そのⅢ:エルフが住んで見たゴブリンランド
大変お久しぶりにございます。
人界を騒然とさせたアルヴェンライヒヘイムの魔大陸調査兵団の報告は
人界国際協商連合共々驚きをもって人界中に広まった。
曰く、魔大陸にはエルフ国級に長い歴史のあるゴブリンランド。
また曰く、他国人種族嫌いのアルヴェンライヒヘイムが前代未聞の
即行国交樹立どころか大使館さえズドンと立てたゴブリンランド。
さらに曰く、ゴブリンランドは不死であると噂の人間族の魔術師…
通称:賢者オーマが支配階級に座しているゴブリンランド。
さらにさらに曰く、驚くべきことにアルヴェンライヒヘイムの大使は
御年719歳のアルヴェンライヒヘイム第三王女アルヴィンヒツェツェリア。
噂では賢者オーマと政略結婚相手になるべく派遣されたとのこと。
矢継ぎ早過ぎてどこから突っ込めばいいか分からない人界諸国である。
「……気がつけば古都リマジハ…か…」
そう零すはエルフ暦1709年…地球で言う西暦に相当する天授暦元年から続く
名門エルフ家であるアルレーロヒエール辺境伯爵家の三男坊だった男、
ザウエーロンである。過去形なのは、彼がここゴブリンランドの
ある意味で正式な移住者だからだ。
ザウエーロンは天授暦1186年に生まれた320歳の若いエルフである。
なぜ彼がここに居るのかといえば、彼はアルヴェンライヒヘイムと
ゴブリンランドが正式国交を結んだ証として大使にして第三王女である
アルヴィンヒツェツェリアの御付という名の厄介払いであった。
そしてここは"アルヴェンライヒヘイム大使館区"と銘打たれた…っていうか
賢者オーマがあっという間に国交を結べたことの喜びから元々あった
リマジハの旧貴族街の一部を丸ごとアルヴェンライヒヘイム大使館借用地として
ポンと譲ってくれた…いやこんな広い所を寄越されても困るんですけど?
という場所のやっぱり広い旧公園である。建物の規格は賢者オーマや
元々の居住者が貴族階級のオーク族といった一応人種サイズ規格だったので
若干「エルフの趣味じゃない」デザインも目立つが…ボソッと言ってみたら
「おkおk直ぐ作り直させるから仕様書出しておくれ」とアッサリ返され
ガチエルフ趣味全開の仕様書を出したらその瞬間に技術交流で来てたドワーフに
ボンタンとかいう変なズボンにヤッケとかいう凄い防水仕様な服に身を包む
ゴブリンとオークの大工達があらホイほらホイさっさホイと作り直しに来たのだ。
「……突貫工事とは思えんな…」
ドワーフ絡みなのが若干腹立たしいが、といっても殆どはゴブリンランドの…
殆どが生まれながらのハイゴブリンロードとかいう信じられない連中の
大工による仕事だったので、恐ろしいペースでエルフ趣味なデザインに
日ごと日ごとに作り変えられていく様は圧巻だった。今じゃ大使館の
仕事の合間に玄関先で彼らの大工仕事をつぶさに観察する者達も多い。
「ツェツェリア姫様は…表情が消えていたな」
最初は弩ツンとしか言えない…まぁそれは王族でもあるから普通と思われる
態度の第三王女殿下だったが、こういう感じで物事がグングン進むので
突っ込む気力も失せてしまったと見える。一番驚いていたのは
彼女自身がオーマを魔導鑑定して「ホントに父王陛下より超年上ぇ…!?」と
言葉からして絶句していた様だろうか。ちなみにこちらでのエルフの寿命は
平均1200年で成人認定は300歳である。現アルヴェンライヒヘイム
国王陛下であるヨゥナス=ベアヒル陛下の歳はまだまだ現役バリバリの871歳。
あの賢者オーマが自称公称2811歳というのが本当…なのだろうが、
しかし本当にそこまで生きてるのか疑わしい言動が多々ある。
「まあ…観光で来るドワーフさえ多くが驚愕する様は見ていて飽きないから…
ゴブリンランドもそこまで悪くない国なのだろうが…」
だからといってイキナリ移住させられたのはちょっと不満だった。
何しろ人界のゴブリンの習性うんぬんの常識はエルフにとって重要だ。
人界のゴブリンはまぁ言うまでも無くアレでゲスな手段を…腹立たしいことに
人間族よりはエルフを狙ってくるので…最初はツェツェリア姫も
「この場で己が首を切断する自害も辞さない」と公言していたくらいだ。
「しかし来てみれば…いわゆるゴブ顔なんてのは激レアで…」
エルフ基準から見ても悪くない顔立ちのハイゴブリンだらけで
そのせいか…というか幼い時代が長い氏族も多いエルフなので…
うっかりゴブリンランドなら何処にでも絶対ある娼館に…
(人界のもそうなのかは不明だがゴブリンランドのゴブリン達は
年に二回子供を産めるせいか、やはり他のヒト種より性欲が旺盛である)
ホイホイ入って一週間くらい出てこなかった奴も出てきて…
「ゴブ男は兎も角…まさかゴブ女に…一滴残らず…くぅっ!」
………………と、まぁ色々大変だったとか。
「……しかし…凄まじい国だ…」
エルフの歴史と500年程度…いや文明差は向こうの方が遥かに上…
というのはエルフのプライドがバッキバキに折られて仕方なかった。
