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続魔獣の壺  作者: 夢之中
18/28

宇宙歴20年、3月5日明け方、MSRGD実験場


ルストは管制室の強化ガラス越しに異世界への扉である

巨大な黒い球体を眺めていた。


ルスト:「それにしても、静かだ。

    静かすぎる。

    何も起こらなければよいのだが。」

モリーの言葉が頭を過る。


一昨年ここに着任してから風は1度もやまなかった。

それが昨日から完全に無風状態が続いていた。

それはまるで何かが起こる前触れの様にも思えた。


ルスト:「んっ、なんだあれは?」


ルストが外を眺めていると、黒い球体の前方に異変を感じた。

その辺りが黒い色に覆われ始めたのだ。

まるで、黒い霧の様にも見えた。

そして、ゆっくりとだが確実に広がっているのが分かった。


ルスト:「球体の前方に異常発生。

    解析開始。」

直ぐに解析は終了した。


音声:「各種センサーに異常を確認できませんでした。」


ルスト:「ばかな。」

ルストは目を擦ると再び黒い霧を凝視した。

見間違えなどではなく、明らかにそれは存在していた。

ルスト:(光学センサーでも感知できないというのか?

    では、私が見ているこの光景はなんなのだ。)

ルストは再度それを眺めた。


それははっきりと認識できるほど急速に色濃くなり、

そして広がっていった。

すでに中心あたりは後ろの岩肌が完全に見えなくなっていた。

この時、ルストはこの出来事を記録しておかなければならないと

感じていた。


ルスト:「現時点から全ての情報をデータバンクに記録。」

音声:「データバンクに記録します。

   データバンクの空き容量はおよそ80%その内70%が

   利用可能です。

   およそ50時間で限界に達します。」

ルスト:「わかった。

    50時間か、それだけあれば十分だろう。」


そう発言した後で、

何が十分なのか?

何故記録する必要があると思ったのか?

そもそも何が起きているのか?

