第一章 4. ローラン・ギルド
全員審査を終え、無事仮市民権を手にして連盟を後にした。三人には一週間の仮の宿と、最低限ではあるが、幾許かの軍資金が与えられた。
「まだ日も高いし、このあとどうする?」
宿でゆっくりしてもいいし、食事にくり出してもいい。三人がどういう進路を選んだとしても、この一週間くらいは面倒を見るつもりのキヨだった。
「そうだな。先輩さえよければテラに会ってみたいんだが」
「テラって、ローラン?」
「ローランじゃなくても、誰でも」
双子の言葉に、キヨはうーんと考え込んだ。ちょうど掲示板の前まで来ていたので、キヨは立ち止まって張り紙を仰ぎ見た。
「ローランだったらいつでも会わせてやれると思うよ。でも他のテラだと、ちょっと難しいと思う」
「そういうもんなのか?」
「テラは会社の社長さんみたいなもんだからさ、あっちでだって、大会社の社長にいきなり会ったりできないだろ?」
「あーなるほど。ローランは零細企業の社長だから会えるってことね」
「それもあるけど! 一応ほら、俺ってツテがあるからってこと! ……他は、俺も会ったことないんだよね、じつは。――ここ見てみろよ」
キヨが見上げる先の掲示板には、色とりどりのインクで縁を飾られた張り紙が何枚も貼ってあった。他と違う特徴としては、それぞれに何がしかのエンブレムのようなものが描かれていることか。
「このへんに貼ってあるのはギルド員募集の張り紙なんだ。えーっと、『ジィロット・ギルド』だろ、『デーメオール・ギルド』に、『シューマ・ギルド』」
「お、キヨ読めてんじゃん」
「ちょっとだけな。こっちも表音文字と表意文字があって、公用文字ん中の表音文字だけは覚えた。名前とかは表音文字で書いてあるから読める」
「『ジオ・ギルド』はねーのかよ」
双子の片割れの言葉に、キヨの表情が若干暗くなる。
「ここにはない。―――んーと、ギルドにもいろいろあってさ、ほんとに会社みたいな感じで商売を本業にしてるとことか、特殊技能スキル…たとえば鍛冶屋とかに特化してる職人ギルドなんてのもある。ジオギルドは戦闘特化、つまりダンジョン攻略を第一目標に掲げてるギルドなんだ。人気もあるけど、それ以上に命がけのとこだから、常時募集はしてないんだって。スカウトもあるらしいけど、強くなきゃ当然声はかかんない。飛び込みで入門希望したやつは心意気を買ってテストを受けさせてはくれるけど、ほとんどが見込みなしで落ちるって話」
ここにも落ちた奴がひとりいるけど、と心の中でひとりごちるが、キヨは言葉にはしなかった。双子もわかっているのか、何もコメントはない。
「こういうとこに募集を貼ってあるようなギルドだと、もしかしたらテラも会ってくれるかもね。でも基本的にテラって雲の上の人って認識みたいよ」
「そういうもんか…んじゃ仕方ないからローランでいいや」
『仕方ない』とか『でいいや』とかはローランには言えねーな~と思いつつ、キヨは『ローラン・ギルド』のホームへ三人を案内した。裏通りを何度か曲がってたどり着いた先に、格子ガラスの嵌った扉が見えてくる。
「いらっしゃ…あらキヨ、おかえりなさーい!」
薄汚れた看板が一応目印のここが、キヨとローランが暮らす家、兼ギルドの本拠地、兼店舗だった。
扉を開けると、小さいながらカウンターがある。その向こう側で笑顔で一行を出迎えたのがここの主であるジャック=ローランだった。
ローランは見た目はその辺にいそうな優男だ。顔立ちは整っているのだが仕草と言葉遣いがおネエなので見る者にかなりの残念感を与える。
服装はシンプルなシャツとズボンに薄汚れたエプロン姿。麦の穂のような薄い茶髪を長く伸ばし、肩の上で一つに結んでいる。
