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そのⅥ:マッケンジー・タナカの南暗黒大陸ドワーフ大王国租界探訪

 アルヴェンライヒヘイムは鎖国中であるという事実を何だかんだで

失念していた大間賢司は「一般枠ではアルヴェンライヒヘイムから

人界諸国へは行けない」という、ちょっと考えれば分かる現実に

結構激しめ(本人的)に打ちのめされた。


 打ちのめされたショックが大きすぎてついつい初代ゴブリンランド

三大王達との出会い…事実上のゴブリンランド建国黎明期を

現実逃避の為に思い出したくらいだ。


「で、人界国際協商連合とかいう人達のツテを頼りまくったわけだが…」


 残念なことにそのツテでエルフ国からゴブリンランド以外で出れるのが

ドワーフ達の人界⇔魔大陸を行き来するためのルートのみという現実に

またも賢司の「異世界人間族との交流計画」は頓挫する結果であった。

とはいえこのままエルフの国に居ても一般ホブゴブ変身中な賢司の

行動範囲はエルフ達が指定する範囲のみなので大したことも出来ない。


 だからそのルートでワンチャンかけることにしたのだ。

ドワーフ達に聞いてみれば人界大陸から見て南…暗黒大陸と呼ばれている

人界諸国の手がほとんど入ってない未開大陸へ…異世界転移モノで

本来は最初にあるはずの定番な現地人遭遇イベントを体験するために…


「でもさぁ別にアタシ達の魔大陸ふるさとみたいに一部地域が

極夜(ほぼ一日中夜)とか、そういうわけでもないのに

どうして人界あっちのヒトたちは此処から見て南の大陸を

"暗黒大陸ダークランド"とか言うのかなぁ?」

「…多分未解明すぎて真っ暗な状態と何も変わらんから

そんな感じで敢えて詩的表現するんだろ」

「はぇー…なるほどねぇ」


 賢司は何も言わず煙草を咥えて火を点ける。賢司個人は吸ってた方が

船に揺られている+αの気分が色々と紛れる気がするのだ。

長らく潮の香りを鼻に入れてなかったせいか、やたらと生臭く感じる

香りもタバコの匂いが上手いこと誤魔化してくれている気もしていた。


「んじゃぁさぁマッケンジー」


「その前に…今更だけど聞いていいかネビー?」

「ん? なぁにぃ?」


 風上に立っているので風に吹かれた髪から何か柑橘風味の匂いが

漂ってくる耳とか目玉の特徴を気にしなければ蒼白に近い白肌の

ゴブリナのネビーが実に自然な感じで小首を傾げて賢司を見やる。


「お前、何で俺と一緒に居るんだ?」

「あの視線に晒されながら超長期留学とかさぁー…

ちょっと夢見すぎかなーって」

「答えになってねぇし…」

「そんな状況でゴブ女子リーニャを独りにしちゃうのは

マッケンジー的にどうなのさぁ」

「………ぐぬぬ」


 何だかんだで御嬢様なネビー。単身アルヴェンライヒヘイムで

超長期留学を目論んでみたものの、やはり慣れない土地で他人は他人でも

外国の異種族しか周りにいない状況にいきなり飛び込めるほどの

肝は据わってなかったらしく、賢司がドワーフの商人と

ゴニョゴニョ話しているのをしっかり大きなゴブ耳で

聞いていたようで、賢司が何も言わないことを良いことにしれっと

後戻りも大変な船旅に同道していたのだ。


