後退
宇宙歴20年、3月3日、異世界
マイク達が昇降機に戻った時、ルードフ自ら彼等を出迎えた。
ルードフが本当に知りたかったことは、何が起きたかではなく、
どうしてそうなったかだった。
マイク達はそれを知るはずもない事は、
既にルードフも分かっていた。
しかし、ルードフはそれを聞かずにはいられなかった。
ルードフがマイクと接触したその時、突然警報が鳴り響いた。
音声:「多数の生体反応がこちらへと移動しています。」
この時ルードフはまだ冷静だった。
ルードフ:「マップ表示」
目の前に立体マップが表示された。
マップを見てルードフは驚いた。
そこには、まるで絨毯を引き詰めたように、
無数の赤い点があった。
ルードフ:「なんだこれは!!」
ルードフは思わず駆け出した。
そして、監視台に登ると崖の下の草原を見た。
突然視界が歪む。
ルードフは何が起こったのか分からなかった。
目を瞑り、しばらく待ってゆっくりと開いた。
視界が真っ赤に染まる。
目に見える範囲、全てが真っ赤に染まる岩だけだった。
ルードフ:(草原はどこへいった?
森は?
湖は?
一体何が起こった。
まさか、幻だったのか?)
そして、遥か前方に大きく広がる砂煙を目にした。
ルードフ:「いかん。
テレスコープ*3オン。」
バイザーの映像が拡大する。
ルードフ:「なんだあれは?」
ルードフが見たものは、四足歩行の獣だった。
まるで犬か狼のように駆けてくる獣の群れだった。
それがまるで狂ったように自分めがけて突進してくる。
ルードフは何かに憑かれたようにそれを見ていた。
音声:「未確認生物との接触まであと60分ほどです。」
ルードフはその音声で我に返った。
ルードフは冷静だった。
ルードフ:「直ぐに全員を補給基地まで後退させろ。」
この時ルードフの中に獣に対する闘争心が芽吹いたのを
本人も気付いてはいなかった。
30分後、
ルードフは補給基地で防衛のための指示を出していた。
ルードフ:「戦闘車両は、何台ある?」
音声:「防衛用として待機中の車両が30台あります。」
ルードフ:「10台を防衛用砲台として、昇降機前まで移動。
残りは、補給基地の防衛にまわせ。
自動射撃機能のロックを解除しろ。」
職員:「自動射撃機能は条約によって禁止されています。」
ルードフ:「何を間抜けな事を言っている。
異世界人との条約はない。
直ぐに準備をしろ。」
職員:「分かりました。」
職員がブレスレット端末から指示をだす。
職員:「準備ができました。」
ルードフ:「自動射撃機能ロック解除。」
職員:「自動射撃機能ロック解除。」
音声:「自動射撃機能ロック解除されました。」
ルードフ:「自動射撃機能オン。
対人用パルスレーザー*1に設定。
射程範囲に侵入する者は全て攻撃しろ。」
ルードフ:(これで、何とかなる。
撃退した後で、侵攻開始だ。)
ルードフは獣が射程範囲に入るのを待った。
しばらくして、最初の獣が射程範囲に突入した。
10台の戦闘車両から同時にパルスレーザーが発射され、
40本の細かい光が獣に対してばら撒かれた。
獣の頭に細い光が突き刺さる。
獣はそのままの勢いで転がって倒れた。
職員の間から歓喜の声があがる。
ルードフは無言でそれを見ていた。
次々と突入してくる獣に対して、砲塔は効率よく回転し、
頭、心臓等の急所に攻撃を続けた。
獣達が次々に倒れて行く。
ルードフ:「よし。
撃て、撃ちまくれ。
一匹たりとも撃ち漏らすな。」
後続の獣たちは足を止め、射程範囲に入ろうとしない。
しばらくの間、膠着状態が続いた。
それは突然の出来事だった。
映像を見ていたルードフの顔から血の気が引いた。
最初に倒した獣がゆっくりと立ち上がったのだ。
レーザーが命中した箇所には傷は無かった。
再びパルスレーザーが発射され、
立ち上がった獣に向けて多数の光が突き刺さる。
しかし、獣は倒れなかった。
ルードフ:「まさか、耐えるのか!?」
倒れていた獣が次々と立ち上がる。
一匹の獣が吠えた。
それはまるで遠吠えの様な声だった。
それを合図に全ての獣が突進を始めた。
ルードフの顔は真っ赤だった。
ルードフの中の闘争心に火が付いたのだろう。
怒鳴るような大声で指示を出す。
ルードフ:「パルスレーザーの出力を上げろ。
対アロイド用だ。
いやまて、対車両用に変更しろ。
確実に仕留めろ。
昇降機を破壊した上で、
異世界から撤退し、態勢を整る。」
ルードフの後退の判断は的確だった。
対車両用出力のレーザーは獣の身体を確実に切り取っていった。
最初は順調に獣を倒しているように見えたが、
発射間隔に対して敵の数があまりにも多く、
駆逐するまでには至らなかった。
そして十数分後には崖下は獣で埋め尽くされていた。
ルードフは、MSRGD実験場にいた。
広場には百台程の戦闘車両が並んでおり、
その大半はレーザー兵器と共に中性粒子ビーム砲*2で
武装していた。
ルードフは交渉失敗を想定して軍を集結させていた。
それは侵攻目的でもあり、防衛目的でもあった。
時刻も既に0時近くになっていた。
ルードフ:「防衛態勢をとれ。」
そう指示したのちに、異世界の映像を確認する。
10台の防衛用砲台は既に破壊されており、
昇降機付近の映像は受信できなかった。
受信できた映像は補給基地に設置されたカメラのみだった。
ルードフはその映像を食い入るように見つめていた。
洞窟の入口には多くの獣が集まり、足を止めて動かない。
まるで何かを待っているようにも思えた。
それは映像のわずかな揺れから始まった。
揺れは一定のリズムをとり、等間隔で繰り返され、
次第に上下左右に大きく揺れだした。
ルードフ:「なんだこれは。
地震が起こっているのか?」
音声:「映像カメラの設置場所で大きな揺れを観測しています。」
天井の岩が崩れたのか、大小さまざまな岩が崩れ落ちる。
突然カメラの視界が開けた。
ルードフ:(なにが起こった?)