「あらあらあら、そちらのイケメンさんたちはどなたぁ?」
キラーンとでも音を立てそうな目で、キヨに続いて店内に入ってきた三人、特に真ん中の長身を見つめた。
「ただいまローラン。こいつらは俺と同じヴェイグラントなんだ。バイト中にダンジョンで会って、さっき一緒に連盟に申請してきたとこ」
「まあヴェイグラント! キヨとリカが来たばかりなのに、立て続けだなんて珍しいわねぇ!」
両手の指先を顔の前で触れ合わせて、ローランは大げさな仕草で驚いてみせた。
「ローランに会いたいっていうから連れてきたんだけど、今いい?」
「もっちろんよぉ~。キヨのお友達なら大歓迎! キヨのお友達じゃなくても大歓迎よ! あたしとお友達になりましょ」
ローランはスキップでもしそうな足取りでカウンターから出てくると、三人の前につま先立ちで立った。左手は体の横でピンと反らし、右手をまっすぐシルバーの方へ伸ばしてきた。
「あたしはローラン。よろしくねん♥」
ウィンク付きである。
双子の目つきがローランが一言重ねるごとに据わっていくのを横目で見ながら、キヨはじっと成り行きを見守った。この兄弟は大人っぽいように見えて案外子供じみた言動もあるので、こういう場面でのリアクションの予測がつかない。
ローランは確かにちょっと……いやかなり痛々しい部分はあるものの、基本的に悪い人間ではない。心優しい対処をしてくれることを祈るのみだ。
「よろしくローラン。俺はユエだ」
シルバー用に若干高い位置にあったローランの右手を無理やり握ってユエがにこりと微笑んだ。間髪入れずにシルバーを挟んで反対隣にいたシンがローランの右手を引き継ぐ。
「俺はシン。よろしくな」
ブンブンと上下に握手を振ってからシンが手を離すと、ローランの期待の眼差しがまっすぐシルバーに向けられた。
秋波が物理的な矢印になってビュンビュン飛んでそうな緊張感の中、当のシルバーは至って平静な様子でさらりとローランの手を握った。
「シルバーだ。よろしく頼む」
「あァん、声も素敵…」
重低音な声に腰砕けになったローランが目をハートマークにするのを見て、双子が一糸乱れぬ動きでまだ握られたままだったシルバーの右手をもぎ離した。
「おいそこの腐れカマ野郎」
「言っとくがこいつは俺たちの男だ」
「ちょっとでも手ェ出しやがったらブチ殺すからな」
「よぉっく肝に銘じておけよ」
店内にしばしの沈黙が落ちる。
「―――んまっ!!」
―――そういえば初対面の時も同じようなセリフを聞いてたんだった…。
額に手を当てたキヨが思い出した時には、双子は毛を逆立てた野良猫よろしく、流石に驚いて絶句するローランに対峙していたのだった。
「がぁっつり出来上がっちゃってるカップルに割り込むほど無粋じゃないのよ、あたしだって。でもねぇ双子ちゃん、これだけは言っとくわ…」
店の奥にあるリビング兼ダイニングに一行を招き入れると、ローランが腰に両手を当てて胸を反らした。
珍しく若干目つきがやばい。
「さっきみたいな蔑称で今後一切あたしを呼ばないこと。いいわね?」
普段穏やかでなんでも「まあまあ」で流してしまうローランがこめかみに青筋を立てている姿を目にして、キヨが双子に真顔で目配せを送った。
―――ここは素直に頷いとけ!!!!
「お前がシルバーに手を出さないならな」
さっきまであんなに一触即発感を漂わせていたくせに、シルバーに頭をひと撫でされたからか、双子は機嫌のいい猫のような顔でふふんと笑った。
ローランのこめかみが微妙に波打ったように見えてキヨの肝がツンドラ氷河のように冷えたが、ふーっと大きく息を吐くと、ローランはにっこりと微笑み返した。
「それじゃあ改めて、仲良くやっていきましょうね」
―――大人だ! ローランは大人だァァ!!!
