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ジョン・サルベニーニ氏と呼ばれる男。

 ジョン・サルベニーニ、最近、やんごとなきお方達は密かに、労働者の階級の間では、おおっぴらに流行っている小説家。ゴシップ紙に連載をしている新進気鋭の作家。小さな出版社に、週に一度決まった曜日、決まった時間に、丁重に書き上げた原稿を持って現れる。


 その姿は、非常に礼儀正しく、穏やかで温和な紳士の印象とされている、が彼がその名を、自ら名乗ったことが無いことには、誰も気がついていない。


 彼は、サルベニーニの原稿を持ってくる。ジョン・サルベニーニと呼ばれれば、返事をするが、自分からは名乗った事はない。


しかし呼ばれれば返事をするし、簡単な原稿の手直しならば、持ち帰らずその場で、手直しをする為、いつの間にか『ジョン・サルベニーニ』は彼だと、認識をされていた。それに対して、その男も否を唱えない。


落ち着いた色の上着、白のシャッ、首にはタイではなくネッカチーフをお洒落に仕込んでいる。帽子を目深に被り、手には持ち手に、獅子をあしらった杖をもっているサルベニーニ氏。背筋を伸ばし柔らかな笑顔を誰に対しても、絶やさない彼は、紳士と称されていた。



 エミール・ハルウェンは()を語る。


 彼女は出版社の受付嬢。近くのアパートに、両親と暮らしている。兄が一人いるが、結婚をし家からは離れている。彼女には将来を約束している恋人がいる。


「おはようございます。エミール」


 彼は分厚い封筒を大切そうに抱え持ち、姿を表した。いつもの様に優しい声音で、彼女に挨拶をした。小さく薄暗い玄関ロビー、白いタックの入ったブラウス、紺のロングタイトな流行りのスカート、茶色のローヒールの靴の彼女。


一人の若い編集者と、親しげに話していた。そこに姿を表した一人の紳士。カラン、ドアベルに気が付き、それと重なる声に応えるエミール。振り返り確認をすると、それを持ったままに、彼女の持ち場、一角に作られたカウンタースペースへと入る


じゃ、後でね、おはようございます。サルベニーニさん、と朗らかに挨拶を残して、彼はオフィスへと向った。カウンターを挟んで、二人になる男とエミール。



「おはようございます。ミスター・サルベニーニ、原稿ですね。お預かりいたします」


 広角を少し上げて笑顔を作った彼女。差し出された両手に、膨れた茶封筒を渡す。すっと視線を下ろす。カサカサと袋を開けると、中の原稿用紙の確認に入る。


「この前書いた………あの話はどうだったかね」


 カウンターに軽く体重をかけ、問いかけるジョン、それに対して義務的に応える彼女。


「面白くもなんとも、ありませんでしたわ………、落ちは無いようですから、編集長に渡します、中へどうぞ」


 壁に沿ったその場を出て、ホコリ舞うオフィスのドアを形式的に、軽くノックする彼女。返事を聞かずにガチャリとあける。少し遅れてジョンが続く。長方形の室内、壁には乱雑に詰め込まれている本棚がそびえ立ち、部屋の一角を、雑多なもので溢れている棚で仕切り、来客用の場を作っている。


 その室内に濃くこもるパイプ煙草の煙に、エミールは顔をしかめる。ベルがなる音。あちらこちらに積まれた書籍に、資料、数人の編集者、カメラマンと写真を見る者、カリカリと背を丸めて執筆している者、資料を探している先の彼。


 そして、薄汚れた白いカーテンを背に、大きな机で煙草を、楽しんでいる男の元へと彼女は、いつもの様に、ジョンの先に立ち、キビキビ歩いていく。ここで過ごす日々の内、エミールが感じる一番嫌いな時。



 ………イヤらしい、彼女はねっとりとはりつく視線を、背中に、そして腰元にぬるりと動くのを感じ、ジョンの前を歩くこの時、何時も不機嫌に眉間にシワが寄る。


「原稿です」


 机の上に再び茶封筒に入れたそれを置くと、エミールは軽く頭を下げる、そしてそそくさと逃げるように、その場を後にする。


資料をガサガサと漁っていた彼に、目配せするエミール、何か彼に用があるらしい。それに気づくと共に連立ちオフィスを出た若い二人。


 原稿を読んでる編集長の前で、平静を装ってはいるがその目は、どこか切ない色、若い二人を、いや、エミールを追いたいという、気持ちが表に出ている紳士、ジョン・サルベニーニ。