「トンボ返りとかそれこそ大恥ってレベルじゃないと思うしぃ?」

「そりゃそうなのかもしれんけど…だからってお前…」

「そこ…"生来の無骨者でよければ、喜んで道連れになりましょうぞ"とか

そんな感じに返せないのかなぁ?」

「えぇー…」


 こんな所でこの間の公式演劇の一つである

『メレク~流浪西王異見聞録~』の主人公:メレク=スレーン13世の

名セリフを聞かされるとは思わなかった賢司。

実際の十三代目のスレーンはそんな事は喋ってなかった気がするが、

実に二千六百年近く昔の事で何処の記憶庫に保存したかも覚えてないため

色々ともどかしい気持ちになってしまうのだった。


「ゴブリンランドじゃ存在さえしない木賃宿生活とか大丈夫なのか?」

「あの視線に晒されなきゃ何処でも気楽かなぁって思うけどねぇ」

「当分はドワーフ向けなボリューミィ&ほぼ酒の食生活でもか?」

「お酒は嫌いじゃないし、ドワーフさん達でも野菜は食べるでしょぉ?」

「…んー…まぁ、俺もドワーフ王国の全部を知ってるわけじゃないし…

とりあえずそれで何とか頑張れそうっぽいからそれで行ってみるか」

「とりあえずそれで行ってみよぉー♪」


>>>


 南暗黒大陸西端…ドワーフ大王国の租界地の他には水生人マーフォーク

いわゆる人魚や半漁人といった水中生活に適応した種族が

寄り集まって作った"水路王国"と呼ばれる都市国家群以外では

国家らしい国家は把握されていない。現在賢司達は

大王国租界地レーヴァキャルヴ辺境伯領の領都パナンコタンにて

元々大した目的も無かったので在住ドワーフらと酒を酌み交わしたり

テキトーにバイトしてみたりと思いのほか気楽な数日を過ごしていた。


「うーん…」

「どしたのマッケンジー?」

「いや、そろそろお前さんが根を上げると思ってたら

そうでもなかった事にな…」

「流石に見くびりすぎぃwイラッとする視線ばっかの

エルフさん達はともかく観光客でもそこかしこで探せばいる

ドワーフさん達の暮らす場所でしょぉ? まぁー…

ちょっと連日連夜お酒呑みまくりなのはキツくなってきたけどぉ…

でもでも普段だったら口うるさい人が居てやりたくてもやれない事とか

食べたくても食べられないものを楽しめるからさぁ?」

「("永遠の☆十四歳ニュイエトワール"とか開き直っちまったアルパ級に強かだな…)…

…さいですか」


 何だかんだで頑張り屋な御嬢様だったネビーに賢司はついつい

初代メチゥを姉上と慕った初代ゴブル三賢者っていうか三姉妹だった

ホンヤ、ハディスク、パピラスの顔を思い出してしまう。


「ったく…それこそ眼鏡掛けたらマジでホンヤちゃんみたいだな…」

「………マッケンジー…? 何でアタシの大おばーちゃ…じゃない?!

ナシナシ!! 今聞いたことは忘れてよぉ?!!」

「………あー、もういいよ全部分かっちゃったし…」


 分からない筈がない…初代ホンヤがウープスレーン家に嫁入りするのを

初代メチゥらと一緒に盛大に祝った賢司本人だし。


「帰った時にバラしたりとか絶対ナシだからねぇ…?!」

「言わないよ面倒だし」

「メンド…?! それはそれでなーんかなぁ!!?」

「…そういうところがマジでトショモリ家の血筋だと感じるわ」

「……なんかものすーっごく不公平な気になってきたぁ…!

