君のいない世界を滅ぼしましょうか
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↑婚約破棄から始まる国家滅亡に出てくるマリアベルの話です。
前作をお読みいただいている前提で書いてる場所がありますので、単体だと分かりづらいかと思います。
一応簡単なあらすじです。
婚約破棄されて国外追放された主人公はなんやかんや楽しく暮らしてます。
主人公との婚約が不満だらけの下級貴族達の最後の希望だったらしく、婚約破棄を機に彼らが脱出しまくった国はガタガタで、隣国に滅ぼされちゃって王子達も処刑されたみたいだけど、主人公は天寿を全う出来ました。ちゃんちゃん。
一面の花畑。
その中で、まだ幼い少年と少女が楽しそうに遊んでいた。
少年が作った花冠を少女にかぶせ、少女はくすぐったそうに笑った。
「やっぱり、マリーは花が似合うね」
「ありがとう!カイルは手先が器用ね」
白い花で作られた冠を触る少女はとても嬉しそうだ。
そんな少女を愛しそうに見つめる少年。それは幸せな光景だった。
「……ね、マリーは僕のお嫁さんになってくれる?」
「お嫁さん?してくれるの!?」
目を輝かせ、嬉しそうに詰め寄ってくる少女を、パッと笑顔になった少年が抱き締める。
「うん!ずっと一緒にいよう!」
「うん!絶対離さないでね」
抱き合った二人は幸せそうに笑う。綺麗な咲いた花達が二人を祝福するようにゆらゆら揺れる。
そっと唇を合わせ、二人はまた微笑みあった。
「あ、マリー!」
こちらを見て駆け寄ってくる少年を見て、子爵令嬢マリアベルはパッと笑顔になった。
「カイル!どうしたの?」
駆け寄ってきた少年は男爵子息のカイル。二人は親公認の婚約者であった。任せられた領地は隣り合っており、お互いの家はその境目近くにあるため行き来もしやすい。
それでも少し離れているのでマリアベルがカイルに会うのは三日ぶりだ。
「聞いてくれよ。最近盗賊が出てるのは知ってるだろ?」
「えぇ……。怖いわよね」
最近この辺りを通る商人を襲う盗賊が出ているのは、マリアベルも父の話で知っていた。
近々討伐すると言っていたが、その報告だろうか。
カイルは強い。父親である男爵と互角とはいかないが、いい勝負が出来る位には。
だから、最近では領地を荒らす賊達との戦闘に駆り出され、かなりの成果を出していると聞いている。
「それがさぁ、偉い貴族サマの特注した商品を盗賊が盗んだとかで、実際に討伐しなきゃ気が収まらんって言ってその貴族サマが参加することになったんだよ」
「え……大丈夫なの?」
「護衛やらも来るらしいし、一応戦力は増える。貴族サマも自分の腕に自信があるらしいから大丈夫だと思うよ」
偉い貴族サマというのは上位貴族の事だろう。
この国では貴族は戦争等があった際全員戦うことが義務づけられており、貴族達は全員戦闘技術を身に付けている。
だが、上位貴族は実際に戦った事はほとんど無いと聞く。そんな奴が盗賊討伐など出来るのだろうか。
不安そうなマリアベルを見て、カイルは安心させるようににっと笑った。
「まぁ、俺がいるから平気だよ!俺には幸運の女神がついてるからね」
「もう、何言ってるの」
うっすらと頬を染め、カイルをぺしりと叩くマリアベル。
元気が出たマリアベルを見て、カイルも嬉しそうに笑う。それにつられて、マリアベルも笑顔になった。
「やっぱ、マリーは笑顔が似合うな。にぱーって感じで可愛い」
「にぱーって……。最近は私も淑女になってきたんですからね!」
「え……?どこが?」
「…………カーイールー?」
「おぉ、怖い怖い」
