緊急事態
宇宙歴20年、3月3日、第10番艦
第10船団は次のスイングバイに向けて恒星に近づいており、
恒星風*1の影響で艦船間の通信は遮断していた。
5人は多目的ホールでくつろいでいたが、
ブレスレット端末の点滅で休憩は中断された。
それはマルスの意識が戻ったとの連絡だった。
すぐに5人はマルスの個室へと向かった。
マルスは意外なことに椅子に座って5人を待っていた。
マルス:「やっと来たか。」
アディス:「大丈夫なのか?」
マルス:「あぁ、大丈夫だ。
すまないがヴィヴィアンとアナキンは
席を外してくれないか?」
ヴィヴィアン:「分かりました。
アナキン、行きましょう。」
ヴィヴィアンとアナキンは扉の外で待つことを告げると、
部屋を後にした。
マルス:「まあ、とりあえず適当に座ってくれ。」
マルスは3人が椅子に座るのを待って話を始めた。
マルス:「夢を見ていた。」
エリス:「夢?」
マルス:「あぁ、夢だ。
それも、モリー博士の夢だ。」
エリー:「博士の?」
マルス:「博士は言っていた。
『扉は開かれた。
残る者は選べ。
それは最初の選択でもあり最後の選択でもある。
旅立つ者は乗り越えよ。
それ以外に道は無い。
もう後戻りはできない。
これは終焉の始まりである。』と。」
アディス:「終焉の始まり?」
マルス:「そう、終焉の始まり。」
アディス:「どういう意味だろう?
人類が滅ぶというのか?」
マルス:「残念ながら分からない。」
アティス:「過去に経験した記憶じゃないのか?」
マルス:「いや、思い当たる節がない。」
アディス:「一体どうやって?」
音声:「潜在意識*2に記憶を閉じ込めることは可能です。
サブリミナル*3等により実証されています。」
エリス:「あの、エクトプラズムの画像。
あれじゃない?」
エリー:「確かにあの画像の撮られた時期を考えると
その可能性を否定できないわね。」
突然照明が赤く変わった。
音声:「緊急事態が発生しました。
担当乗員は直ちにブリッジに集合してください。」
4人:「!!!」
ヴィヴィアンとアナキンが部屋に飛び込んできた。
ヴィヴィアン:「第二種緊急照明*4です。
すぐにブリッジへ。」
6人は直ぐにブリッジへと向かった。
ブリッジには20人程の乗員・乗客が集まっていた。
音声:「全員集合しました。」
同時に照明が通常に戻った。
そしてクーカ艦長がブリッジ横の艦長室から現れた。
それに気が付いた一人の男が艦長に近づいた。
男をガードするように2人の屈強な男が同時に動いた。
???:「艦長、一体何事ですか?」
クーカ:「これはこれは、ジェイムス様、
御足労頂きありがとうございます。
これより説明しますのでしばらくお待ちください。」
クーカ:「艦隊情報を表示。」
音声:「艦隊情報を表示します。」
目の前に恒星に向かって一列に並ぶ艦隊が現れた。
クーカ:「皆落ち着いて聞いてください。
我々の艦隊は次のスイングバイに向けて恒星方向に
向かって進んでいます。
このうち1番艦からの緊急発光信号*5を受信しました。
艦船間は全て3航行時間*6であり、本艦のランチ*7では
到達不可能な距離にあります。
救助は2、3番艦で実行されますが、
原因が究明されるまでの間、
本艦も緊急態勢をとります。
緊急招集もあり得る為、
そのつもりで行動してください。
何か質問はありますか?」
アディス:「我々にも何かお手伝いできることはありますか?」
クーカ:「申し出はありがたいですが、現在は特にありません。
人数が足りないときは、お願いします。」
アディス:「分かりました。」
ジェイムス:「我々は手伝う気など毛頭ないからな。
いくぞ。」
そう言い残すとジェイムスは2人の男と共にブリッジから
出て行った。
クーカは呆れ顔でそれを見送った。
マルス:「彼は誰です?」
クーカ:「大富豪ミラー氏の孫ですよ。
この船の建造費の大半がミラー氏の資産からだと
言われています。
それに、私がこの船の艦長になれたのもミラー氏の
推薦のおかげです。
彼は両親の反対を押し切って、
自ら移住を希望したらしいのですが、
彼は移住の本当の意味を理解できていないらしい。
それでミラー氏からくれぐれもよろしくと
頼まれたんです。」
マルス:「移住の本当の意味って?」
クーカ:「新しい星ではお金などは価値がありません。
移住直後はお金の価値を保証する政府など
存在しないですからね。
宝石なども同じ。
求める者がいなければ価値など存在しない。
