第三話 サンタクロース殺人事件 その1
もう何十年もサンタクロースの姿を見ていない。誰かが、彼を殺したらしい。それも、とても残虐なやり方で。いったい誰が殺したのだろう?いったい誰が、そんなひどいことを?きっと、鬼畜の仕業にちがいない。
「サンタさんへ この世で一番格好良いミニカーをください すじお」
枕元にそんな手紙を置いておいたあの頃、私はまだ幽霊と人間の区別すらつかないくらいに、純粋で無垢でチャーミングな、まだたった6歳の男の子だった。
今夜こそ、今夜こそはと決めていた。今夜こそ、サンタクロースの姿をこの目に焼き付けると。
去年はその足音を待つうちに、いつの間にか眠ってしまったけれども、今年はそんな失敗はしない。
私は水玉模様のパジャマを着て、布団の中で、そっと耳をすませている。冷え性なので、毛布を10枚くらいかけており、そのせいで布団はかまくらみたいに膨らんでいる。気をぬくと、鉛のように重いまぶたが落ちてくる。泥のような眠気が、私を深い眠りへ誘う。夢と現実の間で、私は赤い服の男を見る。
突然、床がきしむ音がして、私は夢から目をさます。息を凝らして、身を硬くする。彼の大きな影が壁に映る。よし、今だ、今こそ!
私は布団を勢いよく捲り上げて、勢いよく彼に向かってこう叫ぶ。
「メリークリスマス!」
ゆっくり振り向いた彼の手から、はらりと私の手紙が落ちる。
血に染まった赤い服、ずるりと飛び出した眼球ー
そこにいるのは、確かにサンタクロースである。だけど、何かが違う。何かがー
サンタクロースはにっこり笑う。
「メリークリスマス!」
私はそのまま意識を失って倒れ込む。それきり、サンタは私のところへ現れなかった。
*
骨皮はずり落ちてくるサンタクロースの帽子を持ち上げ、手持ち無沙汰にカメラのレンズをカシャカシャ回した。
バイトリーダーの田中は、大学13年生である。この遊園地の人気キャラクター、「ドブネズミン」の着ぐるみをかぶって、子供たちの相手をするというアルバイトに週7で勤しんでいる、健気な貧乏学生だ。
「ドブネズミーン!」
田中は駆け寄ってきた少女の頭を撫でたり、お尻を振ったり、どさくさに紛れて抱きついたりする。しかしそのどさくさ感が、なんともこの不気味なキャラクターデザインと相まって、絶妙な雰囲気を醸し出している。ドブネズミンをやらせたら、彼の右に出るものはいない、と骨皮はこっそり思っている。
骨皮はカメラを構え、歪んだクリスマスツリーをバックに、ドブネズミンと親子の笑顔をフレームに収める。
「はい、腐れチーズ!」
骨皮は慎重にモニターを確かめる。ぶれていないか、収まりのバランスは良いか、そして、余計なものが映り込んでいないかを、よくよく慎重に確かめる。その一連の作業を数秒のうちに終えると、手早くデータをパソコンへ送り、出来上がったものを客に見せ、高価な額で売りつける。
しかし、モニターを覗き込んだ少女は不満げに口を尖らせて、「思ったより、ドブネズミン、可愛くない」と言い残して、ジェットコースターの方へと去っていってしまった。
骨皮は彼らの姿を見えなくなるまでじっと見送る。「ドブネズミンの中、どんな人が入ってるんだろうねえ」少女がつぶやく声が聞こえて来る。
「骨皮さん、骨皮さん」ドブネズミン田中に肩を叩かれて、骨皮は慌てて振り返る。
「あの、もっと愛想よくやれませんか?なんか今、お化け屋敷みたいな感じになっちゃってるんで。」
「はあ、気をつけます」
「あ、いや、別に責めてるわけじゃないんですよ。あなたのせいで売れるものも売れなかったとか、そういうことを言っているわけではないんです」
「ええ、わかります」
「わかりますよね。」
「ええ、まあ」
「あと、モニター確認の時間が長いですね。幽霊でも写ってるんですか?」
「いえ、今の所は」
「いまのところは、ですって?」ドズネズミンは乾いた声で笑った。「それ、全然笑えませんね」
「いえ、あの、冗談ではなくてー」
「おい、ドブネズミン!」
振り向きかけたドブネズミンの尻を、少年が勢い良くタックルする。
「おい、お前ぜったい、ロリコンだろ!」
ドブネズミンの凶悪な瞳が、口の奥からギラリと覗く。早く撮って終わらせろのサインだ。骨皮は慌ててカメラを構える。
「はい、腐れチーズ!」
しかし、モニターを確認しようとして、骨皮はその場に凍りつく。
「お兄さん、撮れたチュウ?撮れたチュウ?」
「チュウチュウうっせーんだよこいつ!」
少年に殴る蹴るの攻撃を加えられながら、必死にガードを張っているドブネズミン。徐々に、その大きな頭部が回転し始める。しかし、骨皮は固まったまま、答えない。
「お兄さん?ねえ、お兄さん?」
「すみません、とうとう写してしまいました」
「え?何を?」
「幽霊です」
「は?」
「どいてもらうように交渉してきます」
骨皮はドブネズミンの巨体をおしのけると、ツリー目指してずんずん進んで行く。
ツリーの脇で、足を止める。赤い服の男が、ゆっくり顔を上げて骨皮を見つめる。点滅する電飾に照らされたその顔は、見るも無残な様相である。肉が半分剥がれおちて、骨がむき出しになっている。飛び出した目玉は今にもこぼれ落ちそうだ。着ているのは真紅のサンタクロースの衣装で、ところどころにどす黒い染みが浮かんでいる。足元にはとっぷり膨らんだ白い袋が置かれてあり、変色した不気味な汚れがべっとり染み込んでいる。
「もしかしてあなたは」骨皮はゴクリと息を飲む。彼は、子供の頃に見たままの姿をして、今、目の前に立っていた。
木枯らしが彼の真っ白なヒゲを揺らし、破れた服の裾を震わせた。