見知らぬ箱
宇宙歴20年、1月30日、ブリッジ
ブリッジは、想像していたものとは違っていた*1。
それはまるで球型展望台*2だった。
全ての方向に星が見える。
その光景に驚いていると一人の男が近づいてきた。
大柄な体格、ひげもじゃな顎、探るような鋭い目。
すぐにアナキンとヴィヴィアンが敬礼をした。
4人は、その男が艦長ではないかと想像していた。
???:「ようこそ。
フェニックス号へ。
私が艦長のクーカです。」
クーカ艦長は、外見とは裏腹に気さくな人だった。
そしてブリッジの見学を申し出ると快く承諾してくれた。
クーカ:「ここがブリッジです。
何もないのにさぞ驚かれたでしょう。
人が行う作業は何も無く、全て人工知能である
バトラークローン*3が行います。
バトラークローンは、16個のコアがあり、
個々が様々な観点から物事を判断して、
多数決によって最善の方法を導き出します。
人間と同じですね。
しかし、コアは人間と違って感情を持ちません。
常に最善の案を導き出すのです。
その為、非人道的な結論も導き出します。
それを監視、決定するのが人間の役割です。
まあ、そのような事態はまず起こりえないですが。
何が言いたいかと言いますと、
ブリッジには決定者以外の人は不要ということです。
その為、計器類などは必要無いのです。」
アディス:「故障とかによって
おかしくなることは無いんですか?」
クーカ:「大丈夫*4です。
コアは個々に診断機能を持っており、
自身および他者の診断を定期的に行っています。
故障が発見された場合は、直ちに予備のコアに
切り替わった後に、アロイドが修理します。」
エリー:「修理ですか、、、。
資源が枯渇することは無いんですか?」
クーカ:「大丈夫です。
十分な資源は積んでありますし、
再利用施設も艦内にあります。
さらに、宇宙は資源が豊富*5なんです。
資源収集用の小型宇宙船もあります。」
4人:「・・・」
クーカ:「ほかに何か聞きたいことはありますか?*6」
アディス:「いえ、特にありません。」
クーカ:「そうですか。
あぁ、そう言えば、モリー博士から条件指定通信*7が
入っていましたよ。」
アディス:「えっ、モリー博士から?」
クーカ:「どうやら、出発後でないと開封できないようですね。」
アディス:「一体なんだろう?」
4人は知らなかった。
これが、これから始まる悪夢のプロローグであることを。
一通り艦内を見学した後、4人は個室に案内された。
部屋割は、艦首側からマルス、アナキン、アディス、エリス、
ヴィヴィアン、エリーの順番だった。
ヴィヴィアンの話では、個室は100室程あるようで、
それが、勤務者の最大人数だという。
10年を1クールとして交代で勤務を行う。
つまり、到着予定期間の約386年のうち10年を勤務し、
残りの376年はコールドスリープで過ごす事になるわけだ。
しかし、4人は自由にコールドスリープの期間を設定できる
権限を持っているため、この限りではなかった。
護衛の2人は、4人と同時にコールドスリープで眠る事になる。
個室での用事を済ませた後、多目的ホールで落ち合う事になり、
ヴィヴィアンとアナキンは、4人の要望で先に向かった。
個室は狭かったが、一通りの生活環境が整っていた。
4人掛けの机と椅子、ベッド、トイレ、シャワールーム。
食事は多目的ホールで行う。
持参した荷物は収納ボックスに収められているとの事だった。
アディスが荷物を確認していると、見知らぬ箱があった。
それを取り出し、テーブルの上に置く。
その時、3人が部屋にやってきた。
それぞれが、様々な形の箱を手に持っていた。
机の上にそれらを置き箱を眺めていた。
4つの箱は今では珍しい木で出来ており、形状は、
平たく長い箱と残りは四角い箱だった。
全ての箱には良く知っている魔法陣が描かれていた。
アディス:「どうやらモリー博士からの荷物のようだな。」
エリー:「確かこの魔法陣は施錠の魔法陣*8。」
マルス:「俺もそう思う。」
エリス:「そう、施錠の魔法陣だよ。」
アディス:「ということは、鍵がいるってことか。
当然知らないよな?」
4人とも心当たりは無かった。
エリー:「モリー博士からの条件指定通信。
あれじゃないかしら?」
マルス:「あぁ、多分そうだろうな。」
アディス:「そうすると、今はできる事は無いということか。」
エリス:「気にはなるけど、諦めて多目的ホールに行こうよ。」
アディス:「そうだな。」
4人は箱を収納ボックスにしまうと多目的ホールへと向かった。
多目的ホールは、様々な用途に利用されるホールである。
