未知の世界
第十移民船団は、1回目のスイングバイを終了し、
居住区の人工重力生成を完了していた。
宇宙歴20年、2月15日、第10番艦、多目的ホール
6人は、多目的ホールでの遅い昼食をとり、食後のお茶を
飲んでいた。
エリー:「こうやって食事をしていると、
改めて重力のありがたみを感じるわ。」
アナキン:「そうですね。
人工重力が生成されるまでは宇宙食*1ですからね。」
エリー:「あれは味はともかく見た目で美味しく感じないわ。」
アナキン:「見た目も重要ってことですね。」
エリー:「えぇ。」
エリス:「やっぱり、ハンバーグは美味しいね。」
アディス:「そうだな。
次の食事はハンバーグにするかな。」
エリー:「ハンバーグなんかより、
私の食べた、牛フィレ肉のロッシーニ風*2に
しなさいよ。」
アディス:「んー、名前が覚えられないよ*3。」
エリー:「美味しい物、食べたいなら少しは努力しなさい。」
アディス:「そう言われてもな。
あれ?
マルス、どうした?」
ヴィヴィアンとアナキンが直ぐに駆け寄る。
音声:「マルスの心拍数、体温の異常上昇を確認。
医療カプセル*4を出動します。」
マルスは医療カプセルと共に、個室へと搬送され、
5人は、マルスの個室へと向かった。
アディス:「マルスの様態は?」
音声:「現在、昏睡状態にあります。
バイタルデータに異常は見られません。」
アディス:「診断結果は?」
音声:「詳細検診で肉体的な病巣はみられません。
精神的な問題であると考えられます。」
エリー:「精神的?」
アディス:「一体何が?」
宇宙歴20年、2月16日、MSRGD実験場
マイク、ジョセフ、ブラッドの3人は真っ黒い球体に向けて
移動する映像を車内で見ていた。
突然、映像が消え、続けて目の前が真っ暗になるのを感じた。
しばらく後に明かりを感じるた。
車両のシステムがダウンしたようで、
自動復帰処理が実行されていた。
音声:「システムが自動復帰しました。
全機能オールグリーン。
車外照明を点灯します。」
映像が復帰すると、そこは見た事もない場所だった。
洞窟の中であり、前方に無人偵察車両があった。
マイク:「無線通信テスト開始。」
音声:「無線通信テスト開始します。
無線中継基地と接続しました。」
マイク:「モリー博士とのコンタクト開始。」
音声:「コンタクト完了しました。」
マイク:「モリー博士。
音声は届いていますか?」
モリー:「うむ、良好だ。」
同時に歓声が聞こえた。
モリー:「体調に異常とかはないか?」
マイク:「特に異常はありません。」
モリー:「よし。
これからの任務だが、これから投入する車両の
補給基地が必要となる。
そこで、地形調査を実施し、補給基地の建設可能場所を
見つける事が最優先となる。
発見次第、後続部隊を派遣する。
慎重に行動するように。」
マイク:「了解しました。」
補給基地建設地は直ぐに発見できた。
ものの数百メートル先に大きな空洞があり、
その先に洞窟の出口と思われる明かりが見えた。
モリーは洞窟外の調査を禁止した。
そして補給基地の建設が急ピッチで進められた。
宇宙歴20年、3月1日、異世界
補給基地の完成もあとわずかとなり、モリー博士を含めた
多くの職員、兵士が異世界へと来ていた。
この15日間、生物と思われるものの発見は無かった。
職員達の間では様々な意見が飛び交った。
生物が存在できない世界ではないかと。
しかし、大気成分は生命が存在可能な範囲である。
地質についても生物に有害な成分は含まれていない。
これは職員達を大きく悩ませた。
モリー:「補給基地の完成も本日中に終るだろう。
これより明かりの見える、あの先の調査を行う。
生物はいまだ未発見であるが、不測の事態も
考えられる。
十分に注意して行動してほしい。
以上。」
1時間後、マイク、ジョセフ、ブラッドの三人が乗り込む
偵察車両は、光溢れる方向に向かって進んでいた。
マイク達の車両が光に包まれ、それが治まった時、
眼下に青空の下、草原が広がっていた。
正面は草原、左手には海が広がり、右手には森があった。
遠くの方は、靄がかかってよく見えなかった。
マイク達は呆然とそれを見ていた。
青い空、海、森、実物を目で見るのは初めてであり、
その景色は、環境シミュレーター*5と同じだった。
マイク達はスピーカーから聞こえる大きな歓声で我に返った。
ブラッド:「これが、自然というものなのか!!」
ジョセフ:「えぇ、初めて実物を見ました。」
マイク:「んっ?。
これは。」
マイクは、映像の一部を拡大した。
マイク:「まさか人工物か?」
大小の岩が崩れたように真直ぐに連なっており、
その先は靄の中へと消えていた。
それは、元は壁であったのではないかと想像するような様相を
していた。
音声:「映像の解析に失敗しました。
視線から目標位置を確定しました。
目標までの距離、直線距離でおよそ50キロメートル。
適切な走行ルートを導き出しました。」
モリー:(ほう、映像解析に失敗したか。
少し考えを改めねばならんな。)
モリー:「これはすごい。
あれが何か気にはなるが、まずはルートの確保を行う。
どうやら、出口は山の中腹あたりにあり、目前の平原に
降りる為には、迂回をしなければならない。
昇降機の設置を行った後に大規模な調査をおこなう。」
宇宙歴20年、3月1日、第10番艦、多目的ホール
マルスが昏睡状態になってから2週間が経過していた。
