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ゴブリンランド黎明期そのⅠ:定番にして最悪な出会い

 大間賢司31歳。他人が聞けば笑うかもしれない人生への閉塞感と

無駄に募る未来への不安・不信から長期間定職への道を閉ざした。

しかし短期の仕事だけで生活できるほど世の中は甘くない。

酒量も増えた。体重さえも増えた。貯蓄は目減りした。

髪の毛は白さが目立ち始め、本数も減ってきたような気がした。


 大間賢司32歳。福祉機関員の勧めで心療内科通いをするようになった。

色々と話を聞いてもらううちに気持ちは楽になったが、それだけだ。

 どうしても変われない。どうしても変わりたい。どうしても変わりたくない。

どうしたら変われるのか。賢司の精神が酒量の増加と反比例していった。

そして賢司はある日の深酒の末、そこで長い眠りにつく。


 そして、気がついた時、賢司は荒涼な平原のど真ん中で目が覚める。

夢じゃないと気づいたとき、彼の頭の中に様々な情報が流れ込む。

酷い頭痛と眩暈に苦しむこと体感数時間。その時にまず使えるようになったのが

『外部記憶』のスキルだった。濁流のように流れ込む知っているのに知らない

夥しい数の知識を兎に角その情報の本流が収まるまで続け、一息ついたころには

日が暮れており、同時に寒さに襲われる。その寒さは小さなころ、

迷子になった秋のある日、冷たい雨に打たれて逃げ込んだ

公園の遊具の中で感じた寒さに似ていた。このままここで縮こまっていたら

死ぬかもという不安がドッと押し寄せてきた。何とか暖を取りたい気持ちと

何故こんな所で俺はこんな思いをしなければならないのかという悲しみと怒りが

ゴチャゴチャに入り混じった感情が湧き上がり、それが数々の破壊の魔法の

覚醒の切欠となり、結果として焚き火を起こすことに成功する。

一先ずもう少し落ち着けそうな場所をと思い…そういや外部記憶に収納した

未知しらないのに既知しってるという記憶情報に確か『感知索敵』のスキルがあったか?

と思い立ち、抜き出して使用を試みれば、少し歩いた先に大きな木を見つける。

これ幸いとそこまで移動し、そこで落ちていた枯れ枝や周囲の枯れ草を

ひたすら集めに集めて普通の焚き火をこしらえる。焚き火の暖かさに一段落…

ポケットに入っていたタバコに火をつけ一服、その際に『複製』のスキルも

外部記憶にあったような気がしたので探し始め他にも便利そうなものを

検索しては次々と見つけ出したりした。だが、見つけ出したモノはその全てが

便利なものだけじゃない。小柄な人型をした異形も見つけてしまったのだ。


「ゴブリン…?」


 他に相応しい感じの呼び名が無かったので便宜上そう呼ぶことにした

小さな異形たちは数だけなら賢司より多かった。五匹…五人いたゴブリンは

賢司の姿を遠巻きに確認すると声を張り上げた。


「うぉ?! ぽるく?! ワイゼスぽ、ぽるく?!」

「ワツ、ぽるく? がんぱ、ワツルクゼス? ジハスコニワイ…ワツ?!」

「ワイ?! ワイ?! がぶズルク! ルク! ジハスコニ…ぽ、ぽるく?!」


「何を言ってるのかサッパリわからんな……あ、そういえば…」


 『感知索敵』でゴブリン達が武器らしい武器…頭とかにブチかまされたら

まぁ間違いなく痛いだろう石を確認したが、不思議と脅威を感じなかったので

外部記憶にあった『言語理解LvMMM』とか言うのを使ってみた。


「何? アレ?! 何かポルクくそ野郎、似てる?!」

「でも鼻、潰れてないぞ?! 俺らほどじゃない、少し尖ってる?」

「おい、何か、あの変なポルク、俺ら見てる! 目、ギラギラ!」

「どうする?! ガンパ! ここ、俺らの場所ジハ! やっと見つけた!

俺らのジハ! あいつ! 空のバチバチ、木のアチアチ使ってる!」

「怖い! あのポルク! バチバチかアチアチ作れる!! 危ない!