だから賢者オーマが「実は俺、別世界から来たんですよw」と言っていたのも
本人の目が笑ってなかったところからして信じれないことも無かった。
「…なんじゃ、ザウエーロン…こんな所で油を売っておったのか…?」
「…!? ひ、姫殿下ッ!?」
聞き間違うことも見間違うことも無い第三王女アルヴィンヒツェツェリアが
声を掛けてきたので振り向きざまに跪いた。
「止めよ…却って惨めな気分になる…」
「そんなことは仰らないでいただきとうございます!」
「なあザウェ…あの建物は地上7階だそうじゃ」
「……そのようです!」
「ここリマジハでは大したことの無い高さじゃそうな…」
「…ゴブリンの癖に生意気ですよね…!」
「止めよ…惨めじゃ…」
「申し訳ありませぬ!」
耳を澄ませばガタンゴトンと忙しなく走り抜ける音がした……実物は
まだ数回しか見ていないが…高速鉄道というやつだろうかとザウローエンは
その音のするほうを一瞥する。
「…我がアルヴェンライヒヘイムではまだ魔導汽車が主流であったな」
「…はい」
アルヴェンライヒヘイムにおいて蒸気の出力に着目して、それを活用するという
方法はつい三百年ほど前に発見され、それを汽車として実用化までに至ったのが
ここ最近の百余年前である。先遣隊の最初の報告においてゴブリンランドの
乗用車の技術ならどうにか…と思っていたら、大使補佐として派遣された矢先に
そもそも蒸気汽車が彼の国では骨董品という話にアルヴィンヒツェツェリアが
「もう嫌じゃお家に帰りたい!」と幼児化したのは大使館関係者だけの秘密だ。
「お、相変わらずドワーフさんらが付くといつもの三倍くらいで仕事速いなー…」
「ふぉぉっ!?」
「おわぁッ?!」
いつの間にか視界の端に居たのはゴブリンランドの名誉(笑)終身独裁官にして
「生ける国父」「建国神」「初代三大王の兄」そして「賢者様」と謳われる
自称:人間のケンジ・オーマその人であった。ザウエーロンは改めて頭を垂れる。
併せてアルヴィンヒツェツェリアは条件反射で淑女の礼をした。
「あ、ごめんごめん。"隠蔽"しっぱなしだったね…っと…コホン。
お早う御座います、アルヴェンライヒヘイム帝王国第三王女
アルヴィンヒツェツェリア特務大使閣下…本日はお日柄もよく…」
「………仮にも貴方は国父じゃろ…そんなバカ畏まりで挨拶されると
却って余計な軋轢しか生まんのじゃから…もっとこう…我が国の父王のように
思い切り見下ろすような感じでお願いしたいのじゃが…」
アルヴィンヒツェツェリアが即座にそう返すのも無理はない。何せ作業していた
ドワーフ以外のゴブリンランド国民たちは何とも言えない凄い顔でこちらを凝視し
「…賢者様にあんな…」「あのエルフ共は何様のつもりゴブ…?」
「いくら大使だからと…」などとヒソヒソ話しつつ不穏な雰囲気を醸し出すのだ。
「うーん…何というかやっぱデキる社長は社長で外では平社員の…」
「「?????」」
「あー、いや、何でもない……んじゃ改めて…おっはー☆ お二人さん★
悪ふざけしちゃってゴメンね☆ その感じだと最近しんどいでしょ?
俺も同じ立場なら即座に胃薬とカルシウム錠剤バリボリガリゴリ食ってるわー♪」
アルヴィンヒツェツェリアの言に周りを目だけでサッと見渡して察した賢司は
いつもゴブリンたちに接してる感じの態度で挨拶をし直す。すると不穏だった
ゴブリンランド国民たちは「何だ賢者様の御戯れゴブか☆」「賢者様らしいゴブ」
「まぁそういう所が賢者様の良い所ゴブね」「流石賢者様ゴブ☆」といった感じで
何事も無かったかのように作業に戻る。それがザウエーロンには空恐ろしかった。
「(………やはりゴブリンだ…それも強大な統率者を得た群隊特有の…)」
ザウローエンの雰囲気を察したのかアルヴィンヒツェツェリアは
爪先でザウエーロンをさりげなく小突いて注意を促す。
「っ…そ、それでケンj…ゴブリンランド国父様は…」
「賢司な、賢司。今はどっちかと言えば非公式だからさ? 流石に私的な場でも
その呼び方されると肩が凝って仕方ないんだわ。あ、お前等もだぞー?!
今日は俺も暇つぶしに来てるんだからお客さんに迷惑かけんなよー?!
ゴブリンランドとアルヴェンライヒヘイムの文化の違いだからなー?!」
「「「「「「「「「「ハイ、賢者様ッ!!」」」」」」」」」」
「「…ッ!」」
そもそもその遣り取りが一々ザウエーロン達を怖がらせる要因なのだが、
長らく外国人との交流が大らかなドワーフ以外皆無に近いせいで
何だかんだで繊細なエルフたちの心臓に悪い事に気が付けない賢司&ゴブリン達。
「…暇つぶしと仰ってたが、本当に大丈夫なのかぇ?」
「ん? あー、うん。ゴブリンランドが軌道に乗るまで色々俺がやってたせいか
未だに俺の最終承認なしに進められない件とか残っててさー…まぁそういうのも
なるべく現三大ゴブリン王や八門将軍とかゴブル三賢機関諸々に投げてさー…
今日の未明にやっと俺専用の案件全部片付いたから…はー…ったく、
アルパはアルパで"は? あたしはあたしで多大公の仕事クソ山なんですけど?"
