【BL】ガーディアン
科学と魔法と超能力が存在する世界。
魔法、超能力と呼ばれる力は誰もが有しておらず、持たざる者らが科学を発展させてきた。
科学と超能力の二つどちらが優れているかというならば科学であろう。超能力は結局のところ人間の反射神経、精神力の限界が存在する。例えるならいきなり銃を背後から急所に撃たれたら誰だって死ぬ。目の前で撃たれたところで反射が追いつくわけがなく死ぬ。そういう事だ。
だが例外もある。
撃たれても死なない者、撃たれても回避できる者、人間でありながら人間の能力そのものの常識を超えた力は魔法と呼ばれ、魔法を扱える者たちは魔法使いと呼ばれた。
超能力者達の人口は持たざる者達とそう変わらない。けれど魔法使いにまでなるとそうは多くなく、またその力の強さゆえに厳重に管理され、多くは力を生かす為に国家の治安に勤めた。
魔法使い達は持たざる者にも超能力者達にも畏怖の対象で、世に出て魔法使いとして活動する際には正体を伏せる為に覆面を義務付けられている。彼らは時に国家の治安維持とは別に魔法使いの安全なイメージ作りの為にしばしばチャリティーイベント、パーティーなどを企画され、個々に魔法使いのファンなども存在していた。
と、いう前置きはおいといて。
広く豪華な部屋だった。
磨かれた大理石の床にギリシャ絨毯が敷かれ持ち主の趣味なのかアンティーク調のシェーズロング、いわゆる長椅子、ソファが向き合って配置されていた。ローテーブルには紅茶の入ったカップがおかれている。ソファにはそれぞれに向き合って座っている人物が一人ずつおり、紅茶を置いた燕尾服で壮年の使用人は主人側だろう人物の背後にキャスターテーブルと共に静かに立っていた。明かりが灯されていなくとも輝いていそうなシャンデリアは夜更けも近い事もありこうこうと部屋を照らしていた。アンティークで統一された部屋のデザインを崩さない為であろう、見ただけでは空調があるようにも思えないが冬の夜を部屋は暖かに保っている。
客人であると思われる男は大柄で、スラックスにワイシャツ、セータのどれもが鍛えた体を隠しきれず浮き上がらせており、対して主人側の男は少なくともスポーツを嗜むか、もしくは日々ジムなどに通っているようなスタイルではあったが相手の男が大きすぎて細身に思えてしまう。セーターとニットベストという違いがいささかありはすれど二人とも同じような衣服だったが、客人の方は既製品を無理矢理着ているようであるのに対して、主人はオーダーメイドであろうか、シワひとつなく綺麗に着こなしていた。
客人の名はオオタテカナメ、主人の名はハナゾノメイ。二人は幼馴染みであり、特にカナメは外見でよく間違えられるのだがまだ未成年の十八才、二人は同い年で今年度に高校を卒業するはずだった。
はずだった、というのはメイの方が突然高校を退学する事になったためだ。高三の冬である。進路も決まり後は卒業するばかりのはずが、登校してみれば担任から突然の知らせである。クラス全体が動揺したが、特にメイとは付き合いが長いカナメすら教師から聞かされるまで知らず、その日一日はなにも手につかなかった。
カナメは成績も良く国立大学も推薦で決まっておりクラス委員も勤め教師からもクラスメートからも高い信頼を寄せられ、大抵の相談事もそつなく解決させてきた。だがカナメにとってメイの退学はあまりにもイレギュラーすぎた。普段であればすぐに気がつき行動に移せそうなものだが、LINEでメイになにがあったのか聞く、それだけの事も下校してからやっと思い至るほどだった。
LINEを開いてみればカナメよりよほど早くこの事に気がついたクラスメート達が、クラスグループでどれだけ個人LINEを送っても返事が無いと困惑しておりカナメならどうかと言ってきていた。下校してからでなくクラスにいる間に言ってきてくれてもとカナメにしてはめずらしく軽くクラスメート達に苛立ったが、担任からメイの退学を知らされた後のカナメは恐ろしい程不安定で声をかけづらかったのだとクラスメート達の為にも記しておく。
カナメとメイは年齢が一桁の頃からのつきあいであった。メイは父方の祖父母が中東の大富豪で、父親は慈善事業家だ。母親が日本人の一人娘であった為に父親が婿入りする形で結婚した。ふわりとしたブルネットの髪に濃い肌色、彫りの深い顔立ちとくっきりした二重、宝石のような黒い瞳はエキゾチックな王子様のようで見るものに深いため息をつかせずにはいられない。実際カナメもメイをはじめて見たときは王子様のお人形が歩いているのかと思ってびっくりしたし、大事にしまわないとダメだと抱えて仕舞う箱を探して歩いてしまった。ちなみにメイはなにが起きたのかわからず呆然と抱っこされていた。