心のどこかでおネエなギルマスを侮っていたことに気づかされたキヨは、大いに反省するとともに、寛大な心を持った自らのテラへの尊崇の念を抱くのだった。
「じゃあまずあなたたちの馴れ初めから聞こうかしら」
ちょっと下世話な笑みを口元に浮かべて、ローランはうふふと微笑んだ。
「ぅおおおおい!」
―――台無しだァァァ!!!!
ローラン手作りのジンジャークッキーと、香りのよい手摘みのハーブティーを人数分用意する段になって、ようやく本当の意味でくつろいだ雰囲気になってきた。
キヨは自らお茶くみを買って出たり、テーブルに皿を並べたりと甲斐甲斐しくセッティングをしながら胸をなで下ろす。
元凶のシルバーはもとより、双子もローランもさっきの今で花畑のような顔でにこやかに会話などしている。
「へぇ~、それじゃ双子ちゃんたちとシルバーは別々の世界からやってきたってこと?」
本当に馴れ初め話を聞いたあと、さっそくクッキーをつまみながらローランが興味津々で話の合いの手を入れる。
「まあな。俺たちのいた地球って世界と、こいつのいた地球はたぶん平行世界ってやつなんだと思う」
―――平行世界!
キヨのオタクセンサーがピコーンと反応する。アニメや漫画ではもはや使い古されたネタではあるものの、実際に体験談を聞くとなれば話は別だ。俄然身を乗り出してしまうキヨだった。
「え、なにその面白そうなネタ! どういうこと? パラレルワールドってやつ?」
「ややこしいから俺やキヨのいた地球をAとしよう。シルバーのいた地球をBとする」
「地球BはAとそっくりなんだけど、人間が存在しない世界、つまり文明が一切ない世界なんだ」
「んで、その代わりにこいつの種族が魔物と飽くなき戦いを繰り広げてたってわけ」
双子はいつものように交互に喋りながら、器用にお茶やクッキーをかじっている。
「あのさあのさ、シルバーの種族ってやっぱ鬼なの? その角ってもとはちゃんと長かったわけ?」
「おうそうだぜ。こいつの仲間たちはみんなこーんな立派な角つけてたよ」
「色は青ばっかりじゃなくて、赤とか緑とか、そりゃもうカラフルだった」
ユエが身振りで頭の上に角のジェスチャーをしてみせると、シンが両手を広げてたくさんの色を表現してみせる。
「え、じゃあ赤鬼ってほんとにいたりすんの? 泣いた赤鬼伝説ってマジなの!?」
「いるよ赤鬼。っつーか普通に友達だったし」
「マジかっ!!」
『泣いた赤鬼』は伝説ではなくおとぎ話である。しかし事実が物語に脚色されたのだと思うと全然違う話に思えてくる。
キヨが一人で盛り上がっていると、双子はシルバーが背中から下ろして部屋の隅に置いていた背嚢から、ゴソゴソと何かを取り出した。
「ふえぇ! スマホじゃん! えっ、てかタブレットとかまで持ってきてんのかよ!!」
ユエがスマホを、シンがタブレットを手にしてテーブルに戻ってくる。
「これが赤鬼ね」
「こっちは地球Bにいた魔物たち」
それぞれに写真データを表示させて、二人に見えるようにこちらに向けてきた。
驚くべきことに、スマホには本当に赤鬼らしい人物が写っていた。といってもシルバーと同じく折れてしまっているらしく角は見当たらなかった。だが、赤銅色をした肌と鮮やかな紅色の蓬髪、裸体に獣皮らしい腰蓑一丁という姿がものすごく鬼っぽい。よく見るとこちらをまっすぐ見つめる瞳も紅褐色をしているのがわかった。
なぜか隣に学生服姿の少年が立っており、赤鬼に肩を抱かれて笑っている。身長差が大人と子供ほどあるので、この赤鬼もシルバーと同じくらいの体格であると予想された。
魔物の写真の方はタブレットに綺麗に分類されて並んでいた。
シルバーと一緒に写っているものが多く、大きさ比較ができるようにしてあるのだとわかる。それぞれにタグがつけられており、地名や日付などと思われる表示が散見された。
「なにこれすげー。ファンタジーってよりちょっとした学術調査っぽくね?」
「え、ちょっとなんなのこれ? 絵姿にしては克明すぎじゃないぃ? それにこの装置はなに?」
