そのⅧ:第1827期:魔大陸西方大征伐作戦終了。当代西王103世の帰還
魔大陸中西部…未だゴブリンランドの西方征伐軍を阻み続ける修羅の地…
ここにはゴブリンランドの三分の一の戦力でもある西王軍が最大主体である
西方大征伐師団の攻撃力を以ってしても尚、遅滞戦闘を余儀なくされる。
「オオオオオオオアアアアアアアア!!!」
「「「うああああああああッ!?」」」
アスラオーガと呼ばれる平均4m超の三面六臂のレッドオーガ。その一体の
戦闘力は今見せられたように、軽くなぎ払いを仕掛けるだけで戦車が吹っ飛ぶ。
歩兵部隊などに至っては砂くず同然に散らされる。
「もう良い下がれ! 我がやる!!」
「西王陛下ッ!? なりませぬ!!」
制止の声を聞かず、アスラオーガ並みの体高を誇る紫肌のベヒーモス種を
馬のように乗りこなして駆けていくのはどう見ても甲冑のようなボディアーマーを
上に重ねた軍服姿の、これまたどう見ても某世紀末覇者ないしその兄弟の
某新世紀創造主のような見た目をした浅黒い肌の巨漢ゴブリン。彼は腰に剣を
数本ほど佩いているが、それは抜かずに巨大ロボとかが付けてそうな
印象の巨大フルガントレットから極太ビームランスの穂先が如きエネルギーの刃を
さも当然のように出力させてアスラオーガの目線まで飛ぶ。
「ゴブセン流闘拳が一の奥義! ゴブル! ひゃあああくれつけえええええん!」
巨漢ゴブリンが叫ぶと同時に文字通りの百烈拳をアスラオーガに叩き込む。
アスラオーガも然る者で、六本の剛腕でその攻撃を防御する。
「秘孔爆死突!!」
百烈拳では痛痒さえ無いと判断したのか、なぜか巨漢ゴブリンは二本指の軽い
単につついたかのような突き攻撃を加えて即座に離れる。
「ガァ…?」
当然その攻撃を受けたアスラオーガは不可解だと首を傾げたが、その時、
彼の腕は六本とも肘から先が風船のように膨らんだかと思えば弾け飛んだ。
「ウギャアアアアアアアアアア!?」
「愚か…等とは言わぬ…知らぬのも無理は無いのも当然よ…ゴブセン流闘拳が
五の奥義…ゴブル…絶命波…ッ!!」
片手に見るからにヤバそうな感じのエネルギーボールを出したかと思えば
全ての腕が肘から上が無くなってしまったことに理解がまだ追いついてない
アスラオーガの顔面にそれを叩き込んだ巨漢ゴブリン。
今度は一切の間も与えられることもなくアスラオーガの頭は消し飛んだ。
「………陛下! ご無事ですか!?」
陛下と呼ばれる巨漢ゴブリンと肌色こそ違うが、別なベヒーモスを騎馬にする
将官服姿のゴブ女軍人が自分のベヒーモスに乗りこんだ彼の傍に寄ってくる。
「…分かる範囲で被害状況を」
「…はい…」
ざっと見た感じでは部隊の半分以上は無事なようだが、将官ゴブ女軍人…
陛下と呼ばれる巨漢ゴブリンの副官であろう彼女の顔は芳しくない。
「……今期はこれまでだな…相変わらず一年の壁さえ越えられぬ」
副官の報告も耳半ばで懐から取り出した葉巻に火をつけた巨漢ゴブリン。
>>>
西都セイントスレーンから見て中王区の区境線が間近に見えるゴブリンランド
国道566号線を進む軍隊…それはゴブリンランド西方大征伐師団と呼ばれる、
ゴブリンランド最精鋭軍隊である。内訳に地球の二次大戦前後の雰囲気を匂わせる
バイク部隊、戦闘車両部隊、ワイバーン含めた空挺部隊、そんな思いっきりすぎる
地球風軍隊の香ばしさを漂わせる大部隊の先頭を直走るは弐騎のベヒーモス騎士。
「陛下…あまり速度を上げては他部隊の負担が無視できなくなりますよ?」
