最高司令長官
異世界へと進行し半月、数多くの問題が発生しており、
その中でも磁気嵐*1が直接的な最大の問題だった。
定期的に発生する磁気嵐、それは通信に影響を与えていた。
宇宙歴20年、3月2日、異世界
一人の男が録画された映像を眺めていた。
???:(素晴らしい。
これの利権を手に入れさえすれば、数百年に渡り
我が一族の繁栄は確約されたようなものだ。)
モリー博士は兵士達に向けて演説をしていた。
モリー:「諸君、既にこの世界の大自然を目にしたことだろう。
我々が欲してやまないものが目の前にあるのだ。
しかし焦ってはいけない。
この世界にも知的生命体が存在するやも知れない。
我々は侵略者ではない。
知的生命体と協議、合意の元に移住を行う必要がある。
よって火器の使用は指示があるまで禁止とする。
:
:
」
モリーは演説を終え、自室へと戻った。
部屋に入ると1人の男が拍手と共にモリーを迎えた。
その顔には見覚えがあった。
ルードフ司令長官。
連合宇宙軍の最高司令長官であり、
世界を統べる者達の一人でもあった。
モリーが指揮権を得る事に最後まで反対した人物でもある。
彼がここに来る計画は無かったはずであった。
ルードフ:「素晴らしい演説でした。」
モリーは少し嫌そうな態度で言った。
モリー:「司令長官、一体どのような御用でしょうか?」
ルードフ:「そう邪険にする必要もなかろう。
私の軍を提供しているのだよ。」
モリー:(私の軍?)
ルードフ:「当初の計画通り進んでいる事に
お礼申し上げる。
さて、連合国の合意を得られたので、
本日は辞令を持ってきた。」
モリー:「辞令!?」
ルードフ:「そうです。
この時点をもってモリー博士の指揮権*2を
剥奪する。」
モリーは顔色を変えずに言った。
モリー:「それで私をどうするつもりなのかな?」
ルードフ:「ほう。
予想通りというわけですか。」
モリー:(予想通り?
笑わせてくれる。)
ルードフ:「博士は人類の救世主です。
もちろん手荒な真似はしませんよ。
安全な場所で生涯を閉じていただければ結構です。
もちろんですが護衛付きですよ。」
モリー:(護衛?
監視の間違えだろ。)
ルードフ:「環境も食事も最高級の物*3を提供します。
よろしいですかな?」
モリー:「拒否権はないのだろ?」
ルードフ:「よくご存じで。
入れ。」
それを合図に数人の武装した兵士が部屋に入ってきた。
モリー:「武装兵か。」
ルードフ:「護衛兵ですよ。
ご安心を。」
モリー:「最後に1つ教えてほしい。」
ルードフ:「なんでしょうか?」
モリー:「知的生命体が居た場合、どうするつもりですかな?」
ルードフ:「もちろん話し合いを行いますよ。」
モリー:「交渉が決裂した場合は?」
ルードフ:「そうですね。
多少は譲歩しますが、受け入れられなかった場合、
武力で制圧するしかないでしょうね。」
モリー:「それが連合の最終決定だというのか?」
ルードフ:「そうですね。
まあ、各国首脳は既に私の手の内だと
言っておきましょう。」
モリー:「なるほど、仕方あるまい。」
ルードフ:「よし、連れて行け。」
モリーは振り向くとルードフに言った。
モリー:「最後に頼みがある。」
ルードフ:「なんでしょうか?」
モリー:「安全な場所とやらで、こちらの映像を見れるように
してもらえないだろうか?」
ルードフは少し考えると答えた。
ルードフ:「そうですね。
最後まで見たいという気持ちも分かります。
護衛もついていることですし、
許可しましょう。」
モリー:「それは、ありがたい。
影ながら御武運を祈りますよ。」
兵士達はモリー博士を連行した。
モリー:(チェックメイト*4だな。)
宇宙歴20年、3月3日、安全な場所
モリー博士は安全な場所に軟禁されていた。
目隠しをされた上での移動であったため、現在位置を
知るすべはなかった。
唯一の救いは、約束が守られたことだ。
それは異世界の映像を見る事が出来た事だった。
反故にすることも可能だったが、ルードフはそれを守った。
しかし映像を見る事ができたとしても、この状態では如何なる
抵抗も不可能であることは子供でもわかることであった。
モリー:(さて、これからどうするかだ?
(声)まあ、焦る事はないんじゃない?
曲がりくねってはいるけど確実に進んでる。
もう後戻りはできないんだ。
確かにそうだ、気になるのはバトラーだけだ。
奴には感情はない。
最善の策を導くだけだ。
(声)知っているかい?
