そのⅣ:賢者オーマ、2780年目の出奔
どうも、『未完の遅筆王』白黒闇理です。
大間賢司は酒が好きだ。地球にいたころからそれは変わっていない。
そんな性分だから大分大分大分…ざっと1800年も昔のことだが、
ゴブリンランド初の酒造技術が確立した当時は漸く不老長寿生物として
慣れ始め、同時に「☆永遠の14歳★」とか抜かし始めるようになったアルパさえ
「ないわー…それはないわー」とドン引きするレベルで当時は
現代ゴブリンランドから見たら信じられないかもしれないが原始の時代から
永きに亘って続いていた対立関係から色々と肩身の狭かったオークの氏族らを交え
パンツ一丁で大酒飲んでは半裸で踊り狂う宴会をやらかすくらい酒好きだ。
そんな賢司なので、献上される物品の多くは酒類ないし、これもまた地球時代から
嗜好しているタバコ類が大部分を占めており、部屋には必ず幾つか手を付けた
酒瓶やら葉巻の箱&空瓶空箱のゴミクズが散乱していることがある。
っていうか独り暮らしのダメ男の部屋のイメージが未だに拭えない有様だ。
「ちょっと神ー? 聞きたいんだけどさー?」
そう言ってノックもへったくれもなくドアを開け放って入ってきたのは
先述の、賢司の最初のゴブ友達である今では神祖東倒王となってしまったダンパの
三番目の実の娘にして賢司がうっかりチート秘術でやらかしてしまったがゆえに
悪魔的な翼を四対に頭にはオシャレなのか丸く削って整えた角を生やした
インプ神域種へ存在進化して唯一現代まで生き続けている、
ゴブリンランド大三鬼帝国の東王家神代王女・準終身独裁官であり
魔大陸の三分の一を支配するゴブリンランドの総戦力の三分の二を
事実上掌握していると言っても過言ではないミュシュメイ多大公家総代も務める
アルパ・ミュシュメイ・ダンパである。立場が立場なので彼女の傍らには
ゴブリンランド軍部における最高戦力階級である八門将軍が二人ついている。
一人は八門将軍内で最年少かつ最強の星門将軍でアルパの事実上の
宿敵みたいな立場のサキィ・エネミーテイカーで、もう一人は
叩き上げの最古参最年長にしてサキィの実父でもある老練の土門将軍イスキゥだ。
「…神ー?」
ちなみにアルパが賢司の事を神と呼ぶのは7割が悪乗りで三割が本気である。
彼女からしてみれば死んで当然の状態から今に至る道を与えてくれたのが
賢司なのだから無理はないだろう。
「…オーマ様のベッドの残り香と温かさを察するに…左程時間は経ってませんね」
「しれっと神のベッドから調べるとかテメーマジであたしに喧嘩売ってんのか?」
「神子様、賢者様の部屋ですからどうか寛大な振る舞いをお願い致します…!
うっかりお酒類を損壊等したら…賢者様が本気で絶縁を言い渡しかねませんぞ!
サキィもサキィで逸るな! 少しは恐れ多いことだと一部でもいいから自重しろ!
最近は賢者様を最も崇拝する西王家の諸王女様方からも苦情が相次いでいるんだ!
