そのⅤ:家に帰りたくないマッケンジー・タナカさんの人界観光
アルヴェンライヒヘイムの鎖国っぷりは「壁」の存在で一目瞭然だ。
誰が呼んだか精霊長城壁と呼ばれる壁そのものが魔導ゴーレムという
特殊防壁が国境全てに張り巡らされ、ドワーフ国から輸入したと思われる
火炎放射器付ウーツ鋼装甲戦車、全身ミスリル以上の希少魔金属&魔武具で
完全武装した重装兵、竜騎兵(中世時代の銃装歩兵)、魔導兵が関所に常駐し
指揮官に必ず精鋭と名高い精霊帝国正騎士団を寄越しているのだ。
「はぇー…うちの大三鬼帝国民は俺とネビー以外いるのかも疑わしいわ」
「聞いた話だと…うぅ、まだ頭ぁ痛ぁぃ…アタシ達の母国からは
大使館勤務者さえ揃ってないらしいんだよねぇ」
「あっ、そこんトコちょっと詳しく」
「えぇぇ…!?」
二日酔いの頭痛に少し顔を顰めつつも話してくれるネビーの声に耳を傾けつつ、
右見ても左見てもエルフエルフエルフ時々ドワーフエルフエルフエルフエルフ
エルフ…多分人間の商人…? またエルフエルフエルフエルフ…見た目は様々だが
どう見てもエルフまみれで地球人のエルフ好きなら昇天しそうだな…と呟く賢司。
「この規模ならアルヴェンライヒヘイム総エルフ3000万ってのも
納得っちゃ納得かな…?」
「数字で聞くとやっぱりアタシたちより少なく感じちゃうねぇ」
二日酔いが収まってきたらしいネビーがそう言ってしまうのも仕方がない。
昨年統計のゴブリンランド総人口は約1億9677万である。国名が国名なので
当たり前ではあるが最主要・最大構成民族は約1億5151万ゴブ超で
総人口の約77%を占めているのがやはりゴブリンに属する種族である。
ちなみに道を行き交うエルフ達は賢司たちの事を好奇の目で見るものの、
見た目が人間に大分近いレベルで進化している魔大陸出生のハイゴブリンであり、
肌の色も白系エルフとタメ張れるくらい真っ白なネビーに
ホブゴブ変身中の賢司は賢司で今のゴブリンランドじゃ大して珍しくなくなった
こちらでも南東洋人とか言われている人たちと同じ黄肌のフツメン顔だからか
「こいつらどこの亜人種族だろう?」程度の目線しか感じない。
「なーんかねぇ…!」
しかしながらネビーは長らくゴブリンランドから出たことが無かったせいか
異種・異民族に対しての好奇の視線に晒されなれていないようで
黒い目を細め赤い瞳にも不快感を露わにしている。
「ネビー、そんな調子で大丈夫か?」
「何の話ぃ…!?」
「超長期留学を考えてるならこの目線とも付き合ってかなきゃダメなんだぜ」
「マッケンジーはどうしてそんなに平気そうなのさぁ!」
「俺は…まぁー……………」
賢司の場合はこの世界に飛ばされてきてしまった当時から今の立場に至るまで
出会う奴ら全員から最低でも好奇、不審、憎悪、恐怖、緊張、そして今に続く
畏怖と羨望と信仰と崇拝に昔からアルパや今ではサキィ等を加えてお馴染みの
信愛の熱視線ビームを二千年以上ぶつけられまくっているので流石に慣れている。
しかしそれをまさかそっくりそのまま言うわけにもいかなかったので、
「………西部戦線でもっとひどい視線見てきたし…?」
「あっ…」
「あっ(ちょ、これゴブ女子に今言うべきじゃねえセリフががが!?)
…違う違う!? 西部は西部でも負傷兵の…ぬぎゃあああああっ!!?