俺らのジハ! 盗られる?!」

「やっつける! ポルク一匹! 五がぶ居る! 負けない!」


「マジかよ…」


 接続詞が少ない気がする会話だが、彼らの言っていることが

先ほどとは打って変わってハッキリと理解できた。それは同時に

あのゴブリン五匹が此方をどういうわけか攻撃しようとする意思共々…。


「何つーか…流石にあの石はちょっと笑えねえよ…」


 見ればゴブリンの持っている石は少し赤黒いシミが付いてるし、

彼らの人間の常識からズレた表情と相まって色々と恐怖が掻き立てられる。


「おい! 変なポルク!」


「…うわ」


 一匹が此方をポルクなる変な呼び方をしたかと思ったら分かりやすい動きで、

だがそれでいて間違いなく遊びが無い勢いで投石してきた。これが

何の予告も無ければ真面目に頭に直撃するコースで。賢司は自分でも

内心驚くくらいに両腕で頭を庇いつつ隙間からは目を離さないでいたので

頭部に石が直撃は免れたが当然防御に使った腕に中々無視できない痛みを得る。


「…んの野郎…!」


 まだ脳裏に怒りの熱が残っていた賢司は、条件反射レベルで先ほど覚醒した

破壊魔法の一つである『プラズマブラスター』を此方に投石してきた

何気に五匹の中で一番体格が良さそうな奴に放った。怒れる賢司の

差し向けた指先から一瞬の閃光と甲高い銃声のような音がしたかと思えば

投石してきたゴブリンの胸部に指先大の風穴を幾つか開けた。


「ぁ……?」


 投石ゴブリンは小さく何か言ったと同時に、頭から崩れ落ちた。


「が、ガンパッ!?」

「おい! ガンパ! 起きろ! おい!?」

「ひ…ひぃ…?!」

「おっ、オレ…悪くない…だって…五がぶ居る…負けない…思った」

「ガンパ…? 嘘…! おい! おい! おい! ガンパ!!