びっくりさせられたのはキヨばかりではない。ローランは現代地球A産の文明の利器に触れるのは初めてだったらしい。
キヨは簡単にローランに機械の説明をしてやった。簡単すぎてローラン的にはほとんどちんぷんかんぷんだったようだが、双子たちの話が進まないので無理やりそれで説明を打ち切る。
「…そんで?」
「あ、終わった?」
キヨが続きを急かすと、ポリポリとクッキーを食べて待っていた双子がお茶で流し込んで話を再開した。
「て言ってもこっから先はあんまねーんだ」
「こっちに写ってる少年いるだろ? そいつがちょっと特殊な家系でさ、異世界へのゲートを開くことができる特殊能力を持ってるんだよ」
「ほぇ~」
キヨは改めてスマホの写真に見入った。ログハウスの様な簡素な建物を背景に赤鬼と一緒に笑っている少年―――見た限りではごく普通の賢そうな学生にしか見えない。
強いて言うなら、可愛いといえば可愛いが特徴に欠ける顔…つまりモブ顔としての親近感をキヨに抱かせるくらいか……。
「俺たちはこいつに頼んで、AとBを行ったり来たりしてたんだよな。まあちょっといろいろあってさ、今回もいつもどおり普通にAからBへ渡るつもりだったんだ」
「それがどう間違ったのか、全然別な世界―――ここへ来ちまってたってわけ」
ここ、と言って二人は自分たちの足元を指差した。
「なるほどねぇ~。もともと異世界渡りをしている最中だったってことね、あなたたちは」
「ワームホールってのは元来不安定なもんだから位相がずれて着地点が思わぬところになっちまうってのはファンタジー世界ではある意味王道だよなぁ。ラノベ的な展開だと異世界魔法学校の女子寮の風呂ん中へジャンプ!とか、王女様の寝室に飛んじゃって風呂上がりのプリンセスとばったり出会って決闘騒ぎ!とかが鉄板だよな!」
勢い込んでまくし立てたキヨが、ふんっと鼻息をつく。
「……ごめん、何言ってるかちょっと……」
きょとんとしている異世界人二人はともかく、双子の、オタクを見る目にさらされ、キヨは両手を前に突き出して目をつぶった。
「フツーにスルーしてくれて構わないからぁあ! マジで返されるとメンタル傷つくからぁあああ!」
自爆して赤くなっているキヨに、双子は吹き出した。
「おっ前ってほんと見た目によらずナイーブなとこあるよな!」
美形は大口開けて大爆笑していても美形なのだと知ったキヨだった…。
「そんじゃ今度はそっちの話を聞かせてもらおうか」
「せっかくテラ様にご面会願ったんだからな、たっぷりこの世界の秘密を聞きたいねぇ」
思う存分笑ってから冷めたお茶で喉を潤し、双子はテーブルに身を乗り出した。
「う~ん、秘密って言ってもねェ…」
人差し指を顎に当てて宙を見上げるローランにキヨが笑って助け舟を出す。
「なんだっていいんだよ。この世界の常識自体が俺たちにとっては非常識なんだぜ」
「そういえばあなたたちの世界では他種族の言葉は通じないんだったっけ」
「うん。こっちでの文字と同じ」
大仰に首を振るローランに、双子たちの方こそ信じられないというふうに首を振る。
「俺たちからするとありえねーって思うけど、こっちの人達にとっては普通なんだよな?」
「そうよー。言葉が通じないと大変じゃない?」
「大変も大変。意思の疎通もままならないから世界中争いばっかりさ」
大雑把かつ大袈裟に肩をすくめたシンの言葉を引き取って、キヨが腕を広げた。
「そこで大活躍するのが我らが誇るジャパニメーション! 言葉なんか通じなくったって日本産の愛と友情は世界共通で感動を呼ぶんだぜ!!」
異世界人二人はともかく、双子の二人は以下同文…な沈黙が落ちる。双子はパチパチとまたたきしながらキヨの顔を眺めたあと、要望通り華麗にスルーして下さることに決めたようだった。
「…んっと、こっちの世界の文明について聞こうかな」
「あ、はいはい。ええっとまずはスフィール発動機あたりから話そうかしらね」
スルーされたらされたでこの寂寥感はなんだろう…。
―――さ、さみしい…っっ!