頼むから僕の胃と肝臓と心と髪の毛に安息日を与えてくれゴブッ!!」
「今更絶縁は…うん…そだねー。それはやっぱり嫌かなー」
「仕方ありませんね。そろそろ父上の頭髪も滅び去りそうですし」
何だかんだで三者三様ゴブリンランドの最高クラスの権力者である。
アルパは実年齢こそギガンティック年下だが見た目はかつての亡き実父
初代ダンパ東王より年上に見えるイスキゥの色んな意味で切実な物言いに
「しょうがないから見逃してやるよ、運が良かったな小娘」とこぼして
賢司の姿を捜し始める。大体同時に19歳(人間基準だと28~30歳相当)
の割にはちょっと落ち着きがないと言われているサキィも先ほどから
顔を埋めていた賢司の枕から離れ、佇まいを直した。
「…んー…魔力反応も無いなー…また、お忍びでもしてんのかー?」
「他のゴブ女の気配を感じさせるようなものも無いので、
今回もまた温泉めぐりか隠れ家名店探訪でもなさってるのでしょうか」
「だとすると…うーむ…賢者様のホブゴブリン変化は神業の如し…
下手に探しても見つからぬだろう………参ったな…この間の三王国会で
結局真っ二つに分かれたまま決まらぬ案件に一言申し入れて頂きたいのに…」
賢司の使っている部屋の広さは現代日本の平均的なビジネスホテルの
ツインルーム相当の間取りなので、賢司の姿が何処にも無いことを
確認するのに3分もかからない。ゆえに三人とも各々で困り顔を隠せない。
「しゃーなし(しょうがない)! 晩御飯には戻ってくるっしょ!
とりあえず神の承認印が必要な書類だけ置いてって改めようかねー」
「致し方ありませんな。傍仕えの超越オーガ四大守衛家の誰かに
言付けをして我らは我らで日課の卓上業務に戻りましょうぞ」
「はぁ…今日こそはと思ったのに…オーマ様の焦らし皇帝陛下…」
「サキィ…!」
「ちっ………失礼しました、父上」
「お前という奴は本当に…!」
「あーあー…これだからお子ちゃまは嫌ですねーw」
「神子様…神祖様が見ておられたら一体どのような顔で嘆かれるのでしょうな…」
「ぐぅ…」
衝突こそ多いが、何だかんだで彼女たちは賢司を支えられる立場と実力を持つ。
イスキゥに小言を言われつつ軽口を叩き付け合いながらアルパとサキィも
それぞれ賢司に頼ろうとしていた案件で厳密には直談判の必要性のない
書類関係を賢司の机の上にまとめて置いて部屋を後にした。
>>>
そんなやり取りがある事を予想してるかは定かではないが、昨夜の酒が
まだ抜けきって無さそうな青い顔をした賢司はゴブリンランドじゃ最早
大して珍しくも何でもない一介のホブゴブリン士族に変身して
アルヴェンライヒヘイムの定期船に乗り込み、実に二千数百年ぶりの
海外旅行&船旅を満喫しようとして
「おぼろろろろろうヴぇぇぇああ!!」
これまた実に二千数百年ぶりの船酔い&二日酔いのWパンチによる
どうしようもないゲロバーストを甲板から海にぶちまけていた。
「…ゴブリンランドのゴブ男は本当に船酔い耐性が無い奴が多いな」
「おぼぁ…っぷ…無茶言うなよ…! 魔大陸は川ですら未開発領域は
相も変わらず死と隣り合わせなんだぞ…!? あ、ダメだまだうげぶぇぁぁ!!」
ホブゴブリン士族扮する賢司を微妙な顔で介助するのはエルフの乗組員である。
「ほっほっほ! ワイバーンやデカいオオカミを乗りこなすゴブリンランド人に
こんな意外な弱点があるとはのう! おい若いの。二日酔いには昔から
迎え酒というベリーナイスな解消法があってだな…?」
言いつつマジで手持ちの酒瓶を勧めようとしてくるのはドワーフ大王国の
行商人らしきほんのり酒臭いドワーフである。
「馬鹿か?! 絶賛ゲロバースト中の俺に酒ををををぼぁぁぁ!?」
「ぶわははははは!!」
「…これはひどい」
その気になれば解毒魔法で体内のアルコールを一瞬で消去できるのだが
この世界のゴブリンは魔術師の素養が無い者は生活魔法さえ
覚束ないレベルなのが一般的で、今の賢司はゴブリンランドじゃ石を投げれば
誰かに当たるレベルでありふれている田舎者の士族の青年に扮している。
そういう理由もあって賢司は本人的には終わりが見えない
ゲロバースト地獄巡りをせざるをえないのだ。
「はー…笑いすぎて酔いが覚めそうじゃわい。おい若いの。酔い覚まし要るか?
