始まり
宇宙歴20年、3月3日、第10番艦艦長室
最初の緊急発光信号を受けてから。5時間半が経過していた。
6人はクーカ艦長の直々の呼び出しに応じて艦長室に来ていた。
クーカ:「君達に来てもらったのは、
この映像を見てもらいたいからなんだ。」
アディス:「映像ですか?」
クーカ:「この際、君達には本当のことを話しておこう。
パニックを恐れてまだ非公開としているが、
1,2,3番艦に続いて4,5,6番艦からも
緊急発光信号が発信されている。」
6人:「!!!」
クーカ:「この映像は3番艦の救助部隊が撤退しようと
したときに射出した情報カプセル*1からのものだ。」
アディス:「撤退しようとした?」
クーカ:「残念だが、彼等が生還できたかは定かではない。
とにかくこの映像見て意見を聞かせてほしい。」
6人はクーカの言葉に従い映像を見る事にした。
それは、1番艦で発生していた事の記録だった。
緊急発光信号が発信される3時間前。
バトラーを除いて異変に気付く者はいなかった。
エネルギー生成装置が設置されている区画*2に1体の生体反応を
検知したのだ。
バトラーは突如現れた生体反応を計器の故障と判断していた。
当然の事だった。
人間大の生物が何もない場所に現れる訳がない*3。
バトラーはアロイドに修理を指示した。
区画管理担当*4のスミスは、ブレスレット端末で指示を
受けていた。
アロイドの作業をチェックするためだ。
スミス:(計器の故障か。
めずらしいな。)
スミスは、多少訝しく思いながらも、対象装置の
設置されている場所へと向かった。
現場に到着すると、既にアロイドが修理作業を開始している
最中だった。
その時彼は、後ろに忍び寄る存在に気が付くことはなかった。
緊急発光信号が発信される2時間前。
リックは艦長室で仮眠をしていた。
音声:「リック艦長、起きてください。
:
:
リック艦長、起きてください。
:
:」
リックは眠い目を擦りながら起き上がった。
リック:「もう、時間か?」
音声:「いえ、まだ指定された時間ではありません。」
リック:「何があった?」
音声:「エラー*5が発生しています。
対処をお願いします。」
リックは目の前に表示されたエラーを見て驚いた。
リック:「なんだ、この量は!!」
1、2件程度を予想していたリックであったが、
ずらっと並ぶエラーに驚きを隠せなかった。
とりあえず1件目の内容を見る*6。
リック:(なるほど、計器の故障に向かったアロイドが
停止したのが始まりか。
そして、続けて向かったアロイドが次々に停止。
なにがあった?
最初に故障したのは監視装置*7か。
だとすると、遠隔で状況を見れない。
さてどうする?)
リック:「現在の区画管理担当はどうしている?」
音声:「スミス管理担当は故障個所に向かいましたが、
監視装置が修理中の為、連絡が取れていません。」
リック:(問題があれば連絡があるだろうし、
人命に関わる事態なのか?)