何でそんな血生臭いのしか脳裏に出てこねえの俺ぇっ?!」
それだけゴブリンランドの生ける国父としてゴブリンランドのゴブリン達に
もうズブズブってレベルじゃねえくらいに関わっているわけだが、
賢司がそれに行き着く事は無い。何故ならそれに関する記憶は
全部外部記憶チート魔法に収録されているからだ。
「ぷふっ…! マッケンジーもマッケンジーで結構頑張ってるんだねぇ」
ドン引くかと思っていたらネビーは苦笑しつつも悪意はない同情の目で
賢司を見つめてきた。
「…ネビーも結構強いじゃんね」
「まぁ腐ってもウープスレーン家のむす…みぇぃッ!? 無し! 今の無し!」
「あー、成程ね………………って思いっきり西王家の直系血統分家じゃねえか?!
時代が時代なら最低でも侯爵令嬢やってておかしくねぇ西王弟家の令嬢が
何しれっと単身で国交間もない国に超長期留学しようとしてんの?!」
「お前が言うな」にも程がある立場ではあるが、今日までの二千数百年間に
数多のゴブ生を見てきた賢司なのでついつい御節介な言葉が出てしまう。
「むぅー…! じゃーマッケンジーはマッケンジーで
こんな所に来て油売って良い立場なんですかぁ!?」
「ぐふうぁっ…!? そ、それとこれとは話が別でぇっ…?!」
「アタシそういうところがオジサン達の嫌いなところなんですけどぉっ!?」
「ぶげはぁっ!?」
いくら今二人が話している言葉が大三鬼帝国語とはいえ
語気や振舞いっぷりが男女の痴話げんかのそれに見えてしまうようで
道を行き交うエルフ達に加え主に酒がらみとはいえ好奇心が人一倍ある
ドワーフの何人かが立ち止まって賢司とネビーの口論を観察し始めていた。
「………あー、俺が悪かったから何処か喫茶店にでも入っとかね?」
少しねっとり感のある(賢司の主観)視線の数々にハッとした賢司は
年長者な自分がサッサと折れる形でネビーに周りの状況をそれとなく伝える。
「エルフ国は榛豆が特産と聞いたのでそれを使ったお菓子が出そうなお店で」
「え、ちょ…人界交易語の看板で出てるのあるのか…?」
賢司の小さな不安は問題じゃなかった。アルヴェンライヒヘイム国民にとって
アルト語は自分たちの母国語であるエルフ語ことアルヴヘイム語から
かなり借用語を使っていることもあってか、彼ら自身のアルト語の堪能さはもとい
公用語がアルト語な人界国際協商連合等一部の非鎖国対象者向けに
アルト語を併記した標識などが至る所に存在していた。
ちなみに賢司本人はアルト語どころかやろうと思えばその辺の犬猫とさえ
会話することが出来る言語チートを持っている。だから賢司単独であれば
エルフ語表記のみ会話もエルフ語オンリーだろうが何の支障もない。
しかしながら傍らには生まれも育ちもゴブリンランドで普通なら
市井とは基本一線を画した世界で暮らすのが当たり前な王族の血筋で
必修科目のアルト語は問題ないがエルフ語がチンプンカンプンだったとしても
何ら不思議ではないネビーがいるのだ。故に彼女の前でエルフ語会話ペラペラの
読み書きスラスラなんてやったらこれまでのマッケンジー・タナカという
どうにか築き上げた偽装身分が根底から砕け散りかねないので、
面倒だがアルト語併記でヘーゼルナッツも取り扱ってるだろう喫茶店的な
ティータイムできそうな店を探しあてねばならないのだ。
「……アルト語併記自体は問題ないんだが…」
どうにも喫茶店のような店が無いのである。そこは流石に
アルヴェンライヒヘイムも地球人類よろしく、中世文明の領域から
抜け切れていない為なのか大衆食堂や各種食料品店に酒場はあるのだが、
ネビーの指定するヘーゼルナッツを使ったスイーツを扱ってるだろう
おそらく高級品な砂糖を使った菓子店そのものが