そんな疑問が脳裏をよぎった。


その時、けたたましく警報が鳴り響いた。

音声:「敷地内に生命体1体が出現しました。

   至急調査の必要があります。」


ルストは直ぐに監視モニタを見た。

そこに映っていたものは想像を絶するものだった。


ルスト:「なんだ、あれは。」


それは四肢を持ち、2本脚で立ち、そして胴体と頭を持っていた。

遠くから見れば人にも見えたかもしれない。

しかし、その顔は人間とは異なり、毛で覆われており、

鼻と口が突き出ていた。

ルストはその容姿を過去に見たことがあった。


ルスト:「お、狼男?」


そう、3D映画で見た狼男の容姿そのものだった。

その時、頭の中に言葉が浮かんだ。


ルスト:「魔獣?、そう、魔獣だ。

    しかし、一体どこから?」


ルストは改めて監視モニタを見つめた。

監視モニターを見つめていると、その疑問に答えるような

場面を見る事ができた。

真っ黒い霧、それが一か所に集まり、人を形作り、

その後、真っ黒い色から本来の色へと変わっていった。

ルストは呆然とそれを見つめていた。

その顔は恐怖に引きつっていた。


音声:「敷地内に2体目の生命体が出現しました。

   至急調査の必要があります。

   緊急事態と判断し、対象の追尾を開始します。」


その音声でルストは我に返った。


音声:「全ての防衛システム、戦闘車両の砲塔は

   対象のロックオンを完了しました。」


ルストは監視モニタを再度見つめると、

何かを悟ったような顔になり、

無言で首から下げたペンダントを引き出して握りしめた。

そして、忘れていたあの時の事を思い出した。

その時監視モニタ上では、3体目の魔獣が出現しようとしていた。


=====


ルストは連合宇宙軍の下士官*1であり、

1年ほど前に、この実験場に赴任してきた。

ビイケ中尉の元、副官として警備の教育を受けていた。

当時の所長は、モリーだった。

モリーは学者であったため、堅物と想像していたが、

予想に反して気さくな人物だった。

さらにモリーは、何かと便宜を図ってくれた。

2人は親密の度を加えていった。


そして2ケ月程前にルストはモリーに呼び出された。

それはビイケ中尉が転任になる話だった。

新任の上官が赴任するまでの間、暫定的に警備を任せたいとの

ことだった。

こんなチャンスはまたとなかった。

不備無く勤め上げれば功績となるはずだ。

そう考え、即答でそれを受けた。


その後、モリーは興味深い話をした。

それはこれから起こるであろうことだった。

ルードフ司令長官がここの指揮権を持つ事。

ここの警備を正式に任される事。

ルストに苦難が降りかかる事。


私は予言かとモリーに聞いた。

モリーは、

『これは予言ではない。

 あらゆる可能性から導き出された予測だ。』

と答えた。

しかし信じる気にならなかった。

もっともあり得ない事。

それは、警備を正式に任される事だった。

警備主任は中尉以上という決まりがあり、

2階級昇進というのは戦死以外では前例が無かった。

この時にモリーから渡されたペンダントは金庫の中に。

モリーの話は記憶の底へと追い払われた。


そして実験が開始された当日、ルードフ司令長官がこの施設の

トップになった。

この時は只の偶然であると結論付けていた。

可能性はかなり高い事であり、誰にでも予想可能だったからだ。


そして昨日、驚くべき事が起こった。


ルードフは、モリーとの通信の後、今後の事を考えていた。

ルードフ:(さて、どうするか?

     モリーが何かを知っている事は間違いない。

     やはり、モリーと直接話す以外ないか。)


音声:「呼び出しに応じて、ルスト准尉が面会を求めています。」

ルードフ:「入れ。」

部屋の扉のロックが解除され、扉が開いた。


ルスト:「ルスト准尉*2入ります。」

ルストは、お決まりの敬礼を済ませると、

ルードフの前へと進んだ。


ルードフ:「君に来てもらったのは他でもない。

     君にMSRGD実験場の警備主任を任せたい。」


ルストは、驚いた。

警備主任と言えば、中尉以上の階級が必要である。


ルスト:「いや、しかし、、、。」


ルードフ:「言い忘れていた。

     おめでとう。

     本日付けで君を少尉へ昇進する。

     そして、無事に任務を達成できた暁には、

     中尉への昇進も約束しよう。

     どうだね、警備主任を引き受けるかね?」


ルストは少し戸惑いながら言った。

ルスト:「任務とは何でしょうか?」


ルードフ:「君も知っての通り、実験は成功し、

     異世界の扉は開かれた。

     我々は現在、異世界の調査を行っている。

     実験に参加していた職員は、次の任務の為、

     移動を開始する。

     後任職員が到着するまでの間、

     ここの警備を任せたい。」


ルストは嫌な予感がした。

そして、言葉を選んで質問した。

ルスト:「異世界の調査は問題なく進んでいるのでしょうか?」

ルードフは一瞬考え答えた。

ルードフ:「いい質問だが、残念ながら機密事項の為、

     それに答える事はできない」

当然の事であったし、そもそも危険の無い警備の仕事などは

存在するはずないのだ。

ルストは最終的にこれを受けることにした。


そして自室に戻ると、

モリーから受け取ったペンダントを首に下げた。

実験場には数十台の戦闘車両と数人の警備兵が配備されている

だけだった。

ルストとその部下には異次元空間での出来事は

知らされることはなかった。



宇宙歴20年、3月5日、第10番エリーの個室


エリーは、片手にコーヒーカップを持ち足元を眺めていた。

足元の床には、直径1m程の魔法陣が描かれ、その中心に

四角い箱が置かれていた。

エリーはそれを眺めながらコーヒーを一口飲むと、

今回の出来事について考えた。


---


アディス達には声と表現したけど、あの不思議な感覚、

あれは一体何なのだろう?

この魔法陣もそう。

確かにあの本で魔法の知識は少しはあったけど、

これを描ける程知っていたわけでは無い。

私の中に奥深く閉じ込められた記憶?

もし自分の記憶であるならば、目的の物のみをピンポイントで

呼び起こす事が可能なのだろうか?

この魔法陣がどう機能するのかもわからない。

そにも関わらず、これが正しいと思える不思議な感覚。

それに自分の中に、自分以外の存在を感じる。

私であって、私でない何か。

彼女は、あの光と共に私の中に現れた。

彼女?

そう、何故か女性だと思った。

そして、彼女は私を知っている。

いや、知っていると感じただけだ。

この魔法陣も彼女が教えてくれた。

いや、そう思っているだけかもしれない。

二重人格。

それを否定することは私にはできない。

この魔法陣が実際に機能すれば、結論はでるかもしれない。

知り得る事が不可能な事を知っているはずがないからだ。


---


エリーはコーヒーを一口飲むと溜息をついた。


エリー:「ふぅ、やってみるしかないか。」

そして、エリーは軽く仮眠をとることにした。



*1:下士官

 下士官は、軍隊の階級区分の一つで、士官(将校)の下、

 兵(兵卒)の上に位置する。いわゆる士官候補である。


*2:准尉

 連合宇宙軍の士官階級は、上から将官、佐官、尉官で

 分けられる。

 各官位の中は、上から大中少准の4つが存在する。

 例としては、大将、中佐、少尉などである。

 最も高い階級は大将であり、最も低い階級は准尉である。



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