様々な角度から診察が行われたが、その原因が判明することは
無かった。
夢でも見ているのか、時折寝言の様に発する言葉が5人を
悩ませていた。
アディス:「ゼロス。
この言葉は一体何なんだ?」
エリー:「人の名前みたいな気がするけど?」
音声:「ゼロスは、神話に登場する神の一人で、
熱意や激情、競争心、対抗意識が擬人化したものと
記録されています。」
ヴィヴィアン:「神話ですか。」
アナキン:「マルスさんは神話に詳しいのですか?」
アディス:「いや、興味は無かったはずだけど。」
エリー:「そんな話は聞いた事がなかったわね。」
音声:「検索範囲を広げますか?*5」
アディス:「そうしてくれ。」
音声:「グループ件数は4件になります。」
エリー:「思ったより少ないわね。
全部教えて。」
音声:「1件目は、神話です。
2件目は、創作物の人物名です。
3件目は、人名です。
4件目は、宗教団体の教祖の名前です。」
アディス:「教祖の名前?」
音声:「今からおよそ700年ほど前に書かれた書物に記載が
ありました。
そこには、教祖ゼロスとあります。
登録申請されていない宗教団体の為、団体名は不明です。」
エリー:「創作物の可能性は?」
音声:「創作物の可能性はおよそ10%です。
書物に記載されている情報の殆どが事実であり、
教祖名のみを偽る理由が見つかりませんでした。」
アナキン:「そう言えば、こんな都市伝説を聞いた事がある。
1人の男が突然覚醒し、神秘的な力を見せ始めた。
その力を見た人々は次々と男に魅了され、
信者になっていった町があるという話だ。
たしか、その中に出てくる教祖がゼロスだったと。」
音声:「その話は、創作物の人名として記録されています。」
エリス:「神秘的な力、気になるー。」
音声:「神秘的な力がどのような力であったかの記録は
ありません。」
エリス:「・・・」
エリー:「700年前の書物だと調べない限り、
知ってるわけないわね。
アディスはマルスといつも一緒にいたわよね?」
アディス:「あぁ、そんなのを調べていたことはなかったな。」
エリス:「あのエクトプラズムみたいな画像、赤ん坊が
マルスだったってことは?
呪いみたいなのが発動したんじゃ?」
アディス:「確かにその可能性は否定できないな。」
ヴィヴィアン:「皆さんの会話を聞いていると、
自分の常識がおかしい?と思えてしまいます。」
アナキン:「俺もだ。」
エリー:「無理もないですよ。
魔法や魔法陣なんて、普通空想世界の話ですからね。
ただ、それが実際に機能するということが
最も重要なことなんです。
証明できないとしても、それが現実なんです。」
ヴィヴィアンは少しびくつきながら質問した。
ヴィヴィアン:「皆さんは、魔法とか使えるんですか?」
アディス:「いえ、残念ながら魔法は使えません。
存在することは知っていますが、
知っているのは魔法文字*7だけで発音までは
知らないのです。
発声できなければ魔法は使えません。」
ヴィヴィアンはそれを聞いて少し安心したようだった。
ヴィヴィアン:「そうなんですか。」
エリー:「ヴィヴィアンさんも勉強すれば、分かりますよ。」
ヴィヴィアン:「えっ、私も魔法文字を使えるってことですか?」
エリー:「えぇ、誰でもできることです。」
アナキン:「俺も勉強してみようかな?」
エリー:「私の知っている範囲でよければ、お教えしますよ。」
*1:宇宙食
宇宙において栄養素を摂取できるように料理、
もしくは加工された食品であり、
拡散防止のため、大抵はパックからストローで直接飲む
ようになっている。
*2:牛フィレ肉のロッシーニ風
焼いた牛フィレ肉に焼いた厚切りのフォアグラを乗せ、
ペリグルディーヌというソースをかけた料理。
*3:名前が覚えられないよ
小説では読みやすさの関係上、分かりやすい名称で
記載しているが、実際は訳のわからない言葉である。
ちなみに、牛フィレ肉のロッシーニ風は、
「ジュフクィエシルオノっキーシクフ」である。
*4:医療カプセル
患者の診断、医療処置等の機能を備えた医療用のカプセル。
ロボットアームにより手術なども可能。
自動走行機能もあり、救急車の代わりとしても利用される。
「一家に1台、医療カプセル」という宣伝までされた。
あまりにも高額なため、購入者は富裕層に限定された。
全ての地区に設置されるまでに1世代の期間を要した。
*5:環境シミュレーター
環境を立体映像で映し出すとともに、光源、温度、湿度等を
正確に再現する。
利用者の行動によって映像が変化し床が動く為、その場に
居ながらにして動いているように体感することができる。
*6:検索範囲を広げますか?
人工知能は話の流れから最も適切な回答を選んでいる。
しかし、その単語のイメージにすらたどり着けない場合は
別である。
想像できないものを見つけることは出来ないのだ。
その為、単語の存在する情報を抜き出し、グループ化する。
昔に使われていた、この方法を採用することになる。
*7:魔法文字
魔法陣に描かれる記号で形毎に意味を持っている。
文字の組み合わせにより様々な効果を持つ魔法陣を
描くことができる。
魔法文字には発声によって魔法を発動する効果がある。
魔法文字は精霊が使っていたと文字と考えられており、
精霊の属性(地水火風など)毎に文字が異なる。
精霊と契約を結ばない限り、
上位の魔法文字を知識に加える事ができない。