マッケンジー絶対に結構な高官筋でしょぉ?! まさか王族直系ぃ?!」

「ご想像にお任せします(初代から知る賢者様本人だなんて言えねえ…)」

「うーわー感じ悪ーぃ…!」


 年齢的には大人のゴブリナがやるべきじゃない膨れっ面のネビーだが、

妙に似合ってしまうと思うのは人間感覚が払拭できない賢司である。


「……ん?」


 中央通りをふらふら進んでいるうちに妙な違和感を覚え立ち止まる。


「……今度はなあに?」

「いや…ほれ、何だか髭の無いドワーフが増えてきてねえか?」


 賢司に言われて見回してみれば、確かにそんな感じである。


「ホントだぁ………何でだろぉ?」


「そりゃあオメェ、この辺はレーヴァキャルヴ伯爵の徒弟街だからの」


 通りがかりの…髭を剃っているらしいドワーフが答えてくれた。


「何でまた…?」

「伯爵様の意向だな。"ヒゲもじゃで錬金術実験とか舐めとんのか"って

200年くらい前から御触れが出たのが始まりよ。今じゃあ

伯爵閣下に仕えるないし弟子入りしてる連中の慣例みたいなもんじゃ。

最初は見た目が完全にガキっぽくなるんで不評だったが…

実験で髭に引火して火だるま事件続出したもんでなぁ」

「なるほどねぇ…」

「分かる気がするわ」

「あとは…どこまでがホントか知らんが、伯爵閣下はその昔に…

人界で色々あって不老不死化した人間っちゅう噂が」

「その辺詳しく、ボトル単位で酒奢ってやるから吐けるだけ吐け」

「「ほぇ!?」」


 喰い気味な賢司にネビーと通りすがりドワーフがハモる。


 そんなワケで賢司は通りすがりドワーフにアホほど酒を飲ませて

他にも近くで飲んでた連中にも振舞いまくってレーヴァキャルヴ伯爵の

色々な話を聞き込みしまくった。


「………我らが賢者様なら兎も角…エルフやドワーフでもない人間族が

不老不死なんて……しょーじきありえない気がするよぉ?」

「そういう決めつけは良くない! 魔法の世界だもの!! おr…

賢者サマ以外にも不老不死な人間の一人や二人いても良いじゃない!!」

「アタシが言うのも何だけど…マッケンジーってホント変わってるぅ」

「褒め言葉として受け取っておくわ……だがしかしこれで…」


 やる事が出来た賢司はレーヴァキャルヴ伯爵の徒弟らに酒を賄賂に

伯爵とのアポイントメントをとれないものかと奔走しまくる。


 結果は徒弟アポに次ぐ高弟アポでレーヴァキャルヴ伯爵邸の前である。


「ふつーに面会出来ちゃうってのもなーんかなぁ…ドワーフ国の

階級制度ってゴブリンランドよりも緩いような…」

「立憲君主制みたいな感じの制度の良いところダルォ?」

「…トラブってもアタシは助けられないからねぇ?」

「大丈夫だ。問題ない」

「すっごく不吉な予感しかしないぃ…」


 ニコニコ笑顔を張り付けた賢司は門番らしきドワーフに

まずはへりくだり気味なご挨拶から開始する。


>>>


 元・旧タリア王国ことタリアンガリー王国出身で、今から313年前の

天授歴1193年に単身で暗黒大陸に渡り、流れに流れて

当時はドワーフ大王国租界の辺境でしかなかった無名都市時代の

パナンコタンでドワーフの酒造技術に大きく貢献したのを切っ掛けに

伯爵位を貰って当時のドワーフ貴族の子弟や人界大陸からの漂流者の

子孫らと共にひたすら魔法研究に明け暮れていたのが

フリズステイン・レーヴァキャルヴである。


「ふぅむ…この触媒ではやはり…となると…」

「閣下、こちらの乾燥イモトカゲは…」

「同じような乾物の棚に押し込んどくのじゃ。それと…

タヴリース先生の魔導書があったら適当に持ってきておくれ」

「畏まりました」


 素人目には何の科学実験なのか見当もつかない試験管やビーカー、

フラスコ類の器具が雑多に置かれ、開きっぱなしの魔導書や巻物も

所構わずに散乱している机に向かって色んな物と睨めっこしているのは

どう見ても人間の幼女であった。あまつさえ髪型がツインテールなので

不老不死の噂が本当でもまず彼女がレーヴァキャルヴ伯爵とは思わない。

だが、彼女こそが間違いなくフリズステインである。

見た目が見た目なのでドワーフ大王国ではヒゲなしを好とする変わり者の

ドワーフ女子としか見られていないそうだ。


「駄目じゃの……なぜあの時出来た"柔らかい石"を…