とか言ってさー…俺三日寝ずに案件処理してんのにあいつ普通に寝てんだぜー?
マジふっざ級で信じられねーダルォ?」
色々聞き捨てならぬ感じの文言が出たが勤めて聞かなかった事にした二人。
しっかり覚えて本国に伝えたほうがいい気がしたがそこは長寿なエルフの勘が
「忘れろボケぇ!!」と騒ぐのでそれを信じることにした。
「しかしケンジさm…殿。これはこれで仕事みたいなものなのでは?」
「えwちょwww見学と視察は別物っしょw」
「………うぬぅぅぅ…」
上の者がやったら見学は全部視察と取られるのでは? と言いたいが言わない。
それをしてはまた賢司が口を滑らせて聞かないほうがいい話がまた飛び出ると
エルフの勘が騒ぎまくるのだ。
「あ、そういやお二人とも暇だったりする?」
「え…? いや…えーと…」
「…ッ!」
こっち見んなとアルヴィンヒツェツェリアはザウエーロンを睨む。
「……あ、もしかして普通の休憩中だった…?」
「あ…と、それはですな…」
「…!」
実際の所大使にしてアルヴェンライヒヘイム第三王女である
アルヴィンヒツェツェリアとその補佐であるザウエーロンは基本仕事が無い。
その辺りはやはり分業がしっかりなされている+王女に細事をさせるのは
いや、それ普通にダメじゃね? 官僚が基本こなすもんじゃね? という話だ。
「あー…いや、俺も仕事片付けて暇だからって一人でプラプラしてるとさ…
皆が"無理は承知ですがどうかお力添えを…!""英知をお貸しくださいゴブ…!"
とかな…? 俺も断るに断れないっていうか…な?」
それは分からない話でもないが…だからと言ってゴブリンランド最高権力者な
賢司と王女兼大使とはいえ外国の者がそんなノリで一緒に物見遊山というのは…
と、いった感じでザウエーロンは返事に苦しむ。
「…そういう話であれば…そこはケンジ殿の信頼の置ける護衛を数名連れ―
「ちょ! ダメダメ! そんな事したら超越オーガ四大守衛家が意気揚々と
クソ堅苦しい感じで気が休まらないって?!」
「………」
またザウエーロン達が聞かないほうがいい話を口から滑らした賢司。
「…とはいえ…まぁ、お二人さんの言い分も最もか……別に俺一人でも
全然問題無いって言ってんだけどな…別にモスマンやキマイラが師団級大群で
いきなり攻めてくるわけでもないし………第一あれくらいならちょっと一発
極大戦略級指定魔導アグニミサイルぶちかませば消し飛ぶだろうし…」
「「!?」」
今日一番で聞き捨てならぬ言葉を零す賢司にザウエーロン達の顔が引きつる。
何せ単体でも討伐難度B級パーティ4以上ないしC級三十人隊クランなモスマンに
ほぼ同等のキマイラの師団級大群を一発で吹き飛ばせると豪語したのだ。
「おっとぉ!? そういえば妾も暇つぶしで庭に出ておったわ?!」
「そ、そそうですね?! 私達も一段落付いて暇でしたから!?」
「え? そうなの?」
「そうです!」
「そうなのじゃ!!」
>
そういうわけでリマジハにて賢司とザウエーロン達は護衛も無しに三人で
リマジハの今更感漂う※観光案内のようなナニカをすることになった。
(※最初の大使赴任の挨拶の際に団体とはいえ一度アルヴィンヒツェツェリア達を
赴任先であるリマジハ旧貴族街を含めて都内を案内している)
ちなみにリマジハの景観をザックリ簡単に言うと京都と水の都ベネチアを足して
2で割ったような風景が広がっている。
「はー…古都でもやっぱ2000年近く経ってりゃ様変わりするわな…」
「………うぬぅ…その辺りは妾としては何とも言えんのじゃが…?」
「あ、こりゃ失礼…いやー…どうしても此処に最初の拠点作った時のことを
思い出しちゃうからさぁ………あー…たしか最後の赤刑戦役が終結したのが
ゴブリンランド建国暦820…天授暦は…まだ無いか…? どうだったか…?」
「うぬぅぅぅ……!」
流石にちょっとイラっとしてきたアルヴィンヒツェツェリア。何しろ
さっきから賢司は外国の者に対して自国の歴史…ともすれば国の英知と恥部を
物語る重要な事案をボロボロと口走るのだ。現代地球であっても
自国の詳細な歴史というものは早々晒しはしない。何しろそこには
見方を変えればその国家の 歴 史 的 矛 盾 や 汚 点 といった
他国に付け入る隙を与えるヒントや材料が詰まっているのだから。
例えば半万…5000年とか言うがきちんと紐解けば一貫した体制が
実はそこまで続いてるどころか半分近くが完全なる繰絡ファンタジーだったり、
他国の「神話から続いてると言っても然程おかしくない2600年超の歴史」が
羨まし過ぎて三千~四千~あ? 半万年だァ? こっち六千年! 等だ。
「…や、やはりケンジ殿は貴国が建国した当時から存命なのですか…?」
「あ、それ今聞く…? んー…エルフさんでも信じてくれないのは…今更か」
「いや、妾は信じるぞ…じゃから今ここで以前さりげなくケンジ殿を
人物鑑定したことを謝罪する」
アルヴィンヒツェツェリアの最敬礼に流石の賢司もザウエーロン共々驚く。
「あ、そうだったの? …あー…成る程、だからあの時すっごい見てたのかー…」
「こんな事を言うのも何じゃが、本当に遥か悠久の時を生きていると知って
他の事は全く記憶にさえ残っとらんし…そもそもそれ以上見えたかもわからぬので
弁明させてもらえるならケンジ殿の年齢以外は何も見ておらぬし
見ている余裕すら無かったのは間違いないのじゃ」
「あぁ、うん…俺の他のステータス見てたら多分…今の距離感も無理だろうし…」
「えっ」
「えっ?」
何気ない賢司の言葉に思わず数歩下がるアルヴェンヒツェツェリアと
条件反射で彼女の前に立ってしまうザウエーロン。
「「「………」」」
「……すまん。余計な事を…」
「い、いや…良いのじゃ! 今のは妾も悪いのじゃ!!」
「「「………」」」
そのまま硬直してしまうので、それまでは空気を読んでいたリマジハの住民も
作業などの手足を止めて三人を凝視してしまう。
「……そ、そういえば! 古都では騎馬等が普通に行き交っておりましたね?!」
ザウエーロンの振りに素早く賢司は反応する。
「そ、そーなんだよねー?! 別に俺は何も言ってないんだけどさー!?
