もどってくる
きた。
ぼんやりとした意識の中そう思った。
身体の奥、真ん中のあたりからそれはこみ上げてくる。
ごめんね、と向かいで美味しそうにお肉を頬張る友人に断りを入れ、席を立つ。
はやく。
早足でトイレへ駆け込み、個室に入ると力任せに施錠した。がちゃん、と荒々しい音が響く。
それは、喉元まであがってくると途端に耐え難い衝動へと姿を変える。
ごぽ、と、咳とも水音とも言えない音を立てながら、真っ白の便器へ内容物をぶちまける。しばらく途絶えることなく体内で温められたそれが逆流し続け、喉が酸と自分の体温で焼けるのを感じていた。
きもち、わるい。
胃が収縮を繰り返し、もう何も残っていないところから何かを吐き出そうとする。噎せて胃液が飛び散らないように便器へ顔を近づけた。口からはとろとろともはや何であるかすらわからない粘質の液が流れ続け、わたしはそれを途絶えさせる気力すらなくただ俯いているしかなかった。
呼吸を調えながら、未だ霞がかかったように回りの悪い頭で考える。
わたしはどこで間違えたんだろう。
どうすればまた、正しい、に戻れるんだろう。
始まりは些細なことだった。
冬はイベントが多くあるためにたくさん料理を作る機会がある。クリスマス、お正月とすぎたと思えば次はバレンタインがやってきて、作るのが楽しくてつい作りすぎて、そうして食べすぎてしまうのだ。
そうなると、どうしてもたるんでくる自分の二の腕やお腹が気になってくる。
ほんの軽い気持ちだった。
もう何度目か、学習しないわたしはその日も自分一人で消費するには多すぎる量の晩御飯を作った。ほかほかに炊いた白米、お箸で簡単に割れるほどよく火の通った肉じゃが。ごまを散らしたいんげんの煮浸し。
健康的としか言えない献立だった。ただ少し量が多かっただけだった。
すべて平らげたあとわたしは膨らみすぎた胃が訴える不快感に悩まされてうずくまった。
机に静かに乗っていた携帯が短い時間揺れ、友人からのなんともない日常を報告するだけのメッセージが届いたことを告げる。乗り気にならなかったわたしは、食べすぎて気持ち悪い、とだけ返信した。と、同時に既読の印がついて、吐いちゃえば、という言葉と、悪い顔で笑う猿の絵文字が送られてきた。
吐いちゃえば。
その日から少しずつエスカレートして、わたしは何かを食べると吐き戻してしまうようになった。わたしの意志とは関係なく。
きっと彼女は知らない。
席で今も美味しそうにお肉を頬張る彼女は、なにも。