当たり前だが人界の人類種用なんでゴブリンに効くかは知らんがの」
「俺、人界交易貨幣持ってないんだけど…ゴブリンランドの通貨…
カーネで買えんの…?」
「あー…? ちょい待てよ若いの…えーと大王国銅貨1枚10オルハが
6カーネとして…一番安いやつが20錠入り一袋760オルハじゃから…」
「であれば456カーネだな」
「…細かいの出すの億劫なんで500カーネ紙幣出したいんだけど大丈夫か…?」
「んー…! おぬしの母国でなら兎も角アルヴェンライヒヘイム行きの船上でか…
うーむ…」
「ハァ…ならば私が立て替えてやるから500カーネ紙幣は私に寄越せ」
「もうそれでいいんでおなしゃす…」
>
ドワーフの行商人から受け取った酔い覚ましは正露丸みたいな風味だったが
飲んで10分と掛からずに状態異常が解消したので、賢司は
潮風に当たりながら船の縁にもたれ掛ってタバコを吸っていた。
「ふぅー…」
「おにーさん、見た目に似合わず随分高級なタバコ吸ってるねぇ」
「んあ…?」
声を掛けられて見れば、魔術師―というよりは魔法少女然―の恰好をした
ゴブ女がいた。見た目だけなら黒い眼球に赤い瞳と
大きなとんがり耳…ゴブ耳を除けば人間基準で見ても色白で
かなりの美少女と言って差し支えない容貌である。
「え…これ、そんなに高いヤツなの?」
「高いも何も我らが賢者オーマ様への特級献上品に選ばれた超最高級品だよぉ」
「マヂで?」
「まじで」
そういや確かに「最高峰のモノから厳選した一品です」とかゴブリンの誰かが
笑顔で説明してた気がしたような…と、思索に耽りそうになって
ブルブルと首を横に振った賢司。
「アタシ、ネビー。これでもアンプルーリュ・リナ・アルパ大学の四年生。
おにーさんは誰? おにーさんも何処かの軍大学生とかだったりするの?」
「へ?! いや、俺は…あー…」
まさかこんな所でゴブリンランド国民に出会うなんて思ってなかった賢司は
扮するホブゴブリン士族の設定も碌に考えてなかったのでちょっと焦る。
「あ、アインストーマ東都大学…………ちゅ、中退……の…
オウ…マッケンジーです」
「一瞬我らが賢者オーマ様の神聖本名に聞こえそうになったんだけど」
「マッケンジー!! 亜東大中退のマッケンジー・タナカッ!!」
ちょっと無理やり感があったような気がしないでもないが、
ゴブリンランドのゴブリン達に和風の姓は珍しくない…
何しろその原因を作ったのが他ならぬ賢司なので。
でも田中はちょっと適当すぎるし日本の田中さんたちにも失礼なのではと
また思索に耽りそうになったのでタバコをチュチュッと喫して一息。
「タナカ…? 珍しいような、珍しくないような…」
「っていうか何でそんなに訝しむのさ」
「そりゃーマッケンジーのおにーさんが吸ってる煙草がモノだし」
「…そ、そんなに高級品なの?」
「一応市井向けで売られてるのもあるけど、1カートンで1000カーネだよ?
