第三話 サンタクロース殺人事件 その2
骨皮はバイトが終わると、彼を食事に誘った。閉店間際の園内のレストラン「ハッピーキッチン」はガラガラに空いていて、独り言を言うのにはまさにもってこいの場所だった。
骨皮は窓側のボックス席を選び、ショートケーキとブラックコーヒーを、それぞれ一つずつ注文した。サンタは向かいに座って、窓の外のツリーを、こぼれた目玉でじっと見つめている。しかし、哀愁に溢れたその姿は、決して窓ガラスには映らない。
「つまり君は、僕にあそこからどけというんだね」
「ええ、少し移動して頂くだけでいいのです…要は写真に映らなければ」
サンタは骨皮の方へ向いた。彼の肉からは、すっかり表情筋というものが死滅しているのだった。骨皮は哀れをもよおして、目を素早くそらした。
「なんで、写っちゃいけないんだい?」
サンタには、自分の姿が相手にどう映っているのか、知る由も無いのだった。彼は自分の姿を思うとき、常に決まって、ふくよかな頬、リンゴのようなほっぺた、丸々と膨らんだ狸のようなお腹、慈愛に溢れた優しげな瞳、雪のように白いひげ、そういうものを思い浮かべているのに違いなかった。
骨皮はそれにうっすら気づいていたのだが、面と向かって、現在の彼の容姿を正直に伝える勇気は出なかった。あまりにも残酷であるし、言ったところで、どうも信じてもらえそうにない。
幽霊たちは決まって頑固でひねくれ曲がっているのだ。彼らは生きている人間の言うことに耳を傾けようとはしない。そもそも、素直で柔軟な人間は、死後もこの世に醜く執着したりはしないのだ。
「つまりですねその…あなたの姿はいささか刺激が強すぎると言いますか」
「そうかな。僕ほどサンタらしいサンタはなかなかいないと思うんだけど。見て、あそこにはトナカイのポチもいるんだ」
「ポチ…」
サンタの指し示した先、窓の外のレストラン入り口の前に、一匹の大型犬がつながれていた。元はシェパードかなんかであったのであろうが、今では見る影もない。主人と同じく全身の肉は腐って剥がれ落ち、黄ばんだ骨がむき出しになっている。骨の上でらんらんと輝く丸い目玉は、目の前のほねっこに向けられている。どうやら、待てを命令されたままらしい。
冷めたコーヒーと、薄っぺらいショートケーキが運ばれてくる。イチゴの横には、砂糖でできたサンタ人形が乗っている。フォークで触れると、首がもげて、胴体だけがイチゴの上に残された。
その時、レストランのドアが勢いよく開いて、チリンチリン、と甘い鐘のなる音がした。
「ホホホーイ!メリークリスマス!」
見ると、通路の真ん中を、「生きている」、まさにサンタクロースらしいサンタクロースが堂々と練り歩き、子供達に飴玉を配って歩いている。彼の後ろからはミニスカサンタ姿の女子大生が三名、鼻のてっぺんに安っぽい赤鼻をつけ、くねくねと四肢を揺らしながら、子供達の父親にショーのチラシを配っている。嵐のような一団は、骨皮のテーブルにちらりと目をやり、ショーの客としてたいして期待できないのを見て取ると、わざとそこを避けるルートを選んでから、あっという間に去っていった。
彼らがいってしまうと、店の中は先ほどより静かに感じられた。骨皮は恐る恐る「死んでいる」サンタを見やった。さぞかし良い気分ではないだろうと思ったのだ。しかし意外にも彼は無表情であった。というのも、彼の見た目はほぼ骸骨であるのだから、表情を期待する方が間違っているのだと、骨皮はハッと気がついた。つまり、何を考えて、どう感じているかの手がかりが、骸骨相手には皆無と言ってよろしいのだ。
骨皮は、ここは慎重に成仏を勧めねばならないと、腹をくくった。
「サンタクロースさん」
「うん、なんだい」
「あのように、サンタクロースというのは、ゴキブリのように、放っておいても次々と湧き出てくるものです。ですから死んだあなたがわざわざ手間と時間をかけて怨霊となり、写真に写る必要など、全くないのではありませんか」
骸骨は黙っていた。骨皮はごくん、とコーヒーを飲んだ。相手の表情はやはり虚無に近いものであった。ただ、顎の骨が時折、カタカタと震えて打ちあう音がするだけだった。
骨皮はすっかり困ってしまって、何か手がかりはないものかと、失礼のない程度に、相手を見回した。そうして、彼の足元の汚れたずた袋にはたと目が止まり、「サンタクロースさん」と続けた。
「あなた生前、そのプレゼントを配り損ねたのではないですか?」
すると骸骨の背骨がピク、と震えた。彼はたちまち落ち着かなくなって、溢れた目玉を元の位置へ埋めこもうとしてみたり、あばら骨をさすったりし始めた。
骨皮は核心に近づいたことを感じて、さらに続けた。
「それが現世への、心のこりなのではないですか?」
「違う、そうじゃない」
「では、どうしてあんなところに立ち尽くしているのです」
「わからない、わからないんだ」
「わからないって、どういうことです」
骸骨は怯えたように、歪んだ頭蓋骨を抱えた。骨皮は自分が彼を追い詰めていることに気がついて、ハッと我に帰り、口をつぐんだ。
「…記憶がないんだ、覚えていることは一つだけ」
「では」ここまできたら、もう後戻りはできなかった。「何を覚えているというんです?」
「僕は…」骸骨の声がかすれた。「僕は、クリスマスイブの夜に、とある場所で殺された」
骨皮は骸骨の震えが、一層激しくなってきたのを見て取った。
「それしか、思い出せないんだ。」サンタは悲しげに目玉に触れた。
骨皮は自分がまた、不幸な物語に片足を突っ込んでしまっていることに気がついた。