いやしかし当時は10歳で普通に出来のいいパンナコッタにしか…

ぬぐぐ………申し訳ありませぬタブリース先生…!」


 彼女の人生はそれはそれで賢司より波乱な感じであった。


 彼女は今では没落したが、本名はエリザヴェータ・プロスートと言い、

当時は名門貴族の出であり分家筋の裏切りに遭い平民落ちの挙句

一家離散で途方に暮れていた所を今でも先生或いは師父と仰ぐ

魔術師タブリース・レーヴァキャルヴに拾われた身だったのだ。

そして弟子入りして二年かそこらのある日、当時師父が研究していた

霊薬アムリタの試作品を…今となっては何故そこにあったのかは謎だが、

無造作に台所に置かれていた為、うっかりオヤツの材料と勘違いした

当時10歳の彼女は、それを用いて偶然にも「賢者の石」の一種である

"柔らかい石"をパンナコッタ風味で完成させ、元々から

オヤツくらいは好きに食べていいとタヴリースに言われていたので

一カケラも残さずペロリと食べてしまったのが、後々になって

不老不死化した原因であると知ったのが、奇しくも延命限界で

師父たるタブリースが亡くなった後…という半生があったのだ。


 彼女にとって"柔らかい石"の再現は悲願である。何よりも

手がかりを一粒残さずパンナコッタにして食べてしまったという残念が

彼女の人生に無視できない影を落としている。


「先生…面会を希望する者が来ているそうですが…」

「一体何処のどいつじゃ…私は忙しいといつも言うておるじゃろ」


 これで来たのがドワーフ王国本土の使いであれば

三日は待たせるところであっただろう。


「それが…自らをゴブリンランドのゴブリンであるという輩で…」

「あん…?」


 そういえばここ20年ほど前から魔大陸にある王国本土が国交を

開始したとかいう同じ魔大陸にある国がそんな名前だったかと

思い返すフリズステイン。何しろ彼女は租界地の辺境伯であるし

そもそもこんな租界地に来るゴブリンランド人なんて聞きようもない。

ほぼ毎日研究に明け暮れているので聞いてもすぐ忘れただろうが。


「まぁ良いわ…煮詰まっておる時こそ気分転換じゃ…とりあえず

客室に案内しておけ、私も着替えて直ぐに向かおう」

「畏まりました」


 とりあえずゴブリンと聞いたので彼女は何気なく礼装風だが

キッチリ武装も兼ねた格好にいそいそと着替える。


「普通に考えてゴブリンそのものが文明的な言動とか眉唾じゃの…」


 こればかりは彼女もゴブリン知識が人界由来なので致し方ない。


>>>


 ネビーが同伴しているためホブゴブ変身は解けないが、客間にて

出されたお茶の香りが妙に懐かしい感じだった賢司は

それを堪能しまくってた。


「あぁー…何かコレ…ウーロン茶みてぇな匂いがする…」

「うーろん?」

「気にするなネビー…昔を思い出しただけだからさ」

「いや…だってうーろんって何処かで聞いた気がしてさぁ…」

「難しいこと考えすぎると肌に悪いぞ?」

「……なーんかなぁ……?」


 話のネタが無くてもこのお茶の出どころは

間違いなく聞こうと思った賢司。


「レーヴァキャルヴ伯爵の御入室である!」

「「!」」


 徒弟か従者かは知らないがその声に賢司とネビーは起立して

ドワーフ大王国流の儀礼をする。


「あぁ…そこまで畏まらんで良いわ……というか…失礼じゃが

お前らはホントにゴブリンなのか?」


 聞こえてきた声がすごく幼い感じだったのに気を取られそうになるが、

横目でネビーの表情が険しげなのが目に入ったので

まずはそっちを宥めることにした賢司。そして声の主…

おそらくレーヴァキャルヴ伯爵の方を見て、賢司は固まった。


「………」


「何じゃ…私の姿…というか人間族の姿は初見か?」


「マジか! 幼女!! ホンモノのロリバb…魔法幼女だとぉ!!?」


「「……………」」


 レーヴァキャルヴ伯爵…もといフリズステインは少しだけ眉根を寄せ、

ネビーはネビーで賢司に「突っ込むべきところが違うんじゃない?」と

言いたげな視線をぶつけている。


「あっ! サーセンしたっ! 俺! オー…マッ…ケンジー!

マッケンジー・タナカと言います! 今年で281k…

人間族換算で36歳のホブゴブリン魔法使いですッ!

