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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 9. 契約

「で、なんで雑貨屋?」

 キヨが三人に連れて行かれたのは、ドーンでも指折りに大きい雑貨屋だった。何か買うものでもあるのかと思いきや、双子たちは勝手知ったる様子で店の奥に進んでいく。

 棚整理をしていた店員に声をかけると、店員の方は承知顔でスタッフオンリーらしい戸口から奥へ引っ込んでいった。ほどなくして、恰幅のいい店主らしい中年男が奥から出てきた。

「こちらへどうぞ」

 やけに慇懃な様子でさらに奥へ。誘われて狭い通路を抜けた先には、応接室と思しき小部屋が用意されていた。ソファにはさらに二人の男が座っていた。

 こちらの姿を見ると、その二人も立ち上がって歓迎の表情で出迎えてくれた。

「お待ちしてましたよ、さぁさぁどうぞお座りください」

 わけのわからないキヨはどうにも尻の据わりの悪い思いをしながらも、促されてソファへ。なぜかその隣にはシルバーが座った。部屋の調度に対して来客人数が多すぎたのか、双子は座れずにソファの後ろに立ったままだった。

「早速ですが、今日は新しい発明品のご紹介をいただけるというお話で…?」

「うむ」

 鷹揚に頷いてみせたのはシルバーである。この絵ヅラは要するに、シルバー、キヨ、双子、の順に偉いまたは発言力がある、という体を作るためのものか。

 シルバーが双子の方へ軽く手を振るジェスチャーをしてみせる。

「はいただいま」

 にこっと微笑んで、双子の片割れが持ってきていたポーチからメモ用紙と鉛筆を取り出した。どうやらあちらの世界から持ってきたもののようだ。

 なぜか向かいに座った中年男たちから、「おお…」という感嘆の声が上がる。

 シルバーは軽く頷いて紙と鉛筆を受け取ると、もったいぶった様子でそれを一旦自分の膝の上に持ってきた。

「これは、鉛筆だ。インクなしで、手を汚さずに使える筆記具だ」

 低くて渋い声でシルバーが言う。

 ―――ディス イズ ア ペンシル って聞こえたぞオイ!!!

 もはや懐かしい中学生英語! いやそれより、これなんのパフォーマンス??

 もしかしてこっちの世界では鉛筆って珍しかったりすんのか?

 まさかね、と内心セルフツッコミを入れていたキヨに、シルバーがそのメモと鉛筆を渡してきた。

「なにか試し書きをしてみろ」

 その段になって、ようやくキヨにも自分がここに座っている意味が少しわかった。

 ―――あ、なるほど。俺ってば公用文字の筆記係ってことね。へいへい。

 受け取った鉛筆で、キヨは少し考えてから<ドーン><ローラン>それからこの店の店名である<リエール>と拙い表音文字で書いてみせた。

 全員から注目されていて緊張した。そしてそのサラサラと鉛筆が滑る音が聞こえるほどの静寂がくすぐったい。

「おお、素晴らしい」

 キヨがメモと鉛筆をテーブルの上に乗せると、男たちは身を乗り出すようにして顔を寄せてきた。

「手に取って見てもよろしいですかな?」

 興奮した顔で訊かれ、シルバーは小さく頷いてそれを許可した。

 キヨは大の大人が寄って集って小学生用の筆記用具を矯めつ眇めつ、真面目な顔で眺めているのを不思議な気持ちで見ていた。確かに子供の頃は、よくできてんな~とか、どうやって作ったんだろうな~とか思いながら使っていたが、今やシャーペンに地位を乗っ取られたレトロな筆記具という感覚しかない。

 それから男たちは熱心に鉛筆についての質問を始めた。シルバーは偉そうに頷いては双子たちに答えさせ、自分は終始腕組みでふんぞり返っていた。

 おそらく双子たちからそのように言い含められていたのだろう。

 そこからは会話のほとんどを双子たちが分担し、鉛筆の製法、素材、詳しい使用方法などが細かく語られていった。

 男たちはあらかじめ用意してあった自分たち用の紙とペンとインクを用いてそれを事細かに書き留め、やがて満足気な顔で頷きあった。

「この度はわがリエール商会に取引の機会を与えてくださったこと、感謝しますよ」

「いや。こちらにはこういう筆記具がないと知って、不便だと思ったまでだ」

 シルバーは物静かな口調でそう語り、その繊細な美貌をわずかにほころばせた。

 ―――エルフばりの美貌の破壊力よ! ……パネェぜ。

 むくつけき男たちの顔にもほわんとした笑顔がのぞく。

 男たちの中では下っ端っぽい比較的若い男が契約書類らしい特別そうな用紙を用意すると、男たちが代わる代わるそこにサインをしてテーブルに滑らせてきた。双子の片割れがそれを受け取り、文面…というか、おそらくそこに書かれた数字の額面をチェックする。頷いてシルバーに手渡すと、最後にシルバーもサインを並べた。

