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続魔獣の壺  作者: 夢之中
10/28

緊急事態

宇宙歴20年、3月3日、第10番艦


第10船団は次のスイングバイに向けて恒星に近づいており、

恒星風*1の影響で艦船間の通信は遮断していた。


5人は多目的ホールでくつろいでいたが、

ブレスレット端末の点滅で休憩は中断された。

それはマルスの意識が戻ったとの連絡だった。

すぐに5人はマルスの個室へと向かった。


マルスは意外なことに椅子に座って5人を待っていた。

マルス:「やっと来たか。」

アディス:「大丈夫なのか?」

マルス:「あぁ、大丈夫だ。

    すまないがヴィヴィアンとアナキンは

    席を外してくれないか?」

ヴィヴィアン:「分かりました。

       アナキン、行きましょう。」

ヴィヴィアンとアナキンは扉の外で待つことを告げると、

部屋を後にした。

マルス:「まあ、とりあえず適当に座ってくれ。」

マルスは3人が椅子に座るのを待って話を始めた。


マルス:「夢を見ていた。」

エリス:「夢?」

マルス:「あぁ、夢だ。

    それも、モリー博士の夢だ。」

エリー:「博士の?」

マルス:「博士は言っていた。

    『扉は開かれた。

     残る者は選べ。

     それは最初の選択でもあり最後の選択でもある。

     旅立つ者は乗り越えよ。

     それ以外に道は無い。

     もう後戻りはできない。

     これは終焉の始まりである。』と。」

アディス:「終焉の始まり?」

マルス:「そう、終焉の始まり。」

アディス:「どういう意味だろう?