ふざけるカイルをさっきより力を込めて叩く。痛いよ、と笑うカイルは全くこたえてなさそうで、マリアベルは不満だった。
「まぁでも、俺はそのままのマリーが好きだよ。淑女になんてならなくていい。ずっとにぱーって笑っててくれ」
「カイル……」
頭を撫でながら言われた言葉に、マリアベルは頬が赤くなるのを感じた。
カイルの言葉は嬉しかった。最近は母からもお転婆を直しなさいとうるさく言われており、学園とやらに行くためのマナー講座や勉強が始まりとても窮屈だったのだ。
そのままのマリアベルでいいというカイルの言葉は、優しく響いた。
「ありがとう、カイル。でも私立派な淑女になるわ。貴方の隣に立っても釣り合うようにね」
「そっか。なら俺も頑張らないとな!」
「えぇ、頑張ってね。お嫁さんにしてくれるんでしょ?」
「あぁ、その時は白い花で作った花冠とブーケをあげるよ」
白い花は二人の思い出の花だった。
それに包まれた結婚式。それはどんなに幸せな事だろう。マリアベルの頬が期待に染まった。
「そのためにも、今度の討伐頑張るよ。だからマリー、おまじないしてくれる?」
「……いいわよ」
カイルに近付き、そっと額に口付ける。
それは幸運のおまじないだった。カイルが無事に帰ってくるよう、怪我をしないように思いを込める。
離れる時、マリアベルはバランスを崩した。
「きゃっ!?」
「マリー!?」
咄嗟にカイルが抱き止めてくれたおかげで転ばずにすんだ。
どっどっどっと速いペースで脈打つ心臓を落ち着かせるように深呼吸するマリアベル。
「ありがとう、カイル」
「いいよ。珍しいね、マリーがドジするなんて」
「そうね……」
こんなことは初めてだ。なんだか不安になってきて、マリアベルはカイルにぎゅっとくっついた。
「大丈夫よね……?」
「何が?」
「ううん、なんでもないの」
込み上げる不安を圧し殺し、マリアベルはカイルに微笑みかけた。
きっと何事もない、そう信じて。
討伐に参加したいと言った貴族が到着し、マリアベルの父親やカイル達は盗賊討伐へと向かった。
盗賊はあまり規模が大きくなく、今まで何度も倒してきたような相手だ。漠然とした不安を感じながらも、マリアベルはおとなしく待っていた。
父親は日がくれる前に帰ってきた。そして、迎えに出たマリアベルに告げたのだ。カイルが亡くなったと。
呆然とするマリアベルがうそ、と言うと、父親は黙ってマリアベルを連れ出した。
そして、カイルの家に向かいながら、ポツポツと告げる。
いわく、偉い貴族が盗賊の挑発にのり深追いした。
いわく、罠にかかるところをカイルが庇った。
いわく、代わりに罠にかかったカイルを盗賊が襲った。
いわく、盗賊は全員倒したものの、助けられなかった。
父親の言葉が耳を素通りする。うそ、としか言わないマリアベルを痛ましげに見る父親が鬱陶しかった。
カイルがマリアベルをおいて死ぬわけないのだ。父親が嘘をついているに決まっている。
父親がそんな嘘をつくわけがないということから目を背け、マリアベルは呆然と手を引かれるままついていった。
たどり着いたカイルの家。
何度も会った事のあるカイルの父親は豪快な人物だったのに、顔をくしゃくしゃにしてただ突っ立っていた。
優しいカイルの母親は血まみれになるのも構わず何かにすがって泣いている。それを見た瞬間、マリアベルは走り出した。
「カイルッ!!」
嘘だと言って欲しかった。認めたくなかった。
だが、血まみれで横たわるのは間違いなくカイルだった。マリアベルが見間違えるはずないのだ。
「カイルッ!!カイルッ!!!お願い、目を開けて……」
暖かかいはずの腕をとる。体に抱きつくと、いつも抱きかえしてくれたのに、今は何も反応しない。手も、冷たかった。