声に出すよりも早くカメラを操作する*3。
洞窟の入口の上部に巨大な穴が口を開けていた。
音声:「熱源が発生しました。」
立体マップの一点に黄色い光が映し出された。
音声:「熱源の急速な温度上昇および膨張化を確認。」
ルードフはカメラの向きを変える。
音声:「熱源のプラズマ化を確認。」
映像には巨大な火の玉が映った。
そして次の行動を考えるよりも早く、
火の玉はこちらに向かって飛んできた。
映像は光に包まれた直後に途切れた。
音声:「補給基地との交信が切断しました。」
ルードフ:「あれは一体何だ?
プラズマ兵器?
それとも爆轟*4兵器なのか?」
音声:「解析不能です。」
ルードフ:「嫌な予感*5がする。
神の槍*6の準備だ。
耐熱金属棒*8は何本ある?」
音声:「予備も含めて3本になります。」
ルードフ:「3本か。
よし、神の槍の使用許可を打診しろ。」
宇宙歴20年、3月4日、MSRGD実験場
MSRGD実験場は異様なまでに静かだった。
獣は侵攻してくる様子は無かった。
この時間はルードフにとっては幸運だった。
考える時間を与えられたのだ。
最も疑問に思ったのは、モリー博士の事だった。
モリー博士は、あの獣のこと、この様な結果になる事を
知っていたのではないかという疑問だった。
その疑問を晴らす為にモリー博士との回線を開いた。
目の前にモリー博士の映像が現れた。
モリー:「何の用ですかな?」
ルードフ:「居心地はどうですかな?」
モリー:「快適すぎて困っているぐらいだよ。」
ルードフ:「それは良かった。
聞きたいことがあってな。」
モリー:「何でしょうか?」
ルードフ:「何を知っている?」
モリー:「何を?
開発を始める前に話したと思うが?」
モリーはMSRGDの開発を始める時にそれが賭けであることを
話していた。
何処に繋がるかは分からない。
一度開いたら閉じる事はできない。
異世界に生命体がいるかもしれない。
等だった。
ルードフ:「貴様も見ただろう。
あの獣は一体何なんだ?」
モリー:「残念ながら私にも分からない。
知っていればMSRGDの開発など行わない。」
ルードフ:「それが貴様の回答か。
まあいい、いずれ白黒はっきりさせてやる。」
*1:パルスレーザー
レーザー光線による攻撃は膨大なエネルギーを
必要とするため連続発射には不向きである。
そこで、レーザーを短い間隔で発光する事により、
エネルギーの消費を抑え、連続発射を可能にする。
*2:中性粒子ビーム砲
2基の粒子加速器で原子核と電子を別々に加速し、
同じ速度まで加速した原子核と電子を融合し、
電気的に中性な原子を発射する。
射程が短い為、近距離戦でしか使用できない。
*3:カメラを操作
音声による操作も可能であるが、このような操作の場合
直接手を下した方が早く動かせる。
*4:爆轟
気体の急速な熱膨張の速度が音速を超え衝撃波を伴いながら
燃焼する現象。
一般的に爆轟を起こしながら燃焼する物質を爆薬と呼ぶ。
*5:嫌な予感
人間に備わっている野性的な本能から、
無意識のうちに危険を感じ取っているためだとされる。
いわゆる第六感と呼ばれるものの一つであり、
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感以外のものを指す。
五感以外のもので五感を超えるものを指しており、
理屈では説明しがたい心の働きのこと。
*6:神の槍
レールガン*6を装備した衛星から金属棒を射出し、
対象を運動エネルギーで破壊する。
宇宙空間に存在する岩石が重力に捕捉され隕石となる前に
破壊する目的で使用されている。
地上に向けて使用することも可能であるが、
使用されたことは一度も無い。
*7:レールガン
物体を電磁誘導(ローレンツ力)により加速して撃ち出す装置。
*8:耐熱金属棒
神の槍を地上に向けて射出した場合、大気との摩擦によって
金属棒が溶解してしまう。
これを防ぐために耐熱処理を施した金属棒である。
万が一の事(落下後の破壊)を考えて用意されているが、
その可能性は極めて低い。