「む? …ふむ…至獅王号よ、もう少しゆっくり走るが良い」
「バルル…」
併走する副官らしきゴブ女もまたベヒーモス種だが、陛下と呼ばれた
巨漢ゴブリンが乗るベヒーモスよりふた周りほど小さい。
「と、言いますか…何故軍用輸送列車を使わないのですか…」
「セドナよ…それではまた大きくなったシシオウ号をすぐさま賢者様のご尊眼に
お見せできぬであろう?」
「バルル…ゥ」
「…今現在賢者様が何処にいらっしゃるかご理解してますか?」
「今期のご遊覧遊山の御予定は央都メチゥグランドであろう?」
「……先に今から恐れながらお名前を呼び捨てすることをお許しください……
ミレン…! 賢者様は今東都ダンパオーにいらっしゃると連絡あったでしょう!」
「なぬ!?」
西王軍副司令長官…通称”副王”セドナ・ヴェリテ・カガチオロチ(25)が先に
陛下と呼び…名前を呼ばれた巨漢…西方大征伐師団総司令長官にして本名を
ミレン・ヴァレン・スレーン103世(28)…当代のゴブリンランド西王は
おもわず愛馬であるシシオウ号の首が反り返る勢いで手綱を引いたので、
シシオウ号も馬みたいな嘶きで急ブレーキしてしまうため、
後方の師団は”クルマは急には止まれない”車両だらけだから大変なことになる。
―キキキキキイイイイイイーッ!!!
―ぎゃあああああああ!?
―何事ゴブぅ!?
―ガシャン! ゴシカァァァン! ドガシャァァァン!!
―おおおおおおおああああああああ?!
―ギャリギャリギャリィ!!
―ゴブブブブブバババババボボボボボァ!?
「……………」
「………」
後方の惨状を確認したミレンとセドナ。ミレンはゆっくりシシオウ号を降り、
セドナは飛び降りつつミレンの脳天にカカト落しを食らわせた。ミレンは
踝まで地面にめり込むが、ちょっと罰の悪そうな顔をしただけだ。
>>>
三年ぐらいぶりにゴブリンランド東王城の謁見の間にある玉座に座る賢司は
アルパにドラゴンスリーパーを極められていた。何度降参のタップを
しようともアルパは意識が落ちる手前程度の締めを微塵も解こうとはしない。
そしてこれを物理的に止められる数少ない存在のサキィも明後日の方を見ている。
他の八門将軍もデミオーガ四大守衛家のトップ達も「お許しください賢者様…
おいたわしや賢者様…」としか言えない。
「…だめ……! …これ…!! …まじでしぬ…!!!」
「神これくらいじゃ死なないでしょ」
30分くらいそんな状態なので確かに死ぬどころか落ちる気配も無さそうだ。
「………はあ。もういいや。神成分補給も済んだし」
賢司を関節技から解放し、ふわっと玉座の手すりの片側に腰を下ろすアルパ。
反対側には二歩だけ離れた位置にサキィが佇む。
「やー…見苦しい私刑を見せてすまん」
「賢者様。その件に関しましては我ら一同、何もお答えできませぬ」
「で…ミレン達は輸送列車使わないでこっちに向かってるって?」
「ええ…先ほどセドナ副王殿より連絡を受けて部下のほぼ全てはメチゥグランドで
一日休ませた後に列車で向かわせるとのことです」
「いい加減先走る血筋は自重してほしいな…」
「それは別に良いんじゃなーい? 先走らない西王なんてコレジャナイ感が
余裕綽々で感じられるってー? なんてねー?」
「初代…スレーンが先走ったのは後にも先にも第一次赤刑戦役の初戦だけだから」
「そんな昔のことは忘れましたー」
「あ、そう…? 片腕失くしたスレーン叔父さん見てギャン泣きした奴がね…?