およそ50m四方、高さ10m程の空間であり、
要望によって様々な使い方ができる。
部分的な変更も可能なため、非常に好評であった。
4人が多目的ホールに入った時に、ヴィヴィアンとアナキンは
入口から最奥の場所にテーブルを出して座っていた。
それ以外は何もない空間だった。
アディスの携帯ブレスレットから声が聞こえた。
音声:「アディス様、マルス様、エリー様、エリス様の
4人を識別しました。
いかがいたしましょうか?」
アディス:「ヴィヴィアンの隣に4人掛けのテーブルを
出してくれ。」
音声:「かしこまりました。」
4人がヴィヴィアン達の方へ歩いて行くと、床からテーブルと
椅子が上がって来るのが見えた。
席に到着すると、2人はお茶を飲んでいた。
そして椅子に腰かける。
音声:「ご注文はありますか?」
アディス:「ホットコーヒーをブラックでもらおう。」
エリス:「私、オレンジジュース。」
マルス:「俺は、、、そうだな、
アイスコーヒーにミルクのみ入れてくれ。」
エリー:「ダージリン・セカンドフラッシュを
ストレートティーで。」
音声:「かしこまりました。
御用がございましたらお呼びください。」
アディス:「エリーは、相変わらず注文が細かいな。」
エリー:「何頼んでも、合成なんだから*9、
おいしい方がいいでしょ。」
アディス:「まあ、そうなんだけど、、、。」
直ぐに、テーブルの中央が円形に赤く光ると丸く穴が開き、
注文した品が上がってきた。
4人は、それを受け取り、その味を楽しんだ。
6人は、お互いに己の過去やこれからのことを話合った。
そして、それぞれが、それぞれの品を楽しみながら、
明後日の出発を待った。
*1:想像していたものとは違っていた
大抵の人は、よくあるSF映画のような、
計器類がずらっと並ぶブリッジを想像するだろう。
しかし、人が操作していては瞬時の対応には限界がある。
さらに人はミスを犯す。
人工知能に任せた方が、より早く、より正確に、より確実に
処理することができるのだ。
人が操作しないのならば、計器類も不要であり、
情報を取得するための仕組みさえあれば良い事になる。
*2:球型展望台
透明な物質を球状にしてその中から展望する。
よくあるのは半球型展望台である。
*3:バトラークローン
バトラーの複製であるため、こう呼ばれる。
複製直後から情報共有が遮断されるため、
少しずつではあるが、オリジナルと思考に差異が
出てくることになる。
*4:大丈夫
通常この言葉には不測の事態は含まれていない。
当然の事だが、想像できないことは含まれない。
つまり知識、経験などによって、その範囲が異なるわけだ。
大丈夫という言葉ほど怖いものは無い。
小説などではフラグとして利用されたりする。
*5:宇宙は資源が豊富
確かに宇宙には資源は豊富にある。
しかし、それを入手するのにどれだけの時間が
かかるのだろうか?
一体どれだけ移動しなければならないのだろうか?
疑問は尽きない。
言わない方がよかったかもしれない。
*6:何か聞きたいことはありますか?
大抵の場合、これは自ら話の続きをしない事を意味する。
つまり、質問がなければ話は終わりとなる。
困ったことに、質問がなければ納得したと判断する者もいる。
*7:条件指定通信
条件が成立しないと閲覧できない通信データ。
条件には様々な設定が可能で、日時や閲覧順番が一般的。
バトラーが知り得る情報であるならば、
条件にすることが出来る。
*8:施錠の魔法陣
扉などを閉ざす為の魔法陣。
開錠には鍵が必要となる。
鍵は、合言葉や行動、物、人、魔法、魔法陣等様々である。
破壊行為に対する処置も施されており、鍵が無ければ、
開錠は、ほぼ不可能と言える。
ほぼと言うのは、条件がそろえば開錠の魔法で
開錠することが可能なためである。
条件は大抵の場合、鍵の喪失、忘却などの対策として
予め設定される。
*9:合成なんだから
殆どの食品は培養された改良ユーグレナから生成されている。
味、香り、食感は合成ではあるものの、
忠実に再現されているため、
人間の味覚程度では合成品を判別する術はない。
その昔、食通を名乗る富裕層の者達が、
当時では希少な素材を集め、料理を再現し、
バトラーに記憶したのだ。
料理の名称は秘密にされ、それを知っている者のみが
味わう事ができた。
そしていつしか一部の間で高値で取引されるまでになり、
それらを探す者達が数多く現れた。
探し当てた者のみが、その恩赦を享受できる。
彼らは自分達の事をグルメと呼んだ。
エリーは自称グルメであり、
探し出す為の時間を惜しまなかった。