隣の子はネビーで…えーまぁ何というか色々あって旅の道連れに

なってくれたゴブリンランドの魔術学校の子ですっ!」

「マッケンジーってば…他国とはいえ貴族相手に

ざっくばらんな自己紹介はどうかと思うよぉ?」

「あ…いや…ここん所ちゃんとした挨拶の機会も無くてつい…」

「これで国際問題になったらガチ他人を貫くからねぇ」

「今更言っても無駄な気がするんだが…」


 しかしフリズステインは別段気にした様子は無いようである。


「構わん…私もマトモな作法を勉強する機会に恵まれなかった立場じゃ。

とりあえず席につけ。私も座るのでな」

「サーセン! あざっす!」

「マッケンジー……ホントに遜りがヘタクソっていうかクソザコぉ…」

「私は気にしておらんと言うておる…あー…そこの…

茶ばかりというのもアレだからコーヒーでも持ってくるのじゃ。

正直少しばかり眠気が酷いのでな」

「畏まりました。早急にお持ちいたします」


 堂に入った顎使いで近くにいた従者に飲み物を配膳するよう促す様は

見た目で侮ってはいけない雰囲気をしっかり感じさせるフリズステイン。


「さて……普段は大王国本土の者だろうと三日ほど待たせるのじゃが…

お前達はこの私に何の用事があったのじゃ?」


 椅子に深く腰掛けるとちょっと埋まってしまう様は妙に

可愛らしく見えるが、その眼光はやはり不老不死の噂に

信憑性を持たせる貫録を見せるフリズステイン。


「うぇ…?!」

「あーもう…ホントにマッケンジーのクソザコぉ…!」


 立場的に自分より上位者との会話なんて二千数百年ぶりで

ダメな意味で堂に入ってる賢司のザマにはネビーの呆れが加速するのみ。


『…ネビー……何か良い弁解方法あったら教えてくれない?』

『うーわ…もうクソザコ以下だよぉそれは…』


 ついつい母国語であるオーマゴブル語で会話を始めちゃった

賢司とネビーを見てもフリズステインは不快感は無く、

むしろ興味の視線を向けるだけだった。


「聞いたことのない言語じゃな…それがゴブリンランドとかいう

お前たちの母国語なのかの?」


「うぇ、あ!? サーセン! ついついアルト語が出てこなくって…!」

「構わぬ。そもそも人界もアルト語が完全な公用語ではなかったからの」

「重ね重ね申し訳ありませんレーヴァキャルヴ伯爵閣下…

何分私たちも人界諸国との正式な交流はドワーフ国が20年弱で、

エルフ国とはつい最近のことでありまして…」

「おおぅ…?!」


 今までの言動が吹き飛ぶ勢いで丁寧なアルト語遣いを見せるネビー。


「ふむ…それにしては訛りも感じられぬアルト語じゃの…?」

「はい…我がゴブリンランドにおいては国父たる賢者オーマ様が

"来たるべき人界との交流の為"とのことで…天授歴では

千年初頭ごろからアルト語を必修科目としておりましたので…」

「ほう…? 中々に興味深い話じゃの…? 詳しく聞いても良いか?」


『マッケンジー…? 真面目にどうしてくれんのさぁ…?』

『駄目そうになったらアルパ…神子様に直談判超嘆願するから許して!』

『…色々突っ込みたいんだけど…正直責任うんぬんあるから…

貸し一つねぇ?』

『全然良いお! 何だったらウープスレーン家のハイパー地位向上も

期待して良いんだお!!』

『…………とりあえずそれも置いておくからねぇ…?!』


 そんなこんなでネビーはゴブリンランドの不利にならないであろう

諸々の話をフリズステインにしていくことになる。


「……ふむぅ…? 最初は単なるアホウかと思っておったが…

色々と研究者としてそそられてしまう話題が尽きないのう…?」

「……ご希望であれば…ゴブリンランドを観光ないし視察という形で

レーヴァキャルヴ伯爵閣下に御来訪して頂けるように

私とマッケンジーから出来る限り便宜を図りますが…?」

「前向きに…いや、何ならこれから打診しても良いか?」

「え…いや、あまり性急に進められは致しかねるのですが…?!」


 外見に似合わないが(恐らく)老成な年齢相応に笑うフリズステイン。


「安心するが良い。私とて自分の仕事を投げてまではせぬわ。

後日正式に大王国を通じ大使館経由で打診させてもらうのじゃ」

「そうして頂ければこちらも不足なく進められますのでそちらで

よろしくお願いいたします…」


 中々に鋭い視線を賢司にぶつけて少し温くなったコーヒーを飲むが

砂糖なしのガチブラックコーヒーに渋い顔をするネビー。


「…しかし、本当に私に単純な興味で来たのじゃな?」

「恐縮です」

「しかし…今一つ気になるのじゃが…気分を悪くさせたのなら

先に謝っておくが…お前たちは本当にゴブリンなのか…?」


 ネビーは渋面を深めるが、そこは賢司が素早く答える。


「えーっとですねー?! もう真面目にずっと昔なんですけどね?!

