第一章 5. ダンジョンの成り立ち
「大昔にね、原初のテラという人がいたのですって」
「原初の…テラ?」
「たぶんあたしは知らない…見たことも、会ったこともないわ」
「なんでたぶんなんだよ」
キヨが笑うとローランはぷぅっと頬を膨らませた。
「笑わないでよぅ。昔のことを覚えてるのってほんと難しいんだから。何年くらい前だったかしら、1000年…? ううん、1500年は前ね、何人かで集まった時に、アズビルが言いだしたの。ダンジョンのことで覚えていることを聞かせてくれ、って」
「ダンジョンてのはそんな昔からあったのか」
「もっとずーっと前よ。だってダンジョンを作ったのは、偉大なる原初のテラなんですもの」
「「「えっ!?」」」
双子とキヨの感嘆がきれいにハモった。
「お、なんか気持ちいいな。三つ子誕生の瞬間?」
そしてちょっと嬉しげなキヨのセリフはすでに暗黙の了解となって華麗にスルー。
ローランはさらりと続けた。
「そのときにはもう、記憶違いとか各人の食い違いなんかが出始めていたの。それでアズビルは大事なことは書き留めておくことにしたのよ。世界に散らばっていた仲間たちに会いに行って、彼は一冊の記録書を書いたわ。これが最初のアズビル書。でもこれはすぐに虫に食われて読めなくなってしまったの。アズビルはこれではダメだと思って、いろいろ試した末に、石に文字を彫っておくことにしたのね。これがアズビルの石碑よ」
「なにその文化遺産的な名称」
「観光名所にもなってるわよ」
「えっ、まさかの世界遺産!? 俺たちでも見れたりすんの!?」
「もちろん。行くのに三ヶ月くらいかかるけど」
三ヶ月……。
当然歩いてとか、せいぜい馬に乗ってとかそういう単位デスヨネ?
黙り込んだキヨを尻目に、ユエがローランに続きを促した。
「その石碑にはどんなことが書いてあるんだ?」
「序文にはこんなことが書かれてるわ」
伝説に曰く、ある偉大なテラが太古の昔、この世界を創造した際にひとつの小さな失敗をし、現在世界に散らばっているテラはすべてその尻拭いのために在る。最終目標はダンジョン最深部の制覇、すなわち至極のモンスターの攻略。ダンジョンは無限のエネルギーを生み出す宝の山であると同時に、人類を恐怖の坩堝に叩き落とすモンスターの元凶。テラの中のテラ、原初のテラが成した最大の功績がダンジョンであり、また犯したたった一つの誤算がダンジョンである。
「石碑はテラの文字で書いてあるんだけど、人間たちに請われて何人ものテラがこれを読み聞かせているから、石碑の訳文が書物として出回ってるわ」
「本もあるのかよ!!!」
「屋根裏にあった気がするけど。あ、でも借金の形に売っちゃったんだったかしら…?」
「なんだよそれー!」
ギルドの師弟が戯れている横で、双子は深刻そうな顔で考え込んでいた。やがて二人揃って顔を上げると、ローランに問いかける。
「さっきの話で、その最初のテラがこの世界を創造したって言ったな?」
「つまりテラってのはこの世界の創造主って認識で間違いないのか?」
「え、創造主……?」
驚いて訊き返したのはキヨである。
「創造主ってつまり、神様ってこと?」
「キヨ、余計なことを言うな」
鋭く遮ったシンに、目をぱちくりさせながらもキヨは口をつぐむ。
しかしその言葉はしっかりとローランの耳に届いたようだった。
「『神』という概念を、あなたたちヴェイグラントは度々使うわよね。でもごめんなさいね、たぶんこの世界にはあなたたちの言う神という概念は存在しないんだわ。とても曖昧で、とてもたくさんの要素を包括した概念、ということは伝わってくるんだけど。いくつもの要素のうちのどれか、というのなら、当てはまるものがこちらにもあると思うわ」
「……そうじゃないかと思った。だからそっちから『神』って言葉を引き出したかったんだが、ないんじゃしょうがないな」
シンが肩をすくめる。
「世界そのものを作ったのがテラなのかそうでないのかはあたしにはわらからないわ。でも、その一部…たとえばダンジョン…を作ったのは間違いなく原初のテラだわ。それが創造主ってことなら、たぶんそう」
「無から有を生み出す力……か。俺たちの常識からすれば確かにそれは神の領域ということになるんだろうが…」
ユエの言葉に「だけどさ」とキヨが笑いながら続けた。
「誰でも読める碑文に『失敗』とか『尻拭い』とか書いちゃうってセンスはすげーよな。地球の神様相手だったら絶対しねーだろ」
「確かにな。褒め称え、飾り立てる言葉で埋め尽くすとこだろうな」
くくっと肩を震わせてシンが同意する。
「アズビルは頭はいいんだけど文才はイマイチなのよね~」
「あと気になるのは、最終目標として掲げられてる最奥のモンスターの攻略かな」
「そのラスボスを倒すとどうなるんだ?」
双子の問いに、ローランは「さあ」と肩を竦めた。
