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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 8. 主人公への決意表明…?

 二日後、いつまでたっても現れない双子たちを迎えにキヨは連盟と契約している宿を訪ねた。一ヶ月前、自分がしばらく寝泊まりしていた宿なので場所は知っている。

 そして、予想通り初日にここに彼らが泊まったことは確認できたのだが、四日目の今日、既にもうここにはいないことを宿屋の主人に告げられた。

「信っじらんねーっっっっ!!!」

 事の顛末を主人の口から聞くと、真っ赤な顔を両手で覆ったキヨは宿を飛び出してきた。

 あの晩―――レヴァインと対決したあの晩である―――あろうことか、双子たちとシルバーは、宿中に響き渡るような声を上げて夜の営みを致した……らしい。

 ここはランクとしては中の下くらいに位置する宿だ。突然現れたヴェイグラントを連盟がタダで一週間も泊まらせてくれるのだから、それほどいい宿なわけはない。それでも個室を確保した最低限のランクと言える。

 個室といっても壁は薄いし、ベッドも高級なものではない。当然他の泊り客だっているし、結局トラブルに発展したらしい。

 翌朝、三人は宿屋の主人に問答無用で叩き出された……のだという。

 ただでさえ奥手のキヨである。そんな話を聞かされただけでも恥ずか死にそうになった。

 頭から湯気を吹き出したままギルドまで走って帰ると、当の三人が訪ねてきていた。

「お、お、お前らぁああああ!! 俺がどんな辱めを受けたと思ってるっううう!」

 涙目になりながらキヨが訴えるも、三人+ローランは笑顔でキヨを出迎えた。

「おかえりなさーい、キヨ」

「遅かったじゃねーか。お前を待ってたんだ」

 ジャムクッキーと手摘みのハーブティーを片手に、和やかなものである。

 ローランに入れてもらったお茶をぐびっと飲むと、キヨはハーっと大きく息を吐き出して自分も椅子に座った。

 ―――ここは俺が大人にならねば…。冷静に。冷静に。

「で? お前ら宿を追い出されて一体どこにいるんだよ」

「今ちょうどその話をしてたとこよ。この子たちったら、一昨日から迷い猫通りのアイリーンの宿に泊まってるんですって」

 ―――アイリーンさんってどなた?


