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キンメッキ   作者: 木岡(もくおか)
5/16

黒色3

「もう大丈夫だよ。私だってあんなの見慣れてるから……」


 気づけば、ルリにあの惨状を長く見せまいという思い一心で、ルリの手を引いて河川敷の坂を上りきっていた。


「そうだよね……でも久しぶりだ……」


 黒色が見えない場所から橋の下をただじっと見下ろすことしかできなくて、続けて言う言葉も見つからなかった。ルリは片手で本を強く抱えてうつむいている。


「なんというか……心配ないよ。何も見なかったことにしよう」


 なんだってあんなものに遭遇しないといけないんだ。エイタも鳥肌がすぐには収まらず動揺していた。


 死の病が体中を犯せば、最後には血だけが残る……真っ黒な血、それだけが。もう何度も見てきたものだが、何度見ても吐き気がする。なぜ死の病にかかったものが全員死んでしまったと思われる今頃になって、生々しく麗しい黒い血が橋の下の壁から地面にかけて付着していたのか分からないが迷惑なものだ。


「戻ろうか……」


 そう言って歩いてきた道の方角へ手を引こうとすると繋いでいた手が離れた。


「ううん。公園まで行こ。私は大丈夫だよ」


「本当に?無理しないで」


 ルリは無言で背中を見せて、さっきよりも歩幅を狭めてゆっくりと歩き出した。うつむいたままの後ろ姿はとても大丈夫そうには見えない。ルリの少し後ろを歩きながら何かに助けを求めて右に左に首を振っても何もなくて、空を見上げた。


「しかしまあいい天気だなあ!陽の光が当たると山もビルもこんなに綺麗に見えるんだなあ。あ!あの雲ドーナツの形だ」


「……どれ?」


「うそだよ。今日は雲なんて1つもないぞ、ばっかだなあ。アハハハハハ……あ……」


 顔を上げてこちらを見たルリが目を細めて下唇を持ち上げたのだから作り笑いが途切れてしまった。


「あれ?あそこにヘリコプターが!珍しいなあ」


 突然珍しいものを見つけたと目を大きくして後方の空を指差したが、分かりやすすぎる。


「嘘でしょ。音も聞こえないし」


「え!こんなところにクマが!」


「あるわけないじゃんそんなこと」


 言葉で制することをあきらめたルリが持っていた本を頭の上に振り上げて立ち向かってきた。振り下ろされた本を右に一歩移動してひらりとかわす。


「もう、バカにしないで!」


 振り下ろした本をそのまま今度は横に振って攻撃しようとしているが、痛くなさそうなので当たることにした。しかし……攻撃は一発で終わることがなくそのまま何発も打ち込まれたのだった……。


「待て待て。叩きすぎだろ」


「アハハ。だって止めないんだもん。私本当に大丈夫だよ」


「そうみたいだね」


 また笑顔になってくれて良かった。さっき見たことは自分でも言った通り忘れよう。住居や病院に行けばあんなものいくらでもあるんだ、今さら怖がる必要はない、そう自分に言い聞かせた。


「ヨーロッパって感じだね」


「前からこの公園素敵だなって思ってたんだ」


 若い黄緑色の芝が敷かれた公園のベンチに2人で腰掛けた。


「前っていうのは世界がこうなるより前?」


「そうだな。もっと先に行くとサッカーのグラウンドがこの河川敷にあって、そこでよく試合してたんだけど、来るたびにこのやたら高い電灯を珍しいと思ってさ」


「たしかに面白い形だね」


 公園の中央にでかでかと立つ電灯は明らかに不必要なほど高く、先が輪っかになっていてその中央に3つ明かりが灯るようになっている。


「なあ、下の名前ルリだよね?ルリって呼んでもいいか?」


「いいよ」


「俺のことはエイタって呼んでいいから」


「うん、そうする」


「ルリはさ……今のこの世界をどう思う?」


「うーん……難しい質問だね……」


 いきなり踏み込みすぎだろうか、でも聞いてみたかったことだ。期せずして見た黒色が作った雰囲気が背中を押して言葉が出た。ルリは公民館で見かけた時よくしている斜め下に目線を向けた切ない表情になって口を開く。


「正直に言うと世界がこうなってしまったことはそんなに悲しくない。親が死んだことも、兄妹が死んだことも辛くないの……こんなこと言ったら私のこと嫌いになっちゃうかな」