「ってことは、スフィールってのはあっちで言う電気みたいなもんか」
「そうみたい。この辺にある部屋の電気…じゃなくて魔導器ってこっちでは言うんだけど、これとか、コンロとか湯沸しとか洗濯機とか。いわゆる電化製品的なやつから、もっと大掛かりな土木作業的なやつまであるらしいよ」
キヨがリビングの天井に吊るされているスズランのようなフードをかぶった照明器具を指差しながら説明する。
「ダンジョンで狩られたスフィアの結晶石は、一旦街の北西地区にある精製工場に集められるの。そこでエネルギーを取り出しやすい形に加工されて、それぞれの用途に合った姿で出荷されるわ」
「精製されたものがスフィールって名前に変わるんだな」
「俺の見た感じコンピューター的なものはないから、文明レベルとしては高度成長期ぐらい?」
「電話は?」
「ない。あ、でも都市間を結ぶホットライン的な連絡網はあるって前にローランが言ってたな。…だったよな?」
「それは魔導器じゃなくて、魔法の一種ね。使えるのはテラだけだけど」
「ふぅん。テラってのはやっぱりかなりの特権階級ってことなんだな」
「人よりすこぉーしできることが多いってだけよぅ」
ぱたぱたと小指を立てた手を振りながらローランが謙遜ともいえないようなことを言う。
「だが実際のところギルドの長がテラなんだろう? ステラっていうある種の超人集団を抱えているんだから、力を持つのも当然だ」
「テラになるにはやっぱりギルドごとにやり方が違うのか? たとえばローランはどうやってテラになったんだ?」
「えーっ、テラはなろうと思ってなるものじゃないわよ~」
ユエの質問に、ローランは再び小指の立った手を上下に振った。
「余所者には言えない秘密っていうなら、別に無理にとは…」
「そうじゃなくって。テラっていうのは種族名よ。あたしがエルフになれないように、他の種族の人間がテラになることはできないってだけよ」
おかしそうに笑っているのはローランだけで、双子もキヨも驚いた顔をして優男面を見つめた。シルバーだけは常通りの平静さ――無関心なだけ、とも言えるが――で座っている。
「テラが種族…? え、でもギルドの数ってそんなに多くねーよな?」
キヨも初耳である。あまり物事を深く考えない質なので、ギルマス=テラというだけの認識しか持っていなかった。
「そうねー、ドーンには20人テラがいるから、ギルドの数も20ってことね」
ローランがこともなげに告げる。
「ギルドありきじゃなくて、そもそもテラありきだったってことか…」
「特別な力を持った少数民族……ね。テラってのは一体どういう種族なんだ?」
双子が幾分眼差しを鋭くして問う。
「そーんな警戒しなくても大丈夫よぅ。怖い種族じゃないから。んーと、そうねぇ、テラの一番の特徴は、不老不死ってことかしら」
「はぁぁぁああ!? 不老不死ぃいい!?」
とんでもない爆弾発言を落とされてキヨの顎が落ちる。オタク脳にはかなりの垂涎設定である。
「そそそそそれはつまり吸血鬼とかそういう感じのノーブルゴシックなそっち系のアレですか!?」
「違うわよ! 失礼ねェ」
こちらの世界での吸血鬼伝説はどうやらあまり好印象は与えられないらしい。ローランはプンプンっとでもいいそうな顔つきでキヨを睨んだ。