あ、ああああ…あああああああああああああああ!!!」


「………ああ、クソ…やっちまった…」


 威力は木石で試したときに理解していたはずだったが、ここまで

あっけなく命を奪えるとは自覚できたのがこのタイミングだったため、

賢司は吐き気のような胸焼けのような不快感に苛まれた。 

大好きだった母親に対して生まれて初めて反撃したような気持ちだった。


「あぁぁああぁあぁぁぁあああああああ!!」

「やめろ! やめろ! ダメだ! 死ぬ!!」


 賢司がまだ不快感に歪んだ顔を声がするほうに向ければ、

先ほどたおれたゴブリンを必死に呼び起こそうとしていた

他のゴブリンよりは薄紫色がかった肌色のゴブリンが両手にそれぞれ

また凹凸の激しい石を抱え、血走った目に涙を浮かべながら

間違いなく殺意を込めた形相でこちらに向かってくるのが分かった。


「………クソが」


 吐き捨てるように呟いて、賢司は向かってくる薄紫ゴブリンの脳天に

プラズマブラスターを撃った。薄紫ゴブリンの頭は半分消し飛んだ。



 一分くらいで一気に三本ほど喫煙して、違うタイプの気持ち悪さを代償に

胸のうちにあった不快感と怒りを納めることが出来た賢司は、

二体のゴブリンの遺体に手を合わせていた。


「悪い! 俺達悪い! あんた! 悪くない! あんた何もしてない!」

「だから…たすけて…あの光…出さないで…!」

「やめて…ころさないで…!」


 もう賢司は落ち着いていたが、残っていたゴブリン三人は態度に

多少の差はあれど、兎に角殺さないでくれ、許してくれと

地面に眉間をつけて自らの頭を差し出すような…何となく

土下座を丁寧にしたような姿勢のままでいた。


「もう何もしねえ…しないから…だから…」


 とっとと何処へ行くなり勝手にしてくれと言った賢司だったが、

ゴブリン三人は泣きながらまた繰り返した。


「このまま…このまま…俺達、帰れない…」

「俺達…一家バドリン…五人で一匹…食い物…いる…!」

「でも…ガンパ…バド一番…強い…リンのガンパ…死なせた…死なしたぁ…」

「ガンパ…バド一番…バドの長…もう一人…死なせた…死なした…」

「ウーペ…ガンパの妻…妻の弟…! バド二番…強い…リンのウーペ…!」

「二人いない…うぅうう…! 俺達…三人…一匹の食い物…取れない…」

「やっと…やっと三人…今日まで死なずに…生きてくれた…」

「ガンパの三人の子…肉…食い物…食わせる…うああ……」

「俺達…どうする…どうしたら…あああ…!」


「………」


 それが、後の初代東倒王ダンパ、命中王メチゥ、西征王スレーンとなる

ゴブリンランド三大王ゴブリンの三人と賢司の出会いの切欠であった。


 この時代の魔大陸におけるゴブリンの地位はネズミ以下の虫レベル。

食われるか奴隷にされる立場以上を望もうにも、弱すぎてそれも出来ない。


 だが、彼ら…ダンパの一家はどうにか…賢司が不幸な行き違いとはいえ

害してしまった二人…ダンパたちの実父と叔父を含め…大人世代を入れて

八人+三人でどうにか敵から隠れ、放浪しながら生きていたのだ。

その危ういバランスを完膚なきまでに賢司は破壊してしまったのだ。


「………無責任は、ダメだよな」


 最初はこのゴブリンたちがまた普段どおり…だが前よりはずっとマシな

レベルにしたらそのまま離れるつもりだった。


「ねー、とーちゃが居ないよ。とーちゃドコ?」

「ウーペおいたん。なぜ、いない? ウーペおいたん?」

「お肉はこんでるの? だからいないの?」


 顔こそ大人ほどじゃないが如何にもゴブリンな、だが、賢司基準では

まだ歩けて喋れるようになったばかりの幼子に見える黄肌のダンパ、

何処と無く…いや一番白っぽい極薄紫肌のメチゥ、そしてこの一家の中では

一番真っ黒な肌をしたスレーンが此処には居ない大人二人…実父と叔父の姿を

キョロキョロと探し、呼び、居場所を聞こうとしてきた。


「あ、ぁ……あ…ぁ!」


 賢司は震える両手で自らの頭をギリギリと抱え込んだ。歯がカチカチ鳴った。

膝が笑いっぱなしになった。目頭がカァッと熱くなって目じりから熱が零れた。


「何な…何…畜生…!」


「オマエ、おっきいな」

「?!」


 顔こそ幼さが有りつつもゴブリンだったが、しかしその瞳には見覚えがある。

何も知らない瞳だ。苦しみらしい苦しみも知らない瞳だ。出来ればずっと

知らせないほうがいい純粋な瞳だ。最初に賢司の顔を見上げるのはスレーンだ。


「どーやったらおっきくなれるんだ?」

「バカね。お肉をたくさん食べるのよ? それで…お肉と…

……お父さんと叔父さん……どこ?」


「う…ぁ…!」


 好奇心しか無い六つの瞳が賢司を見上げていた。


「ご…ごめんよ………ごめんよ……!!」


 賢司は三人の幼いゴブリンを泣きながら抱きしめた。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 そして、数年。三人は一家でも大人に認められた時、賢司は事実を話した。

何を言われどのように恨まれようとそれだけは受け入れることにしていた賢司。

しかし三人はこう答えた。


「…まぁ…オヤジは昔から良く早とちりしてヤルダ母さんを困らせてたしな」

「我も承知。父は我ら三人の各々の母を困らせてばかり」

「父さんも叔父さんも自業自得と言えば自業自得よ。八度目に本当に死ぬまで

結局治らないとは思ってなかったけど……だから賢司。泣くのを止めて。

一番賢い貴方に泣かれると二番目の私が困るのよ」


 出会った頃から大人たちに比べて妙に語彙も多かった三人は、

後のゴブリンランド初代三大王は人間で言う天才の類であるようだった。


「お前ら…俺が憎くないのか?」


 賢司がまた泣きそうな顔で三人を見やる。すると三人はこう返す。


「それで腹を立てるより、オレは賢司と飯を食って腹を一杯にしたいな」

「我はサケ…ビールで腹を膨らますのを所望する」

「ハァ…アンタ達はもう少し頭の中に賢司の凄まじい知識を詰め込みなさいよ。

スレーンもダンパも結局考えることの殆どを私に丸投げしてきて…!

頭を使うのは体を使う数倍…いいえ数十倍疲れるのよ?」

「そうは言われてもな…? 頭を使うと体の動きが止まるのだ」

「故に我は敵に考える暇を与えない。ダンパが敵に動く余裕を与えない。

そしてメチゥが敵に隙を与えない何かを考えれば良い。今日もそれで勝てる」

「ホント…アンタらは父さんと叔父さんソックリね…スパッと決めれるのは

褒めてあげてもいいけど…少しは後先を考えてちょうだいな」


 そして三人で頓知とんちというか禅問答というかオウム返しというか…

まぁ仲良くケンカをし始めるのだ。


「な…何でお前らはそんな簡単に…」


「賢司」


 メチゥの声色に若干の冷えを感じた賢司は小さく身を震わす。


「憎くないといえば嘘よ」

「悲しくないかと聞かれたら…嘘だな」

「報いを与えたくない…かと、問われれば…否ぞ」


 賢司は三人から視線を逸らした。


「でも、そんな簡単な事を簡単にした先に待っているのは破滅よ」

「ああ、オレ達では逆立ちしても賢司には勝てん。そこまではバカじゃない」

「否定は不可能。何より我らにはこのバドを守りたい気持ち、

バドの皆で死ぬまで笑い生きたい気持ちが強い」


 ダンパは賢司の肩に手を置く。


「そこには賢司も居る」


 メチゥが賢司の手を握り締める。


「そう。貴方は私達に些細な怒りと憎しみを吹き飛ばすだけの喜びをくれた」


 スレーンも賢司を抱きしめた。


「我らに誇りをくれた。尊厳をくれた。目指す先の高みを見せてくれた」


 賢司はまた泣いた。初代三大王は苦笑し、彼を宥め始めた。

賢司はこの出来事を深く頭に刻み込んだ。

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