そんな気軽に吸っていいモノじゃないでしょう? アタシは吸わないけどさ。
アタシのおとーさんが"いつか死ぬほど吸ってみたい"ってボヤいてるからねぇ」
「……マジかよ」
ちなみに1000カーネは日本円で17000円相当である。
日本なら軽く煙草3カートン(30個)が買える値段だ。そう考えると
根が小市民な賢司はアホみたいに吸ってた昔の自分を殴りたくなってしまう。
「…貰い物とはいえ…いや貰い物だからこそ大事に吸うべきだったか…」
「良いモノ貰ってるんだねぇ…おにーさん結構ワケありな人?」
「そ、そんなこたぁ無いはず…?」
「何でソコが疑問形なのさ、まぁアタシもその辺は流石に突っ込まないケドさぁ。
未だ西方征伐が三大王様達の命題なご時世で、そんな中でドワーフ大王国以外の
国交も始まったばかりのよくわからない鎖国大好きエルフさん達の国に
行こうとしてる変わり者同士だしぃ?」
「変わり者……………あー……だよなー…そうなるわなぁ…」
この世界に飛ばされてきて軽く2800年もの間ゴブリンランドで
色々とやっているっちゃやっている賢司としては、ネビーの言い分は
しっかり考察すべきであったと反省するしかない。
「まぁ差し支えない範囲で良いからさ? アタシもその範囲なら何でも答えるし。
おにーさんは何でエルフさん達の国に行こうと思ったの?」
「俺は…………………会ってみたいんだ…異世界の人間って奴らに」
「ニンゲン?! 国交どころかどんな連中かも殆どわからない人間をぉ?!」
その返しに対してはどう答えれば良いのか悩む賢司。考えてみれば
自国のゴブリンたちが熟知する友好的異種族は同じゴブリンランドの住民の
古の時代に恭順の意思を示したオーク、コボルト、デミオーガが基本であり、
国交もまだ30年程度なドワーフに最近国交が始まったアルヴェンライヒヘイムの
エルフをすっ飛ばして魔大陸のゴブリンランドの住人達には
「エルフ、ドワーフと似て非なる人類種族」の口伝ないし又聞きというのが
常識といえば常識な未知なる種族の人間種なのだ。
「質問に質問を返して悪いんだが、ネビーは何でエルフ帝王国に行きたいんだ?」
「そりゃアタシは魔法職特化なホワイトゴブリン族だし、魔導の道を志す者なら
誰しも噂に名高い高位魔術能力者とかいうエルフ達の国がどんなものなのか
この目で見て確かめたいって思うでしょぉ?」
自分で自分を変わり者と言ってた割には常識を述べるような感じに
ちょっと思うところがあったが、そこは一応大人な賢司はスルーに努める。
「いや魔術ならゴブル三賢機関とかあるだろ? 何で敢えて海外なんて考えt…」
「………」
ネビーが視線を逸らしたのでコレ聞いちゃいけないヤツだと即断した賢司は
何か違う話題にして自分関係の事も上手く有耶無耶にしようと試みることにした。
「あーっと…じゃあ休学届も出してるわけだ?」
「…一応は」
「(あ、ダメだコレもグレーゾーン範囲…!)…得意…専行属性は?」
「闇と冷気、状態異常系は眠、気絶。でもアタシが知りたいのは
エルフ達の信仰系魔術なんだよねぇ」
「白魔術師を目指してるのか」
「まぁねぇ…斬った張ったの戦闘系魔術なんて正直好きじゃないし」
「……優秀な白魔術師ほど前線を推挙されるぞ」
「だぁーからエルフ帝王国であわよくば超長期留学を目論んでるんですけどぉ?」
「なかなかにアグレッシヴだな…まぁ俺も人のことは言えないけどさ。
延々と繰り返してる家業からちょっと解放されたくってツェシル…
いやアルヴェンライヒヘイム大使館経由した口だし」
「おにーさんも存外能動的だねぇ? 何稼業なの?」
「文官的稼業…とだけ言っとく」
「ほぅほぅ」
―間もなく本船はアルヴェンライヒヘイム帝王立西港グロースズッペに到着する!