おr…我らが賢者サマがゴブリンランドを作っt…建国した当初は

賢者サマ曰く"ゴブリンとしか言いようのない風体"だったんですけどー?

何分2000年以上も昔の頃なんで…? 今じゃ…えーと

人界側の人らが言うような風体のゴブリンランド人って

ほとんど居ないんですよー? とはいえ最初がそういう感じだったんで?

そもそも彼らも自分たちの事をゴブルと呼んでたもんですからー?

じゃあもうそのままで良いんじゃねーのってことで?

もしかすると実は全くの別人種かもしれないけども今更だから

もうゴブリンで通しちゃおうって話がー? あったとかそんな感じで?」


 疑問形たっぷりだが、しかしながら建国の黎明期さいしょから全部を

今日に至るまで見ていた賢司の言なのでかなり説得力があった。

ただしネビーは賢司の物言いに不満が隠せていない。


「マッケンジー!! 貴方だってゴブリンランド国民でしょぉ!?

何で変に疑問形まみれなのさぁ!? すっごく不敬なんだけどぉ!?」

「え、あ、いやこれは………」

「ほう…? 愛国というヤツじゃの…? しかしマッケンジーとやら、

語尾こそ疑問形じゃが……まるで一から見てきたような雰囲気…

とても興味深いな…? お前はゴブリンランドにおける

支配階層の出であったりするのかぇ?」

「ぶほっ!?」


 思わず咥えてしまった煙草も吐き出してしまう賢司。

今迄なあなあで済ませていた反動なのか、ネビーの追及の視線も

かなりの鋭さを増していた。


「う…うぐぐ…!」

「マッケンジー!? アタシの家にも矢鱈詳しかったしぃ…?!

もう面倒だからアンタの事も根掘り葉掘り問い詰めるからねぇ!?」


「こ…こうなっちまったら…しゃーなしなのか…?」


 おもむろに立ち上がった賢司にネビーもフリズステインも

少しだけ息を呑むのだが、


「閣下ぁ!! 一大事でございますッ!!」


 ドカァンと扉を開け放ってきたドワーフ徒弟の乱入で

ネビーとフリズステインの注目はそちらに向く。


「何じゃいきなり…折角面白そうなモノが見れると…?」

「それどころではございません!! 暴走です!!

実験中だった魔大陸種のキマイラがッ!!」

「なにぃ!!?」


>>>


 賢司の正体どころじゃなくなった状況であり、聞いただけでも

色々と危なそうな話題だったのでそのままフリズステインと共に

魔大陸種のキマイラが暴走したという現場へ急行した賢司たち。


「これは…!!」


 件のキマイラ暴走現場は伯爵家が管理する農場兼実験場。

今のところ死人は出ていないようだが、あちこちで倒れて呻く

屈強そうなドワーフ戦士たちとそれを害しようと血走った眼の

キマイラを相手に息も絶え絶えなドワーフの騎士たち。


「一体何が起こった?!」

「そ、それが…私たちでも完全に把握は…」

「新しい飼料を与えたのが原因と見ているのですが…!」

「ええい! とにかく負傷者を下がらせよ!! 私が出る!!」


 言うや否やキマイラの前まで飛んでいくフリズステイン。


「ングォォォォルルルニャアアアアアア!!」


 狂った猫のような叫び声で暴れようとするキマイラ。


「チィッ…!! "万象の精霊にフリズステイン・レーヴァキャルヴが

こいねがう…"」

「グルニャオオオオオオオン!!」


 フリズステインの詠唱などお構いなしに前足を振りかざすが、

彼女も彼女で見事な飛行術で回避しつつも詠唱は途切れさせない。


「飼料って言ってたな…」

「確か…ウチの国でも食べさせたらダメなのあったよねぇ…?」

「あの狂乱っぷりだと………やっぱ白虎マタタビかな?

もしくは本カカオチョコレート…いや、ひょっとすると鬼タマネギ?

或いは魔海ソウダガツオの鰹節という線も…」

「って言われてもアタシに確証ないからねぇ?!」


「"顕現せよ! 火竜の怒り…フレイムレーザーッ!!"」


―グゴオオオオオオオオオオッ!!


