そのⅡ:ドワーフ大王国が見るゴブリンランド
魔大陸で確認されている国家は二つ。といってもゴブリンランドの存在は
人界ではまだエルフとドワーフ以外に認められていないので、
実際は一つだけである。
その人界における魔大陸唯一扱いの国家がドワーフ大王国こと
ドヴェルグリング大王国である。そもそもドワーフは人界にもいるが、
その多くが国というよりは氏族ごとに集落を作る程度であり、
酒好きが災いして諸国を放浪する癖があるのがこちらでのドワーフである。
見た目も年を食わない限りは髭を生やさないし、女は基本人族基準で
やはり年を食わない限りは少女のような見た目のままというドワーフである。
しかし彼らが魔大陸で国家を営むのはそれも偏に団結しなければ
あっという間に魔大陸の平均危険度6ツ星級の魔物や亜人族に滅ぼされるため、
そして人界にてエルフ達との対立が長きに渡ることも要因である。
「さて…今日の定期便はまだかのぉ?」
今年で54歳、平均寿命200年のドワーフでは成人でも
まだまだ小僧扱いな男アシモフは大王国北部で友好国である
(といってもまだ国交二十年程度の)ゴブリンランドの厚意でやってくる
ワイバーン部隊によるゴブリンランド貿易団はまだかまだかと
ゴブリンランドからの友好の証である大時計塔の文字盤を眺めていた。
「しっかし時間が今日の今日まで誤差30秒以内とか…どうなってんじゃあの国」
「国民の殆どが生まれながらのハイゴブリンロードとかおかしいじゃろ」
「おかしいといえばあの国の国父とか謳われておるオーマさんもおかしいじゃろ」
「平均60年の寿命の人間族で魔術師であっても110年が良いところじゃし」
「自称公称2811歳ってドラゴン族でもご長寿じゃわいなw」
アシモフを初めとしたドワーフ達もそんな印象でしかないのは仕方ない。
だが、ゴブリンランドに商売をしに行ったドワーフは彼らの言い分が
まるで嘘だと思うものは誰一人居ないのも事実である。何しろ
ドワーフ達でさえ「ぐぬぬ」と言いたくなる高度技術作品があるのだ。
単なる技術だけなら負けず嫌いなドワーフ達も認めないだろうが…
ドワーフさえ知らない種類の酒に高品質な火酒に高級ワインが
アホみたいに安く仕入れられると知ってからはそうも言えない。
その凄まじさ故に元々が酒を求めて放浪する癖のあるドワーフ達の
何人かは大王国とゴブリンランドを技術交流や物見遊山で行ったり来たり、
果てには永住を検討する者達も最近は現れ始めていた。
今のところ完全な永住を実行に移した者は居ないようだが。
「お! 来たぞい!」
「今日の時間差は…げっ! 3秒!? アホか!?」
何度見返しても今日の到着時刻11:39ピッタリであった。
「お待たせしましたゴブ! 本日の貿易団午前の部ですゴブ~!」
「待ってました!」
「何はともあれ酒じゃあ酒じゃあ!」
「カットラーナの新作…ゴブエモン・ヒュウガの作品はあるかの?!」
「うぃすきーは何があるんじゃい!?」
「清み酒の『はちもんはちまん』は!? 冷凍ギョーザは…あるのう!」
「季節のエキベンランチボックス20個とミックスナッツ全部寄越さんかい!」
「ぬおおおおお!? 落ち着いて下さいゴブぅ!?」
先頭の行商ゴブリンが降り立つや否や取り囲まれる。
「早く商品出さんかい!」
「押すな押すな! 並び順守れや!!」
「この間予約したドッポじゃ! 予約しといた『こんろん』と
『ほうらい』に特級酒の『やまと』はお前さんの預かりか!?」
「れとるとかれーはこっちか?! そっちか?! どいつなんじゃい!!」
「第三のビールとやらはどうなっとんじゃ!?」
「ひいいいい!! 勘弁して下さいゴブぅ!?」
パッと見は子供の顔をしたゴブリン相手に背丈こそ大差ないが
ムキムキで髭もじゃなドワーフ達が詰め掛ける様子は中々に事案である。
「後続便はまだまだ来ますゴブ!! だからちゃんと並んで下さいゴブぅ~!」
「やれやれ…これだから素人は…」
遠巻きに呆れた様子のアシモフだが、彼だってまだ10回も
ゴブリンランド貿易団を相手にしていない。
「はいはい! 食料品はこちらですゴブ~!」
「摘み類もこっちなんか?」
「はいですゴブ~」
「ぬぅ~酒と抱き合わせじゃろそこは…?」
「規則なのでご勘弁下さいゴブ~」
「酒類ももう直ぐ準備できますゴブ~お待ちの間鑑定させて下さいゴブ~」
「チィィッ! 今回もダメか!!」
「若造どもめ…ルールくらい守らんか!」
「屋台はもう少しお待ちくださいゴブ~」