あれから2700年以上経ったせいかお前も酷い女になったもんンむ!?」
賢司はアルパに思いっきり口を吸われた。肺の中の空気をマジで吸われて
普通に死にそうな顔になる賢司。悪鬼の表情となったサキィ以外の高官たちは
全員が眼を背け「我等、一切合財の何も見ざる」の姿勢も取る。
「はい、嫌な思い出フラッシュバックさせた駄神への誅罰終了ー☆」
「”神子様と賢者様の純天子から始まる大ゴブル神国”など、認められませんよ?」
「うるせえ黙れ小娘」
「賢者様の意思に反するどころじゃない言語道断うらやま死ねクソが行為…
これは今すぐ私の手で神子殺しの汚名大罪覚悟で極刑執行でしょうか」
「はァん…? 前みたいに両手を引きちぎられねーと駄目かオイ?」
「その前に首を飛ばしてやりますよ?」
賢司が座ってるのも構わず取っ組み合いを始めるアルパとサキィ。賢司はもう
止める気もなかった為、高官らは「アーアーナニモミテナイキコエナーイ」と
輪唱さえ始めだした。ただし賢司の座る玉座の両脇に誂えられた王族用の椅子に
深々と貫禄を見せるように腰掛けている現東王のサイバ・ダンパ97世(37)と
現中王のトリュ・メチゥ89世(41)は傍仕えのメイドや執事らに目配せし、
いつの間にか用意されていたティーセットワゴンで何だか毒々しい色合いの
お茶(?)らしき飲み物を淹れさせ始めた。
「…………【眠れ、死したるが如く】」
賢司はアルパとサキィをアイアンクローして眠りの魔術をかけた。
崩れ落ちるアルパとサキィは一番近いところで賢司の身辺警護をする
デミオーガ四大守衛家のそれぞれの当主が素早く駆け寄り上手に抱えられて
謁見の間の両壁に誂えられている長ソファベッドに安置された。
実に手馴れた動きだったのでもう何度も繰り返されたのだろうか。
「起きたら特製のセンブリ茶を流し込んでやれ。反撃には気をつけろよ」
「「「「畏まりました」」」」
「ゴブ忍四頭領は影に潜んでおけ。必要ならさっきの眠りの魔術のスクロールを
遠慮なく使って反省するまで覚醒直後のセンブリ茶刑繰り返して良いから」
「「「「御意」」」」
デミオーガ四大守衛家当主は姿が見えるが、ゴブ忍四頭領と思われる者たちは
聞いただけでは男女の区別がつかない加工音声だけが謁見の間に響き渡る。
「あー…臨時統合幕僚長トントロ中央陸将」
「ハッ!」
賢司にトントロと呼ばれたのは顔のつくりが豚鼻以外はめちゃくちゃイケメンな
エルフそっくりの風貌をした、西王が本国不在扱い時はゴブリンランド国防軍の
統合幕僚長を担う役目があるカタロース・ポークカツ23世・トントロ中央陸将。
彼が反応したのを皮切りに、高官達も謁見者としての佇まいを正しく直した。
「ミレン達がここまで到着するまでの予想時間は?」
「はい。これまでの機動力であれば最短でも一週間ですが…またシシオウ号が
成長したとのことでしたので、三日以内には到着しますブヒ」
「チッ…悪い、ちょっとタバコ吸うぞ」
「ブヒ?! ご、ご随意に!!」
舌打ちした賢司が懐から愛煙しているタバコを取り出すと、素早く東王と中王の
傍仕えであるメイドと執事がサッとライターとマッチを点ける素振り。
賢司は少し逡巡して中王の執事が出したマッチで点火する。これをさり気なく
見ていた中王トリュは東王サイバにドヤ顔。サイバは忌々しそうな顔だったが、
震える選ばれなかったメイドに「お前は何も悪くない」と手の動きで宥め、
「灰皿を急げ」と合図する。その様にトリュも己の執事に合図。
今現在賢司の両脇にはそれぞれの意匠を凝らした灰皿を構えるメイドと執事という
何とも妙な光景が広がるが、誰も何も言わないのでこれも相当に繰り返された
よくある光景なのだろうか。
「ふぅー…下手すりゃ一日半だな…先代西王妃に連絡入れるか」
今度はサイバが自らかなり大きな…日本で最初に出たデザインによく似た鞄級で
クソでかい携帯電話を持って賢司の下に参じた。トリュは出すときにぶつけたのか
手を押さえて悶絶している。
「あ、ごめんな。サイバ」
「お気になさらず。これもまた東王家の”定番にして当然の栄誉”でございます」
「……!」
ぶつけたのもあるせいか、かなり血走った眼でトリュはサイバを睨む。
しかしサイバはそちらには一瞥さえせず小さく嗤うのみ。賢司以外の高官達は
その光景を見て心臓を押さえたりする者が目立つ。