「七つあるダンジョンのうち、最奥までたどり着けたとこってまだないのよねェ」
「へぇ~ダンジョンて七つもあるんだ!」
「そうよぉ~。炎のダンジョンとか、氷のダンジョンとか。もっとも、見つかっていないだけでもっとあるのかもしれないんだけどね~」
「そんなにバリエーションがあんの。ほんとにRPGっぽくなってきたな!」
「それに、石碑にはあんなふうに書いてあるけど、原初のテラがどういうつもりでダンジョンを作ったのかもじつはよくわかってないのよね」
それを聞いていて、キヨはふとあることに気がついた。
「なあ、それってさ、原初のテラっちに直接訊けばいいんじゃね?」
双子たちの目が、はたと見開かれる。
「そりゃそうだ。大体他のテラに尻拭いとかさせてないで本人がやりゃあいいじゃねーか」
「どうせテラなんだから、不老不死でまだ生きてるんだろ?」
キヨ+双子たちの視線を一身に浴びながら、ローランは申し訳なさそうに首を振った。
「あたしは見たことも会ったこともないって言ったでしょ? あるテラは、持てる力を使い果たしてこの世から消滅したんだ、と言ったり。またあるテラは、この世の果てで隠棲生活を送っていて、もう二度と人前に現れる気はないんだ、と言ったり。―――要するに、所在不明…というか、生死も不明ってこと」
「テラ同士の不思議な感応力とかそういうのないのかよ」
「あるわけないでしょ。それができれば苦労はしないわよぅ」
気の抜けるような笑い声をもらすローランを見ていると、テラというのは大それたことができるわりにのんきな種族なのだという気がした。
気づくと窓の外は夕闇が迫ろうという時刻になっていた。
「まだ全然話し足りないでしょうけど、もう夕餉の時間だわ。皆ダンジョン帰りでお腹空いたでしょ」
ローランが窓の外を見て立ち上がった。
「ああ…もうそんなに経ったか」
「悪かったな、時間を取らせて」
双子は揃って手首に嵌めている腕時計を見ると、シルバーと一緒に椅子を鳴らして立ち上がった。
「よかったら一緒に夕食を食べに行かない? 双子ちゃんとシルバーの歓迎会をしましょうよ」
「お、いいね!」
正直懐具合的には外食の余裕などあるはずがないのだが、そのあたりローランは金銭感覚に疎い。キヨにしたところで、借金の額がべらぼうすぎて日々の節約でどうにかなる気がまったくしなかった。ゆえに、ガチガチの倹約家というわけでもない二人である。
「ちょうどバイト代も入ったし、今日はパーっといこうぜェ」
「悪いな。でもこっちの食い物か…ちょっと楽しみだ」
「どんな味か興味あるな。な? シルバー」
「ああ」
ローランとキヨに促された双子とシルバーは、嬉しげに頬を綻ばせた。
「そういえば店はよかったのか? 俺たちが来てから店番が誰もいなかったろう」
「大丈夫よぅ。どうせお客さんなんて来ないもの」
ギルドホームを出て五人でゆっくりとそぞろ歩きながら、店主とも思えない太鼓判をローランが押す。
「ていうか一体なんの店なんだ? あれは」
「うちは薬舗よ。ポーションとかエリクサーなんかのダンジョン系アイテムを扱ってるの」
「ああ、跳ね橋の向こうにもそういう店がいくつかあったな」
「その昔はうちもあそこに支店を出してたのよぉ」
「今では見る影もないけどな」
ユエとシンが交互に口を挟み、肩を揺らした。
見るも無残な零落ぶりは、莫大な借金を抱えて当時いたギルド員全員に逃げられた結果である。
「一体どうしてそんな借金作る羽目になったんだよ」
テーブルについているときは、名乗ってから席を立つまで一応どっちがどっちか区別がついていたのだが、歩き出すともうダメだった。双子の区別がつかなくなったキヨが、今喋ってるのはどっちなんだろうと会話の片隅で考える。
ローランに至っては最初から区別をつけようという気がまったく感じられない。二人の呼び方もはじめから『双子ちゃん』である。
「詐欺に遭っちゃったのよぅ」
困った顔をしつつも大して困った様子でもなくローランが答えた。
「とある伝説級のアイテムを買いたいとか売りたいとかっていう人たちが現れてね、あれよあれよというまに巻き込まれて、気づいたらすんごい借金抱えてたの。今思い出しても、なんであんなことになったのかよくわからないわぁ」
わからないということは、また同じ目に遭いそうなローランである。のんきもここまでくると傍迷惑というかなんといおうか。
「キヨはなんでまだローランギルドにいるんだ? お前まで借金にあくせくする必要なんてないだろう」
双子のどっちかに訊かれ、キヨはうっと詰まる。
それはそうなのである。
キヨにしたところで、このひと月で知己になったそう多くはない人たちに同じことを何度も言われた。
ローランを見捨ててギルドを去った元ギルド員たちと同じように、キヨがローランを見捨てたとしても誰もキヨを責めたりはしまい。