何だかんだで景観どうのこうのってあいつらもあいつらで考えててさー?!」
「そ、そういえば以前案内してもろうた時に聞きそびれたんじゃが…!
恥を忍んで聞きたい! ここ…古都リマジハの語源なのじゃが!?」
「あ、あーね!?」
どうにか穏やかな感じになってきたのを確認したのか、三人を凝視していた
リマジハの住民達は微笑を見せながら各々の目的のために元の動きに戻る。
「(…実は日本語のハジマリを逆からそのまま読んだだけなんだが…)……
最初は俺の故郷の言葉…今喋ってる人界交易語とは別の…」
「ゴブリンランドの本来の国語であるオーマゴブリ語かの?」
「うんにゃ、日本語」
「やーぱにっしゅ? というかヤーパンという言葉も初めて聞きますが…?」
「これ話すと長くなるけど聞く? 聞いちゃう?」
滅茶苦茶聞いて欲しそうな感じで言われたら立場的にアッサリ断れない二人は
「出来れば…なるべく簡潔にお願い致します」と言うのが精精である。
「おk。んじゃザックリ言おう。当時は皆当然だが原始ゴブだから水源を探してて
そこで見つかったのがここから200歩調(約300m)先にある辺り…
今は中央運河になってる所に湖があったんだわ。勿論今とは比べ物にならんくらい
小さかったけどな?」
「ふむふむ…?」
「んでまぁ近場に天幕とか作って暮らしてれば自然と拠点になるじゃん?」
「そうですね」
「…ここからちょっと声を落とすぞ…これアルパにも教えてないヤツだから」
「「えっ」」
またそんなヤベー話題出しやがって! と顔に出そうになった二人だが、
それには気付いてない(まだエルフの微妙な表情を読めない)賢司は続ける。
「…そうして村と呼べる規模になった頃に、当時の初代ゴブリン三大王…」
後の神祖東倒王ダンパ、太祖命中王メチゥ、真祖西征王スレーンが口を揃えて
「ここの名前を賢者様から正式に命名して欲しいゴブ!」と言われたので
さてどうしたもんかと当時の賢司は色々首を捻って考えてみるのだが…
この頃のゴブリンたちの語彙力なんてぶっちゃけ三大王を除きインコや九官鳥に
毛が生えたレベル+知能もチンパンジーよりは上程度だったので
彼らでも通用できるようにする…且つ三大王が納得するような…と来たので
凄まじく悩んだ挙句、日本語から引用して適当なことをでっち上げようかと
いうことにしてリマジハと名付けたのだが…
「ここで当時ゴブリン一番の知者っ娘なメチゥからまさかの話…」
凄い偶然なのだが、彼女達が賢司と出会う前に話していたオーマゴブリ語の
原語の一つである古代ゴブル語の語彙に調度あったのが
「リマジハ…リ・マ・ジハ:水=リ ~のある=マ 場所=ジハ」
…格好良く言い直すと「水源の地」という言葉だったのだ。
「やっぱ生きていくのに必須なヤツはとっくに言語化されるわなw」
「まぁそうじゃの」
「しかし良い偶然だったのですね」
「けどさー…俺としてはちょっと釈然としないというか…」
「いや、ケンジ殿…そんな事を言ってしまえば妾らの国名とて
アルヴェン=エルフの…ライヒ=帝国…ヘイム=故郷で
すなわち"我等が故郷にして帝国"じゃぞ?」
「ってそれだと公称が帝国帝国って砂漠砂漠みてぇな…あ、そんなもんか」
「そういうものですよケンジ殿、それこそ今は市なのに村が入ってるせいで
ヴァイサーシュネードルフ(白雪村)市などといった都市が我が国にも…」
「マジかよ何その真田雪村現象(賢司の謎語彙)wじゃあいいかw」
「うぬぅ…しかし都市名がそれで良いと言うのものう…?」
何だかんだで笑い話に切り替わったので幾分三人の距離感もほぐれ始めていた。
「あ、そういえばお二人さんはウチの国の飯ってどうなの? 一応そっちも
ちゃんと話を聞いてアルヴェンライヒヘイム風にするよう言ってたけどさ」
「ああ、それか…」
「その辺りは先のツィエールタン少将から幾らか伝わってるとは思うのですが…」
こちらでのエルフ達は何故か地球では定着している風体な菜食嗜好ではない。
むしろ北欧神話等で登場する初期のエルフのようにちゃんと肉も食べる。流石に
元々が寒い場所だった北欧が故のガチ肉食文化でもない。彼らの話によれば
主食がパン等の穀類より日持ちして栄養価も高い豆や芋が主食であり、
(どうでもいい話だが地球のドイツ連邦共和国もパンがメイン主食である)
肉と野菜は先の二つでは補えない栄養素を補助するためにも広く愛されている。
「ほーん…んじゃ海獣とかも食べるの?」
「周辺海域が周辺海域なので馳走の類になってしまうが食べるのぅ。
妾は海牛(魔物。軟体生物のウミウシではない)が陸牛より好きじゃのう」
「そうですね。大体は王家に謙譲されたりしますし」
鯨に関しても聞こうかと思ったが、何となく地球のクソ面倒くさい輩を
思い出してしまったので止めて少し逸らす事にした賢司。