必死に呼びかけるマリアベルは、いつも通り目を開け、答えてくれる事を必死に願った。カイルの体は血にまみれ、胴体についた深い傷はどう考えても致命傷であった。だが、そんなこと認められるはずがなかった。
泣きわめき、取り乱すマリアベルを、周りの大人が痛ましそうに見る。
悲しみに満ちた空間、だが、そんな場所に似つかわしくない声が響いた。
「ほぅ、そこの娘、中々美しいではないか。名はなんという?」
マリアベルが顔をあげると、見たことの無い男が立っていた。
上等な服に下卑た笑み。おそらく、偉い貴族サマとやらだろう。カイルが庇った相手だ。
「私は、カイルの婚約者のマリアベルです……」
「あぁ、そこの坊主の。ふむ、そこの坊主に免じて妾にしてやってもいいぞ」
その瞬間、空気が凍りついた。
マリアベルは言ってる意味がわからず、まじまじと貴族の男を見つめる。
呆然とするマリアベルを庇うように、マリアベルの父親とカイルの父親が前に出る。
「冗談はやめてください。この子はカイルと深く愛し合っていました。そんな申し出が受けられるはず無いでしょう!!」
「中古か……。まぁ妾なら支障は無い。そこの娘もこんな田舎で終わるより幸せに暮らせるぞ」
「…………消えろ」
カイルの父親が低く呟く。
その目は殺気に満ち溢れ、食い縛られた歯がギリギリと音をたてる。貴族の男はその形相に怯んだ。
「俺が、お前を、殺す前に、……消えろ」
「ふ、ふん!馬鹿な奴等だ!!せっかくの機会を棒にふりおって!!」
捨て台詞をはいて、慌てて去っていく貴族の男。
その姿はひどく醜く、マリアベルは不思議に思った。
「ねぇ、お父様」
「……どうした?マリア」
「なんでカイルがあいつのために死ななきゃならなかったの?」
「…………身分が上だからだよ。あいつを死なせてたら俺達が罰を受けた。カイルもそれがわかっていたから庇ったんだ」
「なにそれ」
身分が上だから、この討伐にもねじ込めた。身分が上だから、死なせてカイルやマリアベルの家族が罰を受けるのを回避するため庇わなければならなかった。この国では、使い捨て出来る下級貴族と、上級貴族の差は絶望的に大きいそうだ。
なんでそんな事で、あんな男のためにカイルが死ななければならなかったのか。
わからなかった。納得出来なかった。
カイルの方があんな下衆よりよっぽど素晴らしい人間なのに、身分というもののせいであいつは生きていてカイルは死ななければならなかった。
マリアベルは周りを見回す。
カイルの父親はいつも豪快に笑い、カイルをからかったりマリアベルの頭を撫でてくれた。今は怒りの形相のまま、目から涙を溢している。
カイルの母親はいつも優しく笑い、カイルがいたずらしたのを叱ったりマリアベルに手作りのお菓子をくれた。今はカイルを抱き締め、涙にくれている。
マリアベルの父親はいつも頼もしく笑い、カイルに稽古をつけたりマリアベルを見守ってくれた。今はやりきれない表情のまま、ただ立っていた。
「あいつがしねばよかったのに」
ポツリと呟いたマリアベルの声に、誰からも返事はなかった。
それからのマリアベルはただ呆然と過ごしていた。
二人の思い出の場所を回り、そこでぼんやりと一日を過ごす。まるで生きる屍のようだった。
そんなマリアベルを見かねたのか、ある日父親が話しかけてきた。
「マリア、お前はどうしたい?」
「どう……?」
マリアベルは回らない頭でぼんやりと考える。
大好きなカイル、それを死においやった貴族の男、悲しみにくれる大事な人達……。ぐるぐると頭をよぎるそれらに沸き上がる気持ちは一つだった。
「あいつを殺したい。こんな国滅んだらいい」
「そうか……。その過程で、お前が死んでもか?」