 下っ端がテーブルの端に置いてあった小さな印章らしきものを手にして紙にかざすと、何かを口の中で呟いた。すると、その印章がぽわっと白く光った。それはほんの数秒のことだったが、あとには印章が触れていた紙にこの店のマークらしいものが印字されているのが見て取れた。

 キヨの脳裏に、連盟から発行されている通行証が浮かんだ。あれにかけられたギルドの魔法証明。おそらくあの印章はそれと同じようなものだ。簡易的なものなら、たぶんスフィアの換金チケットにも押されている。

 ドイルでもきちんと認可された、この店の正式な社印として機能すると予想された。

 ここまでくれば、キヨにも何が行われていたのかは大筋読めた。

 にわかには信じ難いことではあるが、彼らは鉛筆の製法をこの店に教え、発明料を受け取ったのである。

 キヨの感覚からすれば、「そんなんでカネもらえんの!?」といったところだ。

 が、よくよく考えてみれば確かにこの街で見かけたことのある筆記用具はインクとつけペンがほとんどだった気がする。あとは子供たちが石畳にチョークみたいなものでお絵描きをしたり、木炭のようなもので果物だの野菜だのの値札が書かれていたりするのを見たくらいか。

 内心の驚きを禁じえないまま、取引は無事終了した。


「すげーなぁ! お前たちって頭いいよなぁ~」

 店をあとにすると、開口一番キヨは言った。商売がうまくいって、人ごとながらキヨもウキウキした気分だった。

「なに言ってる。これからはお前も考えるんだよ」

「この調子でバンバン借金返してくぞ」

 よそ行きの顔でお愛想を振りまいていた双子はぐるぐると肩のコリをほぐしながら、呆れた様子でキヨを振り返った。

「え、それって……」

 双子はどことなく野心溢れる顔つきでにっこりと微笑んだ。

「ギルドでもよろしくな、先輩」

 ―――マジかよ…。てことは、ジオギルドの誘いを蹴るってこと!? ほんとにいいのか!??

 だがここで念押しなどして「そうだなーやっぱやーめた!」などと翻意されるのも怖い。

 ―――いやいやでもでも。こんな上等なやつらをうちの落ちぶれギルドになんか入れちゃってほんとにいいの? この街にとっての損失になっちゃったりしない? っていうか普通にあの人に恨まれたりしないかこれェ……!?

「お前の百面相は面白いけど、さっき言ったろ?」

「これはお前を主人公にするための布石でしかないから」

「お前は余計なことは気にせずどんと構えてろ」

「んでものんびりしてる暇はねーからな」

「これから忙しくなる。覚悟しとけよ」

 にやりと笑った双子の顔つきは主人公の補佐というにはちょいワルな雰囲気であった。


 その日はそのあともう一件、一行は同様の手口で万年筆の製法を彫金ギルドに売り込んだ。

 今日一日で手に入れたカネは、今のキヨが一年バイトをしても稼げないほどの金額になった。

「俺たちから言わせりゃ、ヴェイグラントとしてのアドバンテージをなぜ使わないのかそっちのが不思議だけどな」

 帰り道、一行は今日の成果で温かい懐を押さえながらブラブラと大通りを歩いた。

「文明ってのはたぶんそう都合よくバランスが取れないんだろう」

「こっちは魔導器の技術は発達してるが細かい部分では地球Aよりはるかに後進の世界だ」

「いくらでも付け入る部分はあるぜ」

「そうは言ってもさぁ、鉛筆はともかく、普通万年筆の詳細な原理とか構造とか知らないって。現物があるならまだしも」

 そう。シルバーがあのでかい背嚢に入れていた筆記用具は、鉛筆とボールペンだけだったのである。だが双子は、ボールペンではなく万年筆を売り込むことにした。現物もないまま下手くそな絵を描いてその原理を説明し、高値でアイデアを買い取らせることに成功したのだ。

「なんでボールペンじゃなく万年筆だったんだ?」

「発明プロセスを一個飛ばしちゃうとこっちの人間には理解されにくいかと思ってな」

「それに、じつはボールペンは構造や原理は知ってるんだがインクの製法が明らかに現在普及してるつけペンのインクとは異なってるんだ。化学合成されたものなんかだとさすがに手が出せないし」