相互通行入出国証の用意を怠る者にはそれ相応の対応をするので悪く思うな!―
「…しっかしエルフどもは相変わらず上から目線じゃの。アルト語でさえ
そんな物言いじゃタタルシアの連中と今度こそ開戦待ったなしじゃろがい」
気が付けば酔い覚ましを売ってくれたドワーフ行商人が近くでボヤいていた。
「おっといけねぇ…無くすとは思ってないけども…っと…」
賢司はタスキ掛け鞄の中身を漁って巻物状になってるパスポートを確認する。
「ウチの国に比べて無駄に長いっていうか骨董品な巻物使うよねぇ」
「ゴブリンランドとエルフ帝王国の文化の違いと割り切るもんだぜ」
「でもさぁ…ウチの国の手帳型パスポートと比べちゃうとどうしてもねぇ」
「異文化を楽しむ心意気は古今東西の必須スキルなんだぜ」
「だって聞いた話じゃ巻物より長い入国審査あるらしいじゃん?」
「………真面目に考えれば当然の対応だと考えなきゃ色んな意味で怪我するぞ」
「おにーさんって…実は結構なオジサンだったりする?」
「ゴフッ!?」
古今東西男という生き物は幾つになっても年頃の女子から言われた一言に対して
無駄にクリティカル判定ゾーンが広いのは仕方ないのかと言われると謎だ。
>>>
アルパ・ミュシュメイ・ダンパは少しだけイラついていた。
いつもならそろそろほんのり酒臭い感じの賢司がお土産片手に
謝りに来ても良いはずの時間帯…夕食の時間に差し掛かっているためだ。
彼女がイライラしていると周りの使用ゴブ達は気が気じゃない。
ただでさえゴブリンランド最大最高権力者であり事実上の現ゴブ神みたいな
賢司とほぼ同一視されているし、戦闘力においても魔大陸のグレーター級の
各属性攻撃・防御においても最高級なドラゴン数匹をサクッと屠って
返り血が付いたままの笑顔でドラゴンステーキを振舞えるくらいにクソ強いのだ。
「果てしなくおかしいなぁオイ…?」
「オーマ様がお土産選びを迷うなんて事は妙ですね」
「いやそっちじゃねえし!? 何しれっと卓についてんだよ小娘!!」
「オーマ様が私を邪険に扱う時は夜伽の時だけですが何か」
「お前マジで心臓えぐられないと理解できねえのか? あ?」
「そんなにイライラしていると小皺が増えますよ神子様。あの日ですか?」
「だったらもうお前をとっくに十回はブッ殺なんですけどー!?」
「素の生体硬度288の私の表皮を貫く程の攻撃力が神子様にあると?」
「今すぐ自慢の生体硬度が何処まで通じるか確かめるか? あァ?」
使用ゴブ達は少しだけ目線を下げて「賢者様…早くお戻りくだしぁ…!」と
祈っている者たちがチラホラと出始めている。
「…お二方にお話が御座います」
今にも本気バトルしそうな二人の死角から現れたのは今では逆に
珍しくなってしまったゴブリンの鷲鼻をイメージした面頬をしたゴブ忍。
「手短にねー…あたし今すっごいイラついてるんで」
賢司が思う理想の忍者像を古の時代から目指しているゴブ忍も、アルパの
イラつき具合に対しては小さく固唾を呑んでしまうが、冷静を努めて
時間になっても帰ってこない賢司の動向についての進捗を述べた。
「東都内の何処にも居ない…? 本気で言ってんのか?」
「はい。まだ西都からは報告がありませんが、央都からも同様の報告が」
「いくら神だって空飛んで何処か行くような突飛な事は滅多に無いんだぞ?」
その気になれば賢司は飛行魔術で何処へとなり行けるのだが、その昔に
一辺魔大陸を俯瞰して見ようとしてその半端ない高度にちょっとした
高所恐怖症となって以来、余程の事がない限り飛行しないことは
アルパが誰よりも知っていることなので、彼女が秘密裏に組織している
「賢者様見守り忍者隊」の報告に見た目少女らしからぬ渋面を見せる。
