出会うべき人
1.
放課後、誰も居なくなった教室って落ち着く。特にこんなに空が焼けてる夕暮れの時なんて胸がきゅうっと締め付けられるようだ。窓の外からは野球部とサッカー部の掛け声が聞こえてくる。私は肩から下げた黒いフェンダーのネックを持ち上げ、軽く弦を爪弾いた。ピィーンと音が鳴る。さっき調弦したから音は合ってる。
リノリウムの床に置いたアンプの電源を入れた。
「よし」
私は一番簡単と言われるコードを思いっきり鳴らした。
ジャーンという電子音が心地いい。
音が落ち着くのを待って、私はハアと溜息をついた。
「世界中の人みーんながCコードの弾き方知ってたらなあ、世界って平和じゃない?」
言葉が通じなくっても、争いがあっても、コードの弾き方で心が通じ合う。むふふ。我ながら名言。満更でもないけど、聞いてくれる人が居ないんだから意味がない。
「私もロックじゃないなあ」また独り言だ。
あー駄目駄目こんなんじゃ。
「いっかーん!」
頭をくしゃくしゃとかいたあと、
教室の後ろの黒板に向かって白いチョークを取る。
Cコードのコードを書き、皆覚えて!ちなみにベース弾けるようになった人は鞠まで、と一言添えた。
自己紹介が遅れた。私は安藤鞠、高校2年生。オアシスとビートルズを心から愛するギタリストだ。
パンパンと手を叩いて粉を払い、
「脈打つ生命弾こ」
気を取り直して一曲弾くことにした。
あんまり弾いたことはないから練習しなきゃ。
薄紅色のピックを持つ。
出だしからギターが吠える。
時代を貫いて響くもの
潜むインサイド
放つ一切
喉から絞り出すようにシャウトする。気持ちいい。
その時。
「鞠殿。やってるでござるな」
キュイーンと弦を鳴らして、私は演奏を止めた。
教室の扉を振り返ると、あっちゃんがひょっこり顔を覗かせていた。
「あっちゃん!補習終わったの?!」
「加法定理を頭に叩き込んだでござる」
「サインコサインってやつね」
彼はあっちゃん、こと三木篤。少し小太りだけど、女の子に嫌悪感を抱かせないのは、彼が清潔感に人一倍気をつけているから。朝のシャワーは欠かさないし、鼻毛が出てないかしょっ中チェックしている。
汗をかこうものなら、すぐにシートで拭く
もんだから、女の私よりいい匂いがする。
でも、もうちょっと痩せたら女の子にモテると思うんだけどな。癖のある話し方も、それごと愛してくれる女の子が現れるかも、なんて。
「アジカンはどうでござるか」
「最高。日本流のオルタナティブって感じ」
「拙者も裏打ちの練習をしないといけないでござる」
「でもあっちゃんならすぐ叩けるようになるよ」
そう、あっちゃんはドラマーなのだ。
私達はたった2人だけの軽音部。いや部活
として認定されるのは部員が5人以上かつ顧問の存在だから、正確に言えば軽音同好会。目下部員募集中である。
「帰ろっか」
「そうでござるな」
帰り支度を済ませ、教室を出て下駄箱に向かう。
夕日は地平線の彼方に沈みそうで、空は薄暗くなってきた。だいぶ蒸し暑くなってきた。下駄箱から靴を出し、私はそれに履きかえて、空を見上げる。
まだ出逢うべき人に出逢ってない。
そんな予感が胸をよぎる。
でもきっと出逢える。それが誰かは分からないけど…。
とりあえず、私は茜さす帰路照らされどを聴きながら帰ることにした。