神の槍
神の槍。
この兵器は大国同士の冷戦時代に発案された。
大国同士は大海を挟んでいたため、海戦が主流であり、
戦艦や空母を撃沈する目的で構想がねられた。
核兵器の使用が条約で禁止となり、
新たな兵器の開発が求められた。
戦術核兵器*1と違い、クリーンであることが利点でもあった。
この時点では、破壊力は核兵器に匹敵すると考えられていた。
しかしながら、衛星への輸送コストによって計画は頓挫した。
幸いなことに冷戦は終結し、かりそめの平和が訪れた。
再び脚光を浴びる事となったのは、直径数キロメートルの
小惑星の接近であった。
軌道エレベータの建造時期と重なった為、小惑星破壊の為に
急遽建造が計画された。
この時、初めて全世界の国が建造に協力した。
同時に各国から優秀な学者、技術者が集められ連合宇宙軍の
前身となる連合宇宙局が結成された。
これは、歴史的にみても世界各国が(形式だけだとしても)最も
良好な関係になった瞬間でもあった。
神の槍は、連合宇宙局にその使用権限が譲渡され、
小惑星に向けて射出された。
小惑星は小さな破片に変わった。
各国首脳はその威力に驚愕し、各国首脳の承認無しに地表への
射出を禁止した。
その後、連合宇宙局は異世界進出の為に、
連合宇宙軍と名前を変え、各国から戦闘車両や兵士を集めた。
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ルードフは、神の槍の準備映像の流れるモニターから
目が離せなかった。
神の槍を搭載した軍事衛星がその矛先を地上に向けるため、
回転していた。
音声:「エネルギー充填30%。
姿勢制御完了。
ターゲットロック完了。
姿勢制御装置*2のダイアグ*3完了。
軌道シミュレーション完了。
命中誤差0.01m以内。
命中確率100%。
緊急避難命令発動します。
作戦中止可能時間は、残り7分です。」
神の槍は、射出からおよそ5分で地上に着弾する。
12分の内7分という時間は、兵器の準備時間と避難の為の
猶予時間ともいえる。
これは、訓練における平均時間から算出されたもので、
不慮の事態を想定しているわけではなかった。
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この実験場は、軍の施設である。
軍施設とはいえ、その予算でドームを建造することは
不可能だった。
その為、過去に作られた建物を補修して使用していた。
防衛の為、通路は入り組んでいた。
床に発着ゲートへと向かう為の目印が点滅していた。
壁にも方向を示す目印が表示されている。
発着ゲートへ誘導するのは、MFSV(磁力浮上車両)での脱出目的
だけではなく、その場所が地下深くにあり、簡易シェルターの
役割を成す為でもある。
ルストはB棟へ向かうため、目印とは逆方向に走っていた。
ルストは、焦っていた。
隔壁の閉鎖が始まったからだ。
MFSV(磁力浮上車両)発着ゲート以外への経路は
人が存在しない場合、順次閉鎖される。
これは防衛の為でもあり、発着ゲートの経路へ
誘導する為(他の道への移動を阻止するため)でもあった。
一度発着ゲートへ向かい、その後発着ゲートから
B棟へ向かうコースをとらねばならなかった。
B棟の最上階の扉の向こうは脱出経路の一つとして
登録されているはずである。
目印が表示されないまでも、閉鎖されることは無いと判断した。
ルストは頭の中の地図を確認しながら走っていた。
B棟へは、あと少しだった。
その時突然、目の前の隔壁が閉鎖された。
ルストは、勢いあまって隔壁に激突した。
ルスト:「隔壁を開けろ。」
音声:「申し訳ありません。
緊急事態が解除されるまで開くことはできません。」
ルスト:「くそ。
使えないな。」
ルストは頭の中の地図を再度確認した。
ルスト:(そうか、あっちの通路だったか。
間に合うのか?
いや、やるしかない。)
ルストは、激突した肩をさすりながら来た道を引き返した。
この時、ブレスレット端末が振動と共にアラームを発した。
音声:「設定された合流時間まで、あと1分です。」
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B棟最上階の扉の前に3人の警備兵らしき者達が集まっていた。
警備兵A:「隊長、遅いな。」
警備兵B:「あぁ、そうだな。
合流時間まで、あと1分だ。」
警備兵C:「来なかったらどうする?
少し待つか?」
警備兵A:「いや、遅れた者は置いて行くと言っていたんだ。
当然、同じ条件だ。」
警備兵B:「その通りだな。」
警備兵C:「ところでパスコードは知っているのか?」
警備兵A,B:「いや、知らない。」
警備兵C:「それじゃあ、開かないじゃないか。」
警備兵A,B:「・・・」
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音声:「全シーケンス、オールグリーン。
射出まで残り2分。」
ルードフは、例の腕の映像に目を移した。
生き残っている戦闘車両が腕に対して攻撃を仕掛けていた。
しかし、腕はひるむことも無く、何事も無かったように
攻撃をしかけていた。
各棟の広場に面した壁は穴が開き部屋がむき出しになっていた。
壁は、崩れ至り溶けている物も見られた。
ルードフ:(あの火の玉はなんだ?
プラズマなのか?
