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召使いのジェシー

 ココン、ノックの音がする。あの子が私を起こしに来た。控えめな子供。ジェシーのモデル。毎日顔を合わしているのにも関わらず、挨拶一つ声に出したことはない。年齢からみる、澄んだ声を聞いたことはない。


 はい。とくぐもった声を返す。昨夜は月の光に誘われ、カシワの旦那から頼まれていた短編を一本仕上げ、寝床に潜り込んだのは明けの時。片手の指を、一本二本と数える時しか寝ていない。


「ふぁ、あ………旅にでるか、それか隠れ家に籠ろうかなぁ、ここに居ると、寝る時間がほぼ無い………」


 もぞもぞと柔らかな寝具の中に潜り込んでいると、朝の身支度の用意を運んできた。黙ったままで、ベッドの側で立ち、じっと私が起きるのを待っている。布団越しでも感じる気配と視線に、たまらずに起きる。


 自分の事くらいは出来るのだが、与えられた仕事を懸命にこなす子供を、無視する事は出来ない。カールしている短な茶色の髪、同じ色の瞳、サクランボ色の唇。細い手足。お仕着せの服が、良く似合っている。


 タオルを水につけ、濡らしてから絞り手渡してくれる。薔薇の花弁が浮かんでいる為なのか、甘く、青い匂いがする。


 顔を拭く、少し強めにこすると、目が覚めていく。ふう、と息を吐く、ありがとうと、言葉を添えて返すと、コクンと頷く子供。


 耳は聞こえるし、言葉も分かっている、旦那や、奥方とは話しているのは、何回か目にしている。しかし私をはじめ、他の者とやり取りしているのは、一切見たことはない。何処か人を避ける素振りをみせる子供。


 用意された服に着換え、朝の身支度が終わる、食事をここに運ぶため、一旦下がった。少し時間があるな、一眠りしようか、ベッドにゴロリと横になる。


 わずかでも寝れるときに寝ておかないと………。昼からは、奥方のご友人が集まる午後のお茶会に、参加しなければならない、お茶会か、あの短編はそこでお披露目されるのだろうな。


 奥方も出すよう言われてたから………、お優しいお二人の慈善活動のお話。孤児院に赴き女の子に刺繍を教えるご婦人、男の子には紳士が読み書き計算を教える、まるっきり嘘八百だけどな。


 金だけは寄付をしているらしいが、その金の行方はどうなっているのかは、やたら身なりの良い、神父のみぞ知る世界。  


 旦那、奥方、ここで働く老若男女の皆の話。喋らない子供。そして最近気がついたあの事。


 ………く、ククク、目を細める。旦那の美談のアレコレを、本人が満足いくように、盛って書いたからか、こちらも進めろと、頭の中で声がする。


 リチャードか、屋敷で働く者は、皆紳士で、お優しい旦那様と奥様って話している。喋らない子供を引き取り、ここで面倒をみている、お優しいカシワの旦那こと、リチャード。


 そして彼の奥様、優しく、高貴で嫉妬などしない、良妻賢母と評判が高い女性、名前が欲しいな………、『アイリーン』それにしよう。


 来た………。ニヤリと笑いが浮かぶ。


 私は勢いよく起き上がると、ここでのお気に入りの一つ、どっしりとしたオークで作られている、執筆用の机に向かう、書くべき世界が降りてきたからだ。



『ジョン・サルベニーニの覗き窓 薔薇の花咲く屋敷』



 小さなジェシーの仕事は、僕につきまとう事。気が向けば、夜中だろうとほろほろと歩く僕なのだが、後ろには必ずジェシーがいる。


「子供なのだから、夜中は付き合わなくてもいい」


 出会ってしばらくは、幾度かそう言っていたのだが、首をふりついて歩くジェシー。おかげで屋敷に使えている大人達から、僕は酷い奴だと言われてた。確かにそうなのだけど、眠そうにフラフラしている姿を見れば、誰でもそう思うだろう。