「魚は?」
「魚…というと海養殖虹鱒(サーモントラウト)の事ですか?」
「うお、マジかよ流石アルヴェンライヒヘイム…! ウチじゃ魔大陸攻略とかで
海に関しては全然だからその辺の話後で正式に情報交換しようぜ」
賢司の素直な賞賛と興味にザウエーロンは少し気分が良くなったようで
「その際には我が国の変態養殖家をお呼びしますよ」と返した。
「ふんふん…となるとウチの虹鱒寿司なんかもイケたりすんのかな…?」
「スシ…? 何じゃそれは」
「確か提督少将が報告に上げてきた話では…食べられるように処理した
生の鱒の切り身をコメとかいう穀物に酢を加えて調理したモノの上に載せて
ショウユソースをかけて食すものでしたか?」
「な?! 生じゃと?! 魚をナマで食らうのか!?」
どうやらエルフ国では王侯貴族でも生魚を食う習慣が未だ無いと見た賢司は
別なゴブリンランド飯の話に切り替えることにした。
「あー、考えもしないモノを食わせたりはしないよ。じゃあ火を通したもので…
…うーん…論より証拠。ちょうど昼飯時だし……」
そう言って若干気後れしている賢司は二人をとあるレストランに連れて行く。
>
乗り気なようで乗り気じゃない賢司が二人を案内したレストランは…看板には…
「ミノタウロナルドバーガー」と、名前からして何処かで見たことのある感じの
地球人ならどう見ても「ハンバーガーショップ」と答える店だった。
「いらっしゃいまs…ゴブォォア!? け、けけけ賢者さままままま!?」
「「「「「「!?!?!?」」」」」」
「あ、いけね。ここ30年振りだったわw」
「「………」」
何から突っ込むべきか悩むザウエーロン達を尻目に賢司は誰得なてへぺろ。
「…殿下…ここは…よもや…」
「うむ…ブロート(パン)に挽肉団子ステーキを挟んだモノを
売っている店だと聞いていたが…何というか…」
彼女らの想像していたパン屋より存外目を疑うものがちらほらとあるのだ。
流石に王女であるアルヴィンヒツェツェリアは直接行ったことが無いが
ザウエーロンは市井にも実体験込みで詳しいので大体は把握していたのだが…
「…ここはパン屋なのか、料理店なのか…」
「え、どっちもだよ? 店内食に持ち帰りが普通」
「はァ!?」
「うぬ…?」
「…しかもパンからして何もかも焼きたて出来立て…?」
「あ、一応作り置きっちゃ作り置きだけど…そこはまぁウチの技術かな」
「な、な、な…!」
「うぬぅ…???」
王女なアルヴィンヒツェツェリアは焼きたてのパンも普通に食べてるし食事も
基本目の前で作ってもらっているのでザウエーロンの狼狽に疑問なようである。
「…いや、そうだ…此処は古都…かつてのゴブリンランド首都…」
「えっと…ミノタはゴブリンランド全土に1000店舗以上ある会社なんだけど。
あとウチの国には厳密な意味での首都は無いぞ?」
「ヴァァスナヌーッ?!」
「うぬぬぅ…?????」
赤くなったり青くなったりするザウエーロンにアルヴィンヒツェツェリアは
何と声をかければ良いのか悩んでいるようだ。
「のう、ザウェよ…ケンジ殿が妾達に食事を馳走してくれるのじゃから
まずは席につかぬか?」
「………Verschiedene Geheimnisse(不可解すぎる)…
Ist mein Verständnis richtig?(よもや私の気が触れたのか?)」
ザウエーロンは混乱しすぎて生まれ育った郷里の方言が出ているようだ。
「あ、ごめんな。邪魔しちゃって。さらに悪いんだけど三人が座れる場所あ…」
「「「「「「こちらの上座へどうぞお座りください賢者様!!」」」」」」
「お、おう」
残像が見えそうなレベルで整えられた上座に向かう三人。勿論賢司が
一番いい所で二人はそれぞれの両角隣に案内される。
「こ、こここここちらちらちらがメニメニメニメニューでごごござざ…!」
「深呼吸、深呼吸な」
「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!」
「おい待てそれゴブ男がやる呼吸じゃねえから」
「しづづづばふぁげふごくぁwせdrftgyふじこ!?」
「あー…」
実に二千数百数十余年ぶりに見たハンバーガーショップの菜譜に
ちょっとどころじゃない回顧をした賢司だったが、このままだと
目の前の店員がショック死しそうだったので精神安定魔法をかけることにした。
「呼吸するように無詠唱とはのう…」
「あら」
「…Mom Träume ich jetzt?(ママ、ぼく今こわいのを見たよ?)」
そうしたら今度はザウエーロンが幼児退行らしき言動をしたので
続けざまに同じ魔法をかけた。
「ヴァ…ッ!? わ、私は何を…!?」
「ザウェ、気を張ったと持て。今に滅却しようかとしておるぞ」
