ゴブリンランド黎明期そのⅡ:三人組の族長&アルパ命名
バド…古代ゴブル語で「仲間の集まり」や「家」を意味する言葉だ。
大間賢司が不幸な出会いを切っ掛けに身を寄せる形になった
ゴブル(こちらにおけるゴブリンの正式な種族総称名)達のバドは
「ジンパのバド」と呼ばれており、ジンパとはダンパ達の曾祖父の名前らしい。
この一家はダンパ世代を入れて四代ほど続いている珍しい一家だった。
というのもこちらでのゴブルの平均寿命はゴブ男9年、ゴブ女16年…
およそ12年程度なのだ。なぜこのような平均寿命なのかと言われれば
それこそ野生の猿と大して変わりのない環境に置かれているせいである。
なので普通のバドは精々が親子二代…地球の普通の野生動物と
同じ程度続けば良い方である。しかしながらこのジンパ一家は
幸運な方だった。普通のゴブリンよりは頑丈な黄肌種のダンパや
俊敏な紫肌種のメチゥのような…あくまでもゴブリン平均に限るが間違いなく
強いゴブルが生まれ続けたし、優秀であるが故に"はぐれ"でも
バド入りするまで生き延びた運も強いゴブリナとの出会いも続いていた。
だが、それ故に知的生物なら誰しもが通る驕り高ぶりに嵌り
賢司のような見た目で判断してはいけない存在と出会うことになった。
一歩間違えればそのままジンパ一家は滅んでいただろう。
しかし、そうはならない。何故ならそこには神がかったチーター転移者の
賢司がいるから。
「………え、お前ら三人で族長になったの?」
年かさなゴブリナたちと一緒にせっせと陶器づくりに励んでいた賢司は
何かちょっとイラッとするゴブのドヤ顔三つが並んでいるほうを見た。
「おう、ゼンパの爺さんも薦めてきたし」
「今迄は1人だったんだけど…ほら、最近私達の集落が
半端じゃなく大きくなったでしょ?」
「む…これまでは1家族で10人が普通だったが…」
「全部数えてみたら100ゴブを超えてたんだぜ!」
「ちなみに143ゴブいるわよ。内訳知りたい?」
「我の知る限り戦士の見込みがある者は38だが、完全武装すれば60は堅い。
賢司が言う”ぶーときゃんぷ”調練が上手く行けば100も夢じゃない」
「いや、数は知ってるから良いんだけど………何で俺に一々言いに来たんだ?」
手元は縄文風土器を作る動きを止めないが素っ頓狂な感じで返す賢司に
ダンパ、メチゥ、スレーンの三羽ゴブルが揃って盛大にため息を吐く。
「時々賢司のそういうところがポルク…狡賢いオーク臭くてオレは嫌だな」
「本当だったら貴方がバドの長になるのが筋なのに…!」
「うむ。賢司が嫌だと言い続けた結果だからこそ言いに来たのだ」
「あー…」
最初は不幸な行き違いで殺………死なせてしまった強いゴブリン2人の
穴埋めが出来たらそのまま離れようとしてたのだが、周りを探知魔法で探れば…
彼らがポルクと呼ぶ二足歩行の豚人間…所謂オーク、体格こそ良い勝負だが
身体能力では何段も上手なコボルトの群れだ村落がチラホラとあり、
森の奥深くにはゲロ強いサイキッカー蛾人間ことモスマンだとか、どう見ても
合体猛獣なキメラに巨大蜘蛛、クソデカムカデ、超大サソリといった
バカでか虫どもに明らかに中世戦士みたいな武装したオーガやトロールに
リザードマン軍団と…正直この地域のゴブリン絶滅待った無しな状況だった。
そうなってしまうと益々先のダンパ達の実父と叔父を…良く言えば誤解からの
過失傷害致死させてしまった賢司としては何かをちょっと教えてハイ、サヨナラ!
