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そのⅠ:魔大陸の覇権国家? その名はゴブリンランド!?

いつもの病気。


ゴブリンとは、人界においては基本魔物でありその流れを汲む亜人族である。

まれにガブリンとも呼称され、さらには以下の様々なイメージもある。


ゴブリンとは、邪悪な、または悪意をもった精霊である。


ゴブリンとは、悪戯が好きで意地悪な(だが邪悪とは限らない)妖精である。


ゴブリンとは、ぞっとするような醜い幽鬼である。


ゴブリンとは、ノームまたはドワーフのこと(またはその一種)である。

(注:これには多くのドワーフ族からの殺すぞゴルァ級のバッシングがある)


従って、伝承や遭遇記録によってその描写は大きく異なるが、

一般に醜く邪悪な魔物としての亜人族として扱われるのが基本だ。

またコボルトは上記のゴブリンのイメージに重なる事もある。

なので地方によってはコボルトもゴブリンと同一視されたりもする。

なおホブゴブリンは、密かに家事を手伝う善良な妖精という伝説もあるが、

後世ではゴブリンの上位進化種族という認識が一般的だ。


<以上、人界共通伝記:流浪騎士ペールトン魔族・亜人覚書より抜粋>


 天授暦1506年。人界領域ことノ=アーク大陸全土に衝撃が走る。

情報源である人界国際協商連合いわく、

「隠者大国アルヴェンライヒヘイム、"霧の大海"を超え、魔大陸進出を決行す」


 それは人界にとって驚きを隠せなかった。アルヴェンライヒヘイム…

人族の中で最も歴史が長く、そして最も他種族との交流を求めない亜神人エルフ族の国。

それがエルフのエルフによるエルフの為の国…隠者のみやこアルヴェンライヒヘイム。

だから少なくとも後二千年は鎖国(※付き合う国家を選定する)すると、

人界の他諸国は何処もそう思っていた。


 アルヴェンライヒヘイム最新鋭ギガント級魔導戦列艦"ヴォルフガング"は

長年人界領域に暮らす者達を阻んできた大陸西部の"霧の大西洋"を突き進む。


死孔鯨デスホエールの反応は?」


 ヴォルフガングで提督の任を預かるツィエールタン少将は魔術観測官に聞く。


「ありません、鯨妨害魔力波装置ヴァルシュトロゼンダーも正常稼働中です」

「よろしい…ふふふ…流石は我が祖国マインライヒの力…!」


 今まで晴れた日に西の海の彼方に望める魔大陸に挑む者達は後を絶たない。

というのも大きく迂回…それも特殊なルートで魔大陸に移り住んだドワーフ達が

人界領域に交易でもたらすす物がどれもこれも珍奇貴重で高品質だからだ。

殆どの者達はドワーフらを頼るのが精一杯だが、やはり人の業は深い。

直接魔大陸に乗り込んで魔大陸にあるだろう数多くの希少な品々で

一旗上げんとするのも仕方のないことなのだろう。だが、ドワーフを

頼らず…仲介せずにに魔大陸へと渡る手段は西の"霧の大西洋"を超えるしかない。

無論霧の大西洋以外にも海路ルートはあるが、スキュラ族、ネレイド族の

係争海域、クラーケン族の繁殖海域、あるいは東方の海龍群が蔓延る

レビアタン大東洋しか海路は無いのだ。仮に東のルートで魔大陸に

到達したとしても…魔大陸前の北部、南部の大島に生息する大蛾人モスマン

キマイラの脅威を乗り越えなければ魔大陸への上陸など無理に等しい。

モスマンもキマイラも空から襲い掛かってくる危険度:星7ツ級の魔物なのだ。


 そんな状況であるからドワーフ達とは長年良好とは言いがたい関係にある

エルフの国アルヴェンライヒヘイムもここ100年未満で技術、魔術的優位性を

ドワーフ達に超えられつつあることが腹立たしかったのだろう。

それだけではない理由もある。アルヴェンライヒヘイムのエルフたちは

渋々ドワーフ達と交易する際に、彼らの趣味ではなさそうな交易品の数々…

列挙すれば上質の米…水のように清んだ酒…ミズォ、ジョウユ、トュウフッなる

エルフも愛して已まない大豆で作られたという食品…カットラーナなる

鉄の芸術とも言える湾曲剣…キモーノなる体型を選ばないうえに

見事な刺繍のなされたシルクの服…良いスープの素になるスゥィタケ茸の干物…

アンクォーロモッツィ、凄まじく甘い品種のエルドビア入りのダイフークゥなる

エルフも大好きな小豆と砂糖を贅沢に使った餅菓子…この列挙された交易品は

貴族を初めとした数多くの者達から需要が絶たない…故に中卸など介していては

いかに大国なアルヴェンライヒヘイムとて財政が破綻しかねない勢いだ。


 だからこそアルヴェンライヒヘイムは先に挙げた嗜好品の数々を

ドワーフを介さずに得るべく魔大陸へと進出することを閣議決定したのだ。


「あれらがドワーフ共の製品でないことは確かだ…やつらとて己の国の技術を

ホイホイと渡したりしない事は我々が最も熟知している…!

ミスリル銀の冶金技術は今更だが…これ以上連中に遅れをとってなるものか…!」


 何よりあの苺入りダイフークゥの豆餡菓子に生の果実をブチ込むという

型破りな…それでいてあの繊細な味わいは大胆だが

性根が粗野なドワーフ如きに出せる味ではない…! ツィエールタンは

思考が現実から離れていることを口角から漏れていた涎を拭う事で思い出す。


「提督。間もなく魔大陸の…ヴァァスッ(何だぁ)!?」

「何だ!!」


 冷静から突然の叫びにツィエールタンは観測官に駆け寄る。


「ヴァルシュトロゼンダーは正常ではないか…どうしたというのだ?」

「ぜ、前方に…!」


―おい、嘘だろ…!?

―何で魔大陸のこんな所に…!?

―俺らはネレイド族の幻術にでも掛けられてるんじゃないのか…?!


