乗船
宇宙歴20年、1月30日、発着ステーション
アディス、マルス、エリー、エリスの4人は、
第10発着ステーションにいた。
ここまでは軌道エレベータ*1を使い、シャトルと呼ばれる
小型の宇宙船に乗ってやってきていた。
降りるときに渡された船内用のブーツ*2に履き替え、
発着ロビーに向かった。
渡されたブーツは慣れるまで歩き辛かった。
発着ロビーはコールドスリープ*3の順番を待つ多くの人々で
あふれていた。
搭乗手続きは10日前から24時間態勢行われており、
4人は最終日に割り当てられていた。
惑星間移動は途方もない時間を必要とする。
当初の計画では、およそ386年と見積もられた。
ごったがえった人混みの中、壁際にはレーザライフルを携えた
警備兵が直立不動で立っていた。
一人の警備兵のヘルメットのバイザー部分が点滅した。
すぐにその警備兵がこちらへと歩いてきた。
警備兵:「君たちがモリー博士の弟子か?」
アディス:「はい。
アディスですが、なにか?」
警備兵:「申し訳ないが、レベル4照合*4をさせてもらう。」
警備兵は、手首に付けたブレスレット端末*5をこちらに向けた。
警備兵:「4人のレベル4照合開始。」
マルス:「えっ、いきなりかよ。」
エリー:「まあ、いいじゃないですか。」
エリス:「そうそう、あんまり怒ると血管が爆発*6するぞ。」
マルス:「・・・」
:
:
音声:「照合完了しました。
アディス、マルス、エリー、エリスと一致しました。
詳細をお聞きになりますか?」
警備兵:「終了。」
照合が終わると警備兵の態度が激変した。
捧げ銃の構えを取ると、軍隊口調で言った。
警備兵:「失礼しました。
こちらにおいで下さい。」
マルスは少しあきれ顔だった。
エリーとエリスはマルスを見て小声で笑っていた。
途中で手荷物をコンテナに入れて預けた。
一般の人々は1000立方センチメートルに収まるサイズまで
持ち込むことが可能だった。
VIPでも上限は1立方メートルと定められていた。
4人が通されたのは小さな会議室だった。
真ん中にテーブルが置かれ、その周りに椅子が並んでいる。
各自適当な場所に座ると雑談をしながら待った。
しばらくすると警備兵と思われる3人が入ってきた。
3人は同種のジャンプスーツを着ており、
ライフルを背負い、腰に短銃を携帯し、
右手にはヘルメットを抱えていた。
隊長と思われる男が話を始めた。
ドルス:「私は警備隊長のドルスです。
搭乗する艦内の警護を任務としています。
この2人は皆さんの護衛を行う者達です。」
アナキン:「アナキン。
アナキンといいます。
男性お二人の護衛を仰せつかりました。」
緊張しているのか、まるでアロイドのような動きで敬礼をした。
次に自己紹介したのは女性兵士だった。
優雅な敬礼だった。
ヴィヴィアン:「ヴィヴィアンといいます。
エリーさん、エリスさんの護衛を行います。」
アディス:「我々に護衛は不要ですよ。」
ドルス:「いえ、これは、モリー博士の依頼なのです。
博士は、護衛兵の人選まで行われました。」
アディス:「モリー博士の、、、。」
マルス:「なるほどね。
VIP扱いか。
あの爺さんならやりそうなことだな。」
エリー:「まあ、考えがあっての事でしょう。」
エリス:「ヴィヴィアンさん、よろしくね。」
エリスはそう言ってヴィヴィアンに微笑んだ。
ドルス:「これから乗船していただきます。
一般の人達はコールドスリープのみですが、
皆さんには個室が与えられます。
コールドスリープの期間等は、
個人の判断にお任せします。
ただし護衛の関係上、お二人づつ同時に利用される事を
お願いします。」
アディス:「分かりました。」
ドルス:「質問等あれば、この2人にお聞きください。
私は他の任務もありますので、
