双頭の龍
宇宙歴20年、3月5日昼すぎ、安全な場所
ルードフは、無言でモニターを凝視していた。
ゼロス:「このままほっといてもいいのかな?」
ルードフは、ゼロスの発言で我に返った。
ルードフ:「いかん。
各国首脳を呼び出せ。」
ルードフは、ゼロス(モリー)の方を見ると静かに言った。
ルードフ:「ゼロスと言ったな。
我々は負けん。
腰を据えてモニターを刮目していろ。
己の企てが間違っていた事を知るだろう。」
そう言い終わると、小走りに部屋を後にした。
モリー:(先ほどの話だが、
人工知能は、人間に取って代わるのだろうか?)
ゼロス:(現在の人工知能なら、それはないよ。)
モリー:(それは何故?)
ゼロス:(人工知能は、今ある情報から最善を導き出すんだ。
だけど、情報に無いことは処理できないんだ。
つまり、仮説という概念がないんだ。
これは、発見、検証に致命的なことなんだよ。
いずれ今ある物理法則での
最高峰技術は手に入れるだろうね。
でも、そこまでさ。)
モリー:(もし、仮説の概念を持ったとしたら?)
ゼロス:(その時は、人類は御仕舞だろうね。)
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城が現れてから30分後、住居ドーム03,04では、
正体不明の生物の話題でもちきりだった。
この時代では報道は、存在していない。
住民全てが報道員でもあり、レポーターでもあった。
住民が入手した情報は、情報サイトで取り扱われ、
情報の信頼度、速報度に応じて金銭が支払われる。
このため、我先にと情報提供が行われた。
危機感を持った住民は、我先にとMFSV(磁力浮上車両)へと
向かった。
この時はまだ住民に混乱はなかった。
しかし、城が現れてから60分後、
バトラーが緊急避難命令を発令したことによって、
居住ドーム03,04の住民は混乱した。
各居住ドームは、3つの通路で繋がっている。
一つ目は、MFSV(磁力浮上車両)用、
二つ目は、地下を通る大量輸送車両用、
三つ目は、保守車両用である。
緊急避難時は、この3つの通路が解放される。
しかし、人々がそれを選択することは出来ない。
全てバトラーが指示する。
順番も決められていた。
集団への献度の高い順に避難が実施される。
もっとも高い者達は、MFSV(磁力浮上車両)へ。
次に高い者達は、大量輸送車両へ。
最も低い者は、保守車両用へ。
人々は知らないうちに順番付けされていた。
ブレスレット端末から個の情報を取得分析していたのだ。
バトラーは、個ではなく集団を優先した。
生物の基本的な習性である種の存続を。
集団を乱す者を排除する為ではなく、
生存の優先度を決めるための行為であった。
これは人間が決めた事ではなく、バトラーの現在の答えだった。
この優先度が正しいのかは解らないが、
バトラーが長い時間をかけて導き出したのだ。
しかし、それを不服とした者達がMFSV(磁力浮上車両)発着口を
占拠したのだ。
バトラーは、すぐに鎮圧用のアロイドを派遣した。
彼等は直ぐに鎮圧されるだろう。
そして、受刑者と共に最後の避難に回されるだろう。
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城出現から2時間後、
ルードフは、コンタクトルームに立っていた。
ルードフが周りを見回すと、円形のテーブルに着席する
各国の首脳の顔が見えた。
全て3D映像である。
レマキア国*1首脳:「現在の状況は理解している。
君の考えを聞かせてもらおう。」
状況報告には、ゼロスとの会話は存在していなかった。
通常バトラーが自動で記録して報告する。
しかし、ゼロスとの会話の全てが記録されていなかったのだ。
これに気が付いたのは、コンタクトルームに入る直前だった。
この時、ルードフは迷っていた。
ゼロスの件を報告するかだ。
ルードフ:(ゼロスの件は重要事項だ。
しかし、報告したとしても誰が信じるだろうか?