     人類が滅ぶというのか?」

マルス:「残念ながら分からない。」

アティス:「過去に経験した記憶じゃないのか?」

マルス:「いや、思い当たる節がない。」

アディス:「一体どうやって?」

音声:「潜在意識*2に記憶を閉じ込めることは可能です。

   サブリミナル*3等により実証されています。」

エリス:「あの、エクトプラズムの画像。

    あれじゃない?」

エリー:「確かにあの画像の撮られた時期を考えると

    その可能性を否定できないわね。」


突然照明が赤く変わった。

音声:「緊急事態が発生しました。

   担当乗員は直ちにブリッジに集合してください。」

4人:「!!!」


ヴィヴィアンとアナキンが部屋に飛び込んできた。

ヴィヴィアン:「第二種緊急照明*4です。

       すぐにブリッジへ。」


6人は直ぐにブリッジへと向かった。

ブリッジには20人程の乗員・乗客が集まっていた。


音声:「全員集合しました。」

同時に照明が通常に戻った。


そしてクーカ艦長がブリッジ横の艦長室から現れた。

それに気が付いた一人の男が艦長に近づいた。

男をガードするように2人の屈強な男が同時に動いた。

???:「艦長、一体何事ですか?」

クーカ:「これはこれは、ジェイムス様、

    御足労頂きありがとうございます。

    これより説明しますのでしばらくお待ちください。」


クーカ:「艦隊情報を表示。」

音声:「艦隊情報を表示します。」

目の前に恒星に向かって一列に並ぶ艦隊が現れた。


クーカ:「皆落ち着いて聞いてください。

    我々の艦隊は次のスイングバイに向けて恒星方向に

    向かって進んでいます。

    このうち1番艦からの緊急発光信号*5を受信しました。

    艦船間は全て3航行時間*6であり、本艦のランチ*7では

    到達不可能な距離にあります。

    救助は2、3番艦で実行されますが、

    原因が究明されるまでの間、

    本艦も緊急態勢をとります。

    緊急招集もあり得る為、

    そのつもりで行動してください。

    何か質問はありますか?」

アディス:「我々にも何かお手伝いできることはありますか?」

クーカ:「申し出はありがたいですが、現在は特にありません。

    人数が足りないときは、お願いします。」

アディス:「分かりました。」

ジェイムス:「我々は手伝う気など毛頭ないからな。

      いくぞ。」

そう言い残すとジェイムスは2人の男と共にブリッジから

出て行った。

クーカは呆れ顔でそれを見送った。


マルス:「彼は誰です?」

クーカ:「大富豪ミラー氏の孫ですよ。

    この船の建造費の大半がミラー氏の資産からだと

    言われています。

    それに、私がこの船の艦長になれたのもミラー氏の

    推薦のおかげです。

    彼は両親の反対を押し切って、

    自ら移住を希望したらしいのですが、

    彼は移住の本当の意味を理解できていないらしい。

    それでミラー氏からくれぐれもよろしくと

    頼まれたんです。」

マルス:「移住の本当の意味って?」

クーカ:「新しい星ではお金などは価値がありません。

    移住直後はお金の価値を保証する政府など

    存在しないですからね。

    宝石なども同じ。

    求める者がいなければ価値など存在しない。

    移住直後は誰もが同じスタートラインということです。

    それを理解している富豪の大半は移住に

    参加しなかったということです。」

エリー:「なるほど。

    独占できる物が無い限り、今の生活を守るという事ね。

    らしいわね。」


直ぐに3番艦からの発光信号で救援のためのランチが

発進した事が確認された。


しかし、この2時間後に事態は急変した。

1番艦に続き、2,3番艦の緊急発光信号を確認したのだ。

ブリッジには多くの乗員が招集されていた。

6人がブリッジに到着した時、ざわつくブリッジの中で

クーカ船長とジェイムスが話しているところを見つけた。

6人は2人に近づいた。


ジェイムス:「艦長、この船は大丈夫なんだろうな!?」

クーカ:「大丈夫ですよ。

    バトラーからの異常報告はありません。

    バトラーは我々よりも遥かに優秀です。」

ジェイムス:「あぁ、そうだな。」

クーカ:「ジェイムス様は部屋で待機して

    いただいても結構ですよ。」

ジェイムス:「そうか、では我々は戻るとしよう。」

そしてジェイムス達は戻って行ってしまった。


アディス:「帰してしまっても、いいんですか?」

クーカ:「いやなところを見られてしまいましたね。

    自ら手伝わないと宣言している以上、

    ここに居てもらっても意味はありません。

    情報はバトラーから得られるのでね。

    むしろ部屋でじっとしていてもらえれば、

    余計なことをしない分、こちらもやりやすくなる。

    と言うわけですよ。」

エリー:「なるほどね。

    でも、余計なことをしなければだけど。」

クーカ:「その通り。」

そう言って、クーカは笑った。


音声:「全員集合しました。」

クーカ:「さて、皆に話さなければならないので、

    これで失礼します。」


クーカの話は次の様なものだった。

・いまだ原因不明状態にある。

・第三級警戒態勢*3をとる。

・特別な理由が無い限り、生活区画以外への立ち入り禁止。

・警備行動は2人以上で行う。

・作業行動は2人以上で行う。

・一般行動は生活区画のみとし、行動の際は単独で行動しない。

・以上の事は次の指示があるまで有効とする。


その後、6人は多目的ホールに移動し話をしていた。


エリス:「一体何が起こってるのかな?」

マルス:「さあな。

    緊急事態ということはわかるが。」

エリー:「何が起こっているのかが分かればね。」

アディス:「そうだな。

     マルスの夢と関係が無ければいいが。」

ヴィヴィアン:「夢?」

エリーがアディスを睨み付けた。

それに気が付いたアディスは少し動揺した。

アディス:「いっ、いや、只の夢ですよ。」

ヴィヴィアン:「どんな夢なんですか?」

ヴィヴィアンはこの時嫌な予感がしていた。

彼等と出会ってから魔法や魔法陣等というあり得ない言葉の

連続であった。

信じる信じないは別としても、モリー博士の件を考えると、

完全に否定することもできない。

そんな不安定な状態の中の夢というキーワード。

予知夢?

アディス:「申し訳ないけど、まだ話す事はできないです。

     ただ、予知夢でないことは言っておきます。」

ヴィヴィアンは考えていた予知夢という言葉を

否定してくれたことで、少しは安心できた。


この数時間後、事態は急変する。



*1:恒星風

 恒星から吹き出す極めて高温で電離した粒子(プラズマ)

 いわゆる太陽風である。


*2:潜在意識

 自覚されることなく行動や考え方に影響を与える意識。


*3:サブリミナル効果

 意識と潜在意識の境界領域より下に刺激を与えることで

 表れるとされている効果のことを言い、

 視覚、聴覚、触覚の3つのサブリミナルがあるとされる。

 各種映像マスメディアでは、とある事件を切っ掛けに

 禁止されることとなった。


*4:緊急照明

 緊急事態を現す照明。

 第一種(赤点滅):直接的に危険な状況にある場合。

 第二種(赤点灯):間接的に危険な状況にある場合。


*5:発光信号

 恒星風等による影響によって電波による通信が不可能な場合、

 光による通信が行われる。

 手旗信号などと同じ考え方だ。


*6:航行時間

 距離を現す表現で現行速度を維持した場合にかかる時間。

 急な増減速ができない場合に距離として利用される。

 艦船間は現在の航行速度で3時間かかる距離をとっている。

 これは急制動できない故の安全航行距離となる。


*7:ランチ

 連絡・輸送・救助等に使用する小型の機動艇。


*8:警戒態勢

 第一級:銃火器の携帯・独自判断での使用を許可。

 第二級:銃火器の携帯を許可。

     威嚇以外の使用は禁止。

 第三級:銃火器の携帯は禁止。

     スタンバトンの携帯のみ。


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