパは一人であの家で暮らしていたそうだ
生命保険や退職金
結構お金が残ってた
そしてあの家……
もうすっかり色あせて
年をとった「新しいお家」
さよなら
売ることにしたよ
ありがとう
お金は大切
*********
時々思う
生きてきて
一番嬉しかったことって何だった?
忘れられないのは
初めてあの家を見た時の驚きと喜び
あの時の胸の高鳴りは
あれが私の初恋だったのかもしれない
今までいくつか住まいを変えたけれど
いつも慎重に素敵と思える家を選んできたけれど
あれ以上の感動が湧いたことはない
あの時
ママよりお家を選んだ
あの選択を後悔していない
家が好き
家は大事
家は大切な私の居る場所
家は家族であり恋人であり親友であり私自身だ
家に抱かれて今日も眠ろう
いつか永遠の眠りにつくまで