 でも、リチャードがジェシーに対して、奥方のアイリーンに隠れてコソコソと、いや、知っているだろうな、そして館に仕える者達はおそらく、気が付かないふりをしているだけなのだろう。


 高貴な立場のご夫婦が、我が子と変わらぬ年の()にしている事に比べれば、僕の後を、始終ついて回る事位、大した事ではない。なので好きにさせている。全く………、この夫婦、何をして遊んでいるのやら。



「ジェシーは、男の子だよね、その格好は、リチャードの趣味なの?ジェシカじゃないんだ」 


 僕に仕え始めてしばらくした頃に、どうにも気になったので、ジェシーにそう聞いてみた。お仕着せのメイド服、白い襟の黒のワンピースに、フリルのエプロン姿。華奢な手足に、幸薄い風情の面立ち。


 最初は女の子だと思っていた。ジェシカの愛称で、ジェシーだと、が、下町で育った僕は何か違うものを、毎日()()に接する度に感じた。そう、華奢でも、少年のそれと、少女のそれとは全然違うから。


 柔らかさが無い。動き一つにしても、女の子とは違う、そう気がついた僕は、当然ながら疑問を即座に解決出来る、直接の行動に出る。


「ジェシー、は本名なの?ジェイクか、ジェームズかな?どうしてわかったってな顔だね、これでも、物書きをしているからね。仕草や、雰囲気でなんとなくわかるんだ」


 僕の答えに、うっすらと赤くなり、黙ったまま俯くジェシー、見れば、その目に涙迄浮かべている始末。即座にピン!ときた。おいおい、なんて面白………、いや、いけない事をしているのだ、我が友リチャード。


 破廉恥極まりない世界が脳裏に浮かぶ。まさかまさかの、側に置くか?リチャード、君は『別宅』も所有しているではないか。


 こことは違い、市街地で比較的金持ちが、住んでいる一角の瀟洒な館、色々と愉快な噂が聞こえている、館を持っているだろう、そこに置いておけば問題無いのでは?


 ジェイクだか、ジェームズだか、ジョージだか分からないが、ここで女装させられ、囲われるジェシーの身を少しは、考えてやればいいのに。いや?考えているからこその、ここか?


 アイリーンに、あれこれ詮索をされない為か、そう考えれば、彼のメイド服姿はアイリーンの仕業か?確か館のお仕着せは、アイリーンの好みと聞いている。


「ああ、悪かったね、ジェシー。大丈夫、誰にも言わないから」


 次々に聞きたかったが、目の前の少年の様子があまりにも哀れなので、取り敢えず性別の答えは得たから、先の詮索は止めるにとどめた。少し考えれば分かる事。


 そもそもリチャードとアイリーンは、家同士の結婚と聞いている。お互いの足らずを得るために。リチャードは、地位を、アイリーンは、家が借金でもあったのだろうな。身分は低いが内情が豊かな、彼に肩代わりしてもらったのだろう、よくある話だ。


 そこで気になる事が一つ出てくる。


 リチャードは、『バイ』なのか、どうかという問題だ。ジェシーの様子を見れば、リチャードの『愛人』なのは間違い無いだろう、本人は嫌がっているみたいだが………なので出来る限り僕について回ってるのだろう。


 そして、高貴な生まれ育ちにありがちな、体裁を重んじるアイリーンは、夫のそれ自体は良いが、性別が引っかかるのだろう、なので姿を誤魔化し、自分の監視下に置いているのか。


 これは何とも、気になる事案だな。リチャードは、英雄色を好む、との通り両方イケる口なのか、はたまた違うのか………。違うとしたら、愉快な話になるのだが。


 何故なら、二人の間には、愛らしいエリザベスと、将来が約束されている、利発なフィリップ、二人の子供に恵まれているからだ。どちらも、リチャードと同じ色の瞳と髪の色をしているが。


 これは………、少しお二人をしっかり『観察』を、しなくてはいけない。何か面白い展開になりそうな、そんな予感が僕を取り巻いていた。



続く













































































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