リック:「至急、調査隊を結成してくれ。」
緊急発光信号が発信される1時間前。
相変わらず原因は判明しておらず、
調査隊員3名からの連絡も無かった。
リック艦長は警備兵に緊急徴集をかけ、
ブリッジには十人の警備兵が集まっていた。
リック:「エネルギー生成装置の区画で異常事態が発生している。
原因調査に向かった3名からの連絡も途絶えた。
最悪の場合を想定し、第一級警戒態勢を発動する。
対象区画は隔壁で閉鎖中だ。
今後はラウル警備隊長の指示に従って行動してほしい。」
警備兵の間でざわめきが起こった。
ラウル:「行動は5名単位とし、警戒を行いながら現場へ向かう。
通信優先の為、区画の磁気シールドは解除する。
これは訓練ではない。
そのことを肝に銘じておくように。」
そして、ラウルを含む5人が選ばれた。
緊急発光信号が発信される30分前。
6人は防護服を装備した後に、侵入経路を確認する為に
立体マップを見ていた。
対象区画は、45m x 45m x 7mの空間が5層になっていた。
中央の3層目にエネルギー生成装置が設置されており、
他の層は倉庫として利用されている。
船の設計段階では、エネルギー生成装置の選択が
未決定であった為、この様な無駄な空間*8ができてしまった。
3層目は細かく部屋に分かれている。
取り囲むように通路があり、その中央の部屋に
エネルギー生成装置が設置されている。
その通路に監視装置があった。
ラウル:「目的の場所は、3層目のこの場所だ。
ここは、エネルギー生成装置の置かれている層だ。
コールドスリープ装置へのエネルギー供給は、
全てこれで賄われている。
事は重大だ。
直ぐにでも安全を確保しなければならない。
問題が無ければ出発する。」
そして6人は対象区画へと向かった。
リック艦長の発言通り、3層目の隔壁は閉鎖されていた。
目的の場所は隔壁から入り、左に進んだ先を
右に曲がったところだった。
ラウル:「隔壁を開けてくれ。」
音声:「対象の隔壁を開きます。
なお隔離中の為、補助電源*9に切り替わっています。」
隔壁がゆっくりと開いて行く。
中は薄暗かった。
補助照明が足元のみを照らし出している。
銃を構え慎重に侵入する。
ラウル:「ヘッドライト点灯。」
ヘルメット上部のライトが点灯する。
光が壁を照らしたとき、ラウル達は異様な光景を目にした。
床、壁の至る所に不思議な模様が描かれていた。
ラウル:「これは何だ?」
誰かが呟いた。
???:「魔法陣?」
ラウルは思い出した。
モリー博士が作ったエネルギー生成装置にもこの図形が
描かれていた。
同じものかは分からなかったが、確かにあの図形に似ている。
ラウル:「魔法陣のようだな。
なんでこんなものが、、、。」
その時、視界の端に黒い影が動くのを感じ、
咄嗟に影に向かって銃を構えた。
しかしそこには何もいなかった。
ラウル:「ふぅ、驚かせてくれる。」
ラウル達は左右を確認した後、すぐに左へと進んだ。
通路は真直ぐに延び、右に曲がっていた。
直前まで進み、右側を覗き込んだ。
ラウルは驚いた。
そこには、多くのアロイドの部品が転がっていた。
ラウルは、しゃがみ込んで部品の1つを手に取ると、
しげしげと眺めた。
それはアロイドの腕だった。
切断面は引きちぎられており、
人間業でないことは一目瞭然だった。
ラウル:「これは。」
その時、後方から悲鳴が聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
一人ではない、立て続けに悲鳴が上がる。
後ろを振り向いた時、上空から覆いかぶさるように襲われた。
ラウルは見た。
人間ではない、獣の顔を。
それはまるで血に飢えた犬あるいは狼のような顔をしていた。
そこで映像は途絶えた。
この映像を見ていたリック艦長は
直ぐに緊急発光信号を発信した。
クーカ:「どう思うかね?」
アディス:「・・・」
クーカ:「別に私は君達を疑っているわけでは無い。
通路に書かれた魔法陣、突如現れ襲い掛かってきた獣。
モリー博士と関係があるとしか思えない。
知っていることがあれば、話してほしい。」
アディス:「見た事も無い魔法陣ですし、
あの獣のような生物も知りません。」
クーカ:「そうか、残念だ。