 既に他の乗組員たちも狼狽の声を上げる中…観測官が指差す方向には…


 【ようこそ! 遠路遥々ゴブリンランドへ!!】と…


 人界の交易語であるアルト語…やたらピカピカ点滅するアルト文字で

そう表記される看板が目立つ…戦列艦が艦隊クラスで丸々収容できそうな…

だというのに無人で巨大な港と思わしきものが見えてきたのだ。


「て、提督…?!」

「…我々は…エルフであるこの我々が…よもやネレイドやセイレーンなんぞの

幻術に集団でかけられたとでもいうのか…?!」


 と、呟いた所でそれもおかしいと断じた。そもそも幻術は相手に

冷静さなど与える意味が無い。冷静さを欠くからこそ幻術は幻術足りえるのだ。


「魔力反応を急げ!」

「や、了解ヤー!」

「…は、反応ありません!!」

「接岸は可能か!?」

感知魔力波マジックソナーには罠らしき反応なし!」

「……念のため全員第一級戦闘配備! 待機要員も全員だぞ!」

「や、ヤー!」


 やはり魔大陸…危険海域を抜けただけで上手くいくはずも無かったかと

ツィエールタンは親指の爪を噛んだ。


>>>


 恐る恐る港に接岸し…ビクビクしながらヴォルフガングから降船する

アルヴェンライヒヘイム魔大陸調査兵団の者達。


「これは…まさか…我が国でもまだ完全実用化には至らぬコンクリートか…!?」

「やはり間違いないです…でなければこれほど継ぎ目の無い石工の港など…!」


 ツィエールタンは港の作りからして驚愕するしかなかった。

人界の港の標準は砂浜のある海岸に木製の桟橋…というのが基本であり、

相当な大国でも天然の岩礁地帯に全てが石工でなどというのは

アルヴェンライヒでも帝都直轄地以外ではまず存在しないというか、

そもそもドワーフでもそこまで実用化に至ってない完全コンクリート製…

というのがどうしても信じられないのだ。信じられなさ過ぎて

何度も何度も魔術師総員で鑑定魔術をかけたくらいだ。


「…霧が晴れたら…どんな光景が広がっているのだろうか…」


 見てみたいが見たくないという感情が渦巻く中…ツィエールタン達は

まだまだ濃い霧に包まれる前方から…


 ウィルオウィスプの上位種の群れかと思うくらいの強い光度の

光の玉の数々を見る。


「やはり何かの罠だったか!?」

「しかし魔力反応が全く…!?」

「ナヌー?!」


 その報告に耳を疑いつつもツィエールタンは全員に構えを緩めるなと厳命。


「Ho…Honnto ni kottigawa kara hitoppoi no ga kita gobuyo?!」

「Konnna no goburinrando hajimatte irai no koto ja ne-gobuka?!」


「「「!?」」」


 前方から聞こえてきた聞きなれない言葉に調査兵団の面々は驚愕するが、

彼らの驚愕のピークは丁度霧が晴れた瞬間にやってくる。


「な…何だこいつ等…!?」


 数多くの光の玉は小さな機械式ランプの光であり、それを身につけているのは

アルヴェンライヒヘイムの意匠に近い形式の魔術師用軍服らしき服に身を包む、

肌の色も緑、黒、灰その他多彩な肌色をした大きな長耳の…

これまたアルヴェンライヒヘイムではまだ精鋭部隊にしか配備されていない

銃剣バヨネットに良く似た武器+銃器なのだろうが見たことの無い

重火器類に大剣、大斧、大槌、大槍と思われるこれまた多種多彩な武装の…

人族に良く似た粒揃いな美形といって差し支えない顔立ちの、

小人族と思われる者達の大集団がいたのだ。


「な…何だなんなんだお前達はぁ!?」


「Uwo?! Kore Jinkaikouekigo?! Oi dareka Jinkaikouekigo no tuuyaku!!」

「Haihai! Ore dekirugobu! …えーテステス…コホン!

そ、そっちこそ何者ゴブか!? お前ら侵略者ゴブか!?」


「ご、ゴブ…?! まさかお前らゴブリン族の類なのか!?」


「な、何を当たり前の事を言っているゴブか!?

俺達がゴブリン族じゃないとかそんなの我等が国父の賢者様に失礼ゴブよ!!」

「O,oi…Yappari Hatimonsyougun no dareka wo yobi ni…」

「Kono Bakagobu!! Kenjasama ga gakkari surugobu!!」


 エルフ達が混乱するのも無理は無い。人界におけるゴブリンは極一部を除き

その殆どが古今東西魔物と言っていいレベルの亜人族なのだ。

しかしこの目の前にいる人族基準で可愛らしい顔立ちの少年少女じみた顔をした

侮るわけにはいかない武装に身を包むこの小人達は自らをゴブリン族と

断言するような物言いで返してきたのだ。確かに肌色といい、黒い眼球に

夜中に怪しく輝きそうな紅い瞳は彼らがゴブリンであっても不思議ではないが…

基本ゴブリンは人族基準で醜悪な顔立ちが普通で、そうでない場合は

人界でも唯一人族認定されているヴァリ族か危険度8ツ星の

ハイゴブリン・ロード種のみなのだ。


「『ど、どうするゴブ? 撃っちゃう? 討伐しちゃう?』」

「『こんのアホゴブッ! 交易語喋ってるだろゴブ! お前国際問題になったら

大神子アルパ様や国父たる賢者様に殺されるってレベルじゃ済まんゴブよ!?』」

「『でもこいつら普通に霧の海域から来たゴブよ!?』」

「『わざわざ危険な海域を一隻とはいえ一応戦艦で来てるゴブ!

西の知遅れオーガ族や糞馬鹿トロール族なら兎も角!