出会いのきっかけはメイの父親が屋敷で開いたチャリティーパーティーだった。
数が多いとはいえ超能力者も魔法使い達と同じように基本的には管理されている。特にどれだけ弱いものであろうと精神や感情、脳に作用する能力はやはり厳重に対応され、伏せられた。なぜなら例え管理され能力を押さえる処置がされようとも持たざる者らからも同じ超能力者らからもこれらの能力は特に忌避されるからだ。
しかし伏せられたならば余計人々は警戒するようで持たざる者らの中には国家の要職に就いていようとも超能力者、魔法使い差別を公然と行い支持し、当然反発する持たざる者や超能力者達もいて両者は深い溝がある。酷いものだと超能力者というだけで、持たざる者というだけで暴力の対象にしていいなどとうそぶく者達もいた。
そこまでいくと極端な例と言ってもいいが、持たざる者らと超能力者達はお互い違う生き物というぼんやりした意識差があり、実業家、慈善家達は定期的にそれらの差や差別意識を埋めようと超能力者、持たざる者問わず招いて同じ人間だと触れあう場を提供していた。
カナメは国家魔法使い超能力者診断で弱いながらも超能力者であるとされ、メイの家の近隣に住んでおりパーティーに招待されたのだ。
最初は定期的に行われるパーティーで会うだけであったのだが、やがてメイがカナメと別れたがらなくなり一緒にいたい一緒にいたいと繰り返し両親に懇願するものだから、一人息子を溺愛していた両親は箱に入れて育てていた息子を断腸の思いで外に出し、カナメの通う小学校、中学校、そして高校と通わせた。基本的にメイがカナメにべったりで、自分の事ならなんでもカナメに話し、いつも手を繋いで離したがらなかった。さすがに中学生になる頃には手を繋ぐような事はなくなっていたが、カナメにはメイがくっついているのが当たり前だとすっかり周囲は思い込むようになっていたし、カナメも思い込んでいた。
だからこそ、メイの退学をなにも知らされなかったのがカナメには大きなショックだった。
夕方に帰宅してLINEに気がついたものの、返事はもらえないかもしれない。それが恐ろしくてカナメは数時間も悩み続けたが、夜の九時をすぎた頃ようやく決心してLINEを送れば案外に簡単に返事が返って来て拍子抜けしたが内容に言葉を失った。
『おじいさまの国で結婚することになるかもしれない』
どうしてそうなった。
メイの返事でカナメは相当混乱してしまったのだろう。メイのLINEへ今から行くとだけ返して夜も遅いというのに家を飛び出し、そして今二人は向き合って座っている。ちなみにカナメはまだ混乱状態を脱しきれていないらしく夜更けに押し掛ける非常識に思い至らず今この状態になるのは当然の事だと思っている。
メイの部屋に案内され、一旦落ち着くとカナメはゆっくりとメイに問いかけた。
「どういうことなんだ」
まっすぐメイを見つめるカナメと対照的に、メイは下をむいている。困ったように視線をさ迷わせたあと、顔はあげないまま答えた。
「おじいさまが、いま体調をくずされていて。俺のハレ姿を見たいって」
「成人式の前倒しとかではダメなのか」
「コスプレじゃなくて本当におめでたい門出の姿じゃないとって」
「結構細かいわがままじゃないか。元気だろおじいさん」
「元気かもだけどお年を召しているのは本当だし、風邪で簡単にって事もないわけじゃないし」
「それで意外と元気なおじいさんの為にお前が人生犠牲にするのか」
「犠牲って」
ここまで強く言われてようやくメイが顔をあげてカナメを見た。困ったような顔のメイに対してもとからいかつい顔のカナメは相当厳しい顔でメイを見ているが、メイと目が合うと少しそらした。
「大袈裟だよ。おそかれはやかれいつかはするものじゃないか」
「おそかれはやかれするものだとして、学校を退学してまで今するものでは無いだろう」
言っても言ってもカナメに反論されるメイはまた押し黙ってうつむいた。深くため息をついたカナメはソファに一度深く座り直しスポーツ刈りの頭から顔を大きな手でゆっくりなでた。一瞬の沈黙のあと、再びカナメが口を開く。
「断れ」
反論を許さないような強い口調だった。見たこともないようなカナメの怒気に当てられてメイは泣きそうになっていたが、カナメは全く意に介した様子が無い。