何か得られると思ったのだが。」
エリス:「あのー、艦長。」
クーカ:「何ですか?」
エリス:「すぐに隔壁を閉鎖するべきではないでしょうか?」
クーカ:「どういう意味です?」
エリス:「緊急発進信号の発信順番と時間は?」
クーカは少し戸惑いながら答えた。
クーカ:「1番艦が6時間前。
2番艦、3番艦が、4時間前。
4番艦、5番艦が、2時間半前。
そして6番艦が1時間前だ。」
エリス:「それって、1時間毎に次々に問題が
発生しているように見えませんか?」
クーカ:「確かに、、、。」
エリス:「そして、1番艦の原因発生が、その3時間前。
つまり、9時間前ということです。」
クーカ:「まさか、、、。」
クーカは、エリスの言わんとしている事を理解した。
直ぐにエネルギー生成装置の区画からの退去と
隔壁閉鎖の指示を出した。
その直後だった。
音声:「7番艦からの緊急発光信号を受信しました。」
全員:「!!!」
クーカ:「この艦にも危険が迫っているということか。
エネルギー生成装置の区画の故障判定ログを表示。」
クーカがログを確認すると、それを見つけた。
クーカ:「あったぞ。
5分前に生体反応を感知している。
バトラーはそれを故障と判断。
アロイドを派遣している。
1番艦と全く同じだ。」
アディス:「区画管理者はどうです?」
クーカ:「隔壁閉鎖でキャンセルされたようだ。」
アディス:「監視装置は?」
クーカ:「残念だが、遅かった。
既に停止している。」
クーカは頭を抱えた。
クーカ:「一体どうすればいいんだ?」
その時、アティスのブレスレット端末が鳴った。
「ピピッ」
アディスが端末を見る。
そして言った。
アディス:「条件指定データのロックが解除されました。
モリー博士はこの件を予想していたのかも
しれません。」
クーカ:「そうか、ならばこうしよう。
私は情報を集める。
君達はそのデータを調べ、結果を報告してほしい。」
アディス:「わかりました。」
*1:情報カプセル
無線が使えない場合に多くの情報を送りたい場合は、
通常はランチを使用するが、それが使用できない場合や
多数に送る場合、情報をカプセルに入れて射出する。
各艦は様々な個別識別信号を発しているためそれに向かって
移動するだけである。
*2:区画
宇宙船内部は一辺50mの立方体の区画で分割されている。
宇宙船の外壁に損傷を受けた際、その区画を閉鎖する
ことにより隣接区画への被害を抑える。
宇宙空間にさらされることを考慮し、区画単位で
磁気シールドが設置されている。
磁気シールドによる弊害は区画外通信が遮断されることで、
その対策の為に監視装置経由で繋がっている。
*3:何もない場所に現れる訳がない
物質転送装置は夢の装置なのだ。
物質を量子レベルまで分解し転送・再構築する。
再構築できるということは、物質的に完全なクローンを
生成可能でもある。
*4:区画管理担当
乗員は区画内で作業するアロイドの管理が主な職務である。
アロイドは優秀ではあるが、指示作業以外の事は出来ない。
つまり全く別な要因で発生した事象に対しては無力だ。
それら突発的な事象の対処は基本バトラーが行っているが、
その都度アロイドを送っていたら、
時間がいくらあっても足りない。
突発的な事象の解決のためも管理担当者は必要となる。
*5:エラー
バトラーが判断不能と判定した案件に関しては、
処理は保留されエラーとして保存される。
誰も知らない、かつ予想できない事には危険が付きまとう。
バトラーは、それを知っているため判断を人間に
任せることになる。
*6:とりあえず1件目の内容を見る
多くの処理異常に驚いてはいけない。
1件目での失敗が次に影響を及ぼしている可能性がある。
*7:監視装置
区画内の監視対象の情報を一元的に管理する装置。
音声、映像、位置、通信等様々な情報を管理している。
*8:無駄な空間
決して無駄な空間ではない。
この空間のおかげで現地調達する予定であった資材や
10cmの立方体程度とはいえ、一般乗船者の持ち込みが
許可された経緯がある。
*9:補助電源
災害等で主電源が切断された場合、多くの装置が
停止してしまう。
これを避ける為、各区画には補助電源装置があり、
数日間、最低限の電力は保障されている。