わざわざ危険海域を越えてくる連中なんてきっと碌でもない連中ゴブ!』」

「『やっぱり八門将軍の誰かを呼んできたほうが…』」

「『だぁあもうアホゴブだらけでどうすんだゴブうううう!!』」


 エルフ達も未知との遭遇でストレスがピークに達しそうだったが、

彼ら以上に自称ゴブリン族の武装大集団が何か捲し立てて言い争うので

何かを切欠に戦闘が発生しそうな雰囲気が双方を包むかと思われた矢先、



「待て待て待て待てぇ~い!! 双方待てぇ~い!!」


「「「!?」」」「「「『賢者様ぁぁぁッ!!』」」」


 エルフ達と自称ゴブリン達の間に立つように…しかしながら高高度から

人界交易語で叫びながらふわりと降り立ったのは…確かに賢者っぽい格好をした

人間族らしき片眼鏡モノクルをかけた年頃は人族基準で30代と思わしき男。


「『うわああああん賢者様あああああああ! 痛いゴブ!?』」


 自称ゴブリン達のリーダーと思われる者が半分泣きながら

人間族の賢者風の男に駆け寄るが、男は賢者っぽい杖で軽く

そのゴブリン(?)の頭を叩く。


「自分達で何とかしろっていうのは! 内政の話であって! 外交関係云々は…

全く知らない外国人相手への対応はその限りじゃないって言っただろ!!」

「『賢者オーマ様! それならそうと言ってくれないと困りますゴブぅ!』」

「『オイラ達はオーマ様みたいに空気なんて読めませんですゴブぅぅ!!』」

「まだダメなのかよ…もう建国2770年超だぞ…あと不審増すだけだから

大参鬼帝国オーマゴブル語じゃなくてアルト語使いなさい。必修科目なんだから」


 エルフ達は現れた人間族の男に動揺を隠せない…顔立ちは人界領域東方にある

"鳴海ミンハイ五王国"の人間族のような黒髪黒目の平面顔に近い顔立ちだが、

彼から漏れている魔力の気配が明らかに尋常ではない超高質クラスなのだ。

さりげなく彼を魔力鑑定したエルフの数人が文字通り青くなったのが

その証拠として十二分に申し分ない。あの反応は酒乱中のドラゴン族と

相対したときのような反応だったのは余計か。


「あ……! いやいやいや! これは誠に申し訳ない! ウチの馬鹿ゴブリンどもが

皆様に…ぬほッ?! マジでエルフ!? …ああ重ね重ね申し訳ない!