「グルオォオオオオオオオン!?」


 暴走キマイラの攻撃を避けつつ、しっかり詠唱して杖の先に出した

魔方陣より顕現した上位火炎魔法でキマイラを焼くフリズステイン。


「ニャ…アァ…!」


 ズズンと大きな音と共に沈んだ暴走キマイラを前に、

額にほんのり滲んだ汗を拭うフリズステイン。


「おー…すげぇな…飛行術を行使しながらの第六位階火炎術…

無詠唱じゃない所が本職って感じでパネェわ…」

「ホント、マッケンジーって良い性格してるわぁ…!

大丈夫ですか! レーヴァキャルヴ伯爵閣下!!」


 余裕があれば賢司が冷静であることに突っ込みたいネビーだったが、

まずはフリズステインの元へ駆け寄ることにした。


「……そういえば、お前らは魔大陸出身であったな…

今回のキマイラ暴走について何か所見はあるかの?」

「あ…はぁ…それは構わないのですが…その…第六位階…

人界魔術の第三階梯・上級の魔術を行使しておられましたよね…?

御身体の方は…?」

「大事ない。聞いておるじゃろうが、不老不死化した私は

もう300年は余裕で研鑽をしておる。"人類の才能の壁"など

とうの昔に超えておるわ……それよりも先の所見じゃが…?」

「ふぇぇ…!? …『こっちもこっちで良い性格してるわぁ…』!」


「いやー…久しぶりに良いもん見れたっすわ…! やっぱり

フリズステインちゃ…さんは俺なんかよりも全然賢者っすね!」 

「はぁ…?」

「マッケンジーぃ…?」


 結構大変な状況にも関わらずテンションがユルい賢司の言動に

流石のフリズステインも眉間に皺が寄り、ネビーはネビーで

白い顔がハッキリ赤くなってきていた。


「あれ…? お二人とも…何故にそんな険しいお顔…」


 賢司が自分の言動が空気を読めてないことに気付いたのは二人の前に

回り込んでからのことである。


「マッケンジー…流石にさぁ…?」

「お前…本当に良い性格をしておるようじゃの…?」


「あるぇー…? 何か盛大に地雷を踏んッ―


 賢司が二の句を次げなかったのは強烈に弾き飛ばされたせいだ。


「「!?」」


 彼を弾き飛ばしたのは、全身が黒焦げにも関わらず目は爛々と光り、

まるで痛痒を感じていない雰囲気をとるキマイラであった。


「何じゃ、と…?」

「え…ちょ…マッケンジー?」


 想定していなかった状況にフリズステインもネビーも動けない。

しかしキマイラはほとんど予備動作も無く何らかのエンチャントを

まとわせた前足で目の前の二人も薙ぎ払おうと振りかざす。

居合わせていた誰もが絶望的な表情を見せた。


―ギャキイイイイイイイン!!