公においてはゴブリンランド三大王家は対等と賢司が公言しているが、
その実三大王家の水面下の権力闘争は賢司も仕方なく容認している。
だから賢司は三大王家関係者に対しては本当にその場の気分だけで
彼らに接するように勤めている。
―Prrrrrr…Prrrrrr…
「………」
静寂の謁見の間にこれまた昭和チックな電話の発信音がかすかに響き渡る。
「…おっ…お早う、アシュレイ。ごめんなーこんなタイミングで電話してー…
うん。そう、そうなんだよまたミレンがなー…うん…うん…ああ、うん…
そこにヤイバいる? いや、いないならいいや。もう少ししたらミレンが
こっちにつくから、アシュレイはほかの女系家族に連絡つく奴いたら
ミレンのバカが帰宅次第地獄を見せてやれ。どうせミレンはサキィと
同じレベルの生体硬度だから何の遠慮も要らないぞー? うん、うん。今度は
しばらくそっちで過ごすよ。ミレンの悪癖も公開処刑込みで矯正しなきゃだし」
賢司が話しているのはミレンの母でもある先代西王妃なのは言うまでもない。
その漏れ聞こえる会話を聞きつつトリュは自分の携帯電話で自分の家族だか誰かに
ヒソヒソと連絡をしているようだった。
「それじゃあまた後日。レモン食べ過ぎるなよ? あとヤイバには
ちゃんと寝るようにシッカリ言えよ? 責任感じられても俺が辛いだけだしな。
うん…うん…ああ…そうだな…お参りも…うん……あ、メレンはいいよ。
どうせ傍で聞き耳立ててんだろ? うん…じゃあね。盗み聞きしてるメレンは
電話の後で即座に母ちゃんの愛の百烈ビンタで良いから。じゃーね」
電話をサイバに返した賢司はトントロ将軍に笑顔を向ける。
「…で…でででは、明日中にミレン西王陛下の部隊が到着するという体で…
小生の愚案にてお耳汚しさせて頂くことをお許しくださいブヒぃ…!」
「大丈夫だって安心しろよ☆ ミレンいっつもいっつもいっつもいっつもいっつも
良くも悪くもこっちの想定を裏切るのが相場なんだから…ッ!!
あと他のみんなからの意見は随時受け付けるから必ず一回は提案しろ☆
ブレーンストーミング形式で許すからちょっとでも閃いたら言え☆」
三本まとめてタバコをチューっと吸い上げて中王のメイドの灰皿に
ぐしゃりと捻り込む張り付いた笑顔の賢司。
少し離れたところから「「ぶべぇア!?」」と…アルパ、サキィと思われる
女子力ゼロな汚い悲鳴が聞こえたが、誰も賢司とトントロの会話から
一切眼を離すことが出来なかった。
>>>>>>
ミレン率いる西方大征伐師団が東都ダンパオーに到着したのは賢司とトントロ達
ゴブリンランド高官中の高官らが一日夜通し会議して三日以上動きに動き回った
苦労を案の定吹っ飛ばす…実に二週間後のことだった。
「ここに来るのも一年ぶりか…」
「ミレン…あなた、帰ったら地獄を見るのが怖かったんでしょ?」
「な、何の話だセドナよ」
「はぁ…貴方ってそういうときだけは小さなころから逃げるわよね…」
「だ、だだだから何の話だだだと…」
「もう良いからダンパオーの住民達に笑顔で答えなさい…」
―西王様~! セドナ将軍~!!
―今年も西方大征伐のご公務を誠に有難う御座いますゴブーッ!!
―ありがとうございますゴブーッ!!
凱旋帰還をお祝いしてくれる国民達にまだ少し引きつった笑顔で軽く片手を
挙げて右へ左へと返していくミレン。セドナは視線を前方に向けたまま
ミレンにまだ何かを話している。
「……さて…賢者様への土下座をする練習をせねば…」
「まかり間違っても今言うことじゃないでしょ…もう…」
>
公式凱旋帰還報告が滞りなく終わり、割と暇な各部門の最大長官たちを除く
広報関係や事後活動が忙しい者たちが全員謁見の間から退場したことを確認させ、
10分ほど小休止してからミレンとセドナは改めて賢司の方に佇まいを直して一礼
…するかと思ったらミレンだけは美しすぎる土下座をキメた。
「………清清しいな」
「王であるがこそゆえに自らの不徳を理解できぬほどの愚は冒しませぬ」
「だからって兄上ってば…格好悪すぎません?」
何気に賢司が座る玉座の傍―アルパとサキィからは数歩離れた位置でーには
まるで男装した美少女のような顔立ちの若いゴブ男がおり、
彼はミレンを兄上と呼んでなじってきた。
「メレン。お前はお前でまだアシュレイに殴られた顔の腫れ引いてないだろ?