存在が危ぶまれるレベルで見当たらないのだ。
「…マジで高級(=貴族向け)レストラン行くしかねえパターン…?」
「………」
ネビーの冷ややかな視線が痛かったが、無いものは仕方がないので賢司は
最初あたりで話に上がったアルヴェンライヒヘイム在ゴブリンランド大使館へ
行かなければならなくなった。理由もポケットマネーのゴブリンランド紙幣を
人界交易通貨に両替するというしょーもない理由のために…。
>>>
ある日の夜のことである。月光に照らされたグロースズッペ港に、
アルヴェンライヒヘイム最新鋭ギガント級魔導戦列艦"ヴォルフガング"の先導で
エルフ達にとっては見慣れない沢山のフルメタル軍艦が明かりも無しに
続々と入港してくる。待機していた出迎え担当のエルフ兵士たちはその軍艦の
異様さに開いた口が塞がらない。何しろ名前通り金属の塊としかいえない風貌で
暗さのせいで詳細な色彩は分からないが漆黒のフルメタル軍艦なのだ。
まずはヴォルフガングからちょっと懐かしい気がする提督の
ツィエールタン少将がメチャクチャげっそりした顔で降りてくる。
「しょ…少将閣、下…???」
「なにもいうななんかいったらいますぐおうちかえる」
最新鋭軍艦の提督なので流石に船酔い程度でツィエールタン少将が
こんな醜態をさらす事は無いのは出迎えた兵士たちが一番理解している。
「魔力残滓がクッソ微妙なんですけどー…?」
「匂いは…まぁ…流石にしませんね」
「匂ってたらそれはそれで問題だろーが小娘」
「?!」
気が付けば彼らの頭上に二人の人影。月明かりなので肌色はうかがい知れないが
赤く光る瞳にエルフのものよりずっと大きなとんがり耳…人界世間一般では
ゴブリン耳と呼ばれるそれを生やす二人のゴブ女が、浮いていた。
一人は四枚の翼を羽ばたかせ、もう一人は靴裏から出力していると思われる
飛行魔術の力で、未だ個人での自力飛行は特級レベルの魔術師でなければ
不可能というのが常識なエルフ達の頭上に、こともなげに浮いていた。
「………お願いですから…普通に軍艦から降りてきてくださいませ…!」
どうにか普通の口調に戻ったツィエールタンの言葉を受け、
二人のゴブリナ…アルパとサキィは彼の近くにふわりと降りた。
「あ、そーそー忘れる前に…はいコレ」
ツィエールタンの返事を待たずにアルパは空間魔法か何かで取り出した
流石にジュラルミンではないだろうが、見た目はそれっぽいスーツケースを
ドサドサと彼の前に置いていく。
「こ、これは…?」
「停泊料とか諸々の代金に決まってんじゃん? ちゃーんと中身確かめといてよ」
心なしか小刻みに震える手でケースの一つを開け照明魔術で照らしてみれば、
…そこにはビッシリと金銀プラチナ+αのインゴットが入っていた。
「ぶっ!?」
「あたしの国じゃ貿易用でしか使わないからさー? それだけあれば
当分の間ここに居ても文句ないっしょー?」
「………あ、あがが…?!」
ツィエールタンは顎が外れそうだった。インゴットにしてあるからには
各々の純度も相応に高いことは明白だ。事実上秘密裏なこのやり取りで
中身を偽るなんてことはしないというのは流石に間違いないだろうし、
だが、そうであればこれをアルヴェンライヒヘイムの通貨基準で
換算してしまうと……………………サクッと平年の国家予算レベルの金額になる。
つまり単純計算しても一年はここにゴブリンランドの軍艦を……
普通にヴォルフガングを余裕で超えたスペックの軍艦を何艦も…
この地方都市の港に隠し続けなければならないのである…。
「おうち…かえりたい…バーティ(父さん)…ムッティ(母さん)…」
ツィエールタンの顔面は青色どころか土気色になりそうな勢いだった。