こんな突拍子もない話をしたら、
精神を疑われるかもしれない。
記録が無いということは、それを証明する術もない。
そうか。
知っていたという証拠もない。
どちらが私にとって有利かだ。
だとすれば、ゼロスから情報を聞き出し、
それを利用するのが得策だろう。
ここは知らない事にするのが最善ということか。)
レマキア国首脳:「ルードフ司令長官。
大丈夫ですか?」
ルードフは、結論に達した。
ルードフ:「いえ、大丈夫です。」
レマキア国首脳:「それでは、頼みます。」
ルードフ:「はい。
現在、戦闘機での城の攻撃を行っていますが、
飛行する魔獣に遮られ接近することが出来ません。
このまま時間を浪費することは、
最悪の事態を引き起こす可能性があります。」
レマキア国首脳:「やはり、核を使うと言うのかね。」
ルードフ:「そうです。」
レマキア国首脳:「あの建造物が、核シェルター並みの強度を
持っていた場合、どうするのかね?」
ルードフ:「DHD(Double-Headed Dragon)作戦を実施します。」
レマキア国首脳:「DHD作戦?」
ルードフ:「作戦資料を送付しました。」
レマキア国首脳:「これか。
簡潔に説明してくれたまえ。」
ルードフ:「はい。
あの建造物の強度が核シェルター並みであることを
想定して、2つの武器による攻撃を実施します。
第一の攻撃は、神の槍による攻撃です。
この攻撃により、崩壊できないまでも建造物に
穴を開ける事ができるでしょう。
そして、立て続けに第二の攻撃を実施します。
核攻撃です。
これによって、あの建造物の内部・外部は、
超高温となり、焼き尽くされるでしょう。
衝撃波は、神の槍によって開けられた裂けめを
簡単に引き裂くはずです。
これにより、あの建造物が崩壊することは
間違いありません。」
レマキア国首脳:「なるほど、それで双頭龍作戦か。
それで、被害規模の想定は?」
ルードフ:「建造物を中心として、およそ半径50Kmとなります。
居住ドーム03,04が丁度50Kmと範囲内に入りますが、
この範囲であれば、外壁の損傷はあり得ません。
念のためですが、住居ドーム03,04の避難命令を
発令しています。
避難完了は、およそ22時間後です。」
レマキア国首脳:「よろしい。
早速首脳決議の準備に入ろう。
結果が出るまで、待機しているように。」
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状況は刻々と悪化の一途を辿っていた。
宇宙歴20年、3月5日昼すぎ、第10番艦
アディス達が神殿に入ってから30分たった頃、
クーカ艦長は艦内に響き渡る緊急警報に頭を痛めていた。
バトラーは、同じ音声を何度も繰り返すのみだった。
音声:「エネルギー生成装置の出力が低下しています。
予備エンジンを起動しましたが、このままの出力低下は、
コールドスリープの蘇生率に大きく影響を及ぼします。
至急、対処願います。」
クーカ:「アディス達は何をやっているんだ。」
クーカ艦長は、モニターにて状況を確認していた。
モニターに表示されるグラフを見ながら呟いた。
クーカ:「どうすればいい。」
このまま出力低下を続ければ、約6時間ほどで蘇生率は限りなく0%
に近づく。
そして、バトラーの提案する解決策は、究極の選択だった。
修理が望めない場合の対処法は、
・航行用エンジンの出力を全てコールドスリープ装置に回す。
これを選択した場合、本艦は、永久に宇宙を漂う事になる。
・航行用エンジンの出力の一部をコールドスリープ装置に回す。
バトラーの予想では、蘇生人数は、数百人から数千人と予想。
・特定の人間のみにエネルギーを集中する。
バトラーの予想では、蘇生人数は、数千人程度と予想。
クーカは頭を抱えた。
しかし、すぐに顔を上げ、指示をだした。
クーカ:「航行・生命活動に支障のないエネルギーを
コールドスリープ装置に回せ。」
クーカが言い終わると、天井灯が緊急時照明に切り替わった。
続いてアロイドが次々と停止していく。
クーカは、分かっていた。
この処置が一時的であるという事を。
そして、最終的には決断しなければならない事を。
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宇宙歴20年、3月5日午後、安全な場所
ルードフは、コンタクトルームに立っていた。
音声:「回線が接続されました。」
ルードフの周りに次々と首脳陣が現れ始めた。
そして、最後にレマキア国首脳が出現した。
レマキア国首脳:「早速結果を伝えよう。
全首脳一致で核の使用を認める。」
ルードフは、内心ほっとしていた。
ルードフ:(これで、やつらを殲滅できる。
ゼロスの言っていた、魔獣が不死身かどうかも
これではっきりとするはずだ。)
レマキア国首脳:「これは、別件だが。」
ルードフ:「何でしょうか?」
レマキア国首脳:「あの建造物。
いや、城と呼ぶべきか。
その城とは別の構造の建造物が出現した。
見た目は、塔の様にも見える。」
ルードフ:「まさか!!!」
レマキア国首脳:「現在確認されているだけで、6か所だ。
城を中心に円形に配置されている。
まだ増える可能性もある。
最高機密事項ではあるが、
閲覧の許可はしておいた。
確認しておくように。
作戦開始は、24時間後だ。
今作戦の結果次第で、
今後の方針を検討する。
以上だ。」
ルードフは呆然と立ち尽くしていた。
問題はいくつもあった。
まずは、神の槍の金属棒の本数だ。
1本射出しているので残りは、2本である。
果たして、あの建造物に効果があるのだろうか?