「そんなことないよ。俺もたぶん切り替えは早いほうだから……さっきあの黒色を見た時はちょっと思い出しちゃったけど、普段親のことを思い出して悲しくなることはないかな。だからむしろまだ悲しんでなくて良かったよ。俺と一緒だ」


「でもね今の、あの公民館の生活は嫌いだな。なんだか窮屈で退屈」


「そうだよな!俺もそうなんだ、今の生活には耐えられない」


 聞きたかった言葉がルリの口から聞けて思わず声が大きくなってしまった。


「生きている感じがしないんだ。毎日ダラダラしているだけ。班に分かれて役割をこなすのも学校みたいで嫌だ」


「分かる!食べる時間を決められてるのが一番いや。私は好きな時間に食べたいものだけ食べたいのに」


 ルリも声が大きくなった。


「でもナナミちゃんがね、みんなと一緒に食べなさいってうるさくって」


「ナナミさんのこと嫌いなの?」


「別に嫌いじゃないけどおせっかいというか……」


「ハハハハ。なんだか似てるな。俺も今いつも一緒にいる先輩のおせっかいが嫌で嫌でしょうがないや」 


 自分を見ているようでおかしくなった。自分の中でショウゴのおせっかいは深刻な悩みだが、他の人が同じようなことで悩んでいるのは子供っぽくて面白い。


「分かってると思うけど、私の髪がこんな色になっちゃったから誰も近寄ってこなくなった中で優しくしてくれるから感謝してるんだけどすごく子ども扱いなんだ」


「そういえば何で金髪になったの?」


「それはえっと…………秘密……というか……分からないんだ」


 秘密?原因は分かっているが何か言いたいことがあるんだろうか。でも言いたくないことを無理やり聞こうと思わないし、まだ聞ける仲じゃない。とにかく――


「俺はその髪好きだな。綺麗だ。君の髪色を怖がっている奴もいるけど何でそんなに怖がるのか分からねえよ」


「……ありがと。今日も誘ってくれてありがとね。私、久しぶりに楽しい……またエイタは私を笑顔にしてくれた」


「そ、そんな……俺が一緒にいたいから誘ったんだよ……」


 2人して互いの目が見れず、電灯のほうを見る形になってしまった。風に揺れる葉っぱの音だけが鮮明に聞こえる。


「明日も良かったらまたどっか行こうよ」


「うん。行きたい」


「明日は街のほうへ行こうか。大きな本屋もあるし、俺は映画館に行きたいな。映画の流し方調べて知ってるんだ。ルリはどこか行きたいところある?」


「私は服見たいな」


 服か……女の子はやっぱり長い時間服を見て歩くのが好きなのだろうか。エイタはファッションというものには興味がなかった。


「とりあえず目的地はショッピングモールだな。じゃあ、とりあえず今日はもう帰ろうか。そろそろ帰らないと、俺公民館で寝てることになってんだ」


「そうだね。私もまたどこ行ってたのって言われちゃう」


 ベンチから立ち上がり歩き出す。さっきよりも2人の距離が近くなっている気がする。明日、もう一歩距離が縮まれば――2人で公民館を去ってどこかへ行こうという前から考えていた希望を伝えよう。


 公民館に入るときにうっかりショウゴとタイシに遭遇しないか不安だったが問題なかった。ルリもナナミに見られるとめんどくさいことになるので1階のロビーでルリと手を振って別れて先に上に行ってもらい、少し待ってからエイタも階段を上がる。


「エイちゃん!」


 後ろから聞こえたタイシの声にビックリして少しピクっと肩が上がってしまった。振り返るとショウゴも一緒にいた。いつから後ろにいた?まさかルリと一緒にいるところを見られたんだろうか。


「おい!とりあえず上がるぞ」


 そう言ってショウゴに胸倉を掴むように服を引っ張られた。状況から察するに間違いなく2人でいるところを見られている。かなり強い力で服が掴まれているのが引っ張られる感触で分かる。歩きづらくてつまづきそうだ。さてどうしたものか――。