駄目だぞ、そういう感じで無駄に兄弟げんかするのは感心できないからな?」
「うぅ…それは…賢者様が母上に…!」
「盗み聞きしてるオメーが悪いんだっつーの。このメーメー女太郎が」
「アルパ。黙れ」
「もー…神ぃ!? なんでミレンは兎も角メレンにもそんな感じなのさー?!」
「ミレンとメレンが同腹の兄弟だからだよ」
「なんじゃーそりゃー!? 同じ王族って観点ならあたしを最大優先しろよぉ!!
まぁた誅罰で吸っちゃうぞぉーこんにゃろーがー?!!」
思い切り賢司の腿の上に馬乗りしてつかみ掛かるアルパ。
「…おい、ミレン。もうちょっと頭下げたままな」
「御心のままに…我が魂の父上…ケンジ・オーマ・ゴブリンゴッド聖上…」
誰がゴブリンゴッドやねんと言いそうになったが一先ずアルパにまた
アイアンクロー&強烈睡眠魔術をブッ放して下がらせ、服のシワを直してから
ミレン達を見直す賢司。
「もう頭上げていいぞ」
「はっ!」
まるで少年のような雰囲気の喜色満面な笑みでミレンは賢司に顔を向ける。
「改めて第1827期魔大陸西方大征伐作戦お疲れさん。今期も死者ゼロとか
益々歴代西王の最高記録塗り替えるのに余念が無くて脱帽モノだわ」
「勿体なきお言葉にございまする! 予定の征伐範囲さえ未だ未更新です!
この調子では魔大陸制覇など夢のまた夢にございますから!!」
「あのなぁミレン…魔大陸における今のゴブリンランドの領域を制覇すんのだって
ここまでで軽く3000年近くかけてるんだぞ? 単純に考えたってお前、
魔大陸制覇なんてあと6000年掛かっても全然おかしくないんだからな?」
「そのようなことは…!!」
思わず立ち上がって詰め寄ってきてしまうミレン。賢司もその気持ちは
わからないわけじゃない。未だに西王派閥諸侯の直轄地である西方領土には
散発的とはいえ未だまつろわぬオーガ、ウェンディゴ、リザードマン、
フロッグマン、サイクロプス、ラミア&ナーガの好戦的な多数の諸列強民族に
不倶戴天の敵手なギガス、フォモール、モスマン、キマイラ、その他不特定多数の
魔大陸固有のモンスターが跋扈しているのだ。跋扈するだけならまだしも
未だに西方領土の国境を冒さんとするものも後を絶たない。ゴブリンランドの
歴史に於いても最終的に降伏した全てのオーク氏族でさえそこに至るまでに
千年近く争っていた歴史的背景があるのだ。
「けどな…トントロ達を見ろよ。オーク氏族は今じゃゴブリンランドを構成する
大事なゴブリンランド国民だし、南方亜大陸のハーピーやガルダを初めとした
鳥人族との文化交流だって着々と良い方向に進んでる。お前らにしてみりゃ
魔大陸制覇はもう悲願と言っても過言じゃないのだって重々…
百も千も万も承知してる…とにかく時間はかかってるが確実に成果は出てるんだ。
いい加減お前らの死因:老衰とかそういうので穏やかに葬式させてくれ? な?」
「け、賢者様…! このミレンの不徳をお許しくださいませ…!!」
賢司の手を握って男泣きしつつ膝から崩れ落ちるミレン。
「チッ…………兄上、賢者様の御神体に気安く触るとか何考えてるんですか?」
「(舌打ちすんなよ…)メレン。御神体は言い過ぎだ」
「賢者様…っ! ボクはともk……ダメですよ兄上を余計に甘やかすのは…!」
「(隠せ隠せ! 欲望を隠せ! 尻に嫌な汗を掻くわ!)…ははは、悪いな。
お前もそうだが、こいつ見てるとイシルみたいでつい…」
顔だけならメレンの方が四代目西王イシル(歴代西王の数少ない女王)に
よく似た美少女顔だが言動はミレンの方が似ているので、顔面通りに…だが、
同性愛者であり賢司の尻を狙う大胆不適傲岸不遜なメレンであっても、
ついつい甘い対応を取りがちになる賢司である。
「………そうですか。ボクはそんなにイシル高祖母上に似てますか…?」
「え、あー…おーいサキィ」