 聞いてみればなるほどな理由だ。

「それでいくと当然スマホもタブレットも売り込めねーよな」

 キヨの見る限り、現在彼らの持っているあちらのもので一番の文明の利器といえるのはそのあたりである。

「そもそも原理を説明できねーよ」

 双子はけらけらと笑い声を上げた。

「実際に作るとしたらせいぜい鉱石ラジオとかかな?」

「おーなんか夏休みの自由工作っぽい!」

 キヨが一緒になって笑っていると、二人は少し声のトーンを落として懐かしむ表情になった。

「あとは生活用品とかか…」

「結局あれなんだよなー」

「あの背嚢に入ってるもんって、地球Bに行ったとき俺たちがあったらいいなとか、なくて不便だったものとかなんだよな」

「だからこっちでも、あったらいいなって思いつくもんて同じなんだよ」

「キヨ、鉛筆ってすげー便利なんだぞ」

「アウトドアだと書ける場所も限られるから、鉛筆が一番いいんだ」

「地球Aに帰ってから改めて鉛筆の歴史について紐解いてみて、正直感動したね」

「その奥深さと発想力、利便性を追及した最終形状、たくさんのプロセスを経てきたからこその完全形態」

「わかるか? キヨ」

「お、おう…」

 アルコールの一滴も摂取していないというのに鉛筆について熱く語りだした双子に、キヨは若干引き気味の相槌を打った。

 ―――やべーこれ長くなりそうなヨ・カ・ン。

 正月に集まる親戚の伯父さんに捕まったような気分になるキヨであった。


 翌日、双子とシルバーは朝早くにギルドへやって来た。

 いよいよ今日、ローランとステラ契約を行うという。

「本当にいいのね?」

「さっさと頼むぜ」

 さすがのローランも有望株の新人を自分のところで獲得してしまうことに若干のためらいがあるのか、何度目かの確認をする。

 ユエだかシンだかわからない双子の一人がワクワクした顔で頷いた。

 ローランは小さく一つ息を吐き出すと、こちらも頷いてみせた。

「それじゃ、ここに三人並んで頂戴。えーと、シルバーは悪いけどちょっと膝立ちくらいになってもらえるかしら? 手が届かないから」

 これといって特別な儀式装置もなく、格式ばった祭壇なんかがあるわけでもなく。

 というかいつものリビングである。テーブルの脇に三人を立たせて、ローランは卓上に置いてあった手のひらサイズのナイフを手に取った。それで左手の人差し指に小さな傷をつける。

「んー、痛っ。何度やっても慣れないわ~」

「どうせ明日には治んだろ?」

「治ったって痛いもんは痛いのー」

 横で見ていたキヨが口を出すと、ローランも軽口を返す。

「はいみんな舌出してぇ」

 血が滲みでた左手を構えてローランが三人に言うと、双子は嫌そうな顔で「ええー」と文句を言った。

「まさかとは思うけどそれ口に入れる気か?」

「衛生面は大丈夫なんだろうな?」

「ローラン病原菌とか持ってないだろうな?」

「しっつれいね~~~~! テラは病気にはかかりません! 朝は特に、生まれたてのまっさら健康状態よっ」

 現代地球人としてはある意味まっとうな反応かもしれない。

 ―――そういや俺全然そういうの考えなかったわ…。俺ってば迂闊? いやいや、ローランへの信頼の証ってことで…!!

 なにはともあれ、双子は渋々といった顔ではあったが舌を出してローランの指を舐めた。二人を見て、シルバーも同じように舌を出し、ローランの指を受けた。

「ん…これといって変わった味はしないな」

「当たり前よぅ」

 口を尖らすローランの傷を、控えていたキヨが布で巻いてやった。

「じゃあ始めるわよ~」

 それから三人はローランの方へ左手を甲を上に向けて差し出した。

 ローランはそこに順番に手を触れて、呪文らしき文言を口の中で唱えた。

 この言葉は、どうしてか意味がわからない。キヨのときもそうだった。そういえば、雑貨屋の下っ端が印章を使った時も呪文のような言葉を口にしていたが、意味不明だった。ひょっとすると、魔法の呪文に属する言葉には例の翻訳機能が発揮されないのかもしれない。

 と、ふいに呪文が途絶え、代わりに三人の手の甲の上に〈ステラバッジ〉が浮かび上がってきた。

「……おおっ」

「これで契約完了よぉん」

 人差し指を顎に当て、うふ、とウィンクをしながらローランが宣言する。

 ギルドによってはもっと勿体ぶった入団儀式を執り行うのではないかとキヨは予想しているが、とにもかくにも、ローランギルドでの契約式次第はこれで終了であった。

「特に何もないな」

「これで俺たちステラになったのか?」

「そうよぉ」

 体の奥から漲ってくる力!とか、鋭く冴え渡ってくる感性!とか、そういう変化は特にない。

「あたしがしたのは、言わばあなたたちの可能性の扉の鍵を解除しただけ。これから経験値を積んで扉を開いていくのはあなたたち自身よ。扉の中からどんなものが飛び出してくるのか、はたまた何も出てこないのか、それは誰にもわからないわ~」

 ローランは気楽な調子で言う。

 納得したのかしないのか、三人はステラバッジを出したり引っ込めたりしている。

「ま、とにかく礼は言うぜ。ありがとな」

「これからよろしくなローラン」

 まだ膝立ちのままだったシルバーはゆっくりと立ち上がると、双子に倣ってローランに目礼をしてみせた。

「こちらこそ。ユエ、シン、シルバー、ローランギルドへようこそ!」

 満面の笑顔で両腕を広げたローランがそう言うのへ追従して、キヨも目一杯両腕を広げて言った。

「ローランギルドへようこそ!!」


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