 金属と金属が激しくぶつかり合ったような音で我に返った二人は

続いて驚愕の表情を浮かべる。


「痛ぇじゃねえかクソ猫この野郎…」

「グォ…!?」


 キマイラの前足を事もなげに軽々と受け止めていたのは

随分と使い込んだ結果、愛用になった魔杖を持つ賢司。


「ぬ………?」

「え……ちょ…なんd…その杖……マッ、ケンジー…?」


「グオォォォォォォォン!!」

「うるせえなちょっと飛んでろ…"アトモスフィア・ストリーム"」


「「!?」」


 煩わしそうだが何ともない風で一言呟いて空いている手の

一指し指をクンッ! と上に上げた途端。周りには何も影響がないのに

竜巻に巻き上げられたかのように上空へ吹き飛ぶキマイラ。


「………ォオオォン………!?」


 全身が黒焦げでなければ、キマイラもそのまま空を飛ぶのだが

まだ翼が再生してないので碌に身動きも取れないようだ。


「お仕置き…いや制裁か…フレイムレーザー…六連射だッ!!」


 クルリと杖を一回転させれば、そこから魔方陣が出現し、

フリズステインが撃ったフレイムレーザーとは温度からして違う

青白い火炎光線を宣言通り六連射して空中に投げ出されたキマイラを

断末魔の叫びさえ許す暇もなく蒸発させた。


「ば…バカな…!? あ、あれがフレイムレーザーじゃと…!?」


 言葉こそ驚愕していたが、その表情はショーケースの中の

憧れの服飾品を前にした女子のそれであるフリズステイン。


「う、そ…だって…そもそも第六位階…」


 ネビーが言葉にならないのも無理はない。

ゴブリンランドでは魔術の段階を「第XX位階」と定め、人界では

「第XX階梯」と定めている。どちらもXXの数字が増えるごとに

威力などが上がっていくが、必ずしも同じではないのが

以下に示す通りの参照結果になっている。


第一位階=第一階梯・初級

第二位階=第一階梯・上級

第三位階=第二階梯・初級

第四位階=第二階梯・上級

第五位階=第三階梯・初級

第六位階=第三階梯・上級【人界・ゴブリンランド双方で才能の壁】

第七位階=第四階梯

第八位階=第四階梯・超級

第九位階=第五階梯【人界:戦略級、ゴブリンランド:第二級危険魔術】

第十位階=超越階梯【人界:禁術、ゴブリンランド:第一級危険魔術】


 そんな状況であるため、研究者の心をくすぐられたフリズステインと

今迄の魔法使いの常識を粉砕されたネビーは心象こそある種対称的だが

言葉にならないという点では合致している。


「………おっと…女子を放置はダメだな…メチゥに怒ら…

駄目だな…似てるって言っても義姉妹じゃんよ…

心まではやっぱ不老じゃねえか…大丈夫だと思うが、二人とも怪我は?」


 とりあえず視線は二人に移さないまま話しかける賢司。


「ふははははははは!! 本当にお前は良い性格をしておるわ!!」

「マッケンジー……アンタって…一体…」


「キマイラ騒ぎが無けりゃもっと楽だったんだが…致し方なしだな」


 賢司はそのまま杖をカツンと地面に打ち付ける。すると賢司の

ホブゴブリン変身がゆっくり解除されていく。


「ホブゴブ変身中は素の視力も良くなるから好きだったんだが…」


「へ…? は…? ほへぇ…?!」

「ククク…! ここまで違和感を微塵も感じさせぬ変身魔術とは…!」


 二人の方を向き直りながら、愛用の眼鏡を掛ける賢司。


「ホントは最後まで隠したかったんだが…まぁ無理があるわな…

改めまして…"親愛なるゴブリンランドの民よ"…そして初めまして

フリズステイン・レーヴァキャルヴ辺境伯殿…俺はケンジ…

ゴブリンランドじゃ終身独裁官モストディクタトールで"生ける国父"…

何の因果か建国黎明期から"賢者様"をやってるケンジ・オーマだ」


「のっぎゃああああああああッ!?(注:ネビー)」

「ぬわっち!? な、何じゃ?! 何をそんなに驚くのじゃ?!」

「おばぱぴぴぱぱぱぱ…!? けけけけけけけ賢者サマアアアアッ!?」

「まぁそう言ってやるなよエリザヴェータちゃん…」

「うぬッ…!? お、お前…何をしれっと私の本名を…!!

息をするように"鑑定"しよったかこのドスケベがっ!!

乙女のヒミツを何じゃと思っておる!!?」

「え…ちょ…いくら2500歳年下だからって乙女て…」

「………………しにたいらしいな」

「あ゛っ…」


 これは流石に完全な失言だと分かり賢司は取り繕うとするがもう遅い。


「ころしてやるよ…お前が何者だろうとなあ!!」

「ちょ、ま…」

「おッらああああああああああッ!!」

「いやぁああああああああああッ!?」


 何の魔術かは咄嗟なので判別できなかったが電撃でビリバリと

感電させられた賢司。


「………あは☆ これは夢…夢に違いないねぇ☆」


 キャパ限界に達したらしいネビーは自らに眠りの魔術をブッパして

現実逃避に走った。

【今更過ぎるゴブリンランド名詞知識】

ゴブリンランド国民のゴブリン達の自称種族名は中性・全体称がゴブル。

性別はリンで成人男性…リナが成人女性に対応する。

未成年の場合は男子リーノ女子リーニャ。四世紀ほど前までは

老女リナンナ老公リノーノという呼称もあったが、

老人差別じゃなかろうかという議題が出たので滅多に使われない。

だがそれが転じてクソジジイ・クソババア呼ばわりの際に使われたりと

それなりに賢司やゴブル三賢機関などの知識層を悩ませたことがある。

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