すすすっと近寄ろうとしたメレンにアスタリスク(*)ピンチを感じたので
賢司はサキィに一言言うと、サキィは普通に魔刀キルゼムオールを召喚して
メレンの首筋にピタリと刃先を突き付ける。
「ミレン様は論功勲章で容認しますが、メレン殿下の行為は不敬と判断します」
「…ははは、嫌だなぁエネミーテイカー星門将軍閣下…ちょっと賢者様に
近づいただけじゃァないか…? たかが軍閥トップ程度の貴官がこの西王族の
正統血族たるボクにそんな真似しても許されるって本気で思ってるのかい…?」
綺麗な顔を少し歪ませた笑みでしれっと腰の剣を抜いていたメレン。
これにはミレンもバッと立ち上がってメレンとサキィの間に入る。
「御前らは何をしておるのだ! 賢者様の御前ぞ!!」
「代々剣聖が当然な西王のくせに剣術クソザコな兄上は黙っててくれません?」
「ミレン様。原因の一因は貴方様の賢者様への越権過剰なスキンシップですよ?」
「うぬぬ…!」
セドナは額に手を当てて渋面を作り、イスキゥは天辺の薄い頭髪を握った。
「うおぉい…西部のクソガキ共ォ…! 面白そうなことやってんなーオイ…?」
「「!?」」
眠らされた後の復活早々のセンブリ茶刑で不機嫌度がマックスハートな
アルパが登場したことで各々は刃を収めて最初の定位置に戻った。
「おー、アルパおかえりー」
「ただいまー…っていうかさぁ、神ぃ…センブリは心にもクるよー…?」
「大丈夫だって慣れりゃ問題ねえよ」
「慣れねーよ! 神だって偶に味見して叫ぶだろー?!」
「まぁアレ普段から飲む物じゃねえからな。そもそも立場を弁えないお前ら用の
スーパーお仕置き用で死ぬほどマズく調合したヤツだからな」
「ひ、ひでー…! 神の鬼畜! 鬼畜神! 罰として今日こそ種――
「次は目覚めセンブリ茶鼻から直注入+一週間口利かないコースがいいか?」
「……ごめんなさい」
場の沈黙も何だかフワッとした感じになったので柏手を一打ちする賢司。
「んじゃーそろそろ俺らも俺らで西方征伐大慰労会に参加するとしますかー!」
>>>
国立体育・武道館や大ホールといったものは東都ダンパオーの方が多いので
今日みたいに西方征伐大慰労会のようなイベントは専ら東都で開催される。
「アルパ様…」
「およ、カガチオロチの…どしたのー?」
王族でも山爵(旧侯爵)以上の者達に宛がわれることの多い区画でアルパを
見かけたセドナは軽く人目を気にしながら話しかける。
「”大神国”の進捗について少々…」
「詳しく」
アルパ率いる多大公家が三大王家の権力闘争を監視しているというのは事実だが
だからといってアルパが単なる調停役をハイそうですかと引き受けるわけがない。
何しろ黎明より生きる神子とされて2700年以上生き遅れのお預け状態である。
魔女どころか大魔女神になってるのだから色々と思うところはあるだろう。
「…ほーん…? ともすればオクサレンズの綱紀粛正も強めないとダメかねー?」
腐慧眼…ゴブリンランドにおける同性愛者を薄い本などで支援・愛好する
ゴブリンランド版のBL腐女子&百合腐れ男子達の総称である。
ちなみにゴブリンランドでは男性の同性愛者をヤオイスト、女性版をユリニストと
呼称し、少なからぬ性少数派:セクシャルマイノリティとの軋轢や因縁がある。
同性婚については法律で禁じたりもしてないし賢司も煩く言わない。
現在ゴブリンランドの総人口は2億に迫る勢いだが出生率が適性出生率まで
下がらないので西方征伐以外での抑止力という意味でも容認しているくらいだ。
「メレン様がもう少しだけ自重してくれれば良いのですが…」
「ま、しゃーなしでしょ。あたしだって種族違っててもなお神が大好きだし。
恋愛観くらいはよっぽど醜悪に歪んでなきゃ別にいいと思うし? ……まー
そう考えると神とあたしって30近く年の差あるからなー…神ってロリコンが