「なんで、なんでそこまで言われないといけないんだよ。おじいさまは俺を大事に可愛がってくれた人なんだ」
「自分の気持ち優先のくせになにが可愛がってくれただ。お前を自分の人形かなにかと勘違いしてるだけじゃないか」
「信じられないっ!カナメに俺とおじいさまのなにがわかるっていうんだ!」
あまりの言いようにとうとうメイが立ち上がって激昂したように言うも、カナメは座ったまま立つメイを見ること無く静かに返した。
「なにも知るわけ無いだろう」「でも、お前の事なら知っている」
それだけでメイは気圧され、落ちるようにソファに座った。
「俺に言わなかったのは、俺に言えば止められるってわかっていたからだろう」「でも俺に言ったのは、俺に止められたかったからだろう」
淡々と言うカナメにメイは負け惜しみのように小さくわかったように言うなとだけ呟いたけれど、否定はしなかった。
「だいたい、急に日本を発つってガーディアンはいいのか。大ファンのくせに」
メイの様子をチラリとだけ見ながらカナメが呆れたように言ったガーディアンというのは魔法使いだ。
大きな体で肉弾戦も当然こなすが彼の能力は盾である。凶悪な超能力者または持たざる者のテロ行為、大事故からの二次災害などを最前線で防ぎ守る魔法使いで、前に出て戦う魔法使い達とは別に彼が現れればもう大丈夫だという安心感を見る者に必ず与え、期待に応えてきていた。
メイはこのガーディアンの大ファンである。ガーディアンが現れた頃にはそうでもなかったはずだが、いつの頃からガーディアンが特集されている雑誌は必ず買いスクラップを作り、グッズを集めチャリティーイベントの抽選には必ず応募していた(外れてばかりだったようだが)。今のご時世であればインターネットもあるし雑誌だって国外だろうと買えるがことあるごとにガーディアンガーディアンとカナメにどれだけガーディアンがかっこいいか素晴らしいかを語るメイを思い返せば、そうそう簡単に遠い国に向かう決断が出せるとも思えない。
だがここでガーディアンの名前を出されたメイが大きな瞳を見開いてほろほろと泣き出し、それまで内心の混乱はともかくも泰然自若と構えていたカナメもさすがに腰を浮かせて動揺を露にした。
「どっ......」
どうしたんだとカナメは言いたいが言葉が出ない。
「うぅう」
なにかメイも言おうとしたが、こちらは嗚咽で言葉が出ないようだった。ぅぐぅぐと口の中でなにか音だけは出しているのだが形になりそうにない。やがてメイは諦めたのか自分の隣のスペースを叩き出した。
こっちに来て欲しい
メイがそう言っているのだと察したカナメは一瞬迷ったが、このままでも仕方がないと静かにメイの隣に移動した。少しだけ呼吸が落ち着いたように見えるメイは、隣に来たカナメを見上げてまた瞳をうるませひんひんと泣き出してしまう。
「メイ」
できるだけカナメは優しく呼びかけた。メイはただ震える手をカナメに差し出すだけだ。いいんだなとカナメが確認するように聞くとメイはカナメを見もせず閉じた目から涙をこぼしうなずいた。
カナメは触れた人間の心が読める。国家魔法使い超能力者監理局から支給されている抑制ブレスレットを身に付けているが、それでも直接触れたなら勝手に流れ込んでくるとメイはカナメから幼い頃に聞かされていた。言葉を発せないのだからこれが一番てっとりばやいと思っての事だろう。心を知られる恐れを持たないメイにカナメは苦笑を浮かべて手をそっと握った。
「ふられたぁ?」
途端呆れたように大きな声をカナメは出した。メイは相変わらず身も世もないと泣いている。
「それで失恋を癒したいから結婚するしかないって?」
どんどん呆れた声が大きくなるカナメに対抗するようにメイも大きな声で泣く。
「お前どれだけバカなんだよ!?」
別におじいさまは関係なかった。とりあえず失恋国外バカンスの口実に使われていただけだ。おじいさま非難され損である。カナメは心からおじいさまに謝罪した。
「だってぇえええ」
握られた手からメイ視点の映像がカナメの脳裏に見えてきた。
先日の事だ。初めて当選したガーディアンのチャリティーパーティーにメイは写真を撮らせてもらいたいしサインも欲しい。色紙がいいか作ってきたスクラップブックの最初の一冊目にしてもらうかとても楽しそうに悩んでいた。こっちじゃ重くてひかれるかなあとカナメもメイからスクラップブックを見せられて相談された覚えがある。ガーディアンは人気者だ。スクラップブックくらいたくさんのファンが作っているだろうし今さらじゃないかとカナメが言えばじゃあとスクラップブックを選んでいた。当日、会場でいよいよガーディアンに会えた時は本当に幸せだった。なのに。