各々の目的を果たすべく、展開される露店に長蛇の列を作るドワーフ達。
殆どは若者だが、20過ぎると直ぐに髭もじゃになるので正直彼らの年齢は
鑑定魔術なしには正確には判断できないのがゴブリンランド貿易団の悩みである。
ゴブリンランドの住人は主要民族のゴブリン族の事情で13歳が成人だが、
外国人相手には賢者オーマ基準で20歳を過ぎた者以外には酒類とタバコなどの
年齢制限品は販売してはいけない法律がある。しかしながらそこはまぁ
酒好きとはいえ50を過ぎないと成人じゃないルールのドワーフ達なので
心配は無い…と思われるが…やはりいるのだ。年齢詐称者が。
「さて…ほんじゃあワシも並ぶかのう」
アシモフはアシモフで日帰り観光便の列に並んだ。
>>>
ドヴェルグリング大王国が魔大陸でも平和に暮らせる理由は
三方を山脈に囲まれていることである。しかしながらその山脈もまた
ドワーフ達が魔大陸で勢力を拡大できない理由でもある。正式な名前ではないが
その山脈は"死の山脈"と呼ばれており、晴れた日がほぼゼロで年中霧に包まれ、
凶暴なウェンディゴ族、ギガス族、マウンテントロール族が跋扈しており、
時々麓まで降りてくるのでドワーフ達にとってはライフワークである
鉱山開発が遅々としている原因も作っている。
「……あっさり空を飛ばせられるって羨ましい限りじゃわい」
アシモフはため息が出る。悲しいかドワーフ族は
ゴブリンランドの住人達みたいに使役できるワイバーンは皆無だ。
まず人界のワイバーンと比べると魔大陸のワイバーンは凶暴性と強靭さが
糞ン十倍と吐き捨てたくなるレベルで段違いなのだ。
なのでワイバーンは人界から輸入して賄っているが、それも国防軍備であり
死の山脈を越えるためどころか行商用なんて贅沢な使い方は出来ないのだ。
「これでも…え~と2000年くらい前は大変だったそうですゴブよ?」
「天授暦も軽く500年以前の2000年前とか人界の住人が泣くぞ」
「そう言われましても…困りますゴブぅ…」
アシモフはゴブリンランドの超大型ワイバーンが背負う大人数収容可能な
幌小屋内で複数居る御者の一人であるゴブリンと話している。
話だけ聞いているとゴブリンランドは来年で建国2780年だとか。
アルヴェンライヒヘイム建国3215年は腹立たしくても純然たる事実なので
信じられるが、魔大陸で最近国交を結んだばかりのゴブリンランドが
アルヴェンライヒ建国350年未満…人界じゃ神話の世界の時代から
存在する国家だというのは甚だ胡乱で疑問である…と、
最初のころのアシモフなら断じたが…こうやってワイバーン観光便に乗って
ゴブリンランドに日帰りとはいえ何度も滞在すればするほど、
その話は与太話では済ませないのは言うまでも無い。
何しろ大王国でも最大の高層建造物は地上7階のドワーフ第一塔こと
ツヴェルクアイントゥアム大展望台である。だがゴブリンランドでは
そんな地上7階どころか10も20も越えた高層ビルとかいう
馬鹿げた建物がボコボコ立っており、彼の国の最大建造物…
それも居住可能な最頂部813メルド、最上階609メルドというクソバカ高い
地上150階クラスの超高層ビル『スレーン西王拳塔ホテル』だとか。
ひとたび死の山脈を越えればゴブリンランドの西部にその建物が見えるし、
実際に行って確かめてもみたので真偽は論ずるのも不毛かもしれない。
どうせなら泊まってもみたかったが…やはりゴブリンランドでも
一部の金持ちか大士族や王族くらいしか利用できない…というのも
一番安い部屋の一泊の料金がゴブリンランド通貨で100万カーネ…
大王国大金貨170枚である。平均年収大金貨4枚なドヴェルグリング大王国で
そんな年収軽く40倍を一日で吹き飛ばす所に年収大金貨2枚金貨12枚の
アシモフには土台無理な話である。
「どんな光景なんじゃろ…」
「少なくとも今の光景よりは低いですゴブ…だから…だから別に泊まれなくたって
何にも悔しくなんかないですゴブ…! 畜生ゴブ!! …失礼しましたゴブ」
「やっぱりそっちでも格差はあるんじゃな…」
「賢者様曰く"貨幣経済の宿命"らしいですゴブ…」
「言いえて妙じゃのう…」
ちなみにゴブリンランドのワイバーン乗りの平均年収は50万カーネ…
大金貨85枚らしいのでちょっとイラっとしたが、話している相手は
見習いらしくまだ年収も大金貨1枚ちょっとだそうなので怒るのは止めにした。
「そもそもあそこは天上人のホテルですゴブ…財閥関係とか