どうのとか酷く気にするしなー…はぁーめんどくせーマヂで…」
「2700年以上共になさってなお年齢の隔たりとは…」
「まーあたしが9、10歳(人間基準13~14歳)の姿で不老化してるのが
神にとっては厳しいらしんだよねー…神の故郷では3400年くらい前だったら
その年頃でも結婚普通だったらしいんだけどさー?」
「思っていた以上に”大神国”の道は遠いですね…」
「かと言ってあたしは西部の猛進ども程に絆されてはやらんけどねー!」
アルパは思い出す…
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―マジハニトラにはガチトラップも辞さぬ。覚えておけ当代東王、中王。
そして当代多大公家副総代よ…その時はゴブリンランド史上最悪の
大内戦国時代への大転換期であると!!
―はい…!
―末代まで心得ましたわ…!
―………最悪はアルパ様を誅する所存です
―いや、アルパが単純に実の子供が欲しいってだけならダメだからね?
その場合は…………別に………可能性……ゼロってわけじゃないし…
―えっ…? いえ、それであればアルパ様に直接…
―馬鹿野郎、"言質取ったどー!"って確実に暴走すんだろうが。
お前生まれてから今までアルパの何を見てきてんだよ? この国を滅ぼす気か?
―滅相もありません! 失言で御座いました。お許しください…
―……だ、そうです
―…フヒヒ…! しょ、しょーがにゃーにゃー神ったらぁーもー☆
ふひ、ふひひひひひひぃ…!!! だァから好きんにゃるしかにゃ~にゃ~ん☆
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「フヒヒ…ふひひひひひぃ…! アレで千年は戦えたぞ神ぃ…!!」
「あ、アルパ様…?」
「セドナちゃ~ん☆ 万事上手く行ったら大神国筆頭側室は邪魔者を実力行使で
排除してでも付けさせてあげるから期待していいよーん☆」
「は、はぁ…それはとても恐悦至極ですけども…?」
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各々で盛り上がっている西方征伐大慰労会の会場で、賢司は盛大な
クシャミを飛ばす。その先には幸か不幸かミレンとメレンがいた。
「うをっ!? 賢者様?! 大丈夫ですか?!」
「……………………け、賢者様のドロッとした粘液が…ボ、ボクの顔ににに…!」
片や意に反さないミレンと色々とヤベー領域の恍惚な顔のメレンを見るが
とりあえずミレンがハンカチを差し出してくれたのでそっちを優先する賢司。
「あー…すまんすまん…ちょっと飲み過ぎたかな」
「では賢者様、良い場所があるのでボクがお連れあべし?!」
嬉々としてメレンが賢者に言い寄るもミレンの一撃で沈む。
「八発も叩き込むとか…ますます腕を上げたなミレン」
「剣術無才が故に…我が身その物が聖剣足るべしと修行しております故に…」
「先に生まれたのも含めて、お前が当代西王で良かったよ」
「ありがたき幸せ…ところで賢者様、冷えるというのであれば…
このような火酒で再燃させてしまえば宜しいのではありませぬか…?
御無礼御承知の上で…ここは一献…我と一気飲み勝負を御所望いたしますぞ?」
「おっ? 良いねぇ?」
「おお?! これはまた中々なイベントではありませんか!
我らもご参加してよろしいですかな?」
「あー良いよ良いよ良いよー☆ んじゃー件の火酒をありったけ持ってこいや!」
―うぇーい♪
賑やかな酒宴の裏で大小様々な陰謀的なナニかが渦巻いているのは
3000年近く生きてきた為か賢司も重々承知ではあるが、
根は小心者で事なかれ主義なので何だかんだ息子のように可愛がっている
西王やその取り巻き達と楽しい酒飲みタイムにばかり意識を向けるのであった。