遭遇
宇宙歴20年、3月4日、第10番艦艦長室
艦長室に到着した時、クーカ船長は頭を抱えていた。
アディス:「何か起こったんですか?」
クーカ:「君達の予想通り、9、8番艦からも
緊急発光信号を受信した。」
アディス:「そうですか。」
クーカ:「しかし問題はこっちだ。
コールドスリープ区画で警備兵があの獣に襲われた。
それに伴い、バトラーは最終的に
全コールドスリープ区画を隔離してしまった。」
エリー:「なんですって!?」
クーカ:「まだ被害は出ていないが、問題は大きい。」
アディス:「何故そんなことに。」
クーカ:「コールドスリープ区画の定期的な巡回だった。
その時、あの獣が突然襲って来たんだ。
奇襲に対して警備兵はレーザー銃で応戦したんだが、
獣にはあまり効果が無かったようだ。
獣は一瞬動きを止めたあと、逃げ去ったということだ。
バトラーはあの獣を倒せる武器を
我々は持っていないと判断した。
獣の侵入経路を配管路と特定し、
対象のエネルギー生成装置の区画の完全閉鎖の判断を
求めてきた。」
アディス:「配管路?」
アナキン:「多くの配管が通っている作業用の通路の事ですよ。
一度入ったことがありますが、しゃがまないと
通れないほど狭いんですよね。」
アディス:「閉鎖できないんですか?」
アナキン:「それは無理ですね。」
アディス:「どうして?」
アナキン:「コールドスリープ装置用の配管が通ってるんです。
閉鎖したらコールドスリープ装置が
停止してしまいます。」
アディス:「なるほど」
クーカ:「そこで私はコールドスリープ装置の停止を理由に
判断を却下した。
しかし、バトラーは緊急事態と判断したんだ。
エネルギー生成装置の区画と全てのコールドスリープ
区画を大きな塊として隔離したんだ。」
アディス:「何故そのような判断を?」
クーカ:「現在艦内で行動可能な者は、およそ100名だ。
この内90名が乗務を行う。
これは安全に航行するための、必要人数でもある。
この人数は全員が行動不能に陥っていない場合での
最重要項目なんだ。
通常は、この人数が減った場合はコールドスリープ
状態から蘇生することで調整を行うのだが、
あの獣が現れた。
バトラーは警備兵が襲われたことで、
あの獣を駆除対象としたが、
我々の武器では駆除できないことも分かった。
配管路の為に完全閉鎖もできない。
バトラーは緊急事態として、行動可能な100名の
生命の安全を優先した。
これがエネルギー生成装置と全コールドスリープ区画を
大きな塊として隔離した理由だ。」
エリー:「それって、こちらから人質を差し出したような
ものじゃない?」
クーカ:「その通りだ。
奴らと会話が出来ればよかったのだが。
今のところコールドスリープ装置に異常はないが、
何が起こるかわからない。」
エリス:「隔離しているのに異常がないって、
どうして分かるんですか?」
クーカ:「隔壁閉鎖前にバトラーがアロイドを派遣し、
特定の場所で振動による通信を行っている。」
エリス:「特定の場所?」
クーカ:「排出用のエアダクト*1の隔離壁だ。
有害なガス等が発生した場合に排出するダクトで、
ここだけが単層構造の隔離壁なんだ。」
アナキン:「なるほど、
そこだけ振動が通るってことですね。」
クーカ:「そうだ、アロイドは今は中継用として機能している。
情報量は少ないが、最低限の情報取得は出来ている。
ただし、破壊されるまでだがな。
それにバトラーは武器の開発を始めた。
しかし、どれだけ時間がかかるかは分からない。
数ヶ月か、数年か。」
エリー:「そんなに、、、。」
アナキン:「ところで、突然襲われたって言ってましたが、
バトラーは生体反応を検知できなかったんですか?」
クーカ:「配管路は監視装置の範囲外なんだ。」
隔離によって獣の侵入経路は無くなった。
しかし、コールドスリープ状態の人々は敵の手に落ちたといって
いいだろう。
エリー:「アディス。
試してみない?」
アディス:「何を?」
エリー:「ショックバトンが魔獣に効果があるかどうか。」
クーカ:「魔獣だと?