 アイリーンというのは、商業系ギルドのマスターで、ローランにとってはテラ仲間なんだとか。ものすごいやり手で、いくつもの宿屋や娼館を経営してるんだそうだ。

 双子たちが泊まっているというのは、娼館とラブホが一体になったような施設で、その中でもかなり高級なところに厄介になっているという話。

「え、でもそんなカネどっから…?」

「なに言ってんだ。この街にはダンジョンていう金の成る木がすぐそばにあんじゃねーか」

 いとも容易いことのようにシンが笑って言った。

 山ほど反論したい気持ちがキヨの中で渦巻いていたが、ジェノサイドテディの末路を思い出してぐっとこらえた。

 ―――そうだ。俺にできないこともこいつらには簡単にできちゃうんだよな…。

「そっか、カネの心配もいらないんならよかったな。それにジオギルドなんてすげーとこに誘われちゃったりもしてるし、この街で暮らす気ならこの先も大丈夫そうだな」

 一週間は面倒を見ようと思っていた後輩たちだったが、落ちこぼれの先輩にしてやれることなど何もなかったようだ。

 ちょっぴりさみしい気持ちになりながらも、同じヴェイグラント仲間のことを喜ばしく思うのも本当だった。

「それそれ」

「この三日間俺達なりにいろいろ検討したわけよ」

「まずは帰るかとどまるかからな」

 帰るとは、つまりあちらの世界へ、ということだろう。

「まさか帰る方法が見つかったのかっ?」

 つい勢い込んでしまうキヨだったが、

「いんや」

 あっさりとダブルで首を振られ、浮かせかけた腰をストンと戻す。

「そりゃそうだよな。ハハ、そんな簡単に見つかったら苦労しないっつー…」

「まあそれもそうなんだけどさ、それよりも俺たちの気持ちはすでに決まってるんだよな」

「おう。考えてもみろよ、地球Aでシルバーと暮らすってどう思う?」

 言われてみて、キヨはシルバーに目をやって改めて考えてみた。

「家のサイズちょー苦労しそう。あ、でもアメリカサイズだったらひょっとしてアリなの?」

 先日からかわれたのを根に持っているわけではなく、キヨの中のアメリカに対する常識がグラグラと揺らいでいるのだ。

「そこじゃねー!」

「普通にこの外見でオモテ歩けるかっつーの!」

「実際Aでは山ん中に建てた家から一歩も出られないような生活をこいつに強いてたんだぜ?」

「山の中とはいえ監視衛星がブンブン空飛んでるようなご時世に迂闊にこんなの外に出せないだろ」

 ダブルツッコミに「ですよね~」と苦笑い。

「地球Bは文明なくて暮らしにくいしなー」

「そこら中魔物と鬼だらけだし」

 シルバーがうんうんと頷く。

「そこいくとここはかなりいい」

「たとえこいつと同じようなのがいなかったとしても、他にもいろんなのがいるから地球AみたいにUMA扱いを恐れる心配もない」

「シルバーと手をつないで街を歩けるなんて夢みたいだぜ」

 定位置なのか、真ん中に挟んだシルバーにユエが左から、シンが右からぎゅーっと抱きつく。シルバーの青白い頬がほんのり赤くなるのが案外微笑ましい。

「ってことは、三人は帰る気はないってことか」

 キヨが確認すると、三人はそろって頷いてみせた。

「ただ、ひとつだけ気がかりなことがある」

「こんな俺たちだが、向こうに何人か友達がいるんだ」

 わずかに顔を曇らせて双子が言った。キヨの脳裏に先日見せてもらった写真が浮かんだ。

「…ああ、あの赤鬼とか学生服の少年?」

「そう。他にも何人かな」

「せめてあの写真の少年にだけでも連絡が取れればとは思ってる」

「俺たちはここで楽しく暮らしてるから心配無用だ、ってな」

 異世界と連絡を取る方法。そんなものがあるのだろうか?

 キヨはローランの顔を見た。異世界初心者の自分より、2000年もこの世界で生きている人間の方がもちろん詳しいに違いない。

「ごめんなさいね、ご期待には添えそうにないわぁ」

 だがローランも軽く首を振る。

「あっ、あの大樫の穴は? 異世界からの漂流物が流れつくっていう。俺そこから来たんだし!」

 キヨが思いついて言うも、ローランの表情は芳しくないままだ。

「昔ね、あるヴェイグラントが故郷を懐かしむあまりあそこで暮らしたことがあるの。ふとした拍子にあちらに戻れないか、とか、双子ちゃんたちのようにあちらに無事を知らせられないか、って。あのウロで寝泊まりしたり、手紙を瓶に入れて投げ入れたりしたらしいけど、結局ダメだったみたい。それでわかったのは、漂流物の流れは一方通行らしいってことだけ」

「えーと…、それじゃあ、そうだな、あっ、お前たちが来た場所は? あのダンジョンの湖!」

 キヨの思いつきに、双子はこくりと頷いた。

「そっちも行ってみた。あのあたりをくまなく捜索してみたが、手がかりはなかった」

「そもそも普段はAとBをつないでた穴だ。ほんの気まぐれでこっちに繋がるんだとしたら探すのは事実上不可能だ」

「……ってことをあいつに伝えられたら、まあ一番いいんだけどな」

 双子は肩をすくめて話を切り上げた。

「とりあえずそのことに関しては一旦諦めることにした。まずは、自分たちのことだ」

「自分たちのことっつーか、まあお前のことだな」

「え、俺?」

 双子の話の矛先が突然こちらに向き、キヨは目をぱちくりしながら彼らを見返した。

 そんなキヨをじーっと見やって、双子はしばらく黙り込む。

「な、なんだよそんな見つめんなよ…」

 こんな綺麗な顔が二つも自分に向けられていると、それだけでごめんなさいという気分になってくる。

「うん」

「おう」

 二人して納得顔で頷く。

「だからなんだよー」

 キヨが戦々恐々となって呻くと、二人からわけのわからない爆弾が落とされた。

「俺たちはお前を主人公にすることに決めた!」

 意味をとりかね、10秒くらいキヨはフリーズする。

「は……はァあああ!?」

 ――――なんじゃそりゃぁあああ!?