これで失礼します。」
ドルスは形式通りの敬礼をすると部屋を出ていった。
アディス:「とりあえず、座ってください。」
そう言って席を勧める。
緊張した2人対して、アディスは言った。
アディス:「これから、6人は仲間です。
形式ばらずにざっくばらんにいきましょう。」
2人の顔から緊張が解けた。
アナキン:「ふぅ、いやー、そう言ってもらえると助かります。
こういうのは慣れてないんですよ。
実は、VIP護衛も初めてで、、、。
:
:」
話好きなのか、アナキンは次々と話始めた。
4人があっけにとられていると、ヴィヴィアンがそれを止めた。
ヴィヴィアン:「アナキン、いいかげんにしなさい。」
その口調はまるで肉親であるかのようだった。
アナキン:「・・・」
エリー:「もしかして、2人は兄弟ですか?」
ヴィヴィアン:「あっ、わかりましたか。
実は、アナキンは弟なんです。」
エリス:「へー、そうだったんだ。
ちっともわからなかった。」
この後、6人は打ち解けると他愛もない雑談で時を過ごした。
雑談はヴィヴィアンのブレスレット端末によって打ち切られた。
ヴィヴィアン:「どうやら、搭乗許可が降りたようです。
出発ロビーに向かいましょう。」
その顔は警備兵の顔に戻っていた。
2人はヘルメットをかぶり、バイザーを下し、
ヴィヴィアンが先頭、アナキンが最後尾についた。
出発ロビーの賑わいは収まっており、
少人数のVIPと思われる人達がいるだけだった。
搭乗はスムーズだった。
簡易的な健康診断*7が行われた後、搭乗通路を進んだ。
搭乗通路からは乗船する船の一部が見えた。
船はとても大きく船首や船尾がどこかは分からなかった。
当然の事だった。
100万人が搭乗する船なのだ。
実際には、殆んどの者が格子状に配置されたコールドスリープ
装置で眠る為、一辺が数百メートルの立方体*8に収まってしまう。
搭乗通路を進み、乗船口から船内へと入った。
エリス:「きれー。ゴミ一つない*9。
シャトルと大違い。」
ヴィヴィアン:「新造艦ですからね。
それに、この搭乗口はVIP専用なので
一般人とは別です。
あちらは、かなり汚れているかもしれません。」
エリスは、その言葉に返事もせずに艦内を眺めていた。
マルス:「ヴィヴィアン。
エリスの言葉にいちいち返答する必要なし。
あれは、ただの独り言*10だから。」
ヴィヴィアン:「えっ、そうなんですか?」
エリー:「はい。
いつものことです。」
そう言ってエリーは微笑んだ。
ヴィヴィアン:「それでは皆さん、
まずブリッジに行きましょう。
艦長もそこにおられるはずです。」
アディス:「そうですね。
艦長にもご挨拶しないと。」
船内は想像以上に広かった。
ブリッジへの移動中には、所々でアロイド達がすごいスピードで
作業をこなしていた。
それは、手足が細く、まるで骨格標本のようだった。
頭には様々なバリエーションがあるようだが、
アディスにはコッペパンを傾けて乗せたように見えた。
アロイド達は我々が近づくと動きを遅くし、
離れると再び動きを早くして作業を続けた。
アディスが興味をもってそれを見ていた。
アナキン:「アロイドを見るのは初めてですか?」
アディス:「初めてではないですが、
作業しているアロイドは見たことなくて。」
アナキンはニコニコと笑顔を見せながら答えた。
アナキン:「アロイドには、内部に人センサー*11が
組み込まれていまして、人が近づくと
動きを遅くする仕組みが入っているんです。
彼等は汎用のアロイドですね。
コストを下げる為に動きの精度を落としています。
そうは言っても、通常作業では
全く問題はありませんけどね。」
アディス:「へぇー。
お詳しいんですね。
専門家ですか?」
アナキン:「いえ、専門家ではないです。
