第2話 最果てにて1
話は少しだけさかのぼる。
「……?
ここは……?」
気付けば暗闇を歩いていた。
いや本当にいつからか分からなくてめちゃくちゃ焦る。
確かスーパーの帰り道、お肉が特売で大量に仕入れる事ができて
しばらくは肉欲に溺れた甘美の生活を送れるとほくほくだった。
そこから、自宅へ続く細路地をてくてく歩きながら次のネタをぼんやりと考えていて気付いたらこの暗闇の中だ。
いつ、どの瞬間から細路地から暗闇に変わったのかいくら思い返しても分からない。
まるでテレビのチャンネルを切り替えたかのように唐突にすべてが変わっていた。
買い物に行っていた時間も夕方で一瞬で暗くなるわけがないし、
そもそも街灯や家の明かりも見えない時点で普通の場所じゃない。
目を開いているのか閉じているのかも分からないような漆黒で
地面に立っているのか、それとも浮いているかも判断がつかない。
それなのに自分の体だけはぼんやりと見えて気味が悪い。
スーパーで買ったお肉もなくなってるし……
「おやめずらしい、こんなところに人がいるなんて……えっマジ?
なんでいるの。こわっ……」
「うわああああああ!!! だ、誰だ!?」
急に話しかけられ背筋をピーンと伸ばすぐらい驚いた。
辺りをきょろきょろ見回すと、よく分からない暗闇の中をぽわぽわと漂う一粒の光が見えた。
「ナニコレ」
「ああ、私の体は高次元でね。人間の目じゃ球体が光ってるようにしか認識しないんだよ」
「ナニソレ」
「私が特別な存在だと思ってくれればそれでいいさ。
それよりも何で人がこの場所にいるんだい?」
キミのいる世界だとどうやってもこれないはずだけど」
「自分が聞きたいぐらいですよ、気づいたらここにいて……」
「ふむん……」
そうと言ったきり光の球体は何も喋らなくなってしまった。
えー、ここでダンマリは困るんだけど……
「あの、あなた…あなたでいいのかな? はここに詳しそうですし
できれば色々と説明してほしいんですけど」
「…………」
「そもそもここは何ですか?暗いだけで何もないですし普通の場所じゃないですよね?あなたはあなたで謎に光ってるし高次元ってどういう事です?」
「…………」
「えっと、聞いてます?」
「…………」
「…………」
「…………」
「スーパーで買ったお肉なんですけど、サーロインがグラム198だったんですよ。ヤバくないですか?思わず10パックも買っちゃって、朝昼晩サロっちゃおうとほくほくで」
「…………」
「てい」
「アイタッ!? 何するんだ!?蚊のように叩かないでくれないか!?」
あまりに無視されるんでイラっとして両手でパチンと叩いてみた。
ほのかな温もりはあったけど感触はまるでなくて変な感じだ。
というか痛覚はあるんだな……。
「いや、いくら高次元さんとはいえ人の話を聞かないのはいかがなものかと思いまして」
「分かった!分かったから!! 説明するからその蚊を倒そうとする構えをときたまえ!」
光体が左右に激しく揺れながら「君がここに来た経緯を調べていたんだよ」と
弁明した。
「それならそれと言えば良かったのに」
「マルチタスクは苦手でね。一度に二つ以上の事は出来ないんだ。」
「言うほどマルチか…?
調べるから少し待っててと言えばいいだけじゃ」
「おっと正論で攻めるのはやめたまえ。
答えるのが煩わしかったのがバレるじゃないか」
めっちゃめんどくさいなこいつ……と呆れていると、説明を待ってるのかと
思われたのか「さて、まずは"私"と"ここ"についてから説明するとしようか」
と言い喋り始めた。
「この場所はね【最果て】といって、世界と世界の狭間にある境界なんだ。
数多ある並列世界を観測し、世界の均衡が一辺倒に傾き過ぎないように調整するための場所。そして私がこの最果ての管理者なのさ。それで……どうしたんだね?急にうずくまって」
「いやだって、いきなりそんなにファンタジーの洪水が押し寄せてきた
ら頭も抱えますわ……本当の本当に?」
「そうでなかったら、こんな変な所説明がつかないだろう?」
「それはまあ、そうですけど……。というか、ここが変な所って自覚はあったんですね」
マジかー……ファンタジーって空想なだけじゃないんだな。
ファンタジーを愛する一人としてこういう展開は大好物だけど、脈絡もなく
当事者になると嬉しさよりも戸惑いの方が先に立つ。
頭を押さえつつ立ち上がり、目の前の球体をジッと見てみる。
確かにこんな得体の知れない物、オレのいた世界ではいないな。……いないよな?
自分が知らないだけで裏ではファンタジーでファンタジーなアレコレがあったのだろうか。
などと考えていると、「そろそろ続きをいいかな?」と催促されたので慌てて了承した。
「さて次はなんでキミがここにいるかだけど、結論から言えばイレギュラーだね」
「イレギュラー?」
「キミから見たら異世界で古代の召喚術式が作動してね、対象にキミが選ばれた。
選ばれた理由は単なる偶然でキミに責任があるわけじゃない。本来ならそのまま
召喚されるはずなんだけど……」
さっきよりも大量のファンタジーが流れ込んだけど話の腰折るのも可哀そうだし、無理にでも納得することにした。
「まず古代の召喚術式というものが、古いだけあってとんでもないポンコツでね。
まともに動作できるものではなかった。さらに私が、異世界間の移動を厳重に制限していたのも重なって、術式が致命的なエラーを起こした結果キミがここにやってきたんだ」
「なんだか聞けば聞くほど嫌な予感がするんですけど……致命的なエラーというのは?」
「うん!あれだね!! 閉じた扉に無理やり押し込めばそりゃあ潰れて死ぬよね!!
無理に召喚された身体は消滅して、行き場のなくなったキミの魂がここに流れ着いてきたのさ!!」
「困っちゃうよね~」と笑いながら
とんでもないことを言いやがった。