「カイルのいない世界なんていらないもの」
その答えを聞いて、マリアベルの父親はそっと目を伏せた。よく見ればその顔は疲労の色が濃い。だが、それを見てもマリアベルはなにも感じなかった。世界に幕がかかったように遠く感じる。カイルのいない世界はマリアベルにとって冷たいものだった。
「なら、お前に会わせたい人がいる」
「わかった」
「……俺も覚悟を決めた、マリア、この国を滅ぼそう」
「出来るの?」
「あぁ」
しっかりと頷いた父親をじっと見つめる。
カイルの仇をとれるという。それは、マリアベルにとって朗報だった。元々、思い出の地を巡り終わったら死のうと思っていた命だ。それを復讐に使えるなら喜ばしいことだ。
数日たち、父親は男を一人連れてきた。奇妙な程印象に残りづらい男だった。
父親としばらく話した後、マリアベルはその男と二人きりにされた。
「君の事情は聞いている。そこで、もう一度決意を聞きたい。君には途中で死んでもらう事になるけどいいかい?」
「えぇ」
頷いたマリアベルをじっと観察し、男は満足したように笑った。
そこから説明された作戦は簡単な物だった。
マリアベルは来年学園に入学する歳になる。そして、同じ年に入学する王子をたぶらかし、婚約を破棄させればいいそうだ。
「それで本当にこの国は滅びるの?」
「あぁ。この国は下級貴族を粗末に扱い過ぎた。その不満は溜まりにたまって爆発寸前だ。婚約者の少女が下級貴族出身だからギリギリ保ってるのさ」
「……そして私が下級貴族だから、次に婚約してしまったら困る。だから死ねということ?」
「察しがいいね」
肯定した彼に、マリアベルは少し考える。
この国を滅ぼせるなら自分の身はどうなろうと構わなかった。その行く末を見られないのは少し残念だけど。
「貴方は隣国の方よね?」
「あぁ」
「では、私が死んだ後絶対にこの国は滅びるって約束してくれる?」
「勿論。僕らの国が絶対に滅ぼすよ。何があってもね」
そう言った男の目は妖しく輝いていた。
ならいいか。と、マリアベルは納得する。王子のたぶらかし方等は彼が逐一指示してくれるそうだ。確かに彼はすれ違ってもすぐに忘れるような容姿だ。どこへなりと忍び込めるだろう。
なら、王族の暗殺も出来るのでは?
そう聞いたマリアベルに、彼は首を横にふった。
「まぁ出来ない事もないけど、それじゃ足りない。自分達が馬鹿にしていた下級貴族に裏切られ、民にも罵られ、徹底的に惨めな最後を遂げてもらわないと」
「……恨みでもあるの?」
そう聞いたのは気紛れだった。
それを聞いた彼の雰囲気が変わる。今まで飄々としていたのが、ピリピリとした空気に変わり、マリアベルも少し気圧された。
「……あるよ。そもそもこの国は元々僕らの国の一部だった。それが反旗を翻した一部の馬鹿どもが占拠したんだ。まぁ、それ自体はよくある話だけどね」
「それだけじゃないでしょ?」
「あぁ、そいつらは追っ手がこないよう水源に毒をまいた。それは酷い有様だったそうだよ。中心となったのは王族で、皆が飲むような場所に毒をまいたからね。王族にも被害が出て、王都を変えなければならなかったそうだ」
「……そう」
「それ以来、この国を惨めに滅ぼす事が王族の悲願になってね。この国の奴等はもう覚えていないだろうけど、こちらの国ではいまだに伝えられている。この国の王族と上級貴族は、実行犯の子孫だ。皆死んでもらうよ。それに奴等は他にも色々やってくれてるからね」
「貴方も何かされたの?」
「……まぁね」
そう言って黙りこんだ男に、マリアベルは聞き出すのをやめた。きっと彼の中ではいまだに血を流す傷なのだろう。それを詮索するのは気が咎めた。