賢者様ないし王族大士族ゆかりの連中か国賓でもなきゃ泊まれんですゴブ…
ああ…西方で出世したいゴブ…」
「難儀じゃのう…」
「でも…お客様であれば年に一度の大抽選会で大当たりを引けば泊まれるかも
知れませんゴブ…」
「マジか!?」
「オイラ達は三年に一度ですが…外国の方には年一でチャンスあるんで…
やってみるのも…いいかもしれんですゴブ…」
「ちぃとばかし申し訳ないの…」
「宣伝の為ですゴブ…気にしないで下さいゴブ…」
いやそんな泣きそうな顔されたら気にしないわけにいくかと
言いたくなったが、普通に泣かれそうだったので何も言わないアシモフ。
「間もなく央都メチゥグランド~メチゥグランド~お降りの方は
お荷物貴重品のお忘れなきようお願い致しますゴブ~」
「……おぬしも泊まれたらええの」
「…ガンバリマス…ごぶぅ…!」
鼻水を啜る見習いゴブリンの背中が凄く切なかった。
>>>
ゴブリンランドの大弐中王区の首都である央都メチゥグランド。
中央ということで嘗ては政治経済も中心で良いのではと言われていたのだが、
ゴブリンランドには東王、中王、西王と三人の大王がいるため、
三大王族の格差を少しでも縮めるためそういうのはナシと賢者オーマの言で
そういう優遇は無しである。が、何だかんだでモノが集中するので
事実上の経済中心地である。結局国会議事堂もそこにあるので
やっぱり政治経済中心地で良いんじゃねゴブ? というのはよく聞く話。
「全部回ろうとしたらどんくらいかかるんじゃろ?」
「知らんわ。そんなことより何処から回るんじゃ?」
「日帰りじゃし何時も通りメチゥ天蓋城周辺で良いじゃろ」
「しっかしこの規模で地方都市扱いてやっぱイカれとるのw」
「ほれボヤボヤしとると最終便まで9時間じゃぞ? 何処行くんじゃ?」
「んなもんイザカヤに決まっとろうが」
「夕方開店じゃから2時間も居られんぞ」
「ワシは洋食屋じゃな。あそこでも酒は飲めるし?」
「ふぁみれすとかいう洋食屋は24時間営業らしいの」
「ぐははwやっぱイカれとるわw流石ゴブリンの国じゃw」
これだから素人は…とアシモフはため息をつく。
「さぁて…今日はメイド喫茶とやらに挑戦してみようかの…?」
大王国じゃ成人したての若造であるアシモフ。趣味嗜好も若者っぽい。
体格的にはゴブリンとドワーフは等身大なのでかなり色々と楽しめるのだ。
「…しかしのぅ…やっぱヒゲの無い女っちゅうのは頂けん…」
ドワーフは男女問わず20を過ぎると濃さの差はあれヒゲが生える。
混同しないように男はしっかり伸ばし、女は脱毛等で小さく整えリボンをする。
まぁ…無毛が好みという特殊性癖が居ないわけじゃないが…
アシモフはその辺は普通のドワーフなので…そういう意味では
若いゴブリンやオークにコボルトが基本なメイド喫茶には
かなりの罪悪感に苛まれそうだったので今まで行かなかったのだが…
その辺の事情を知った者達が付け髭で接客するメイド喫茶もあるとかで
ドワーフ王国じゃ堪能できない文化体験の為、そういう所くらいは
探究心旺盛なドワーフなアシモフ。本国に帰ってからの酒のネタとして
百聞は一見に如かずと言い訳して言ってみることにした。
………。
「またのお帰りをお待ちしておりますゴブぅ~旦那様~」
「………」
アシモフは悔しかった「何で付け髭なんじゃ…どうしてヒゲ生えんのじゃ」と、
思わず呟いた。それほどに良かったのだ。まさに貴族気分が味わえるのだ。
それほどにサービスが凄かったのだ。食事はまぁ、微妙だし…酒類は出ないし、
普通の評価を下すなら赤点だったが、何かにつけて貴族の当主ないし
その嫡子扱いの接客は…絶対真似したほうがいいと思うものだった。
「……くっ…! ふぁみれすじゃ! 飲んでやるッ!!
畜生イザカヤはどうして夕方からしか開かないんじゃ…!!」
月給も安い部類なアシモフだったが。本国での新たな商売の可能性も
バカみたいに見せてくれるゴブリンランド。きっとアシモフ以外の
多くのドワーフもそう思っているに違いなかった。
>>>
明けて後日。本国にて同好の志の飲み会。
「このド変態がッ!!」
「ぶげらぁッ!?」
ポロッと酒の勢いでゴブリンランドの娼館を体験したという
特殊性癖野郎がいたので、色々溜まってた鬱憤をアシモフはぶつけた。
「剃って化粧すりゃゴブ女もドワーフ女も変わらんって!!」
「こんのド阿呆!!」
「うべしぁ!?」
真面目に様々な可能性を見せ付けるゴブリンランド。
ドワーフ達の平均総評は「良くも悪くも一度は行くべき」だそうである。