ガーディアンはメイのスクラップブック乱雑に受けとるとひどく雑にサインをしてきた。一緒の写真もまるでカメラを見ていない。握手も軽くふれるだけで振りほどくように離された。せめて一言応援してるとか好きですとかなにか言いたかったのに最後までメイと視線を合わせようともせず笑顔も向けてくれず足早にメイから離れていった。
大好きな人から避けられるなんて、メイには二度も耐えられなかった。
「......そいつが......糞野郎だったってだけだろ......」
メイの手を強く握ったカナメが険しい顔で言うが、大分落ち着いたメイがぐずぐずと鼻をすすりながら首を横に振った。
ガーディアンは実際ファンサービスにも定評のある魔法使いだ。誰にも暖かな眼差しを向け、笑顔をで写真に応じ、サインも丁寧に請け負う。実際そのチャリティーでも参加者達は皆一様にガーディアンがどれだけ素晴らしかったかをネットにあげ、メイが見ているだけでもメイ以外にはきちんと時間をとって応えていた。
メイにだけ。
メイにだけきつくあたる。
それはたまにあることだった。メイは持たざる者ではあったが、恐ろしく裕福な家の生まれだ。それだけでメイは人から嫌われることがあった。メイがどういう人間かは問題では無い。メイという存在が許せない、そういう人間がいるのだ。
きっとガーディアンもそうなのだ。メイが、メイという存在があってはいけないと思っているのだ。
大好きだったのに、存在するのが受け入れられないだなんてもうどうしたらいいのかわからない。
「考えすぎた。ただのチャリティーパーティーの参加者がいちいちどういう人間かなんて一目でわかるわけないじゃないか」
そうは言っても、メイからあからさまにガーディアンが避けていたのは事実だ。メイの結論が思い込みだとしても、事実は変わらない。自業自得のような結果を見せられてカナメは天を仰ぐとメイから手を離して改めて向き直った。
「わかった」
覚悟を決めたように言うカナメをメイが不思議そうに見上げた。痛々しい赤い目で己を見つめるメイから避けるようにカナメは一度目をそらしたが、すぐに見つめると大きく一言簡潔に言った。
「好きだ」
「......ふぁ?」
ぽかんとしたメイを見下ろして、なるほどこれが萌えかとカナメは納得するように頷く。そして来いと言わんがばかりに両腕を開いたがメイは激しく首を横に振るばかりで一向にカナメの胸に飛び込む様子は無かった。
「よし、遠慮しなくていいぞ」
うながしてみたけれど、意味がわからないと返された。キャスター音がかすかにして二人が音のする方向、扉へ視線を向けると静かに佇んでいた使用人がこちらを見てグッと親指を立ててみせ、そして静かに退室していった。
「あの人いつも気が利くよな」
「待って今はいて欲しかった」
「恋人達の甘い時間にいるのは野暮だろ」
「もう俺たち恋人なの」
俺返事してないよとメイが慌てたように言う。
「両想いなんだから恋人だろう」
「なんのこと!?」
心底驚いたようにこちらを見るメイに対してまるで腑に落ちないみたいな顔でカナメは首をかしげた。
「......あれだけさんざん俺に手を握らせておいてまさか伝わってないと思っていたのかお前」
やがてカナメの中で驚愕の事実に思い当たる。静かに驚くカナメに対してメイはわなわなと真っ赤に震えていた。心を読まなくてもわかる。図星だこれ。
「あからさま過ぎて目も合わせられなくなっていたんだぞ俺は」
「嫌われていたんじゃなかったの!?」
「嫌われたと思われてたの俺!?」
「そこに気がついて欲しかった!!!」
「だってお前俺に大好きしか言ってこないから!!!」
「言ってない!言ったことない!!!」
「だってお前俺に大好きしか思わないから!!!」
「いちいち否定できないように言い直さないで!!!」
恥ずかしいとメイが真っ赤になって顔を両手で覆う。もういいから俺の胸に飛び込んでこいとカナメは両腕を広げる。現場は大混乱だった。
「とにかく」
らちがあかないカナメがメイの腕をつかまえた。
「新しい恋で傷を癒したいなら俺がいるだろ」
「......同情で告白されても」
「なんだよそれ」
どうしてもカナメから逃げようとするメイをカナメは理解できない。
「俺がカナメを好きなのが駄々漏れだったとして、カナメの好きが本当の好きかなんてわからないじゃないか」