でも、そんなに恨みがあるのならこの国が生き残る事は無いと納得する。
そして、マリアベルは彼と協力関係を結んだ。
学園に入ってからは、呆気ない程うまくいった。
王子は元々婚約者のアリルを煙たく思っており、素直で愛らしい女の子を演じたらころっと落ちた。
「王子はすごいですね……私なんてまだまだです」
「いや、マリアベルもよくやっている。比べる相手が悪いだけだから安心しろ」
王子の自尊心をくすぐると、簡単に好感度があがる。
王子の好みはあの男が知っており、マリアベルは指示に従って王子の相手をするだけでよかった。
王子の取り巻きの男達も、男の言うことに従えばあっさりと落ちた。
「そんな作った笑顔をなさらなくてもいいのです。私の前では、素直になってください」
「いつも鍛練されていて、本当にすごいです!これ、差し入れですが受け取っていただけますか?」
「勉強熱心で尊敬します。貴方ならきっとお父様を越えることが出来ますよ」
しとやかな笑みを浮かべ、心にもない台詞を口にする。それだけで夢中になる男達はいっそ不気味な程だった。
「簡単すぎて怖いくらい」
「まぁ、自分の好みの女の子が欲しかった台詞を言ってくれるんだからね。理想の女の子に見えるだろうさ」
誰もいない時に男に愚痴ると、笑いながらそんな答えが返ってくる。
そんなものか、と納得する。元々どうでもいいやつらだ。例え、男が何か細工をしていたとしても興味もない。
「卒園パーティーで婚約破棄してくれるのが一番いいんだ。王子は派手好きだから、きっかけさえあればいけると思う。マリアベル、ちょっといじめられてみない?」
「いじめならもう受けてるけど」
下級貴族が調子に乗るな、身分を弁えろ、そんな事いつも言われているし、教科書類も破かれたり、制服に墨を溢されるのもよくある事だ。男にいつも調達してもらってるから知ってるはずだがと不思議に思う。
「いやいや、王子の婚約者のアリルにね」
「……彼女は接触してこないわよ?」
王子に近付こうが、いつも興味がなさそうに無視している。マリアベルも、積極的に関わろうとはしなかった。接点の無いのにどういじめられろというのだ。
「彼女がやったように見せかけたらいいだけだよ。王子達の目は節穴だ。嫉妬から君をいじめたとすぐ思うだろうさ。証拠はこちらで用意するから、君はそうだな、階段から落ちてくれ」
「わかった」
男が言うなら必要なのだろうと頷いた。
それからは教科書が破かれているのが丁度よく王子に見つかったり、制服を汚され座り込むマリアベルのところに取り巻きがやってきたりした。マリアベルは震えて黙りこむだけ。男が流した噂を耳にし、王子達はアリルを犯人だと思い込んだようだった。
そしてある日、マリアベルは階段から突き落とされる。
そこに落ちていた指輪を見て、彼らは完全にアリルを犯人と断定した。
「アリル!貴様との婚約を破棄する!また、未来の王妃を貶めた罪により、貴様を国外追放にする!二度とその面見せるな!!」
迎えた卒園パーティーの日、マリアベルは王子の背中に庇われ、冷めた目を向けていた。
表情は怯えた可憐な物を作れていると思う。学園に入学するまでに徹底的に教え込まれたのだ。涙さえ自由自在に流せる。
凛とした表情のアリルは綺麗だった。
彼女も可哀想な人だった。両親は死に、望んでもいない王子の婚約者となってかなり苦労したと聞く。
それからの婚約破棄の場面は茶番のようだった。王子も取り巻きも役に立たない。
自信満々だった将軍子息があっさりとやられたときは、笑いを堪えるのを苦労した程だ。
完全にアリルの雰囲気に気圧された王子達では話が進まないので、マリアベルが仕方なく仕切る。
