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第一話 血塗られた結婚指輪 その3

翌日、骨皮はカメラを掲げ、張り付いた笑みを浮かべて、神聖なバージンロードの真ん中に立っていた。

ファインダーの中では、本日の新郎新婦が清らかな笑顔を浮かべている。


「あ、すいませんもうちょっと新郎様右のほうへ…あはい、ちょうど三人様写ってます。はい、チーズ!」

「今、三人て言わなかった、あの人?」

「やだ、気のせいでしょう…」

 横に立つ式場のスタッフ二人が、怪訝そうに眉をひそめてそう囁き合うのを、飯田は隅の方で、じっと誇らしげに聞いていた。


                         *


 その後も骨皮が家族の集合写真を撮ると、必ずおしめをした老人の幽霊が写り込み、家族はそれを見るたび歓喜に沸いた。最初は気味悪がって帰りたそうにしていた身内以外の出席者も、段々感覚が麻痺していくのか、最後の方は、最前列に写り込む半透明の出席者に対し、気を利かせて場所を譲るようにすらなっていた。

 式が終わると新婦側の母はこっそり骨皮を呼び出して、彼のよれたポケットに感謝の5万円を突っ込んだ。骨皮はその件を飯田に報告しなかったが、飯田は気づかないふりをしていただけだった。骨皮が今後会社にもたらすであろう利益に比べたら、五万円など、はした金だった。

 

それからの一ヶ月間、骨皮は土日祝日のみならず、平日も撮影に借り出された。彼の「特殊な」撮影は旋風を起こし、予約は1年先まで埋まっていた。けれども骨皮の顔は、カメラのフラッシュが図々しい眩さで光るたび、陰鬱に沈んでいくばかりであった。そして映り込む亡霊たちは、どんどん鮮明になっていき、まるで本当に生きているかのようだった。


                      *


 夏も終わりに近づいていた。太陽によってかき乱された人々の日常は、かつてのペースを取り戻そうとしていた。窓から差し込んだ夕日が、その安い居酒屋を、うっかり間違ってしまったかのように、美しい金色に染め上げていた。

 

 北山がビールジョッキを持ち上げて、陽気な声を張り上げた。

「では、我が社の新部門、『心霊ブライダル部』の門出を祝して、かんぱーい」

 

 飯田はビールを飲み干すと、親しげなそぶりで、隣に座る骨皮を乱暴に小突いた。

「ねえ骨皮さん」

「はあ」

「僕はね、永遠なんてないと思ってたんです」

「どうしました、急に」

「色褪せないものなんてない。新婚の輝きなんて特にね…だから写真を撮る意味があるのだと、ずっとそう思ってたんですよ」

 骨皮は飯田の薬指の指輪を見つめた。それはすっかり錆びついて、ひどく変色していた。飯田はその視線に、照れるように言った。

「これですか。半年前、バイクで事故ってね。いやあ、あの時は参りました」

 骨皮は反射的に目を伏せたが、飯田は熱に浮かされたように話し続けた。

「でもねえ骨皮さん、真面目な話、あなたには本当に、感謝してるんです」

「いえそんな」

「ねえところで」飯田は耳打ちした。「僕にもついてますか?」

「なにがです」

「だから、幽霊ですよ。僕にも、ついていますかね?」

「いやあ、その、なんていうかー」

 飯田の熱い視線に、骨皮は口ごもった。その時、にぎやかな輪の中から、北山が声をかけた。

「骨皮さん、こっちで一緒に飲みませんか?」

「お?なんだ北山、骨皮に気があるのかあ?お?どうなんだ」

 飯田の手が北山の尻をさっと撫でるのを、骨皮は見逃さなかった。

「え、ちょっとやだ、今の骨皮さん?もう、セクハラで訴えますよ!」

「いや…訴えられないですよ」

「え?」

「いえ、なんでも。ちょっとお手洗いに」


                         *

 

骨皮はトイレのくすんだ鏡をじっと見つめ、ハッとした。いつの間に、飯田が横に立っている。チャックを下ろす彼に、骨皮は尋ねた。

「集合写真はいいんですか」

 扉の向こうから、北山の「はい、チーズ!」という明るい声が漏れ聞こえてくる。

「写る場所がなくてね、ったく、あいつら、俺をなんだと思ってやがる」

「飯田さん」骨皮は、勇気を出して言ってみる。「早く成仏したほうがいいですよ」

 骨皮の言葉に、飯田は「え?」と言った。どうやら彼は本当に、聞き逃したようだった。もう一度言い直す気は起きなかった。どうせ、同じことなのだ。彼らは何を言ったって、聞く耳を持たない。だからこんな場違いなところで、のうのうと生きながらえているのだ。

「いえ、なんでも」

 飯田は口笛を吹きながら、上機嫌に出て行った。骨皮は、集合写真を撮ってやるために、そのあとを憂鬱な足取りで追いかけた。



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