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ジョン・サルベニーニは、明け前に書く

 ジョン・サルベニーニの覗き窓 原稿用紙の冒頭。タイトルを書く、さて、夫婦の話を進めようか。うまく書けるか、目を閉じて世界のカケラを拾う。


 それにしても今日は疲れた。少し飲みながらにしよう、週末ならあの子が、寄宿舎から戻って来ているから、食事以外では飲まない、でも今は一人なので遠慮はいらない。


 座っていた椅子から立ち上がり、台所へと向かうと、透き通ったグラスに、半分ほど注ぎ入れ運ぶ。瓶の持ち込みは、終わってからのお楽しみにとってある。


 座る前に立ちのままで一口、貰い物だけど、相手が良い家だけあり上等なそれは、芳醇な香りで、とろりと色濃く、そして甘い。


 さて、グラスを決めている場所に置く。再び椅子に座わる。広い机の上の原稿用紙に向き合う。ペン先にインク、一息つくと、ゆるりと世界が動き出す。手元のみ照らすランプの灯り。


 ここに帰ってきた時は、フランス窓からの月の光が白く、柔らかく差し込んでいたが、今はそれも無い。闇にとける部屋の角もぼんやりとではあるが、その輪郭を静かに現してきている。


 カリカリ、カリカリと音が紙を傷つけていく。インクの色が線の形に染み込む。組み合わされるそれ。曲線、点、横線、縦線………、文字が姿を表す。一つ二つとそれぞれが集まり、言語になる。


 インク壺にペン先をつける。先を読む。目を閉じ脳内に広がる世界を見る。断片的に出て来るものを、さらとかき集める。しばらく止まる。喉の乾きを感じる。


 グラスに手を伸ばす。甘いぶどう酒を一口含む。コロコロと中で転がし、鼻に抜ける香り、口に広がるそれを味わうと、コクンと飲み込む。コトリと、場に戻す。揺れる赤の色。


 その動きを目にする。揺らめくほや越しの灯りがグラスの中を、チロチロと動く。それを眺めていると、面白くない、そう思った。面白くない。面白くない、書いた本人がそう思う、数枚の原稿用紙を、グシャっと丸めて壊す。床に投げ捨てる。


 さて………、どうするか、肘を立て前髪をかき上げる。朝日が昇りきり、働く人達が持ち場につく、学ぶ者たちが席についている、その頃までには、決められた文字数を、仕上げなければならない。白に戻った世界、自分の中にある世界。それを形にしなくてはいけない。


 何時もなら、予め決められた文句の手紙を、書くようにたやすく進む。しかし今日は………のらない。まとまらない、バラバラになっていく『ジョン・サルベニーニ』、『カシワの旦那に拾われた作家の卵』


 自分が書くために作った人物。


 ケースから一本取り出すと、先を少しカットする。好みの細いリトルシガー。マッチを擦る、シュッ、ポゥ、と葉巻きに火が灯る。大きく吸い込む。ふ、ぅと、ゆるり、一息、吹くように吐き出す。煙の行方を目で追う。


 人差し指と中指で挟んだそれを、再び口に運ぶ。どう動く。白のマス目に聞く。見た、聞いた事を、感じた世界を、さてどう扱う?どう遊ぶ?と考える。


 灰皿にそれを押し付ける。アレコレを思い出している内に、何か可笑しくなって来たからだ。ニヤリと笑みが溢れて来る、イケナイと自分に言い聞かす。面白い小説を読む様に、顕にしたい世界が頭の中で進む。


 それを楽しんでいたら、書くときに退屈しきって、どうしようもなくなる。動く世界を止めて、ペンを取り、数行を文字にしていく。


 …………リチャード、ジェシーの事は真実かどうか、少し芝居をうってみようかな………


 ………私は友人の功績を、讃える物を書くように言われた。窮屈な、と思うが次は、二人の子供に絡んで書けば、美談になるかなと思い、出てきた物語を書き進める、ああ、なんとつまらない、ジョン・サルベニーニが私に囁いてくる………


 ダメだ。ジョンの視点から始まっても、もう一人から始まっても、面白くない。大きくそれらに『✕』を描くと、再び丸めて放り投げた。


 自分が読みたい物を書いている。決められた週刊誌の、そのスペース、編集長から与えられている場所を、埋めなければいけない。


 足らないと、二人が声を揃えて話しかけてくる。何がと、問いかけてみる、止まる世界。固まる時、グラスに手を伸ばし一口含む。


 どうかな………うっとおしいだけの、男の話に切り替えたら、ほらこの前、それに次の日のあの客。人とは面白いものだよね。ふわりと、次の世界の欠片が出てくる。ぶどう酒の赤を、ランプの前に置いてみる。光が色に混ざる。


 あの話を書け、酒もそう言っている。赤の色を飲む男の話を絡めろと。アレもそうだっただろうと、先ずはそこからと。


 クスリと笑った。それも、アリだなと、ここで方向変換をする。それまでの世界を止めて、新しい事を拾って行く。面白くなりそうだ。


 前の世界から離れる為に、これも何時もの場所に置いてある、薄っぺらい週刊誌を広げる。自分の与えられたスペースに目をやる。


 ジョン・サルベニーニの覗き窓

 作者、ジョン・サルベニーニ


 しがないゴシップ紙の連載。自分が生み出した物語の居場所の表札が、そこにある。それを眺め、ゆるりと思い出す。書けないときは最初に戻る。


『カシワの旦那に拾われた作家』が『ジョン・サルベニーニ』として書いている小説を、書いている。それは自分が実際に、現実で見聞きした世界を元にしているのは、当然。


 まどろっこしい事をせずに、社会の一面の話として、そのままに書いてもよかったが、敢えて別の世界を与えてみた。そうすれば、書かれている当人達も、何も気づかずに読むだろうから、その様子を見てみたい。


「どっちがまっとうなのやら?いや、どちらも同じか、人とはなんと面白い」


 ふと口に出た。おかしくなりクスクスと笑う。覗き見的な小説。主人公含め、登場人物は、身の回りに一人や二人きっといるかもしれない様に創り上げている。自分が現実に見ている、アレコレ、あちらこちらの、寄せ集めの世界。


 もしかしたら、このお話は本当なのか。有りそうで、無さそうなスキャンダル、嘘八百か、真実か、どちらかわからない。そんな話を書いている『ジョン・サルベニーニ』


 そしてその作品は、様々な人々に受け入れられていると、色々なとらえられ方をして、読まれていると、同じアパートに住む、親しい友人が教えてくれた。


 活字になり、時に挿絵を入れられ、印刷をされ、週に一度売られている、サルベニーニの作品。男と女、男と男、女と女、夫婦、恋人、親子の日常を垣間見た世界。それは破廉恥、醜悪、時には、清らなものもある。


 顔をしかめつつ読む者も、興味津々読む者もいるのだろう。ククク、ク………現実の存在、恵まれた立場のあの男も、しかめっ面で、だけど目をキラキラさせて、読んで目の前でこう話した。


「これは………成り上がりの低俗な輩の事を、茶化して書いているのだろう、全く、なんと破廉恥な、所詮、我々と住む世界が違う人種だ」


 その声が聴こえてきた。愉快になり書くスピードが上がる。カリカリと、刻みつけていく、どうやら間に合いそうだと思いながら、進めていく。





















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