 遊び部屋に入ると、ショウゴの手を引きはがそうと手で払いながら体に力を入れる。ショウゴもこれ以上掴んでいるつもりはないようですぐに離した。


「おい、どういうことだよ」


「ショウゴ君には関係ないだろ。あの子と2人でちょっと出かけてた。ただそれだけだよ」


「ふざけんなよ。俺があいつのこと嫌いなのお前も知ってるだろ。他の女子なら話は別だがあいつと仲良くするのは許せねえ」


 ショウゴはルリのことが嫌いだった。その嫌い具合は他の人よりも強く感じられる。いったいどういう考えでルリのことを毛嫌いしてるのか知らないが、度々嫌悪感を示しているのが隣で生活していて分かっていた。前に直接、なぜナナミが優しくするのか分からないという言葉とともに嫌いだと伝えられたこともある。


「だから関係ないって。俺は別に嫌いじゃないから……ほっといてくれよ」


 どの道、遅かれ早かれショウゴと戦わなくてはならないと思っていたので引くつもりはない。


「嫌いとかじゃないだろ!あいつはなあ――」


「まあまあ落ち着いて話そうよショウゴ君」


 殴りかかりそうなショウゴをタイシが間に入ってなだめる。


「タイシ!お前はどう思うんだよ?」


「僕はなんというか……その……」


「いや、別にお前がエイタのこの行動をどう思っててもいい。俺が気に食わないんだ」


 そう言ってショウゴがタイシを乱暴に払いのける。なんなんだこの男は。エイタもだんだん頭に血が上ってきた。どうしたって一緒にいるところを見ただけでこんなに怒っている。


「俺はなあ、お前の為に言うんだぞ。あいつだけはやめとけ。じゃないとお前も死んじまうぞ」


「あいつの髪が金色だから死の病が感染するなんて本気で思ってるんすか?そんなことあるわけないでしょう。ナナミさんだってずっと一緒にいるのに何も変わってない」


「いーや噂されていることは本当だ。俺は実際に見たことがある。サトミが死んだのはあいつのせいだ」


「サトミさんはどこかで首を吊って自殺したんでしょ?俺はショウゴ君からそう聞きましたよ」


「違うサトミは……」


 ショウゴは2か月とちょっと前までこの公民館で一緒に暮らしていたサトミの名前を出すと言葉に詰まり、目の周りにほのかに赤色を浮かべて顔をゆがめた。


「くそっ」


 次の瞬間、ショウゴはそう言って勢いよく部屋から出ていった。


 熱くなっているときには気がつかなかったがタイシと2人きりになった部屋にはいろいろなものが増えていた。テレビが追加で1台に、山盛りのお菓子の袋、あとあれは絵を描くときに使う紙を立てておくやつだ、その下に絵の具と筆。そして机の上には自分の為にとってきたであろう熱冷まシートと栄養ドリンク……。


「なあ、タイちゃんは実際のところどう思う?俺が悪いと思うか?」


「俺は……エイちゃんがしたいことを止めるつもりはないよ。でもまあ俺にも何も言わずに隠れてやってたのはちょっと残念かな……。エイちゃんがいなかったからここまで色々運んでくるの大変だったんだよ。そのあといないからその辺を探しに走ったし」


「それはごめん……。俺もタイちゃんは話せば分かってくれると思ってたから、近いうちにちゃんと話そうとは考えてたんだけど……。ずっと一緒にいるから分かるだろうけど今日が初めてだぜ嘘ついて抜け出したのなんて」


 立ったまま重苦しい空気の中で会話した。


「そうだ。俺今日から絵を描こうと思うんだ。退屈な日々になにか生きる意味が欲しくてさ。ショウゴくんはとりあえずテレビ2つで1対1の勝負をエイちゃんとやるって楽しみにしてたよ……。だから……そう、あとで落ち着いて話し合えば仲直りできるよ」


「仲直りなんてしなくていいよ」


 座イスに座り、机の上に片肘をついて顎を乗せる。机の上の自分の為にと2人がとってきたであろうものとタイシの言葉で心が揺らぐ。2人とは別れてルリと一緒にここを抜け出すのが自分にとっての理想で、気持ちは固まっていたはずだが優しさを感じてしまって胸が締め付けられた――。


「そろそろ下に降りないといけないね」


 時計を見ると夕食の時間の3分前になっていた。今から降りればちょうど夕食の始まりの時間になりナナミが話し始めるだろう。タイシと会話もせず、ずっと揺らいだ心をどうにかする方法を考えていたが、まだ答えはでない。