 キヨのリアクションをさらりと受け流して双子は続ける。

「さっきローランからも聞いたんだが、お前相当落ち込んでたみたいじゃないか」

「こないだの喧嘩騒ぎや、そのあとの王子様とのやりとりとか」

 半分位はお前らのせいだろ!とツッコミたいところだったが、キヨは別に恨んでいるというわけではないので黙っていた。

「俺たちは確かにイケメンだ」

「シルバーもイケメンだ」

「こないだのメンツもシルバーには劣るがなかなかのイケメンぞろいだったと認めてやろう」

「な…、何が言いたいんだオイ」

「そんな中、お前は自分のことをモブ顔だと自虐してるようだが、問題はそこじゃない」

「お前の顔は確かにモブ顔かもしれないが、お前がモブ化してるのは顔の問題じゃない」

「人のことモブモブモブモブ言いやがって喧嘩売ってんのかてめぇら!」

「「まあ聞け」」

 ユエが右の手のひらを、シンが左の手のひらをかざしてユニゾンしてくる。

「俺たちからしたらお前はまったくモブじゃないって言ってんだ」

「こないだからお前は主人公たる器を度々俺たちに見せてくれた」

「お前はモブじゃなくなりたいんだろう?」

「だったら話は簡単だ。お前が主人公になればいい」

「………なればいいって、そんな簡単に……」

 大体それができていればキヨはひきこもってもいなかっただろうし、異世界くんだりまできてヒエラルキーの限りなき底辺を這いずってもいなかっただろう。

「お前に足りないのはあと一歩だ!」

「あとはお前が踏み出すだけ」

「その手伝いを俺たちがしてやろうというわけだ」

「どうだ嬉しいだろう?」

 双子は真面目くさった顔で言ってはいるが、どうにもこうにもまったくもって詐欺くさい。

「………えぇー………」

 あまりの胡散臭さにキヨが顔を引きつらせると、双子はさらにヒートアップしてきた。

「そんなことでどうすんだ!」

「リカとかいう裏切り者を我が物顔でのさばらせといていいのか!」

 ―――うっ。

「チンピラダークエルフに雑魚扱いされたままでいいのか!」

 ―――ううっ!

「お前がその調子じゃいつまでたっても王子はお前に気づかないままだぞ!」

 ―――うううっっ!!

 痛いとこついてきやがる……!

 キヨは双子たちが交互に放ってくる攻撃にズガンズガンとやられるたびに胸を押さえた。

「だ、だからって……俺にどうにかできるわけが」

「できるかどうかじゃない! やるんだ!!」

 そこで二人はわずかに遠い目をして声のトーンを落としてこんなことを呟いた。

「このセリフ懐かしいな…」

「ああ。キヨ、この言葉はな、かつて地球Bで暮らしていた女が言った言葉だ」

「AからBに迷い込んで何年も戻れなくなった女がいたんだ」

「文明もない過酷な世界を必死で生き抜いてきた女のセリフだよ」

「後戻りなんかできない人間の言葉だ」

「お前だって同じだ。ぬくぬくと平和だった世界へはもう戻れないんだ」

「この過酷な主人公サバイバルのファンタジー世界でお前は生き抜いていくしかない」

「ずっとモブのままで終わるのか!」

「それがお前の人生か!」

「男たるもの上を目指さなくてどうする!」

 キヨの脳内で往年のテニスプレヤーが双子になって「もっとアツクなれよ!!」と叫んでいる。

 正直頭の片隅ではまだ冷静な…というか卑屈に縮こまっている自分がやめろと囁いていた。だが、双子の言葉は常々キヨが望んでいたことでもあった。

 一歩を踏み出すとき。

 それが今なんだとしたら。

「ほんとに…できんのかな?」

 ポツリと、キヨは呟いた。

 双子がギッと眼差しを鋭くする。キヨは慌てて、

「できるかどうかじゃない、やるん…だ?」

 最後はちょっと疑問形になってしまったが、双子は満足げな笑顔で頷いた。 

「「よし!」」


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