ショックバトンで倒せるのか?」
アディス:「やってみないと何とも言えません。」
宇宙歴20年、3月4日、第10番艦アディスの個室
クーカ艦長との話し合いの結果、状況把握前提という事で、
侵入許可を得るとこができた。
個室へ戻った7人は、少しの時間、先ほどの話の続きをした。
アディス:「マルス、何があったのか覚えていないのか?」
マルス:「すまない。
転移の魔法陣辺りで、急に眠気に襲われて、
それ以降の記憶がないんだ。
そうだ、転移の魔法陣で気になる事がある。
1番艦の映像で見た魔法陣なんだが、
転移の魔法陣じゃないかと思うんだ。
しかし、転受の魔法陣は作成に時間がかかると
書いてあった。
だとすると、あまりにも早すぎる。」
アディス:「なるほど。
そう言う意味だったのか。
『パインの手記』の中に補足説明でこんな事が
書いてあった。
『召喚の魔法陣と転移の魔法陣の基本は同じである。
どちらも2つの世界を繋ぐ扉である。
その違いは精神体のみを送るものと
全てを送るものの違いである。』
だそうだ。」
マルス:「やはり、魔獣は精神体だということか?
しかし、肉体を持っているようにしか見えないが。」
アディス:「それについても記述があった。
『精神体が物質化することによって肉体を持つ。』
とね。」
その後、7人は侵入する人員を決める為に話し合いをした。
エリー:「私は絶対にいくからね。」
ドルス:「まあまあ、落ち着いて。」
レーザー銃の効果に期待できない為、
主力武器はショックバトンのみとなることは確実であり、
ショックバトンの経験者は、ドルス、ヴィヴィアン、アナキン、
エリーの4人だった。
当初は、3人での行動を考えていたが、
エリーの強引な押しによって4人での行動となった。
そして、話し合いの結果、アディス、ドルス、ヴィヴィアン、
エリーと決まった。
7人は、立体マップで侵入経路を検討していた。
コールドスリープ装置のある区画は、
エネルギー生成装置の区画の回りに配置されていた。
これはエネルギー損失*2や配置効率を考えた設計であった。
今回の目的はあくまでも状況把握であり、エネルギー生成装置の
区画への侵入は考えていなかった。
アナキン:「隔離中の区画は非常用電源になっているため、
薄暗いんですよ。
発光シート*3を持っていくべきだと思うんですが。」
ヴィヴィアン:「アナキンの言う通りです。
早速準備しましょう。
アナキン、一緒に来て。」
アナキン:「わかった。」
ドルス:「ショックバトンも忘れるなよ。」
ヴィヴィアン:「はい。」
他の者はドルスの勧めにより、防護服に着替えをしていた。
エリー:「この防護服って動きやすいんだけど、身体の線が
出ちゃうのよね。」
エリス:「エリーは、プロポーションいいから大丈夫だよ。」
エリー:「そう言う意味じゃないんだけど。
まあ、いいわ。
いきましょう。」
シャワールームから出ると丁度、ヴィヴィアンと
荷物を抱えたアナキンが戻ってきた。
アナキン:「まったく、ただの荷物運びかよ。」
ヴィヴィアン:「文句言わない。
これもお仕事よ。」
アナキン:「姉貴は人使いが荒すぎなんだよ。
少しは弟の身も考えろよな。」
ヴィヴィアン:「それを言うなら、男なんだから
女性に気遣いなさい。
そんなことだから彼女ができないのよ。」
アナキン:「・・・」
ヴィヴィアン:「変なところをお見せして、
申し訳ありません。
いつもの事なので気にしないでくださいね。」
アナキンが、荷物を机の上に置くと、
箱の中からショックバトンを取り出した。
ドルスがショックバトンを腰のベルトに取り付けながら言った。
ドルス:「効果があるといいんだがな。」
宇宙歴20年、3月4日、第10番艦隔壁前
アディス、ドルス、ヴィヴィアン、エリーの4人と
1台のアロイドが隔壁の近くに集まっていた。
アロイドは映像の送信を目的として、