アリルに指輪を返すときに忠告したのは、迷惑をかけた彼女に対する詫びの気持ちからだ。
この国は滅ぼすから、だから、絶対近付かないでね。
どうやら忠告を聞いてくれたらしいアリルに満足する。
そして婚約破棄という名の茶番劇は終わった。
満足げに笑う王子はこれからの幸せな未来を疑っていない。
「そうだ、マリアベルとの結婚式では国中の花を集めよう。新しい王妃の誕生だ、華やかでなくては」
「花、ですか……。白い花はやめていただけますか?嫌いなんです」
「そうなのか?それならやめてやってもいい」
白い花だけは絶対にもらいたくなかった。
それに、マリアベルは復讐鬼に堕ちた。優しいカイルと幸せに笑っていたマリーはもういない。白い花を受け取る資格はもうなかった。
意気揚々と王城に向かった王子達は、そこで雷を落とされることになる。
「勝手に婚約を破棄するなど……何を考えているのだ!王族は恩に報いないものと思われて仕方ないことだぞ!!」
「しかし、アリルはここにいるマリアベルをいじめました!王妃に相応しくありません!!」
「そういう問題ではない!王族の婚姻が与える影響を考えよ!!」
言い争う王子達を、マリアベルは少し離れたところで見つめる。
周りの大人達がマリアベルに向ける目は冷たい。きっとすぐに引きずり落とされることになるだろう。
だが、もう遅い。火種は巻き終わったし、あの一連の茶番を見届けた下級貴族達は既に領地に帰っただろう。男の仲間達も今頃情報を広めている。マリアベルの役目はもう終わったのだ。今さら何をされようがどうでもよかった。
マリアベルが自分で階段から落ちるのを見たという令嬢があらわれた。マリアベルをいじめていた令嬢だ。
それをきっかけにマリアベルの身辺は洗い直された。いじめは実際に受けていたのだが、それも自作自演とされ変な笑いが出る。本当に、腐りきった国だった。
「マリアベル……俺を騙していたのか?」
「そんな、王子……。何かの間違いです。私は何がなんだかわかりません」
「あぁ、泣くなマリアベル。そうだな、お前がそんなことをするはずがない」
そう言って泣くと王子は一旦は引いた。
だが、取り巻き達と話し合い、全員がマリアベルに言い寄られていたとわかったら態度が一変した。
「この売女が!!俺達全員に言い寄っていたなど吐き気がする!!よくも俺を騙してくれたな!!おい、こいつを牢屋にぶちこんでおけ!!!」
どうやらプライドに障ったようだ。
烈火の如く怒る王子に指示され、衛兵に乱暴に捕まえられたマリアベルは粗末な牢に入れられた。
そこに男があらわれる。
「お疲れ様、マリアベル。君のおかげでこの国はボロボロになったよ」
「本当に?」
「あぁ、下級貴族達は逃げ出す準備をはじめている。もう少ししたら全員いなくなるさ」
「そう……よかった」
「あぁそうだ。君の愛しい人を殺した貴族だけどね、殺しておいたよ」
そういって男はべっとりと血にまみれた服の切れ端を取り出した。
それにはあの貴族が身に付けていた服についていたのと同じ家紋がついていた。
「お金やるから助けてくれーとか見苦しかったけどね、致命傷にはならないよう、色んなところを刺して死ぬまで眺めた。苦しそうだったよ」
「そう…………」
服の切れ端をぼんやりと眺める。きっとすっきりするだろうと思っていたが、思っていたより爽快感はなかった。
ただ、消えるべきものが消えたという感じがした。
「私は、ここでお役御免かしら」
「あぁ、今までよく頑張ってくれたね。お礼に、はい。一番苦しまず、眠るように死ねる毒だよ。結構高いんだよね、これ」
手渡されたのは小さな種のようなものだった。中に少量の液体が入っている。