やはりアルヴィンヒツェツェリアは長生きなエルフで王女だ。
御年700…ふと古代竜級の殺意を感じたのでその辺は考えるのを止めた賢司。
「お二人さんは何食べる…って言うのもアレか。えーと王女様は」
「ケンジ殿。ここは私的な場じゃから妾の事はツェツェリア…じゃと
慣れぬモノには言いづらかろうからツェシルとでも呼ぶが良いのじゃ」
「そう? じゃあツェシルちゃんは」
「"ちゃん"は要らん。子供じゃあるまいし」
「いや俺から見たら軽く2000歳以下の女の子なんですけど」
「ふにゅぬっ…!?」
今まで自分をそういう風に扱ってきたのは父王と一部の老公だけだったので
見た目だけならザウエーロンよりも年下っていうか調度いい年頃の男性から
そんな風に言われてしまったせいか何ともいえないくすぐったさを覚えたらしく、
アルヴィンヒツェツェリア…改めツェシルはそっぽを向いてしまった。
「んー…んじゃザウエーロンさんは」
「私のこともザウェと呼び捨てで構いません」
「ほんじゃーザウェくんは食べられないものとかある?」
「いや、君も要らないのですg…あぁ、ケンジ殿からしてみれば私なんか
小僧っ子もいい所でしたね…」
「えー…そんなつもりじゃなかったんだが…」
精神安定魔法で半ば強制的に沈静化されたがやはり拭えない事実を前にして
ザウエーロン改めザウェはザウェでまた落ち込みが酷くなっていく。
「しゃんとせい! 貴様はそれでもアルヴェンライヒヘイムの貴族なのか!?」
「ハッ…!? し、失礼しました殿下!!」
ツェシルの気合入れでザウェがシャキッとしたので、改めて賢司は
二人に苦手なものは無いか聞いた。
「んーと…ツェシルちゃ…ツェシルは特に好き嫌いなしで…
ザウェは出来ればピクルス抜きが良いんだな?」
「うむ」
「はい…あとタマネギは多い方が好きです」
「おk…んじゃグランミノタのMポテセット3つで、一つはピクルス抜き
タマネギ増しで」
「お、お飲み物は何になさいますゴブ?」
「あー…それあったな…俺はアイスコーヒー。お二人…って言っても
紅茶とコーヒーと牛乳以外何が何だかわからんよな」
「折角じゃから妾はこの赤いヤツを選ぶぞい」
「私は紅茶を…砂糖無し、レモン果汁多めで」
「ってことでヨロシク」
「はい! アイスコーヒー、アセロラドリンク、
紅茶砂糖無しレモン果汁増しですね。サイドメニュー等は
いかが致しますゴブか?」
「とりあえず以上で」
「畏まりましたゴブ! 少将お待ちくださいませ!!」
残像が見えるレベルでキッチンへすっ飛んでいった店員を尻目に
賢司は待っている間の当たり障りのなさそうな何かを振ろうと考える。
「しかし天井の照明の明るさは帝王宮もかくやじゃのう」
「明かりの魔術は火属性かと思えば雷属性なのがまた…」
「その辺は結構大変だったな…何しろ俺そっち方面はかなりうろ覚えで…」
多分何を振っても二人が何かしら大小衝撃を受けると思われたので
もう面倒くさくなった賢司は極めて普段どおりの感じで話を振ることにした。
「お待たせいたしました! グランミノタMポテセットでございますゴブ!」
「いや、ほとんど待っておらぬのじゃが…」
「作り置きとはいえ…早すぎる…!!」
「ハハハ。ミノタは速さが売りでもあるからな」
流石に配膳に関しては二人とも普通だが、
「ところでケンジ殿…カトラリー(卓上ナイフやフォークの総称)は何処じゃ?」
「あー…」
「殿下…これは恐らく市井の者たちがそうであるように手づかみで食すのですよ」
「手が汚れてしまうではないか」
賢司はサッと店員に目配せするや否や店員がフォークを持ってすっ飛んできた。
ちょっとやってみたかったので少しドヤりそうになる賢司。
「ふらいどぽてと…揚げた細切り馬鈴薯はフォークで
食べるとして…どうやってこの…バーガー? を食べるのじゃ?」
「それは多分…」
流石にこれは賢司が教えるまでも無く、ザウェが包み紙をいい感じに開いて
持って齧り付いてみせる。
「口が汚れてしまうではないか」
「そこは面倒でも添えてある紙ナプキンで拭けばいい」
「あるいは食べ終わるまで我慢するという手もございますよ……
というかケンジ殿? …今、"紙"ナプキンと?」
「今は飯食うことに集中したほうが良いんじゃね?」
「そ、そうでしたね…」
口を拭おうとして紙ナプキンを思わず見つめてしまうザウェは無視して
賢司もバーガーを食べることにした。大口開けてガブリとやれば、
バンズ、パティ、ピクルス含めた各野菜が口の中でほぐれ合って、
かけられているソースの味が全体をまとめていく…。
「あー…相変わらずのチープテイスト…まぁいつものミノタだしな」
「ふむぅ…?」
「ふむ…なるほど…これは…」
何口か食べ、一旦止まって二人は同時に
「「食べたことの無い味ではあるが、特別旨いという訳でもない」のじゃ」
