決断
宇宙歴20年、3月5日昼前、安全な場所
そこは、一見豪華に見える部屋だった。
5メートル四方の空間の中に、生活に必要な家具が
コンパクトに収納されていた。
しかし、入り口の扉は硬く閉じられ、至る所に監視カメラが
設置されていた。
モリー博士は、部屋の中ほどの椅子に目を閉じて座っていた。
監視カメラのLEDが赤く点灯している。
絶賛監視中ということだろう。
モリー:((声)どうやら、魔法陣は完成したようだよ。)
(そうか、第二段階完了もあと少しだな。)
その時、固く閉ざされた扉が音を立てて開いた。
モリーはおもむろに目を開いた。
開いた扉の前には、ルードフが立っていた。
モリーは、黙ってルードフを見つめた。
ルードフは、鬼の形相でモリーを睨んだ。
ルードフ:「一体何を企んでいる。」
モリー:「何の事だ?」
ルードフ:「とぼけるのも大概にしろ。」
モリー:「・・・」
ルードフ:「まあいい。
本題に入ろう。」
モリー:「・・・」
ルードフ:「あの球体はどうやったら閉じられる?」
モリー:「残念ながら、我々ではあれは閉じられない。」
ルードフ:「我々では?」
モリー:「安心しろ。
あの球体はもうじき閉じる。
しかし、異世界との繋がりは消えることはない。」
ルードフ:「いつ閉じるんだ?」
モリー:「1時間か、2時間か、それは私にも解らない。」
ルードフ:「繋がりは消える事は無いとは、どういう意味だ?」
モリー:「染まってしまったのだよ。
そして、我々の存在を知ってしまった。
それを忘れることはない。」
突然、ルードフのブレスレット端末が振動と共に、
けたたましく鳴り響いた。
ルードフ:「何事だ?」
音声:「MSRGD実験場から通信が入っています。」
ルードフ:「しばらく通信は遮断しろと指示したはずだが?」
音声:「レベルA通信*1です。」
ルードフ:「レベルAだと!!」
ルードフ:「話の続きは、またあとでだ。」
ルードフは小走りに部屋を後にした。
モリー:「どうやら、始まったようだな。」
ルードフは、レベルA通信での呼び出しに焦ってた。
速足で指令室まで移動する。
ルードフ:(あの異星人が球体を超えてやってきたのだろう。
どうする?
モリーは、あと1、2時間で
球体は閉じると言っていた。
信じれられるのか?
やつの発言は、曖昧な事も多かった。
しかし、やつは私に嘘をついたことがない。
LAS(嘘発見器)*3もそれを確認しているし、
事実がそれを証明している。
やつを信じるか?)
そう考えながら部屋に入る。
ルードフ:「MSRGD実験場の映像を映せ。」
直ぐに複数のモニタに映像が表示された。
モニタは、所々ブラックアウトしていた。
映像が届いていないのだろう。
映っている映像は一部は散々たるた状況だった。
壁は破壊され、所々に火の手が上がっている。
ルードフの眼は、1つのモニタに釘付けになった。
ルードフ:「なんだこれは?」
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レベルA通信が発信される30分程前。
宇宙歴20年、3月5日昼前、MSRGD実験場
MSRGD実験場はいまだ静かだった。
出現した魔獣は既に4匹になっていた。
3匹目と4匹目は非常に長い時間を要した。
5匹目が出現する兆候はない。
4匹の魔獣達は何をするでもなく、辺りをきょろきょろと
眺めているだけだった。
ルスト:(奴らは一体何をしているんだ?
何かを待っているのか?)
音声:「職員の移動が完了しました。
なお、MFSV(磁力浮上車両)の車両数の関係上、
数時間の間、利用はできませんので、
ご留意ください。」
職員の移動は、昼夜問わず実施された。
通常であるならば、緊急時以外の夜間の移動など
考えられないだろう。
誰もが緊急事態と考えるだろう。
しかし、職員はいつもと変わりなく行動していた。
当然だった。
ここへの移動時も同様に昼夜を問わず実施されたのだ。
これは、モリー博士の提案だった。
通常と異なる初めての行動は人に不安を与える。
それを事前に実施しておくことにより、それを抑える。
避難訓練等はその最たるものだ。
ルスト:「そうか。
完了したか。」
ルードフが実験場を任されたとき、ルードフ司令長官から
いくつかの指示を受けていた。
それは以下のようなものだった。
・職員の移動を最優先とすること。
・球体の映像は、専用回線で送信しているため、
決して停止してはならない。
・定期報告は不要。
・異世界の生物が現れた場合、
こちらから攻撃をしてはいけない。
ルスト:「ルードフ司令長官とコンタクトはどうなった?」
音声:「ルードフ司令長官とのコンタクトに失敗しました。」
ルスト:「長官はなにをやっているんだ。」
音声:「軍事レベル通信*2のレベルには達していません。」
ルスト:「使えないやつだ。
融通が利かん。」
音声:「ルールには忠実である必要があります。」
ルスト:「くそ。」
ルスト:(何を言っているんだ。
そんなことは分かっていることじゃないか。)
ルストは、ルードフとのコンタクトを諦め、真っ黒い霧の
状態を確認した。
ルスト:「あれは、なんだ?」