クーカ艦長が寄こしたものだ。
隔壁前には部屋があった。
アディス:「こんな部屋はマップには無かったはず。
これはなんだろう?」
ドルス:「これは移動式滅菌中和ルーム*3ですよ。
バトラーが配置したのでしょう。」
アロイドに発光パネルの貼り付けを指示し、準備が整った。
滅菌中和ルームに入り、消毒を受ける。
アディス:「隔壁を上げてください。」
クーカ:「分かった。
隔壁を上げる。」
静かにそしてゆっくりと隔壁が上がっていった。
4人は腰のショックバトンを手に取ると
隔壁が上がるのを待った。
区画に入ってすぐは通路になっている。
中は薄暗かった。
アロイドが真っ先に侵入し、発光パネルを張り付けて行く。
4人は明かりが灯ったのを確認した後、慎重に侵入した。
ピリピリした空気が漂う。
『ブーン』というコールドスリープ装置が発する音が耳につく。
いつ襲われてもおかしくはないという思いが、恐怖を煽る。
アロイドが無機的な動作で先を進み、
発光パネルを張り付けていた。
アディスは意を決して、歩みを進めた。
アディスの後ろをドルス、ヴィヴィアン、エリーの順で
進んで行った。
しばらく進んだ時、悲鳴が上がった。
「きゃぁぁ!!。」
「いやぁぁ!!。」
「うぁぁ!!。」
アディスが後ろを振り向くと魔獣が3人に伸し掛かっていた。
アディスは最も近いドルスに駆け寄ると、
ショックバトンを振り上げた。
その時、肩に力を感じた。
凄い力だった。
アディスはバランスを崩し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
ショックバトンが手から滑り落ちる。
アディス:「しまった。」
自分の上に何かが伸し掛かってきた。
目の前には魔獣が大きな口を開けていた。
アディスはとっさに魔獣の顔を両手で掴む。
魔獣の力は想像以上に強かった。
徐々に魔獣の牙が近づいてくる。
その時、音が聞こえた。
「ボン。」
何かが破裂したような鈍い音。
しかし、アディスには音の方向を確認する余裕は無かった。
直ぐに、また破裂音がした。
「ボン。」
:
「ボン。」
アディス:(なにが起こっている?)
そう考えた時、また破裂音がした。
「ボン。」
突然、目の前が真っ赤に染まる。
同時に魔獣の力が一気に無くなった。
アディスは伸し掛かっている塊を押しのけると、立ち上がった。
バイザーを拭う。
それは、血だった。
背筋が凍るような寒気を感じた。
辺りを見回すと、ドルスとヴィヴィアンが
立ち上がろうとしていた。
彼等も魔獣の真っ赤な血に染まっており、
その近くには4匹の頭の無い魔獣が転がっていた。
アディス:「エリーはどこだ?」
アディスは辺りを見回しエリーを探した。
後ろを振り向くと壁に寄り掛かるように座っているエリーを
見つけた。
エリーに近寄る。
アディス:「エリー、大丈夫か?」
エリーの返事はない。
ドルスとヴィヴィアンがやってきた。
音声:「バイタルデータには異常ありません。
睡眠状態にあります。」
アディスは2人を見ると言った。
アディス:「なにが起こったのか分からないが、
一旦撤退しよう。」
*1:エアダクト
換気・冷却用などの空気を導くパイプ。
*2:エネルギー損失
エネルギー伝送上での損失。
*3:発光シート
化学反応によってシート全体が面発光するシート型簡易照明。
電極に通電することにより発光を始める。
発光時間は72時間程度であるため仮照明として使用される。
裏面が粘着加工されており、張り付ける事が可能。
薄く柔軟なため、携帯にも適している。
*4:滅菌中和ルーム
パンデミック(流行病)や有毒ガスなどに汚染された区画は
隔離されるが、その場合に隔壁前に設置される専用部屋。
有毒ガスの中和、防護服の洗浄・消毒を行う。
中和・消毒が終了しない限り先へは進めない。