とはいかなくなってしまったのだ。なのでまずはゴブリン達の文明度が
どんなものかと見てみれば…まぁどうしたって死亡率の方が高いからなのか
大した文明は無かった。
火の熾し方はメチゥが閃くまでは「落雷が当たった木の枝から得る」という
中々に神頼みなモノだったし如何にか得た食物の保存方法は「皮に包む」とか
「蔓や草紐で縛って持ち歩く」程度で「干物を作る」に至っては賢司が齎すまで
ジンパ一家には無かったのだ。まぁこれに関しても周りが危険生物だらけで
考えるヒマも無かったと考えればむしろ褒めれるレベルな気もしたが。
「しかし三人まとめて族長とか…大丈夫か?」
「その辺りは賢司にもしっかり協力してもらうつもりよ? まさかそれまで
嫌だなんて子ゴブみたいな事言わないわよね?」
「そうだぜ賢司! まー確かにオレが好きでメチゥ嫌いでスレーン怖いとか
いちいちメンドくさい考えしてる連中の集まりはあるけどな?」
「我らの兄弟分は我らが責任を持って見るがゴブル全体の意思は賢司が統一する…
我ら個人に叛意あれど賢司に叛意を持つバカは居ない。居たら居たで放逐する。
バド無しで生き抜けるほどこの地は甘くないのはバカでも分かることだ」
「かー…っ! お前らはホントに他のゴブルとは比べ物にならねえな…!」
賢司は自分の作りかけている陶器を他のゴブリナに任せて手を水魔術で洗って
新族長となった三羽ゴブルの傍に歩み寄った。
「ハディスクちゃんパピリュスちゃんホンヤちゃんも最近はメチゥより
驚かされるような学術的才能を見せてくるし…名前までスレーンの弟分を自称する
ウープスレーンだって侮れなくなってきたし…ダンパはダンパで益々モテるし…
それだけの事があって尚お前らはもう…驕りってのを知らんのかマジで…!」
「何言ってんだ賢司。オレ、めちゃくちゃ驕ってるぜ? 賢司が見てくれるから
番達にも武勇伝を話せて毎晩腰が砕けるくらいにズコバコ出来るんだぜ?」
「そうよ。賢司が隣に居るから私も敵の脳天を打ち抜くことに集中できるし…
…って、ちょっとダンパ…ズコバコって何よ…流石に下品だわ」
「我とて賢司が後ろに居てくれるから敵を切り裂くことだけ考えられるし、
毎日の酒が旨くて仕方ないのだ」
「スレーン…貴方は貴方で酒量を控えなさいよ。タダじゃないのよお酒は…!」
「「メチゥは一々細かいゴブ」」
「細かくないゴブ! あんた達が大雑把なのよ!!」
ゲギャゲギャと口げんかを始める三羽ゴブルを微笑ましく見守る賢司。
「「「メチゥお姉さま~!」」」
「あにきー!!」
「「ダンナ様ー!!」」
「「「「けん爺ー! あそぶー!!」」」」
声のする方を見れば、メチゥの妹分を自称する…後の初代ゴブル三賢者となる
ハディスク、パピリュス、ホンヤ三姉妹にウープスレーンとダンパの妻ら&
その子供達がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「おら、お前らの家族が来てるぞ。しっかりしろ三族長……いや、
………ゴブリンランド三大王」
「ん? お? テーペとアンザにガキ共…」
「あらやだ…あの子達もう粘土板まとめ終わっちゃったのね…また新しい書類を
作らせないと…」
「むぅ…ウープの奴め…槍働き衆を放置して何を………はて? そういえば賢司?