黒い霧は再び集まり始めていた。
しかし、魔獣が生まれた時のような集まり方ではない。
それは急速に形を形成していった。
横倒しになった巨大な円柱の柱の様にも見える。
ルストは、それから目が離せなかった。
息を呑んでそれを凝視していた。
それは、突然現れた。
ルスト:「腕?」
それは巨大な腕だった。
毛むくじゃらの腕。
そう、魔獣の腕そのものだった。
握られた拳が開いた。
上向きに広げられた手のひらの上に突然火の玉が出現した。
そして、その火の玉が先頭車両に放たれた。
数台の戦闘車両が炎に包まれる。
直ぐに応戦が始まった。
残りの全戦闘車両がパルスレーザーやプラズマ砲を発射する。
攻撃は的確に腕に命中していいた。
しかし、それらは一部の毛むくじゃらな毛を
焦がしたに過ぎなかった。
一方的だった。
魔獣の放った火の玉に1台、また1台と破壊されて行った。
ルスト:「攻撃が効いていないじゃないか。
ミサイルは無いのか?」
音声:「当施設にはミサイル対象の目標がありません。
そのため、ミサイルの在庫はありません。」
MSRGD実験場は、宇宙軍の施設であるものの、防衛施設としては
貧弱なものだった。
ミサイルなどの中長距離武器は皆無であった。
もしあったとしても距離が近すぎて使用は不可能だっただろう。
ルスト:「まずいな。
軍事レベル通信を発信しろ。」
音声:「既にレベルAを発信しました。」
ルスト:「そうか・・・。」
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ルードフは、巨大な腕の攻撃に見入っていた。
それはまるで映画のようだった。
音声:「対処方法の指示をお願いします。
最善の対処法は、撤退と判断します。」
ルードフは、黙ったままだった。
ルードフ:(あの腕の攻撃は危険だ。
やはり、神の槍を使うか?)
ルードフ:「神の槍の使用許可は下りているのか?」
音声:「既に承認されています。」
ルードフ:「対象をあの腕とした場合の
神の槍の被害規模をシミュレート。」
音声:「数メートの範囲が地盤陥没。
MSRGD実験場内のほぼ全ての建築物は、
80%-100%の崩壊となります。」
ルードフ:「壊滅ということか。」
ルードフは、しばらく考えた。
そして、結論をだした。
ルードフ:「神の槍を使う。
射出準備開始。」
音声:「射出準備に入ります。
おおよそ10分で完了します。」
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丁度その時、MSRGD実験場に警報がけたたましく鳴り響いた。
ルストは、この警報は聞いた事がなかった。
ルスト:「どうした?
何があった?」
音声:「神の槍の発射準備に入りました。
着弾まで12分。
総員は、直ちに避難してください。」
ルスト:「地下シェルターでの生存確率は?」
音声:「地下シェルターの一部が着弾地点と重なるため、
生存確率は1%未満となります。」
ルスト:「なんてことだ。
緊急用MFSV(磁力浮上車両)の確保をしろ。」
音声:「MFSV(磁力浮上車両)の確保を実施しました。
完了まで2時間かかります。」
ルスト:「ばかな。」
音声:「神の槍の発射準備に入りました。
着弾まで11分。
総員は、直ちに避難してください。」
その時、ルストの頭の中に声が聞こえた。
その声は、紛れもなくモリー博士だった。
モリー:((ルストよく聞くんだ。))
ルスト:((モリー博士。
どうやって。))
モリー:((今は時間がない。
生き残ることを最優先とするんだ。
B棟の最上階に
VTOL機(垂直離着陸機)*4を準備している。
パスコードは、XXXXXXXXだ。))
ルスト:「緊急放送。
生存者は5分以内にB棟最上階に集合。
遅れた者は置いて行く。」
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ルードフは、神の槍の準備映像を見ていた。
ルードフ:「MSRGD実験場の衛星映像に切り替えろ。」
直ぐにMSRGD実験場の上空からの映像に切り替わった。
音声:「神の槍を射出します。」
2分後、ルードフは人類初の神の槍の地表着弾を
目撃することになる。
*1:軍事レベル通信
如何なる理由よりも優先される緊急通信。
バトラー(人工知能)によって判断され、自動的に発信される。
A:軍事的撤退が余儀なしとされる場合。
B:軍事的援助が必須な場合。
C:軍事的援助が必要な場合。
*2:コンタクトに失敗
会議中などの場合、コンタクトが禁止されることがある。
この場合、終了次第再コンタクトが実施される。
個別でのブロック設定も可能であり、
発信者は、それを知ることはできない。
*3:LAS(LieAnalysisSystem)
いわゆる嘘発見器である。
音声の変化、眼球の変化、筋肉の変化等から嘘を見抜く。
但し、精度は100%ではない為、それを鵜呑みにはできない。
将官以上の階級のブレスレット端末に搭載されている。
これは、トップシークレットでもある。
*4:VTOL機(垂直離着陸機)
ヘリコプターのように垂直に離着陸できる飛行機。