あの耐熱処理された外壁を溶かすとは、、、。
あれの原理さえわかれば、、、。)
ルードフは、モニターを見ながらぶつぶつと呟いていた。
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ルストは走っていた。
息が切れる。
心臓は経験したことが無いほどに力強く鼓動していた。
そして、疲労は限界を超えていた。
ルスト:(体が重い。
心臓が破裂しそうだ。
がんばれ。
あと少しだ。)
角を曲がると、目の前が開けた。
そこに3人の警備兵が立っていた。
そしてそのまま崩れ落ちた。
その時、ルストは意識が遠のいて行くのを感じていた。
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神の槍の射出のカウントダウンが始まった。
音声:「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、射出。
目標に向かって正常に射出されました。
命中までおよそ5分*4です。」
ルードフは衛星からの映像を食い入るように見た。
映像は、目標地点を中心とした映像で、巨大な腕の付け根に
円形のロックオンマーカーが表示されていた。
ルードフ:(あと数分で結果が出る。
異世界人はこれで消滅するのだ。
人類の勝利は間違いないだろう。)
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音声:「大気圏に突入しました。
命中まで30秒です。」
射出された金属棒は、大気との摩擦によって発熱し、
真っ赤に光っていた。
それは隕石の落下のようにも見えた。
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音声:「命中まで、5、4、3、2、1、命中しました。」
火の玉は巨大な腕の付け根に吸い込まれた。
凄まじいまでの衝撃に地面は陥没した。
衝撃エネルギーの一部は、地表面を揺らし、
一部は熱に変換され、地面を溶岩の様に溶かした。
最も広範囲に被害を及ぼしたのは衝撃波だった。
スローで見たらそれは、ドーナツ状に広がって行く、
目に見えない破壊者だっただろう。
衝撃波が通過する場所にあった建造物は次々と崩壊していった。
それはまるでドミノ倒しのようでもあった。
辛うじて残っている物は柱に使用されていた
下層の鉄骨のみだろう。
巻き上げられた土砂や瓦礫等で詳細を見る事はできなかった。
そして細かい塵が辺り煙のように覆い、視界を閉ざした。
ルードフはその光景を呆然と見つめていた。
神の槍の破壊力に恐怖した。
そして、この攻撃に耐えられるものなどいないと思った。
同時にその力が我が手にあることに歓喜した。
その力がまるで自分の力の様に思えた。
数秒後、我に返った。
ルードフは思った。
もし、この攻撃に巨大な腕が耐えられるのなら、
人類は生き残る術を失うだろうと。
ルードフ:「あの腕は?
あの腕はどうなった?
やったのか?」
音声:「MSRGD実験場との通信が途絶えました。
粉塵により生命反応を識別することはできません。
現在、衛星からのデータを解析中です。
:
不規則な移動物体の存在*5を
確認することはできませんでした。」
ルードフ:「どうやら、やったようだな。
先ずは一安心というところか。
球体はどうなった?」
音声:「球体の存在は確認されました。」
ルードフ:(あの衝撃にも耐えるのか!!)
ルードフは神妙な顔をした。
ルードフ:(モリーともう一度話さなければ
ならないようだな。)
ルードフ:「モリーと面会する。」
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ルストは、部屋の中にいた。
窓から例の球体が見える。
巨大な腕がゆっくりした動作で地面を叩いていた。
そのたびに建物が揺れる。
その時、腕の遥か先に光を確認した。
それは次第に大きくなり、こちらに向かってくるのが分かった。
光は急速に大きくなっていった。
目前に落ちた。
突然スローモーションのように動き始めた。
壁にヒビが入り、まるでジグソーパズルのピースの様に
分割されるとそのピースが自分に向かって飛んできた。
次の瞬間、
身体が後方に吹き飛ばされた。
ルスト:「うあー!!」
警備兵A:「隊長が目を覚ましたぞ!!」
霞に包まれた意識の中、ルストは考えた。
ルスト:(どうやら、寝ているようだ。
一体、何が起きたんだ。
いや、これは夢なのか?)
警備兵B:「隊長、大丈夫ですか?
分かりますか?」
その声で、3人の男が自分を覗き込んでいるのが分かった。
ルストは次第に意識がはっきりとしてきた。
ルスト:「ここは?」
警備兵C:「ここは、VTOL機の中です。」
ルストは全てを思い出した。
ルスト:「一体何が起きたんだ?」
警備兵A:「隊長はB棟最上階の扉の前で意識を失ったんです。
我々は、脱出に成功したんですよ。」
ルストはその言葉に安堵した。
同時に一つの疑問が脳裏をよぎった。
ルスト:「そうか、よかった。
ところで、どうやって扉を開けたんだ?」
警備兵A:「隊長のブレスレット端末が扉を
開けてくれたんです。」
ルスト:「そうか。
バトラーが。
バトラーに感謝しなければならないな。」
*1:戦術核兵器
戦場単位で通常兵器の延長線上での使用を想定した
核兵器である。
この分類は使用目的と運用方法によるもので、
必ずしも核弾頭の威力の大小とは一致しない。
*2:姿勢制御装置
気圧、温度、風などの影響により流される為、
対象に真直ぐ進むための姿勢制御装置。
*3:ダイアグ(ダイアグノスティックス)
自己診断機能のこと。
*4:およそ5分
神の槍を搭載した軍事衛星は地上1000Kmに位置している。
射出後、およそ5分で地上に到達する。
つまり、神の槍は平均時速12000Kmである。
これは、マッハ9.8に相当する。
*5:不規則な移動物体の存在
粉塵の移動情報から内部に不規則な移動物体の存在有無を
予測する。