今我らの呼び方がおかしくなかったか?」
「そういえば私達の事を族長じゃなくて”王”って呼んだけど…”王”って何?」
「おう! 何か響きからして強そうだな?!」
「何でもねーよバーカ…ほら、さっさと相手してやれ。兄弟分は
責任もって見るってスレーンが言った事を忘れたのか?」
以降有無を言わさず後の初代ゴブリンランド三大王を急かす賢司。この時は
実際冗談半分で言っていたが、近い将来にゴブリンランドに迫る大戦の際に
敵に対して少しでも威信を示すべく為に王という言葉が使われるようになるとは
流石に賢司も予想してはいなかった。
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そして季節も何度か廻ったあくる日のこと。久しぶりに沢山の狩猟や
戦績成果が得られたので蔵を開けて備蓄を放出して色々と祝った翌日の事だった。
「賢司ー! 賢司ぃ! 生まれたぁ! 生まれたぞおおおおおお!!」
「んだよこんな朝っぱらから…」
何だかんだで一番大きな天幕を宛がわれており、メチゥやスレーンらも
宴会ということで一緒に寝泊まりしていたのでダンパが喧しく叫んで
天幕に飛び込んできた為、叩き起こされたも同然な賢司たちはウザそうな顔だ。
「見ろ! 見てくれ! 三番目だッ!! 女だ! 俺の最初のリナの子だ!!」
「む…そうか…道理で煩いと思えば…女の子か…」
「珍しく酒席から中座して居なくなったかと思えば、そういうことだったのね…
おめでとうダンパ。これで貴方個人のバドも安泰かしらね」
ゴブル達にとって女子は大事だ。何しろ仲間を産めるのは女だけなのだから。
何だかんだですぐに死ぬゴブ男より長生きでもあるゴブ女は
ゴブル達にとって縁起も良い。昔の地球人達とは違って逆に男しか産めないだけで
差別されるくらいにゴブル女子の赤ん坊は称賛され祝われる対象なのだ。
そしてこちらでも出産は一大事である。賢司とて今はまだ回復魔術も傷を塞ぐか
弱毒を弱める程度のものしか使えないのでうろ覚えな出産のための
簡単な知識しかないので如何に年に二回産めるゴブルでも色々と大変なので
無事に生まれただけでもダンパがこんな風に喜ぶのは無理のない事だ。
「男2人でも良いが! やっぱ女だ! 女は良いぞ! 女はみんな可愛い!!
メチゥ以外みんな可愛い!!! 女! 女! 女! イエエエエエエア!!!」
「…………………ブッ飛ばしていいかしら。特に股間」
「我思うに、今だけはやめてさしあげろ。ダンパは件の女の赤子を抱いている」
「つーか一々うるせえんだよダンパ…二日酔いの頭に響くだろ…!」
流石に怒りのこもった視線の数々にハッとしたダンパは佇まいを直して
しっかり腕に抱いていた毛皮の”おくるみ”に包まれた赤子を見せてくる。
「あら…ずいぶんと鼻が低い子ね…賢司みたいだわ」
「肌はメチゥと同じで薄紫だな。アンザの子か?」
「そういえばお腹も大分大きくなってたから…でも、予定より早くない?
ねえ賢司…この子、大丈夫?」
「大丈夫だ。健康そのもの。つうかあのダンパの振る舞いでもスヤスヤと
寝てるとか相当な大物の予感を感じるわ。いくら人間より成長早いゴブルでも
中々…っておい、この子ってまだ昨日生まれたばかりだよな…?」
「ゲッギャッギャ!! 生まれて直ぐ母乳をたっぷり飲んでる! 超元気ゴブ!」
賢司は無言でメチゥに合図してダンパから赤ん坊を預かる。
「おう…? ちょうど賢司にまず抱かせようとおもうばぶっしゃ!?」
「母乳飲ませて直ぐに動かすんじゃないわよこのアホゴブッ!!」
「ぶほぁ!? ちょ、待てオレもそこまでバカじゃばべし?!」
確かに賢司が【鑑定】で色々見る限りでは吐き戻しなどの兆候は無かったので
ストンピングさえ始めてたメチゥを止めることにした。スレーンはしれっと
「これはまた呑まねば」と迎え酒をしてたので軽く小突いて止めさせた。
「ゴブぅ…ひでー目にあったぜ…」
「ったく…馬鹿みたいに騒がずに来てれば蹴らなかったゴブ」
「何にせよ今日も遠慮なく酒宴が出来るゴブ。よくやった兄者」