移住直後は誰もが同じスタートラインということです。
それを理解している富豪の大半は移住に
参加しなかったということです。」
エリー:「なるほど。
独占できる物が無い限り、今の生活を守るという事ね。
らしいわね。」
直ぐに3番艦からの発光信号で救援のためのランチが
発進した事が確認された。
しかし、この2時間後に事態は急変した。
1番艦に続き、2,3番艦の緊急発光信号を確認したのだ。
ブリッジには多くの乗員が招集されていた。
6人がブリッジに到着した時、ざわつくブリッジの中で
クーカ船長とジェイムスが話しているところを見つけた。
6人は2人に近づいた。
ジェイムス:「艦長、この船は大丈夫なんだろうな!?」
クーカ:「大丈夫ですよ。
バトラーからの異常報告はありません。
バトラーは我々よりも遥かに優秀です。」
ジェイムス:「あぁ、そうだな。」
クーカ:「ジェイムス様は部屋で待機して
いただいても結構ですよ。」
ジェイムス:「そうか、では我々は戻るとしよう。」
そしてジェイムス達は戻って行ってしまった。
アディス:「帰してしまっても、いいんですか?」
クーカ:「いやなところを見られてしまいましたね。
自ら手伝わないと宣言している以上、
ここに居てもらっても意味はありません。
情報はバトラーから得られるのでね。
むしろ部屋でじっとしていてもらえれば、
余計なことをしない分、こちらもやりやすくなる。
と言うわけですよ。」
エリー:「なるほどね。
でも、余計なことをしなければだけど。」
クーカ:「その通り。」
そう言って、クーカは笑った。
音声:「全員集合しました。」
クーカ:「さて、皆に話さなければならないので、
これで失礼します。」
クーカの話は次の様なものだった。
・いまだ原因不明状態にある。
・第三級警戒態勢*3をとる。
・特別な理由が無い限り、生活区画以外への立ち入り禁止。
・警備行動は2人以上で行う。
・作業行動は2人以上で行う。
・一般行動は生活区画のみとし、行動の際は単独で行動しない。
・以上の事は次の指示があるまで有効とする。
その後、6人は多目的ホールに移動し話をしていた。
エリス:「一体何が起こってるのかな?」
マルス:「さあな。
緊急事態ということはわかるが。」
エリー:「何が起こっているのかが分かればね。」
アディス:「そうだな。
マルスの夢と関係が無ければいいが。」
ヴィヴィアン:「夢?」
エリーがアディスを睨み付けた。
それに気が付いたアディスは少し動揺した。
アディス:「いっ、いや、只の夢ですよ。」
ヴィヴィアン:「どんな夢なんですか?」
ヴィヴィアンはこの時嫌な予感がしていた。
彼等と出会ってから魔法や魔法陣等というあり得ない言葉の
連続であった。
信じる信じないは別としても、モリー博士の件を考えると、
完全に否定することもできない。
そんな不安定な状態の中の夢というキーワード。
予知夢?
アディス:「申し訳ないけど、まだ話す事はできないです。
ただ、予知夢でないことは言っておきます。」
ヴィヴィアンは考えていた予知夢という言葉を
否定してくれたことで、少しは安心できた。
この数時間後、事態は急変する。
*1:恒星風
恒星から吹き出す極めて高温で電離した粒子。
いわゆる太陽風である。
*2:潜在意識
自覚されることなく行動や考え方に影響を与える意識。
*3:サブリミナル効果
意識と潜在意識の境界領域より下に刺激を与えることで
表れるとされている効果のことを言い、
視覚、聴覚、触覚の3つのサブリミナルがあるとされる。
各種映像マスメディアでは、とある事件を切っ掛けに
禁止されることとなった。
*4:緊急照明
緊急事態を現す照明。
第一種(赤点滅):直接的に危険な状況にある場合。
第二種(赤点灯):間接的に危険な状況にある場合。
*5:発光信号
恒星風等による影響によって電波による通信が不可能な場合、
光による通信が行われる。
手旗信号などと同じ考え方だ。
*6:航行時間
距離を現す表現で現行速度を維持した場合にかかる時間。
急な増減速ができない場合に距離として利用される。
艦船間は現在の航行速度で3時間かかる距離をとっている。
これは急制動できない故の安全航行距離となる。
*7:ランチ
連絡・輸送・救助等に使用する小型の機動艇。
*8:警戒態勢
第一級:銃火器の携帯・独自判断での使用を許可。
第二級:銃火器の携帯を許可。
威嚇以外の使用は禁止。
第三級:銃火器の携帯は禁止。
スタンバトンの携帯のみ。




