泥雲雀の囀る春 1幕、芝居の夜
舞台 泥雲雀の囀る春(手紙の朗読を挟んだ芝居)
脚本 ジョン・サルベニーニ
配役
洗濯女 マーティ・キャロル
少年 ニコール・エレン
町長 ベン・ドレッド
娼婦 エマ・ウェリントン
神父 ジョージ・コックス
青年が母親に対する手紙の朗読から始まる。
照明が落とされ、緞帳が下ろされている、幕開け前に朗読。
『母さん、川の水が色を変えました。雲雀が恋の歌を囀ってます。あれから何年たったのでしょうか、あの場所には別の親子が見えます。子供は泥をすくい、金目の物を見つける泥雲雀、母親は洗濯女。かつての僕がそこにいます。
母さん 見ていてくれてますか。僕はすっかり大人になり、その街に帰ってきました』
開幕。
舞台上一部に、ねずみ色の布が幾枚か、広げられ川の流れを表現している。その色はねずみ色に、白、茶色、澄んだ清流の表現ではない、街に流れている川。その色。
対して何も置かれていない、岸辺を表現している場には、燃える物、燃えないもの、雑多なゴミが散らばるように配されている。
貧しい身なりの衣装の少年が、布の川で、ザルに泥をすくいその中を確認している演技。舞台上手から、大きな洗濯かごに衣類を詰め込んだ洗濯女が登場。
洗濯女 「雲雀が鳴いている、春が来たというのに、寒い空色だね、おまえ。さあ上がりな、わたしゃ今から仕事だかんね。さあさ、こうたい、交代」
少年 「あ!かあさん!ね!見てみて!銅貨があった!」
洗濯女 「運がいいねえ!神様に感謝しなくてわね。それで後で甘パンでも買うといいよ、おー、寒々、ほら鼻水が出てるじゃないか!早く上がりな、火を炊くからね、手伝って」
ハイと返事をし、駆け寄る少年。母親である洗濯女に言いつけられた事を手伝う。舞台、岸辺に分けられている場所をうろつき、燃えそうなものを拾い集める。
舞台上手から、派手な衣装の娼婦が、手に布を一抱えして現れる。洗濯女に声をかける。
娼婦 「ああ!いたいた!家に行ったら出たあとでさぁ、これも頼める?お礼は弾むから、だめかしら?」
ポケットから、銀貨を取り出すと、洗濯女にそれを見せる。
洗濯女 「おや、イボンヌ、いいよ。ちょうど今から仕事始めさ、風が冷たいねぇ、雲雀が鳴いたというのに、やだやだ、おお!寒々、ここは一口、ああ、代金は息子に渡しとくれ」
娼婦 「じゃ、銀貨一枚。いつもえらいねえ、かあさんのお手伝いしてんの」
ポケットの中から茶色の小瓶を取り出すと、一口飲む洗濯女。少年に近づき銀貨を手渡す娼婦。
洗濯女 「ほらお前も、冷え切ってるんだね、なんて顔色してるのさ、火にあたっておいで、ほら。ほんのひとなめ、飲んだらいけないよ!お酒だからね、そうそう、なめるだけにしておくんだよ、ほんの一口飲めば体も温まり、気持ちもシャン!とする、これは、貧乏人の為にあるんだねぇ」
町長 「子供に!何を!飲ませてるのかね!まったくろくでもない女だ!」
下手から、恰幅の良いシルクハットの紳士が、いけ高々に現れる。杖を振り上げ、洗濯女に突きつけると、咎めるように話す。杖の先に立ち、母親をかばう少年。
少年 「こ、こんにちわ町長様、(粗末な帽子を脱ぎ頭を下げる)ぼ、僕は飲んでいません。町長様、瓶を持っただけです。母さんをしらかないで下さい」
町長 「呑んだくれの母親をかばうとは、それに挨拶も出来る、そうでならなければいかん!お前の事はよく知っているよ。ろくでもない母親を助けていると、そして勉強熱心とも、神父様がそう話しておられた」
少年 「母さんは酔っ払いではありません。寒いときに一口だけです、体を温めるためです、酔っ払うためではありません」
娼婦 「そうですよ、町長さん、酔っ払ってちゃぁ、仕事に、なんないんじゃ無いですか?、洗って、絞って、干して、配達迄やんなきゃならないんだから」
町長 「ふ、ん!貧乏人の言い訳だ!いくらほんの一口でも、二口、その次となれば酔っ払うに決まっとる!まったく………ろくでもない女だ」(杖を再び突きつけ、言い捨てると上手に退場)
娼婦 「(姿が見えなくなるのを確認)ふん!何さ!昨夜は、あたいの上に乗ってたくせに……!(少年に気が付き慌てる)な!何さね!偉そうに!おまえのお母さんは、ろくでなしなんかじゃないよ!ほらほら。泣いちゃダメだろ」
母親の事をひどく言われ涙する、少年の肩に手を置く娼婦。肩を落としうつむく洗濯女、やがてのそのそと仕事を始めるる。そこに下手から神父登場。彼の姿を見て、目をひそめる娼婦。