皆様お怪我などはございませんか?」

「え、あ、いや別に我々は…」


 エルフの目を以ってしても尋常ならざる質の魔力を内包しているであろう

賢者風の男は妙に腰も低くそれでいて礼儀正しい言葉遣いで

にこやかにエルフ達に歩み寄ってあまつさえ握手すら求めてきたので

ツィエールタンはついつい条件反射で男と握手を交わした。


「はいはい。お前ら、戦闘配備解除しなさい。このエルフさん達なら

俺がちゃんとお話しするから」

「しかし賢者オーマ様…!」

「大丈夫だから。むしろこっちが敵意無いことを示すのが最低限の礼儀だぞ」

「は、はいゴブ! お前らも武器を下ろすゴブ!! 総員休め!」

「総員休め!」

「「「ゴブッ!!」」」


 賢者と呼ばれた男…オーマの一言から統制感バッチリな所作で全員が

"休め"のポーズを執ったことにもエルフ達は驚愕を隠せない。

というかもう彼らの中のゴブリン常識がバキバキとブッ壊れていく。

たとえハイゴブリン・ロード種であってもここまで統制の取れた

大集団なんて人界では前代未聞なのだ。


「いやいや…本当に申し訳ない…この間ウチの大陸西方でトロールキングが率いる

スーパーブリゲード級7個師団クラスな大群体相手にドンパチやったばかりで…」

「は…? え…?」


 ツィエールタンはオーマの言っている事が理解できるようで

理解できない反応を示した。スーパーブリゲード級なんて天授暦1027年…

エルフ暦だと2646年の479年前以来の規模なのだ。今だ一般的ではないが

魔大陸は人界領域たるノ=アーク大陸+αの五倍以上広大だとは知られているが、

だからといってそんな規模のモンスター群が最近も出てくるとか、

やっぱ魔大陸おかしいだろとツィエールタン以外のエルフも

ポカーンと要領を得ないのも無理は無い。


「えー…とお…? 何はともあれ、ようこそゴブリンランド大参鬼王国へ!」


 結局エルフ達はそのテンションについていけなかった。


>>>


 それは馬型ゴーレム馬車に同乗するオーマが先も言った

ゴブリンランド大参鬼王国なる未知なる国家の都…

東都ダンパオーなる場所への案内道中でもそうだった。


「わ、我々をどうなさるおつもりなのですか…?」

「え? 我等がゴブリンランドの東王区首都にお迎えするつもりですが?」


 本当に魔大陸の住人なのか疑わしいレベルで流暢なアルト語で

なおかつやっぱりその辺の平民が気さくに話しかけてくるような感じで

返答してきたオーマであったが、ツィエールタンは落ち着かない。


「(こんなものは護衛という名の陸空完全包囲連行だろう…?!)なる、ほど…」


 ツィエールタンがそう思ってしまうのも無理は無い。用意した

大陸横断用のゴーレム馬車を囲むのはヴァナルガンド種と思われる銀毛の大狼を

それこそ馬みたいに乗りこなす騎狼武者ヴォルフェンリッター……そして空には

これは誰がどう見てもそうとしか言えないゴブリン(?)ワイバーンライダー。


「…あれは…戦闘用自動車カンプフヴァーゲンです…よね?」

「あ、はい。そうですね。部品は情けないんですが4割がドワーフ大王国製で…」


 お前は何を言ってんだと喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで、

ツィエールタンは今一度その…残り6割がゴブリンランド製だという…

今だドワーフ達もそこまでは至っていないほぼ全てが金属製の