しかもさんざん失恋で傷ついたとわめいてみせた後ともなれば。
言われてみればもっともかもしれない。しかしカナメからは好きだと伝える以外方法が無い。
幼い頃のカナメは怪我が絶えなかった。同年代から超能力者と忌避されていたのだ。もちろんカナメの力は伏せられている。カナメにどういう力があるかは問題では無い。メイが裕福な家の子供というだけで許されなかったように、カナメも超能力者というだけで許されていなかったのだ。その頃のカナメはメイに対して自分を迫害する同年代と同じという認識はあまり無く、きれいなお人形のように思っていたから同年代の子らに持っていた忌避感も嫌悪感も持たずによく二人だけで一緒に広い庭園を戯れた。それでも屈託無く自分と手を繋ごうとするメイの手だけは取れなかった。別に心がわかったところで相手は読まれたとはわからない。カナメが心を読めるだなんてバレるはずはないのだけれど、心を読んだ事でこのきれいなお人形にも心があり、大嫌いな持たざる者達と同じなのだと認識しなければいけなくなるのが嫌だった。けれどもメイが、手を繋ぎたいと泣き出した。困ったカナメが心が読まれちゃったらどうするの?と聞いたらメイが思いもよらない返しをしてきた。心を読んだらカナメはメイを嫌いになるの?カナメはそんなこと考えたことも無かったから答えられなかった。嫌いになるなら我慢する。きゅうと唇を噛んでメイはいつもカナメに開いて向ける手のひらを自分に寄せて握りしめた。いつも自分に開かれていた手が閉じられた。それがカナメにはどういうわけかものすごくショックな事に写った。ずっと拒絶しておいて、閉じられた手のひらを目の当たりたカナメは自分の大事な世界が無くなってしまったような喪失感に襲われどうしたらいいのかわからないままとにかくなにかを取り返そうとメイの手をつかんでしまった。驚いたのはメイだ。手を繋いだら嫌われると思い込んでいたから急に自分の手を握るカナメの行動の意味がわからず混乱してしまう。メイの心のなかはとっちらかっていた。たくさんの事を小さな頭で考えていた。
心が読まれるってなんだろう
心が読まれるってよくないのかな
よくないことをされているのかな
よくないことをされるのは嫌だな
でも
カナメと友達になれないのが一番嫌だ
心を読まれてカナメと友達でいられなくなるのが一番嫌だ
メイの小さな頭の中はカナメの事でいっぱいだった。カナメのきれいなお人形は、カナメの事が大好きだ。それが伝わってカナメはとても嬉しくなった。けれどカナメに手を握られたら嫌われると思っていたメイは、カナメに嫌われるような事をするカナメに向かってはっきり叫んだ。
「大嫌い!」
驚いたのはカナメだ。メイの心はカナメと友達でいたい、それだけでいっぱいなのにカナメに向かって大嫌いだと叫ぶのだ。カナメがメイの手を強く握れば握るほど嫌だ嫌だとカナメに叫ぶ。そしてとうとうカナメをつきとばしてまた叫んだ。
「大嫌い!」
心を読まれるのを恐れずに自分と友達でいたい、はっきりそう伝えてくれたカナメのお人形が持たざる者達のようにカナメに暴力をふるって拒絶してきた。あまりの事にカナメはメイに飛びかかって押し倒すと上からメイを押さえつけ、目を覗きこんで宣言した。
「嘘つき」
ひどく混乱していたメイの中はその一言で真っ白になった。
「メイはカナメが大好きだ」
「めいはかなめがだいすき」
ぽかんとした顔でメイはカナメを見つめ直す。カナメの下でおとなしくなったメイをカナメは満足そうに見下ろした。
メイから降りたカナメはメイに立つようにと手を差しのべた。いつもメイから手を差しのべていたのに。
カナメに助け起こされたメイは土埃を払われて手を握られたけれど、今度は抵抗しなかった。おとなしく握り返したメイを覗きこんで確かめるようにまたカナメが言う。
「メイはカナメが大好きだ」
「めいはかなめがだいすき」
「ずっと一緒にいたい」
「ずっといっしょにいたい」
「そうだよね?」
「うん!」
「そういえば、俺がメイを好きとは宣言しなかったなぁ」
拗ねるメイを前にカナメは昔の自分のしくじりに気がついて頭を掻いた。
今度先輩に洗脳の上書きの仕方を聞かないと。
メイが自分を好きだからこそ護っている世界、もっといえばメイこそがカナメの世界そのものだ。超能力者の力が一つだけとは限らない。
ガーディアンは今まさにかつてない危機に直面していた。
まあ結局世界が抱っこくらいならさせてあげると膝に乗ってきてくれたんだけど。