 そのままタイシとも不仲になりそうな雰囲気のまま階段を下りてカフェスペースに入った。もうナナミが前に立っていたので急いで席に座る。ショウゴはむっとした険しい顔でいつもの席に腕を組んで座っていた。


「はーい。これで全員揃ったかな。今日はみんなお疲れ様。おかげ様でうまいこと作業が進みました。それで今日できなかった分の種まきを明日暇な人は手伝ってほしい。手伝ってくれた子は私が全力で褒めてあげます。以上。じゃあいただきます」


 夕食が始まったが、ショウゴが何か言ってくる様子はない。班の者が見ているここではことを起こさないつもりだろう。エイタにとってもそっちのほうがありがたい。ただ、食事が全然おいしく感じない。周りに座る班の者もこの微妙な空気を感じ取ってくれているだろうか。下手な言動はよしてくれよ。


 やはり、食事のあとゆっくり話し合うしかないだろう。ただこっちが折れて謝るのは納得できないし、ルリをあきらめるなんてことは絶対に無理だ。どうにかショウゴに分かってもらう道を模索するするつもりだが頑固なショウゴのことだ、そんなものはおそらくない。ゴールのない思考を走らせたまま時間が過ぎ、ご飯が減っていく。


 班の者もショウゴにすら話しかけないまま、いつも通りショウゴのほうがエイタより早く食べ終えて、今日はおかわりせずに食器を片付けカフェスペースから出て言った。


「ねえ、ショウゴ君と何かあったの?」


「ちょっとな」


 食べる途中に班の女子に尋ねられたが、話すつもりはない空気を作った。


 食事が終わるのが怖くて、ご飯が少なくなってきてからさらに速度を落として食べる。カフェスペースからは、どんどん人が減っていき、追い詰められている気分だ。


 ダメだ。何を弱気になっている、さっさと食って勝負してやろうじゃねえか。そう意を決して茶碗を持ち上げて口にかっこみ、お盆を持ち上げ立ち上がって早足で食器を片付ける。


 カフェスペースを出る時に同じく食事を終えたルリが前方に見えた。そう伝えるわけではないが決戦前の元気の補給の為に、覚悟を決めていたエイタは迷わず追いつこうと走り出した。周りに人がいるが、どうでもいい。俺はルリのことが好きなんだ、何が悪い。


「ルリ……」


 そう言ってルリの肩に手を置いたときに、前からショウゴが現れてしまった――。ショウゴがこちらを見て歯を食いしばり、今まで見たことがない目の色になってこちらに迫ってくる――。刹那に戦慄が体中を突き抜けたがルリを背にして戦う構えを取った。


「エイタお前ふざけんじゃねえぞ!!お前はまたそいつに!!」


 想像通りの言葉が公民館のロビーに雷のように大きな音で響き渡り、辺りが静まり返る。


「おい!後ろのお前!エイタに近づくんじゃねえ気味が悪い髪しやがって、エイタまで俺の前からいなくなったら俺はお前を許さねえぞ!!」


 ルリを指差し怒声を放つショウゴ。自分に怒鳴るのは我慢できたがルリに怒鳴ったのを見て感情が爆発した。ショウゴに向かって殴りかかることを決めたその時。ショウゴが――悲鳴をあげた――。


「うわああああああああああああああああああ俺の手がああああああああああああああああ」


 ショウゴが自分の手を見て呆然としている。何だ?――何が起こった?


 ショウゴの手を見ると、手の一部が金色になっていた。あの金色は……まちがいない……死の病の初期症状だ。死の病にかかったものは体の一部がちょうど金髪に近い白っぽい黄色になる。その金色は徐々に体中に侵食していき体から色を奪い、死ぬ直前になると皮膚は真っ白になる。そして最後は体の色を奪ってまっ黒になった血が体中からあふれ出してすべてを飲み込み黒色だけが残る。


 死の病にショウゴがかかった……。このタイミングで急に。それを理解したのも束の間、なんとショウゴの手に現れた金色はありえないスピードで全身にめぐり、あっという間にショウゴの体は真っ白になった。


「なンだヨコれ……」


 あたりに黒色が飛び散り、公民館のロビーは騒然となった。女の甲高い叫び声に、一斉に逃げ出す無数の足音――。


 エイタはルリの手を引いて公民館の出口に向かった。

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