「でしょうねwでも良いんだよそれでwそれがミノタだものw」
まぁ二人とも王侯貴族なので色々食ってるだろうし、そもそもミノタは
思いっきり庶民向けで日常的に食えるように調整した味付けである。
なので「びゃああうまびいぃ」的な反応は無いと分かっていた。
むしろ「びゃああうまびいぃ」とか反応があったら逆に色々と心配になる。
「とはいえ、材料がどれもこれも新鮮なのは凄いですね…
これが普通に庶民向けで売りに出されているのですから…」
「うむ。これを帝国でやろうとなると、大商人でも破産を覚悟せねばなるまい。
無論成功すれば帝国随一の大金持ちになれるじゃろうがな」
「ははは…」
味が味なので二人の注意もすぐそちらに移行してしまうのは仕方ない。
「…おお! この赤いヤツは旨いな…よく冷えておるのは兎も角、
この味は本当に色々と知りたくなってしまうのう!」
「アセロラな…まぁ俺の知ってるアセロラとは違うんだろうが、
便宜上そういうことにしてる果実だわ」
「これは何処で採れたものなのじゃ?」
「魔大陸の南部、グザファン樹海だな」
「ぶあちゃっ!?」
砂糖無しのホットレモンティーを噴いてしまうザウェ。
「ザウェ、大丈夫かぇ?」
「は、も、申し訳ありません…ケンジ殿…この"あせろら"とやらは
何処で採れたものだと…?」
「魔大陸の南部、グザファン樹海」
「ぐざ…!?」
ザウェが驚くのも無理は無い。そもそも上陸からして困難な魔大陸で
どうにか辿り着いた別働隊からの報告では「ここは旅団以下で行ってはいけない」
と血文字交じりで殴り書きされていた場所なのだから。
「あそこはさー…兎に角酷くてなー…あそこで歴代のスレーン西王が
何人も戦死してるんだわ。けどなー…あそこにはアセロラを初めとした
スーパーフルーツがアホみたいにあるワケよ。だから放置するのもさー…」
スーパーフルーツと言えば地球では単なる超栄養価で健康効果の高い希少な
果物のことだが、ここでのスーパーフルーツというのは世界樹の実とか
黄金のリンゴとか食べるだけで半端ない恩恵が得られるモノを指すので、
これにはザウェもツェシルも目の色を変えてしまう。
「…ま、まさかこのあせろらドリンクとやらには…」
「いや、流石に無いってw毎日飲んで精々肌の艶が良くなるとかそんなのだから」
「それはそれで結構な代物だと思うのですが…?」
ちょっとジト目になっている二人にほんのり気圧されそうになった賢司。
「あー、でも300年位前に当時のスレーン西王が満身創痍で
俺のためにとか言って無茶して一個だけ取ってきたのあったな…」
結構食い気味に二人が顔を寄せてきた。
「……ちょ、座れって」
「む、すまぬ」
「…これは失礼…」
佇まいを直した二人に再び賢司は思い出を語っていく。
「初代からずっと変わらないバカっ子がさ…」
賢司は思い出してしまった。たった一人で、片腕を失くし、目も潰れ、
見るも無残な姿で尚気力を振り絞って懐に入れていたスーパーフルーツを
「これを賢者様はお探しになられていたのですよね…?」と、
血反吐をゴボゴボ吐きながら喋りつつ手渡してきた事を…
「…元々がどんな色かもわからねえくらいに真っ赤に染まっちまった…」
賢司は目頭を押さえてしまう。これには二人も罰の悪い顔になった。
「ちっぽけなベリーみたいなヤツを………悪い。ちょっと待って」
賢司は二人から顔を逸らして紙ナプキンで涙を拭き、鼻もかんだ。
「…ケンジ殿。その話は聞かなかったことにするのじゃ」
「すみません…興味ばかりが先行してしまったことをお許しください」
「……いや、聞いてくれ。これが無きゃゴブリンランドの文明が
1000年は遅れててもおかしくなかったんだ」
「「………」」
賢司のその物言いには二人も固唾を飲んでしまう。
「時のスレーン西王が命がけで持ち帰ってきたのが、俺の故郷じゃ
パーム油の原料になるギニアアブラヤシそっくりの代物だったんだよ…
そんでコイツを使って俺は真っ先にあのバカの仇を討つために作ったんだ…
…ちょっと量を出せば広域殲滅魔導に相当する威力の
油脂焼夷弾と今は主力の新型竜炎放射魔導器をな」
「「ッ!?」」
これには思わず二人とも立ち上がってしまう。
「当時のグザファン樹海の北部…今は西王区南東部と中王区の西南部だが、
それらを導入する前は今のゴブリンランドの国土の四分の一を覆ってたんだよ。
手始めに俺が空中から撒けるだけ撒き散らして焼き払ってやったぜ。
あそこで志半ばに散っていったバカ可愛い西王直属樹海制覇兵団の
一世一代の大火葬鎮魂祭も兼ねてな」
ふと見れば賢司の顔が少々邪悪な笑みになっていた。
「俺の故郷じゃちょっとやそっとの事じゃ消えないどころか益々炎上するからって
国際条約で禁止、使ったら当人の始末だけじゃ済まないレベルの重い責任を