戦闘用自動車…そして…姿こそ目視できないが…明らかに

此方を伺う妙な視線をあちこちから感じるのだ。


「……おいこらー! お客さん相手だぞゴブ忍部隊!!」

「ゴブ忍!?」


 オーマが馬車の窓から顔を出して叫んだことでそれも確定した。

隠密職ではトップクラスのニンジャ系も普通に潜んでいるようだった。


「あー…いやいや本当に申し訳ない…この間南部のグザファン樹海で

フォモール族相手に酷い目に遭わされてから終始ウチのゴブ忍・コボ忍の

ニンジャ部隊が無用な緊張を与えちゃって…」

「い、え…我々も外国人相手にはやりますから…」

「へえ! いやー良かった…人界でも常識的だったんだ…」


 んなわけねえだろ! と言いたいのを必死に堪えるツィエールタン。

しかもコボ忍とかまた聞き捨てなら無い単語も出てたので、

余計に彼の心中は穏やかさからはかけ離れていた。


 同乗している他のエルフ達は口には出さないが

「もう祖国には帰れないんだ…」と、悲壮感が酷い。


「あの…賢者殿?」

「ハハハ…それはウチのゴブリン共がそう呼んで止めないので

仕方なく呼ばせてるだけですよ…俺はオーマ…ケンジ・オーマって言います」


 しれっと自己紹介されたのでツィエールタンも条件反射で自己紹介をする。


「あ、これは失礼…私はこの調査兵団の司令官も兼任するツィエールタン…

ツィエールタン・イムラトリス・マルキ3世です…」

「おお…候爵さんですか…いやー懐かしい…候爵なんて1242年前以来だ…」

「お、オーマ殿の国では貴族は居ないのですか?」

「え? あー候爵以下の貴族制度を廃止しただけで王族と士族は居ますよ?」

「な、なぜまた廃止を…?」

「いやー…ウチのゴブリン達って下手に階級差設けるとやっぱ俺の知ってる

人間と同じかそれ以上にダメな選民思想に染まっちゃうんで…

そういうわけなんで士族以外はみんな平民にしようって千年位前に

法律も制定したんですよ…あー…あの時は大変だったなぁ…

ついつい中央集権封建社会とか再現したくてやってたことだったから…

もう色々と後始末がマジでホントに糞面倒くさくてしょうがなくて…

特にオーク族の反発が強くて…全員が土下座して泣きながら

"貴族位を捨てたくないブヒイイイイお慈悲をををを!"って…」

「な、なるほど…」


 このオーマの言い分を分析すれば…ゴブリンランドは超軍事政権を匂わせる。

というかゴブリンランドにはオーク族も居るというのが信じられなかった。

オークといえばゴブリンに並ぶ人類敵種代表格の亜人族だったはずだ。


「んまー…ゴブリンランドの外が敵性種族だらけなのが功を奏しましたよ…

国民皆兵制度導入しなきゃまた地獄めぐりだぞ! って言えましたし」


 国民皆兵制度…臭わせるレベルじゃなかった。やはりゴブリンランドは

人界のヘルツラント騎士団連盟やタタルシア十六士国同様の軍事政権らしい。


「あ、そろそろダンパオーの建物が見えてくるかな…

えーと…イムラトリス侯爵閣下も見えますかね?」


 促されるままにツィエールタンも窓から顔を出してオーマの指し示す方を見て、

その景色を見た全員が絶句した。


 地上何階分あるのか数えるのも嫌になるくらいの陽光を照り返す高層建造物が

それこそ数えるだけで気分が悪くなるくらいに乱立し…もう驚きたくなかったが

道路は全部コンクリート製だというのがわかるし、夥しい数の自国とは