「スレーン。あんま調子に乗ってるとセンブリ茶刑にするぞ」
「ゴブっ?! やめてくれ賢司! アレはダメだ! 折角の酔いが醒めるゴブ!」
「当たり前だろアレは酔い覚まし用だ」
ダンパの女児が小さく欠伸をしたので賢司はダンパに女児を返した。
「んで、次は誰に自慢しに行くんだ?」
「あー…いや、そっちは別に良いんだ。オレが真っ先に来たのは………
このオレの最初の女の子供の名前をな…? 賢司に付けてもらおうかと思って…」
「は?」
「あら。良いじゃない。私も最初の子供は賢司に付けさせようと思ってたわ」
「うむ。先を越されたのは癪だが、こればかりは天の采配だ。一番槍は譲ろう」
正直色々と面倒だったが、退路が無さそうだったので仕方なく今一度
ダンパの女児の顔を見やる賢司。
「お前なりに考えなかったのか?」
「ピンとくるのが無かった…番や女家族の名前ばかり浮かんできて…」
「メチ―」
「駄目。その栄誉はもう貴方の特権よ」
「す」
「こればかりは姉者に同意する」
仕方がないのでそれなりに考えることにした賢司。
「ダンパの子供で最初の女の子ねぇ…んじゃー…アルファ:alphaをもじって…
アルパ…ダンパの最初のムスメなアルパかな」
「アルパ・ミュシュメイ・ダンパ…? 長いな…だが、賢司の事だ。
とても良い意味が込められてるんだろう?」
「……………ん?」
「アルパは何となく分かるけどミュシュメイって何?
私達そのものに関する言葉よね?」
「……………んんん?」
「結局ダンパの何のアルパという事なのだ?」
「……………んんんんん?」
どうやらゴブルの語彙には”娘”という意味の単語が存在しなかったらしい。
仕方ないので説明してやる賢司。
「おう…! なるほどミュシュメイとはそんな意味か! 不思議と良いな!
アルパ・ミュシュメイ・ダンパ! お前はアルパ・ミュシュメイ・ダンパだ!
俺の愛娘のアルパ! いいなコレ! 今後は俺の女の赤子は
全員にミュシュメイの名を付けよう!! ミュシュメイのバドも作ろう!!
たくさんのバドが集うジハ! そこには俺のバドとミュシュメイのバドがある!
ゲギャギャギャギャ!! 今日も飲もう! こんな日は飲まねば!」
「喜びの舞を踊るならその前にアルパを俺に預けてからにしろ」
「おう! 俺のミュシュメイを頼む! ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!」
「あら。じゃあ折角だから私もいつかは真似しちゃおうかしら」
「我にミュシュメイが生まれたらナントカ・ミュシュメイ・スレーンか…
何だ…妙に格好いいな…ところで賢司、男の子は賢司の故郷の言葉で何と言う?」
「それも無いのかよ…一応言っておくと息子だが」
「男は戦や狩りですぐ死ぬからな。余計に必要性が無かったぞ…しかし…
ミュシュメイという言葉は兎も角ミュシュコゥも良い…響きが強そうな女っぽくて
これもこれで長生きしてくれそうだ」
この時の賢司には予想できなかったことだが、代々のスレーン家の子供の名前は
性別に関わらず女性的な響きや意味の名を持つ者だらけになる。何故なら
当時のゴブル達の平均寿命は男女で二倍近い開きがあるのだ。それ故に古代日本や
キリスト教以前のヨーロッパで栄えたケルトにユダヤのような女系または母系の
流れを組んでしまうのは無理のない事だったのである。
「まだまだゴブリンがわかんねぇな…まー兎に角程々にしとけよ…
じゃないと今よりもっとゴブルが増えた時に氏族や婚姻関係で
ややこしくなりすぎて面倒になるかもしれないからな」
「大丈夫よ。賢司がいるじゃない」
「うむ。ダンパは兎も角、アレを見たら我も徒に名付けはしない」
「ミュシュメイ! ミュシュメイ! 俺のミュシュメイ! ゲギャギャギャ!」
「あぅ~…」
流石に眠れなくなってきたのか、小さいにも程がある生まれたてのアルパが
賢司の腕の中で目を覚ました。まだ何も碌に見えていないはずだが、
その目はシッカリと賢司を映していた。
「おっす。オラ賢司。おめぇの名付け親だ」
「………くぁ…」
答えるかのようなタイミングでアルパは小さく欠伸をした。