「オーマ様…同族の女性と浮気するなら先に私を孕ませてからでしょうに…」
サキィの言い分に中々に強烈な歯ぎしりをしたアルパだが、卓上にあった
クルミっぽい実の殻をペキリと指で摘み砕いて中のナッツ部分を一つ食べる。
「こちとら2750年もお預け食らってんだ…絶対に最初は譲れねえぞ神ぃ…!」
「もしも我らが同族であれば…それは、自発的に発狂する自信がありますよ」
今言う事かどうかは定かではないが、こちらのゴブリンは年に二度の
妊娠出産が可能であり、それ相応に性欲も旺盛猛勢である。
ちなみに全国のゴブ女の名誉のためにも言っておくと、二人の言動は
地球人基準では中々に性に奔放なゴブリンらしからぬヤンデレ風味である。
>
盛大なクシャミからのシバリング(一瞬の震え)を見せた賢司は、
手元にある強めの酒を軽く呷ることにした。
「36で独身て…アタシのおとーさんが聞いたら間違いなく見合いを進めるよ?」
「ほっといてくれ…っていうか何でフツーにネビーは俺と酒飲んでるのさ」
「だってしょうがないでしょぉ? 他に話せそうなゴブリンが何だかんだで
おにーさんくらいしか居ないんだもの」
言われて周りを見渡してみれば、滞在指定先の旅館ラウンジで
飲み食いしているゴブリンは賢司とネビーくらいしか見当たらない。
これに関しては太古の時代から魔大陸最低最弱種族として生きていた
ゴブリン達の未だ払拭できない性なのだろうかと
ついつい考え込んでしまう賢司であった。
「あー、でもエルフワインは本当に美味しいねぇ」
「うーむ…」
それに関しては賢司は返す言葉が見当たらない。彼は酒好きではあるが
ワインは甘口しか嗜まないタイプなので。
「明日からどうすっかなぁ…」
出奔そのものは初めてじゃないが、何しろ二千数百年ぶりの出国である。
転移チートで寿命からしてバケモノ化していても、記憶自体は
『記憶補正LvMMM(3000)』というチートスキルで管理運用できるが、
本人の記憶能力そのものは地球時代から大差がない=人格変化もほぼゼロであり、
故に根っこは相変わらず小市民のオッサンである賢司なので
日々の賢者様生活+その期待に応えるための公務業務に嫌気が差して
ついつい酒の勢いでパッと出国してしまったものの、異世界の世界情勢どころか
地理知識すら魔大陸以外は転移ないし転生したての連中と同等に近いのである。
「おにーs…おじs…もしかしてマッケンジーは何も考えないまま
ゴブリンランド出て来ちゃったのぉ?」
「笑ってくれて構わんよ」
「いや、ちょっと流石に笑えないよぉw」
「草生やしてるじゃねえか…」
「何で草なの意味わかんなぃw」
15歳(人間基準で22~24歳)だからなのか、ネビーは酒の飲み方が
万年中年の賢司から見るとちょっと向こう見ずペースだなぁと感じてしまう。
聞いた話じゃゴブリンランドのゴブリンは人間基準でも美人らしいので
とはいえ見た目は基本ロリショタであるため………いや、だからこそ
その手の嗜好を持った連中からは云々…と酒のせいか変に頭が回る。
「ネビーこそそんなペースで大丈夫なのかよ」
「何がぁ?」
「何がってお前…最終的には帝王国の超長期留学を企んでるんだろ?」
「マッケンジーおじさんは心配性ですねぇw」
今まで色んなゴブリン達の人生を見てきたせいなのか、賢司は
どうしても何か抱えて遠路はるばる海まで超えたネビーの今の様に
彼女の将来をお前は彼女の親バカ父か叔父さんかと突っ込まれるレベルで
心配になってしまう。
―カンコーン、カンコーン―
「もう"日没の鐘"ってやつか…」
ゴブリンランドでは現代地球レベルで眠らない街が点在しているが
いかに人界随一と噂される高位文明国アルヴェンライヒヘイムといえど