比べ物にならない精巧な作りをした自動車がブオンブオンと行き交っていた。


「ここが一応我が国では最大の都市って扱いになってる東都ダンパオーです」

「「「………」」」



 エルフたちはもう考えるのも馬鹿馬鹿しくなっていた。

だが心のどこかでこれが幻術の類であってほしいという願いもあった。


>>>


 ダンパオーなる大都市に入ってからは、ゴブリンランド製の

大型観光バスなる大人数収容可能な大型自動車に乗り込み、

「僭越ながら私オーマがガイドさせていただきます」と喜色満面のオーマの

観光ガイドが始まる。


「えー右手に見えますのがー…何か国民食になっちゃった

バーガーチェーン大手のミノタウロナルドバーガーの本店でー…

左手に見えますのがそのライバルになっちゃったモスマンバーガーの…」


 エルフたちはオーマの言っている事が半分以上理解不能だった。

というか、街を行き交う人々が…確かにゴブリンの特徴を残す者達ばかりである。

中には普通にゴブ顔をしている者もいたので、そこには何故か安堵したくなった。


「えー…まー…皆さんご存知の通りかとは思いますがー…

ゴブリンはちょっと性欲が旺盛なのでー…俺としては不本意なのですがー…

ラブホ…あー娼館ルパナルがたくさんありますー…」


 正直もうオーマのガイドはお腹一杯だったが、誰が彼を止められるのだろうか。

何しろ彼の姿を確認した…ゴブリンランドの人々が口々に「賢者様ー!」とか

「国父様ー!」とか言って盛況するのだ。これでこのオーマが唯の人間の

魔術師じゃないのは嫌でも確定した。というかどう考えても支配階級だった。



>>>


 エルフ達は…案内された王国ホテルの大部屋の隅っこで

縮こまるようにテーブルを囲んでいた。


「……これが幻術じゃないとか…」

「苺ダイフークゥやミズォ、ジョウユ、トュウフッにそれを使った料理の数々…

カットラーナにキモーノ…そしてこのスゥィタケ茸の大量袋詰め…!」


 見たもの、聞いたもの、味わったもの、体験したもの全てが…

あの腹立たしいドワーフ達が持ち込んでくる交易品をさらに

アップグレードしたような…本場の一品としかいえないものの数々に…

もうエルフ達は認めるしかなかった。


「この国は…ゴブリンランドは色々と常軌を逸している…」

「あのオーマという男は…やはりこの国の支配階級で間違いないかと…」

「しかし人間族はあの男一人しか確認できてないのが妙だ…」

「さりげなくゴブリンランドの平民を何人か鑑定したのですが…

種族にことごとくハイゴブリン・ロード種と…出たんです…」

「提督…」

「提督…!」

「提督ッ…!」


 ツィエールタンは答えた。


「…あの…オーマ殿に掛け合って…大至急本国に帰らせてくれと頼みこむ!

このままではいずれ何も知らない本国から救援部隊が派遣されるし…!!

もしもそれで先日のような出会いから戦端が開くようなことがあれば…

…我等がアルヴェンライヒヘイムも絶対無事では済まぬ…! 彼我の国力差が

見てきただけでも相当だ!! 第一戦闘用飛行機って何だ!? 

ワイバーンいるじゃん!? 戦車ってチャリオットじゃないのかよ!?

何だあの金属の塊?! フレイムトータスかと思ったわ!!

あとバーガーって何?! ブロート(パン)に挽肉団子ハンブルグステーキ

挟むって発想はわからんでもないが!? 普通に新鮮な野菜も挟んでたよ!?

