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第三話 サンタクロース殺人事件 その3


 骨皮は遊園地を出ると、その足でサンタクロースに教えられた、彼のかつての住居へと向かった。

 

 遊園地の駅から、都心とは反対方向の電車に揺られること1時間半。窓の外の景色は、どんどんうら寂しいものに変わってゆく。煌々ときらめくパチンコ屋やラブホテルの明かりがやけに寒々しい。

 

 骨皮はふと、乗客たちを盗み見た。誰もが魂の抜けてしまったような表情をしていることに、骨皮はなぜか少し安心する。

 

 乗客の数はまた一人、また一人とまばらになって行き、最後にはとうとう骨皮一人になった。

 

 駅は無人の駅だった。骨皮が一度も聞いたことのない名前の駅だ。小さな待合室の電灯が、しきりに点滅を繰り返している。中はもちろん誰もいない。置き去りにされた新聞紙が、隙間風に音を立てて揺れている。

 

 誰かが餌をやっているのだろうか、一匹の白い猫がベンチに丸くなり、片目を開けてこちらをじっと見つめている。しびれるような寒さに、骨皮はコートの襟を立てて、ぶるっと身を震わせた。

                         

                       *


 改札を出ると、雪が降ってきた。ちらちらと舞う粉雪は、肌に触れると溶けてゆく。骨皮はあまりの寒さに、何か暖かいものを飲もうと自販機やコンビニを探すが、目に入ってくるものは、シャッターを下ろした倉庫、工場、そしてどこまでも続く長い一本道のみだ。

 

 人のいない倉庫街を、骨皮は一人震えながらとぼとぼと進んで行く。吹き付ける木枯らしが、もう若いとは言えない骨身に染みる。一歩進むたび、しゃくしゃくと雪が鳴く。時折、巨大なトラックがものすごいスピードで横を通り過ぎる。ヘッドライトが、銀世界に一人亡霊のように歩く骨皮の姿を一瞬のうちに照らし出しては、行き過ぎる。

 

 ようやく教えられた住所にたどり着く。そこは小さな工場の廃墟であった。正面の扉には鍵がかかっているが、簡単に裏口から入ることができた。

 

 中は驚くほど何もなかった。だだっ広い空間の真ん中に、ただ机と椅子とベッドが、ぽつねんと置かれてあるのみだ。骨皮は、まるで、どこかの貧乏劇団の舞台のようだと思った。スポットライトがあれば完璧だのだが。しかし、あの男は本当に、この場所で暮らしていたのだろうか?

 

 机の上には、双眼鏡と、ノート、それからボールペン、そして犬のえさ入れが置かれてあった。えさ入れの中のえさには、蛆虫が湧いた跡がある。

 

 ノートをめくろうとすると、乾いた血が糊となって、うまく開くことができない。中には、びっしりと文字が詰まってある。


「佐藤花絵 4歳 希望・ウサギのぬいぐるみ→白いものを一つ持っている。茶色いウサギに変更」


「田中祐介 5歳 希望 テレビゲーム→宿題をサボる恐れあり。ボードゲームに変更」


 いかにもサンタクロースらしいメモ書きだ。

 骨皮は苦心しながらページをめくって行き、ある一ページに、はたと目を留めた。


「骨皮すじ男 6歳…」


 骨皮はゴクリと息を飲む。しかしその先は、べっとりと付着したシミで、文字が消えてしまっている。すると突然通りの向こうから、騒々しい車のエンジン音が聞こえてきた。はっと顔を上げると、正面の小窓が一面、まばゆいほどのヘッドライトの光に染まる。キュキュ、とタイヤが雪の上で回転する音がして、エンジン音が静かに止まった。

 

 そっと窓から覗いてみると、正面の倉庫の前に、ものものしく青白い、数十台のリムジンがまっすぐの列になって停まっている。

 

 中から出てきたのは、喪服に身を包んだ男たちだ。反射する雪の光に、彼らの青白い顔がぼうっと浮かび上がる。骨皮の窓枠を掴む手は自ずと震える。



                 …彼らは皆、生きてはいない!


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