負わされるが…ここは俺の故郷じゃねえし、第一俺の目的の邪魔に加えて
可愛いバカっ子を当時は完治魔法も使えなかったせいで
手の施しようが無いようなザマにしやがったんだ。遠慮もクソもねぇ、
全部焼き尽くすつもりでやったんだ…」
「「………」」
ついつい懐からタバコを取り出して火を点けるが、
ここが完全禁煙だったと即座に気付いて指で握りつぶして消す賢司。
「…俺は最初、ここに来たときは"もしかしたらこの世界には俺みたいな
人間種はいないかもしれない"って思っちまってたから、
だったらせめて仲良くなれたゴブリン達を俺の故郷の平和ボケした
奴らみたいに豊かな生活が出来るように必死になったし、
ダンパ達もそれに答えて一所懸命に尽くしてくれたからな…
グザファン樹海を制覇できれば、当分ゴブリン達はもう無駄に死ななくて済むし
まぁもう何日も眠らないで良い様にテメェに強化ぶっかけまくってさ…!」
気付けば誰も彼もが部屋の端によって震え上がっていた。
それくらいに賢司の形相が凄まじかったのだ。
「…っと…悪い悪い…つい熱くなっちまった…ともかくまぁ、
やるだけやったんだが、結局樹海を焼き尽くすには至らなくてな。
当時の東王、中王、んで次代の西王にアルパも"もう十分だよ"って
泣きながら止めてくれたからさ…俺もホント馬鹿だなぁって、ははは」
「「「………」」」
沈黙。
「…っと、あー…えーと、だから冷静になって樹海を探索専門にして
色々調べてたら"焼き尽くしたら却って勿体無い"って分かってさ?
んでさっきのアセロラの件に戻るワケよ?」
「う、うむ…」
「は…い…」
パッと元の感じに戻った賢司だが、二人にはもう彼を
さっきまで談笑してた時のようには見られなかった。
> > >
先ほどが先ほどだったので、流石に全てを聞かなかったことには出来ない。
ツェシル達は本国に向けて実際に住んで見聞きしたゴブリンランドの
これだけは確実に伝えなければならない事をまとめていく。
<ゴブリンランド大参鬼王国についての定期報告>
◇体制・支配者等について
…一言で表せば立憲君主制である。最高権力者、生けるゴブリンランド国父
「終身独裁官にして大賢者ケンジ・オウマ」一見2800年生きているとは
思えぬ軽薄さ等を受けるが、為政者としての人気は役職にもある文字としての
独裁者としての権力強制は無く、全て彼が今日まで行っている
数多くの功績が起因している。性格は基本的には人が良い。だが決して甘くない。
一度敵と認識したものには一切合財の容赦が無い。彼個人の戦闘力は
あくまで見聞きしたものと拝見できた一部歴史資料(高度な魔導映像資料有)にて
間違いなく言えることがある。彼自身もうっかり…? 漏らしたのだが
「極大戦略級指定魔導アグニミサイル」は単体でも討伐難度B級パーティ4以上
ないしC級三十人隊クランなモスマン、同等のキマイラの師団級大群を
一発で吹き飛ばせる超凶悪な威力の大魔法を個人で容易に撃てることを
先の映像資料にて確認した。これがブラフであれば幸いであるが、
同盟国となった以上、詮索・調査は極限に慎重に行うよう願いたい。
他にも彼に最も近い権限・権威を持つのがケンジ・オウマ同様建国時より
2700年以上存命とされるゴブリンランド国父の養女、東王宗家総代
「準終身独裁官にして神代の王女アルパ・ミュシュメイ・ダンパ多大公」もまた
今後の対応を極めて注意しなければならない。彼女もまた年齢にそぐわぬ、
それこそエルフ基準で140か50そこらの少女のような言動を見せるが、
それは彼女の素の一部であり実際はゴブリンランドにおける少数の貴族枠であり、
その関係官僚・軍部派閥…実にゴブリンランド全戦力の三分の二を掌握する
ミュシュメイ多大公家初代にして総代その人である。彼女の辣腕等は
現段階ではやはり…というか目通りさえ叶っていないので明くまで
見聞き、拝見できた一部資料でのみになるが…敵対者に対しての彼女は
ハッキリ言ってケンジ・オウマ以上に苛烈にして冷酷である。
個人戦闘力に関しても此処だけでは断じるわけにはいかないので
添付した個人レポートなどの報告資料を参照し…
「ふぅ…」
「お疲れ様です。殿下」
「うむ…」
調度ザウェが茶を用意してくれたので、ここで一息つくことにしたツェシル。
「…相当な枚数の報告書になりそうですな」
「最低限伝えておかねばならぬ案件だけでこれではのう…」
とりあえずツェシルは最後に自他共に皮肉を込めて、
締めくくる文章だけは決まっていた。
「彼の国に生きるゴブリンは"ゴブリンにしてゴブリンに非ず"
人界に巣食う下劣狡猾な小鬼猿などと同じように考えてはいけない。
ゴブリンランドにおいてその考えは、それだけで我々の全てを
木っ端微塵に粉砕する全ての終わりのハジマリである」と。