バトラーは最善の策を選択する。
それは人間に都合の良い案を導きだしているに
しか他ならない。
そう自己益の為だけなんだ。
そこに他の生物は関係ないんだ。
人はそのようにバトラーを作ったんだ。
人はバトラーの選択を信じ切っている。
そこに間違いは無いと思っているんだ。
そう、人が奴の言葉をどう受け取るかだ。
バトラーに質問さえしなければ問題はない。
最悪の場合にも手段はある。
(声)細工は流々仕上げを御覧じろとというところだね。
そうあってほしいものだ。)
宇宙歴20年、3月3日、異世界
昇降機の設置も終わり、装甲車両は草原に整列していた。
ルードフ:「素晴らしい。」
ルードフは洞窟の出口に設置された監視所からそれを見ていた。
ルードフ:(想像以上だ。
まさかこれほどの世界だとは、、、。
これを手中に収めれば、、、。
慎重に進めなければならんな。)
ルードフ:「ゆっくりと前進だ。」
ルードフ:(知的生命体は存在するのだろうか?
この環境であるならば、まず存在するだろう。
あとは、友好的か好戦的かで別れる。
友好的であるならば、こちらが有利になるように
進めればよい。
好戦的であるならば、ただ武力にまかせて制圧すれば
良いのだ。
簡単なことだ。
どう転んでも最終的には、この世界は私の物だ*5。)
ルードフの指示で車両は崖を背にして扇状に前進を始めた。
この時兵士達の間で違和感を感じる者が存在していたことを
ルードフは知る由も無かった。
マイクもその中の一人であった。
しかし、誰もその違和感を口にすることは無かった。
この楽園(?)を否定することが憚られたのだ。
マイク達の乗る車両はゆっくりと前進を続けていた。
ブラッド:「聞きたい事ってなんですか?」
マイク:「この世界の事だが、何か違和感を感じないか?」
ブラッド:「特に感じていませんが。」
マイク:「ジョセフはどうだ?」
ジョセフ:「いや、とくには。」
マイク:「そうか、取り越し苦労かもしれないな。」
ブラッド:「違和感というのはどんなことなんですか?」
マイク:「そう、現在もそうだが、昆虫を見ないんだ。
草木の多い場所なのに虫がいない。
どうもしっくりとこない。」
ジョセフ:「そういう違和感ですか。
そう言うのなら私もありますよ。」
マイク:「それは?」
ジョセフ:「草木が揺れていますよね。
普通なら風が吹いていると考えるんですが、
データ上では無風なんですよ。」
マイク:「どういうことだ?」
音声:「現在、車両外は無風です。
映像の解析に失敗しているため、予測不能です。」
マイク:「うーん。
まったく分からん。」
音声:「前方およそ5kmに生体反応を感知しました。」
全員:「!!」
音声:「このままの速度で前進した場合、
接触までおよそ80分。」
マイク:「一旦停止だ。
ターゲットロックオン*6。
情報解析実行。
指示を仰ぐ。」
音声:「車両を停止します。
対象にターゲットロックします。
情報解析を実行します。
:
:
解析が完了しました。
対象は二足歩行で、その出で立ちから、
知的生命体であると判断されます。」
マイク、ブラッド、ジョセフ:「!!!」
音声:「同種の生命体は3体確認されました。」
マイクは首からぶら下げたペンダントの石を握りしめた。
ペンダントには小さな石が付けられており、その石には
魔法陣が描かれていた。
宇宙歴20年、3月3日、安全な場所
モリー:(ついに見つけたか。
さてルードフよ、どう動く?)
*1:磁気嵐
地磁気が通常の状態から変化し、乱れが生じること。
磁気嵐が発生すると人工衛星の電子精密機器の故障、
無線通信の障害などの悪影響が出る場合がある。
*2:指揮権
割り当てられた使命の達成のために資源を効果的に利用し、
軍事力の行使を企画・組織・調整・統制する事を
指導・命令する権限。
指揮統制権とも呼ばれることもある。
*3:最高級の物
一般民は改良ユーグレナから生成されているが、
極一部の者達はそれほど広くない安全な土地で栽培を
行っており、収穫物を高額で販売し生計を立てている。
種等も高額で取引されており、一般民には手が出ないのが
現状である。
*4:チェックメイト
チャトランガ系統のボードゲームの用語の一つで、
先手・後手どちらかの玉将が、完全に捕獲された
状態を指す。
*5:この世界は私の物だ
悪役の使う典型的な言葉で、最終目標は世界を手に入れる事。
そのあとどうするかは語られることは無いが、
話の流れから理想郷だったりすることは想像できない。
*6:ターゲットロックオン
対象の詳細情報を収集するために目標を固定し自動捕捉する。
戦闘時などは、ターゲットロックオンすることによって、
精密射撃、自動追尾等を実現できる。