 ………「イヤだわ、やっぱり置かれているし………、前も少し遅れて入っ来たから、それに今日聞かれたのよ、作品どうだったかねって、まさか彼だとは、思わなかったわ」


 薄っぺらい茶封筒がカウンターに置かれている。汚らわしい物と言わんばかりの視線で、一瞥すると、彼女はそれを恋人に読むように言う。


「どれどれ、新進気鋭の『ジョン・サルベニーニ』氏のラブレターか、僕のエミールに何を書いてるのかな?」


 おどけた様に、その一枚の原稿用紙を取り出すと、恋人は初めの数行を読んだ後、一瞬険しい顔になる。そこに書かれていたのは、彼の恋人を、愛の名のもとに、文章で辱めを与えていた内容だったからだ。


 しかし読みすすめる内に、どこか面白がる様子で、それを読み込んで行く。そして最後まで読み終わると、顔を向け、飄々とした様子で、険しい顔の彼女に話す。


「………、へ、え………、あのじいさんって、結構お盛んなんだな、いやぁ、ある意味凄いぜ、ここまであけっぴろげに書けるのって………、これ、前のもあるよね、出してよ」


「まぁ!何?それって………、私の事を服を脱がして、抱きしめて、キスして、私の身体を彼が舐め回すのを、読んでも、どうもないの?人でなし!フン!知らない!」


「うお!前もそんなこと書いてあったのかよ!すげーじいさんだな、じゃ今回のは、君は読まない方がいいよ、うん、見たら壊れちゃう」


 ニコニコとしながら、そう言うと手にしたそれを、袋にしまい込む。そんな彼にエミールは、カウンターに作られている引き出しから、薄い封筒を取り出すと彼に手渡した。


「捨てなかったの?」


「だって、誰かわからなかったし、それにむやみに捨てて、ひろわれでもしたら嫌だもの。私の事をあから様に書いてあるから、わかっちゃう。後で焼こうと思ってたの、こんなの出ちゃったら、とんだあばずれだと、思われちゃうわ!」


「焼くって何。それって勿体なくないか?仮にも、『新進気鋭作家、ジョン・サルベニーニ』からのラブレターなのに、置いておけばそのうち高く売れるぜ」


「まあ!これのどこかラブレターなのよ!その目は節穴?仮にも社会の不正を正す、雑誌の記者でしょう?ゴシップ紙だけど!なのにそれをラブレターだなんて………、貴方の先も見えたわね、知らない!」


 新しいそれを読みながら応える恋人に、彼女はきつく言い返しそっぽを向く。ふくれっ面のエミールに、悪かったよ、うん、これは女性に対して侮辱だよね。と、男は読み終え、カサっと、それをしまい込む。



 ねぇ、ホントに『ジョン・サルベニーニ』なの?それを、書いたのは。と、エミールは恋人に問いかけた。



―――言葉使いや、単語の選び方は似ているけれど、上流階級の男と女の物語。色恋沙汰に、秘め事、策謀………下町のあれこれ、今一番注目されている作家。ここの金づるだけど………


 でも何か違うのよ。持ってくる原稿と違って、読んでいて気持ち悪いの。


 気持ち悪さしか出てこないわ、ジョン・サルベニーニ、新進気鋭の作家、善良たる人間の隠された一面を、取り巻く世界の陰を、鋭い視線で眺めて書く、スキャンダルな世界を、淡々と書く高潔な人物。と呼ばれているけど………、私は今はそうは思わない。


「彼は、ただのやりたいだけの、じいさんよ。書いてることも、ただの妄想なんじゃないかしら?失礼しちゃうわ、私の事を舐めるように見るばかりか、こんな事を書くなんて………。ジョン・サルベニーニは、エロいだけの爺よ、私は嫌いだわ」



 エミール・ハルウェンは辛辣に、そう彼のことをそう評した。























































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