「日の出と共に起きて日没と共に眠る」という中世式の生活様式からは
完全に脱却できていないらしいので、賢司たちが滞在する旅館でも
そういう雰囲気が見え始めている。
「えぇぇ…? まだ日が沈んだばかりでしょぉ…? 夜はこれからなのにぃ」
「ゴブリンランドでの生活感覚を矯正しないと超長期留学なんて夢のまた夢だぜ」
元々が青白いレベルで白い肌をしたネビーの顔色を見るに
相当に酒が回ってそうだと感じた賢司はさりげなく解毒魔術でも掛けようかと
ついつい手をかざそうとしたが何だかまた妙な悪寒がしたので引っ込めた。
「ぼちぼち周りの連中も部屋に戻ってるっぽいからお前もそうしろよ」
「えぇぇー…」
「えぇぇーじゃねえよ…ったく若い奴は…」
何となく肩を貸そうと思ったが、そもそも身長差が開きすぎなので
そのまま決行したら少女が腰にしな垂れかかる感じになって
「事案」「素直になれ」「所詮お前も同類よ」「無駄な抵抗は止せ」等と変な声が
脳内に聞こえてきそうな気がしたので何もしない賢司。
「折角の外国滞在初日なのになぁ…」
「ホント学生だなぁお前って…」
何もしないとは言っても部屋の前まで送らないほど薄情でもないのが賢司だ。
>>>
大使執務室にてアルヴィンヒツェツェリアことツェシルは眉間に皺を寄せる。
原因となった書類を睨みながら。
「何故あの時に妾はホイホイと判を押してしまったのか…」
「姫様…そればかりはどうしようもありません…」
前回の賢司との街歩きにてあの後反動から大分テンションを下げまくっていた
賢司の様を見るに見かねたツェシルが「大使として出来る範囲」なら
何かしてやろうかと呟いたらヒャッハーと食いつかれ、あれよあれよと
「アルヴェンライヒヘイム相互通行入出国証」の巻物にハンコとサインを
することになったのだが、まさかそれをゴブリンランドの賢者様である
賢司自らの家出行為の為に使われるなんて予想してなかったのだ。
何しろ賢司は事実上のゴブリンランド国家元首っていうか支配者っていうか
神様みたいな立場である。国交が始まって使節団なり交換留学生なりスパイだの
誰かしら送ってくる為なら兎も角、まさかの本人限定使用である。
彼自身の戦闘能力はブラフでは無いのは疑いなさそうだが、
だからと言って彼自身の立場を弁えない行動は大いに色んな疑念を生む。
しかし問題はそこじゃない。書類もそれ自体の事ではない。
今彼女の眼に映っているのは、ミュシュメイ多大公家の家紋入り&
その総代たるアルパ本人のサイン+血判をデカデカとぶち込まれた書類なのだ。
『我がゴブリンランド大三鬼帝国における最重要人物捜索隊を貴国に派遣させろ』
ザックリ訳せばそんな感じの内容の書類なのだ。しかもそれをアルパ本人が
直接持って来て挨拶も早々に置いていったのだ。後は想像に易い。
『港を貸すだけでいい。金に糸目は付けない。だから許可を出せ。速やかに』
『情報提供にも金一封を何度でも出す。だから本国に掛け合え。今すぐ』
『別にお前らの国に興味は無い。ただ此方としてもそれなりの大儀が要るのだ。
だから早く向こうの王なり大臣なりに連絡を取れ。さっさとやれ』
ザックリ訳したらさらに脅迫じみちゃった諸々の文面がツェシルの顔を
マンガ等で超すっぱい梅干しでも食ったような古典的な顔に近づけていく。
「長きに亘って為政者として生きる者は大なり小なり苦しむものじゃが…」
「散々苦しんだが故なのかもしれませんぞ…」
ツェシルは賢司が無事に戻ってきたら確実に彼の心を抉る皮肉を考えながら
寄越された脅迫j…ゴブリンランドからの請願書への対応を進めることにした。
俺、この話を投稿したら…決行するんだ…