娼婦 「やだ!じ、じゃぁ!頼んだよ、ほら飴玉でも買いな」
ポケットから銅貨を取り出すと、少年に握らせそそくさと上手へと退場。ありがとうね、と手を止め声をかける洗濯女。近づき立ち止まった神父に、丁寧に挨拶をする少年。
少年 「こんにちわ、神父様」
神父 「こんにちわ、今日は春だと言うのに、冷たい風が吹く、小鳥殺しが来るのやもしれない、神は時に無慈悲になられる」
クロスを切り、祈る神父。それに習い少年も頭を垂れ、母である洗濯女も、短な祈りの言葉をつぶやく。
神父 「神の思し召しがあらんことを………、そう、今日はあなたに、知らせを伝えに来たのですよ。町長さんの弟さんを………今でも忘れてはいないかね?」
…………、ふぁぁ、あくびを殺したエミールの声、隣に座るパトリシアは苦笑をしながら、舞台で進むやり取りに、心を研ぎ澄ませて観劇をしていた。
洗濯女 「ええ!ええ!あの方の事は一日たりとも、忘れちゃいませんよ!どうされたのですか?お許しが出て、帰って来られるのですか、いい知らせなのですか、神父様!」
神父 「…………、そうか、今も覚えていると(少年の顔をまじまじと見る)」
洗濯女 「(川から上がり少年に寄り添う)、私はいいのです、このままでも、でもあの方が外国で、不自由にお暮らしになられているのが、私はやりきれないのです、ここに戻り、身分に相応しいご結婚をして………、幸せになってもらいたいのですよ」
寄り添う親子に憐憫な視線を送る神父、そして重々しく口を開く。
神父 「…………残念だが………、お亡くなりになられた、葬儀を出すべく先程、町長さんが来られて、貴方達のことは………、私があの時祝福を与えたので、知らせに来たのです」
あら?恋愛なのかな?と好みの展開かしらと、エミールはもう一つ欠伸をしてから小声で、パトリシアに話しかけた。彼女の恋人は、真剣にメモを取りながら、舞台を観ているのとは対象的。
洗濯女 「な!お亡くなりになられた?うそ!嘘です。あんないいお方が、外国で独りでだなんて!嘘でしょう?神父様(詰め寄り、足元に崩れる)」
そんな彼女の肩に手を置き、首をふる神父。オロオロとした少年。
神父 「いいえ、本当の事なのです。神の元に召されたと、でも私達は喜ばないといけません、ようやくここに戻る事が出来たのですから、これも皆、神のお導きなのです」
神父の声に泣き崩れる洗濯女、嗚咽をしながら、ポケットから茶色の小瓶を取り出すと一口、含んで飲み込む。
神父 「やめなさい、酒は堕落への誘いです」
神父が洗濯女に近づき、手にした小瓶を取り上げると、栓をし、母親の側にいる少年に手渡す。
洗濯女 「ああ、神父様、神父さま、私は酔う為に飲んでません、神父さま、あのお方、あのお方がもういないなんて、なんて」
ね!パティ。と、再びエミール、
「町長の弟と、洗濯女って『できてた』って事よね。神父から祝福うけてるし、少年は二人の子供なのかな?そして神父って絶対に酒も女もやっていそうねぇ、外套も町長より良いもの着ちゃってさ、いや〜ねぇ、偉そうにしちゃって!」
「………しっ!静かにしなくちゃ。二人はそうなんじゃないの?」
「………、もう、退屈しちゃう、舞台になると、サルベニーニって、小難しい、そこのところから、始めてもらわないと………」
「フフフフ、そうなの?ちゃんと観て、聞いていたらわかるでしょう?」
エミールの隣で静かにして、と諌める声が上がる。それに対して首をすくめる彼女。親友の耳に赤い紅を引いた唇を寄せて、そっと何かをささやく。
進む舞台から目を離さずに、くすくすと笑うパトリシア。母親をかばう少年の台詞、気分が酷く悪くなったという洗濯女の台詞、家に帰るように諭す神父の台詞。
洗濯女 「ああ、どうしよう、お前、かあさんは酷く気分が悪くなったよ、でも、仕事はしないと……、こなさないと、食べていけない………、家賃も払わなきゃ………頑張らなきゃ………」
少年 「かあさん!かあさん、大丈夫?顔が真っ青だよ!ぼくがする!だからかあさん家に帰って、かあさん、かあさん」
その言葉に力なく首を振り、神父の制止を断り仕事を始める洗濯女、手伝う少年。神父は十字を切る。
神父 「ああ、我が主よ………この親子に、慈悲を与え給え………」
そう言葉を残し親子に憐れむような、慈悲に満ちた一瞥を向け、神父退場。
―――暗転
第一幕終了、物語は淡々と進む。
泥雲雀の囀る春は
アンデルセンのあの女はろくでなし
を引用し、脚色ております。