第一話 血塗られた結婚指輪 その2
一時間後、骨皮と飯田は新宿駅前の純喫茶、「パラダイス」店内の、一番隅っこの席に、じっと座っていた。
裁きの時を待つ囚人と、その見届け人のような顔をして。
「すみません、お待たせしました」
二人が顔を上げると、不気味なくらいに穏やかな表情の新郎新婦が立っていた。飯田はさっと立ち上がると、体をさっと折りたたんで、深く頭を下げた。
「この度は誠に申し訳ございません。こちらの手違いで、不愉快な思いをさせてしまいまして…」
「申し訳ございません!」続いて骨皮が負けじと勢いよく土下座する。「私のような心霊畑のものがしゃしゃり出たばっかりに、お二人の良き日を汚してしまいー」
「土下座なんてやめてください!」新婦が骨皮に駆け寄った。しかし骨皮は乾ききった頭皮を床に擦り付けながら必死に続けた。「お二人の、一生もののお写真を、私の霊感が台無しにしてしまいました、なんとお詫びを申し上げてよいやら!」
「台無しなんてとんでもない!私たち、本当に感謝してるんですから!」
骨皮は目を見開いた。磨き上げられた床に、間抜けな自分の顔が映っているのが見えた。
「写真に写っていたのは、三年前に死んだお婆ちゃんに違いないんです」
目を潤ませる新婦の肩を、背の高い新郎が支えるように優しく抱いた。
「きっと、僕らの新しい門出を祝いに出てきたんだろうって、二人で話してたんです」
「私、お婆ちゃんと約束してたんです…私の結婚式まで長生きしてねって。でもあんなことになっちゃって。
だから写真を見たとき、おばあちゃん、約束を守ってくれたんだって、もう、嬉しくて嬉しくて…」
新婦は言葉を詰まらせながら、骨皮の手を強く握りしめた。
「本当に、ありがとうございます」
骨皮は胸に熱くこみ上げるものを感じた。そのまま、顔をあげることができなかった。彼は今までこんな風に、自分のしたことで誰かに感謝されたことなどなかったので、なんと言い返せば良いのか、どんな顔をすれば良いのか、さっぱりわからなかったのだ。
救いを求めるように飯田を振り返ると、彼はニコニコ顔を緩ませて、骨皮の背中をバンバン叩くと、
「彼はねえ、うちの名物カメラマンなんですよ。あの世のゲストを呼び寄せる、不思議な力があるんです」
なんてことを、あっけらかんと言うのだった。