好きなだけですよ。」
6人は少し進むと全方向エレベーター*12に乗り込んだ。
音声:「行先を指示してください。」
ヴィヴィアン:「ブリッジへ。」
音声:「ブリッジへ向かいます。」
アディス:「あれ?、照合とか認証とかは?」
ヴィヴィアン:「艦内では、全ての行動がバトラーによって
監視されています。
まあ、監視といっても、移動場所だけですが、
気分の良いものでは無いですね。
警備側としては仕事が減るので、
非常に助かっています。」
マルス:「なるほどね。
どうせなら、全部やってくれれば、
仕事をしなくて済むということだな。」
ヴィヴィアン:「それは困ります。
私達の仕事が無くなってしまいます。」
5人は確かにと頷きながら笑った。
音声:「あと5秒で到着します。
赤く光った扉が開きます。
ご注意ください。」
右側の扉が赤く変化した。
そして、ゆっくりと扉が開いた。
*1:軌道エレベータ
惑星などの表面から静止軌道以上まで伸びる軌道を持つ
エレベーター。
*2:船内用のブーツ
身体が浮き上がらないように地面に張り付く機能を持つ。
脚の筋肉の微量な電気信号により、脚を持ち上げるときに
かかる抵抗を変化させ、地上と変わらない歩き心地を
実現したもの。
残念ながら人によっては違和感がありすぎると不評。
*3:コールドスリープ
惑星間移動などにおいて、人体を低温状態に保ち、
目的地に着くまでの時間経過による搭乗員の老化を防ぐ装置、
もしくは同装置による睡眠状態の事を言う。
生還率99.99%。
*4:レベル照合(認証)
本人と確認するための照合(認証)であり、0から5までの
レベルが存在する。
対象となるレベル以下の照合(認証)が求められる。
レベル0:映像のみ
レベル1:声紋
レベル2:指紋
レベル3:静脈
レベル4:虹彩(網膜によるもの)
レベル5:DNA
*5:ブレスレット端末
携帯端末で、その全てを音声認識で行う。
マイク、スピーカー、カメラ、嗅覚センサー、味覚センサー、
投影機等を内蔵している。
また、レベル4までの照合機能をもつ。
*6:血管が爆発
普通の人なら「血管が破裂するぞ」と言うところだが、
エリスは、こういう言い方をする。
他の者は、「まあわかるからいいか」と放置している。
*7:簡易的な健康診断
簡易的といっても、99.9%で病巣を発見することが出来る。
人体をスキャンし、細胞レベルで検査するのだ。
それを判断するのはバトラー(人工知能)だった。
当然だが、精神的な病を発見することはできないので、
簡易的と呼ばれている。
*8:一辺が数百メートルの立方体
100万人をコールドスリープ装置で眠らせた場合、
それに必要な体積は、どのぐらいだろうか?
簡単にするために、1人が1mの立方体で考える。
100人x100人x100人=1000000人となる。
つまり、100メートル四方の立方体に収まる事になる。
装置の大きさなどを考えた場合でも数倍あれば足りそうだ。
でも、これって、詰め込みすぎでしょ。
*9:きれー、ゴミ一つない
エリスの着眼点は、たぶん他の人とは大きく異なる。
それが理由なのか、普通なら見逃すようなことにも
よく気が付く。
*10:ただの独り言
エリスは考えている事を思わず口に出してしまう事がある。
まるで話しかけているように話す為、初対面の人は
思わず回答してしまう。
*11:人センサー
様々な外部要因と映像情報、人が発する熱や動きなどから
それが人なのかを判断するセンサー。
アロイドには、安全上の理由により組み込みが
義務付けられている。
*12:全方向エレベーター
昇降型のエレベータと違い、上下だけでなく
前後左右にも移動する。
磁力によって浮かせ、ガイドに沿って移動するだけである。