あとあの苺ダイフークゥがアホみたいに安い値段で買えたよ?!」

「提督落ち着いてください!!」

「うるせぇシャイセこんのばっかやろう!! おうちかえりたい!!」


===


 どこかの一室で、投影魔石から出力される喧々諤々なエルフ達の立体映像…

それを見て顎に手を当て咥えタバコで「んん~~~!?」と唸るオーマ。

傍らには最初のゴブリン達よりも立派な軍服を着た八人のゴブリンと

悪魔的な翼を四枚生やした耳がゴブリンな薄紫肌色の美少女一人に

豚っ鼻を除けば人族基準で超美形な人っぽい者達…多分オーク達の高級軍人や

やはり人族基準で美形な顔立ちをした…多分オーガ族の高級騎士も

10数名ずつ控えている。


「なんかすっげーあーでもないこーでもないと言ってら…」

「無理も無いですブヒ賢者様。彼らの格好からして我が国の

7、8世紀くらい前の近代風ですブヒ」

「預かったゴーレム馬車のテクノロジーでさえ5世紀遅れと言えます」

「え、マジで? 道理で尻が痛いと思ったわ……あーでも漸く

ゴブリンランドもドワーフ以外の人族国家と交流できそうだな…

早くこっちの世界の人間族に会えたらいいなぁ…」

「ねーかみー。無理して他国と国交樹立しなくても良くなーい?」

「アルパうるせえ」

「ちょっと八門ー? この神あたしを無視するんだけどー?」

「アルパ様…あなた様の義父でもある賢者様相手に

我々にどうしろと言うのですか…?」

「あんた達権限的には神の次でしょー? あたし象徴王族だから

この神に文句言っても強制力ゼロなのよー?」

「大神子アルパ様…ご冗談はお止しくださいブヒ…強制力なら

初代ダンパ倒王の嫡女たる貴女様以上の権限は賢者様のみですブヒよ…?」

「うーわ使えねー…あとオークのあんたに聞いてないんですけどー?」

「ブヒィ?! お、お許しくださいアルパ様!!」

「アルパ! うるせえって言ってんだろ!!」

「何よー…そんな怒鳴らなくたって良いじゃんかー…ぐすん」


 アルパと呼ばれた悪魔っ娘風ゴブリンの少女は目に涙を貯め始める。


「あーもう! 2769歳とは思えねえ小娘っぷり良い加減にしろ!」

「神だって2811歳とは思えない大人気おとなげなさ治せよー!!

ひどい…! あたしをインプ神域種に進化不死化させておいて…

子供の一人も孕ませてくれないクセにー!! いつまであたしを

処女いきおくれで居させる気なのー!!」

「この馬鹿! その話はここですることじゃねえだろ!!」

「オーマ様…ですから私に子種をとあれほど…」

「サキィ!! 多寡が星門将軍の分際でこのあたしを差し置いて神と

子作りなんかさせねーって何度言わすんだゴルァ!!」

「アルパ様はオーマ様同様不死なのですから別にあと1000年くらい

処女でも別に良いではありませんか。私は普通のヘルズテイカー種…

オーマ様曰く私は後68年しか生きられないのです。ならば

私がオーマ様の神子を受胎するのは当然のことなのです」

「調子乗んじゃねえぞこの小娘が!! 上等だ表出ろや!!」

「やめろぉ! サキィぃ! アルパぁ!! 真面目に会議やれぇええ!!」


 オーマ、アルパ、そしてサキィと呼ばれた将軍格の少女三人が

そのままどう見ても痴話喧嘩な口論を花咲かせる。


「いやー…いつ見てもホッとするブヒ」

「この痴話喧嘩のお陰で我々はオーマ様達を身近に感じられるゴブ」

「この光景の為に風門将軍まで上り詰めたと言っても過言じゃないゴブ☆」

「おぬし等…不敬であるぞ」

「相変わらずデミオーガ族は頭が固いゴブなぁ…」

「いやしかしその忠誠心は我等の模範ですブヒ」


「こらぁ!! お前らぁ!! 見てないで説得を試みるくらいしろよぉ!!」


 アルパとサキィの首根っこを掴みながら、オーマは

此方を見て普通に談笑している将軍やら高級官僚たちを怒鳴る。


「無茶を言わんでください賢者様。賢者様と同じ時を生きたアルパ様だけでさえ

我等サキィを除いた八門将軍七人でどうにかできるとお思いなのですかゴブ?」

「そもそも賢者様がそうやって簡単に首根っこ掴んでいらっしゃるサキィとて

八門将軍最強の星門将軍ですゴブぞ? 肉団子七個分なんて御免ですゴブ」


「神ぃ! 早くあんたの子供を百人くらい生ませろよぉー!」

「オーマ様…来年で私は完全な二十歳いきおくれです…どうか神子を…!」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 立体映像のエルフ達もここにいるオーマ達(三人のみ)もヒートアップである。

しかしゴブリンランドは基本的に平和だ。何故ならゴブリンランドは

魔大陸の三分の一を掌握する覇権国家だもの。

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