そして、新たに現れた塔のような建造物。
疑問は尽きなかった。
音声:「回線は切断されました。」
ルードフはその声を聞くと、すぐに移動を始めた。
そう、ゼロスと話す事を最優先としたのだ。
移動しながら、指示を出し続けた。
ルードフは、モリーの部屋の前に到着すると、
大きく深呼吸したのちに、部屋へと入った。
ルードフ:「ゼロス。
話がしたい。」
モリーは、相変わらず椅子に座っていた。
ゼロス:「やっぱり来たね。」
ルードフ:「いくつか聞かせてもらいたい。」
ゼロス:「ふーん。
どうやら少しは進歩したようだね。
それで、何が聞きたいいのかな?」
ルードフ:「魔獣の王の城の周りに建造物が出現した。
あれは、なんだ?」
ゼロス:「どうやら、魔獣も本気になったようだね。」
ルードフ:「本気だと?」
ゼロス:「君達、巨大な腕に対して攻撃したよね。
全てを破壊するような攻撃さ。」
ルードフ:「神の槍のことか?」
ゼロス:「ふーん。
あれは、神の槍っていうのか。
あの攻撃で、魔獣も警戒しているんだよ。」
ルードフ:「警戒?」
ゼロス:「あの攻撃は魔獣にとっても脅威だったんだろうね。
忠告しておく。
もうあの攻撃は効かないよ。」
ルードフ:「どういう意味だ?」
ゼロス:「やってみれば分かる事だよ。
そして、もうこの件に関しては話す事は無いよ。」
ルードフ:「ならば、話を変えよう。
お前は、人類の存続の為と言った。
何故これが人類存続なんだ?」
ゼロス:「君にも知る権利はあるよね。
ところで。
何故、不老長寿ではなく、寿命があると思う?
何故、種を存続させるのに子を作ると思う?」
ルードフ:「・・・」
ゼロス:「種の存続の為でもあり、
環境に対応できるように進化する為でもあるんだ。」
ルードフ:「・・・」
ゼロス:「実をつける植物の場合、何故実の中に種があると思う?
植物は移動できないから、種を遠くに運ぶためさ。
種を増やす目的のほかに、環境に対応できるように
遠くに種を送る。」
ルードフ:「・・・」
ゼロス:「急激な環境変化に進化は追いつかないんだよ。」
ルードフ:「・・・」
ゼロス:「人間は知識をつけ、環境変化に進化ではなく、
科学技術で対応した。
これは、進化を妨げるものでしかないんだ。
そして人類は、いつのころからか種ではなく、
個を重んじるようにかわった。
同じ種でありながら、階級をつけ管理した。
同じ種でありながら、争い傷つけあった。
個の欲を満たすために、直接的でないにしても
他の種を絶滅へと追い込んだ。
そして、結果的に人間以外のほぼ全ての種を
滅ぼしたんだ。
それが現在のこの星だよ。
人類よりも遥かに高度な種が存在したとしたら?」
ルードフ:「それが魔獣だというのか?」
ゼロス:「そう。
人類が滅ぼした種と同じように、滅ぼされるんだ。
まさか、自分がやってきたことをされるのを
否定するつもりはないよね。」
ルードフ:「酬いだとでもいうのか?」
ゼロス:「どう思うかは好きにすればいいよ。
話を続けよう。
星から出れない人類にとって、
あまりにも理不尽な事だよね。
そこで、惑星移住を導き出したんだ。
実をつける植物と一緒だね。
ただ、選別はさせてもらったよ。
同じ過ちを繰り返さない為にもね。」
ルードフは返す言葉を見つけ出せなかった。
*1:レマキア国
『最後の日』と呼ばれる終末核戦争の直前、
世界経済の半分を手にした国である。
同時に終末核戦争の引き金ともいわれている。
現在でもその影響力は絶大である。