それを眺めながら、マリアベルはぼんやりと考える。きっと、カイルとは同じ場所にいけないだろう。でももう疲れた。この世に未練も無いからすぐ飲もうとすると、男が慌てて止める。
「ちょっと待って、あの王子達が今こちらに向かってきてる。最後に好きな事言っていいんだよ?」
「……特に思いつかないわ」
「うーん、そっかぁ。でも出来れば食事が運ばれてきてからにしてくれる?自殺と思われると少し困るんだ」
「わかった」
乱雑な足音が近付いてくる。王子達だろう。
立ち去ろうとする男に、マリアベルは最後に声をかけた。
「ねぇ、絶対、この国を滅ぼしてね」
「あぁ、勿論さ。あと、君の体は君の愛しい人と一緒のところに眠らせてあげるから安心してね」
「……ありがとう」
魂はきっと一緒の場所にいけないから、体だけでも一緒の場所にいれるのは嬉しい。
カイルが死んでから、マリアベルは初めて心からの笑みを浮かべられた。
「マリアベル!!貴様が俺達を騙したのだな!!!」
やってきた王子達が何やら喚いているが、マリアベルに理解する気はない。ただぼんやりと聞き流す姿に焦れたのか、乱雑に牢を蹴られた。
つい最近まで好きだなんだと言っていた相手にこんなことが出来るなんて、彼らの好きはたたが知れているな、と思った。
「えぇ、私は貴方達を騙しました」
そういうと王子達が何やらまた怒鳴る。隠した毒の種を弄びながらマリアベルはその様子を見つめた。やはり醜い。騙した罪悪感も、国を滅ぼす後悔も感じずにすんでありがたいくらいだ。
しばらく喚いた後、王子達が去っていく。
それからしばらくして、粗末な食事が運ばれてきた。水に少しだけ手をつけ、マリアベルは毒の種を取り出した。
「ねぇカイル。君のいない世界はとてもさびしかったよ」
種を噛み砕くと、とろりとした甘い液体が溢れだす。それを飲み込むと、マリアベルの意識は急速に消えていった。
王子を騙した大罪人マリアベルが死んだ。
だが、この状況で彼女の死を広めるのは悪手だ。そう考えられ、彼女の死体はこっそりと庭の片隅に埋められた。
それを一人の男がそっと回収した。マリアベルの表情は眠っているようで、とても安らかだった。
「俺は約束を守る男だからね、君は安心して眠ってな」
共犯者の少女を抱き抱え、男は歩き出した。
少女の思い人は故郷で眠っている。そこまで少し距離はあるが、近くに馬を用意していた。彼女の体は約束通り、彼と一緒に眠りにつかせるつもりだ。
既に少女の死は広められ、下級貴族達の不信感に決定打を与えた。
王族連中の対応は後手後手にまわり、既に取り返しのつかないところまで来ている。
男の国が長年積み重ねてきた成果だった。
「そう、約束は守るから」
もうすぐこの国は滅ぶだろう。
下級貴族達は彼女の両親や男の仲間が扇動して上級貴族の家を襲ったり、この国を脱出している。
土台が崩れれば上なんてすぐに崩れる。
歩きながら、男はうっそりと嗤った。
【蛇足】
『マリーは馬鹿だなぁ。別に復讐なんてしなくてよかったんだ。幸せに暮らしてくれたらそれでよかったのに』
『……あなたのいない世界で、幸せになんかなれないわ』
『そっか。俺愛されてるなぁ。まぁ俺も愛してるから迎えに来たんだけど』
『無理よ。人を騙して復讐したんだから、あなたと同じところなんて行けっこないもの』
『大丈夫だよ。俺がマリーについてくから』
『え……』
『二人一緒ならどこだって天国だよ。さぁ、手をつないで』
『いいの……?』
『当たり前だろ』
『うん………………うん。ありがとう』
『ああ、やっぱりマリーの笑顔は可愛いなぁ』
『もう……絶対、離さないでね』
ああ なんて しあわせ な ゆめ でしょうか