ローランにしたところで、仕方ないわねぇとでも言ってあっさり頷きそうだ。元ギルド員たちを見送った時と同じように(キヨの想像でしかないが…)。
だがいざ具体的にその状況を想像してみても、うまくいかないのだ。
リカのことで最高に落ち込んでいた時にローランはとても親身になってくれた。そもそも、異世界でぼっちになってしまったキヨにとって、ローランはすでに家族のような存在になりつつある。
借金で命を取られるわけではないし(ダンジョンで危険なモンスターハントをすることもあるが…)、贅沢な暮らしに憧れがあるわけでもない。
「男たるもの一度決めた道をそうそう投げ出すもんじゃねーよ」
ローランに対する気持ちは気恥ずかしくてとても言えないので、キヨは半ば冗談めかしてキラリと歯を光らせてみたりする。
「おー言うねぇ!」
「そうこなくっちゃ」
双子は楽しそうににやにや笑いを浮かべながらキヨの頭や背中をバシバシ叩く。リカとの経緯を話してしまっているので、キヨの内心もバレていそうだが、双子はただ笑っているだけだ。
「そういやギルドの移籍ってのはそう簡単にできるもんなのか? それに、一旦ステラになったやつってのは一般人に戻れたりすんのか?」
やめていったギルド員たちの話をしていたからか、双子の一人がローランに尋ねた。
「契約の解除は簡単よ。一般人に戻っても、ステラだったときの経験値っていうのは消えたりはしないわ。ただ、発動したスキルや魔法といった特殊技能はステラの位階を必要とするから使えなくなってしまうわね。でももう一度どこかのテラと再契約をすればまた使えるようになるわよ」
「えっとさ、経験値が消えないってことは同じLvから再スタートできるってこと?」
「ええそうよん」
にっこりと請け合ったローランに、キヨは驚く。
今まで大して疑問にも思わずにいたことだったが、改めて聞くとものすごくお得なゲームシステムのようではないか。ひとつのジョブを極めてからの上位ジョブへのジョブチェンならまだしも、低Lvでの職替えにはペナルティがつきものだというのに。
「そんな気楽なシステムにしちゃったらジョブチェンできまくりじゃん。あっちこっちフラフラする奴続出で大混乱!」
ネトゲでも人気の高いギルドを渡り歩くような奴が必ずいるが、大抵は礼儀をわきまえない自己中のかまってちゃんが多いので、どこのギルドでもブラックリスト扱いになる。
「レイド情報を手土産に移籍とかするからギルド間闘争の引き金にもなったりすんだよ。ギルド内の空気もギスギスするしそれがきっかけで真面目に楽しくやってた仲間が一人減り二人減りーで結局ギルド解散、なんてことになったり!」
そんな過去でもあるのか、キヨが一人でエキサイトしていると、ローランが苦笑った。
「ギルドマスターは何があっても辞めないから、ギルド解散はないわよぅ」
それもそうだった。この世界のギルドはテラがテラである限り消滅したりはしないのだ。
「簡単に移籍できるといってもそこは人間同士のことだから…。相手ギルドの入団試験のようなものがあったりもするし、テラ同士の情報網も一応あるから、そんなにあちこちを渡り歩いてたらやっぱり警戒されるわよね。でも、門外不出のダンジョン攻略情報なんて噂も聞くし、キヨが言うようなことは起こりうるわよねぇ」
「門外不出の攻略情報……! なにそれちょー気になるぅ、もっとkwsk!!」
「噂よ噂。オカネがお得に稼げるーとか、経験値うまうまーとか、よくある都市伝説みたいなものよ。ある程度一般化された情報は連盟に集積されてて誰でも知ることができるし、ドロップアイテムなんかだと実際にはギルドごとにターゲットモンスターも違うだろうしねぇ」
「えーーーつまんね~~。ローランギルドにはないのかよ、その門外不出ぅ?」
ローランは人差し指を顎に当てて、ちょっと考える表情を浮かべた。
「うちだったら、そうねぇ……。ロックフォールドラゴンの逆鱗、とかかしらねェ」
「おおおお! あるじゃんあるじゃん! で? それって何? そのドラゴン強いの? 珍しいの? 倒すの大変なの??」
興奮したキヨが目を輝かせる。
「強壮剤の原料になるの。ロックフォールドラゴンていうのは、すっごく強いレアモンスターよ。Lvは50くらいだったかしら?」
「ごごごごごごじゅうっすか。そそそそそりゃお強そうですね………」
Lv3のキヨからしたら、秒殺…いや瞬殺クラスの相手に違いない。もちろんされる方の。
「へぇ、ってことはローランギルドも昔はそのへんのモンスターをバリバリ狩ってたってことだろ?」
「すげーじゃん」
「そうよぉ。長くギルドを開いてるけど、うちはダンジョン攻略組じゃないから、いつも少数精鋭って感じでね。基本的には自分のところで使う薬の材料系のアイテムハントが目的なの。連盟を通じて材料アイテムを買って薬を作ることもできるけど、高くついちゃうから~」
少し自慢げにローランが頷いた。
「ふぅん」