「何年経っても歳は取らないし、怪我や生命機能を停止してしまうような損傷を受けても、翌朝には元通りになっちゃうのよね、あたしたちって。アズビルが言うには身体構造が人間とはちょっと違うとかなんとか。でも難しいことはあたしにはわかんないわぁ…」
アズビルさんというのはローランのテラ仲間と推察されるが、まだキヨも聞いたことのない名前だった。
「不老不死……ってことは、お前は何百年も生きてるってことか?」
シンが伺うような表情でローランに訊いた。キヨのように何も疑わずに受け入れているというのではないのかもしれない。
「そうねぇ、少なくとも2000年くらいにはなるのかしら?」
「に、…にせんねんんん!?」
それは吸血鬼で言えば真祖クラス……!! いや、吸血鬼じゃないんだった!
だとしたらなんだ…? ジーザスクライストクラス……!???
―――1万2000年前だったら天使って線もあったのにぃいいい!!
「それだけ生きてるとねぇ、昔のことって忘れちゃうのよね。だからあんまり古いことには答えられないかも」
すでにもうキヨの理解の範疇を超えそうな予感しかしない。アニメや漫画には限界など存在しないのでどんなトンデモ話を聞いても順応できるつもりでいたが、実際のスピード感はマッハの速度でキヨの理解を超えていく。
双子の方はと見ると、なにやら難しい顔でローランの顔を見つめている。頭から疑ってかかっているわけではなさそうだが、真偽の程を窺っている、というところなのだろうか。
「それじゃ2000年前にお前がこの世に誕生したときのことは覚えてないのか?」
「わからないわ…ごめんなさいね。あなただって、生まれたての頃の記憶なんてないでしょ? それと一緒よ」
「いや、俺たちは覚えているよ」
「ほんとにお前は覚えていないか? お前たちを生み出したものについて…」
冗談なのか本気なのか、双子の表情はひどく真面目なものだった。
その言い方はまるでテラを生み出したものに心当たりでもありそうな口ぶりではないか?
だが考えてみれば不老不死の存在というのは不思議である。死ぬことのない存在なら子孫も必要ないわけで―――ということはテラを生み出したのはテラの母親じゃない?
卵が先か鶏が先かっていうアレか……? いや違うか………。
キヨの脳みそが沸騰しそうになっている横で、ローランは至ってシンプルに答えた。
「覚えてないわァ、ごめんなさいね」
その答えを聞くと、双子たちは揃ってふぅとため息をついた。
それで少し、その場の空気が和らいだ。
「それじゃ次はダンジョンについて聞こうか」
「ダンジョンってのはなんなんだ? それにモンスターってのは?」
「世界にダンジョンはいくつあるんだ? ダンジョンの広さは? 一番奥には何があるんだ?」
「お前たちテラがダンジョンを管理してるのは一体何でだ?」
双子の畳み掛けるような質問に、一旦和らいだかに見えた空気が一気にまた緊張感を帯びる。
え、なにこれなんでこんな尋問口調なの?
てかこの二人こそ一体ナニモンなの??
「本当に不思議な子たちねェ。確かにヴェイグラントには間違いないようなのに、こうも世界の核心というものに早々と迫るなんて…」
ローランが肩をすくめてため息をつく。やはりローランにもこの二人の言動は異様に映るのだろう。
「それはたぶん、俺たちが前に一度経験してるからさ」
ユエがどこか物思わしげに言った。
「地球Aから地球Bに迷い込んで帰れなくなった俺たちは、何ヶ月もBの世界を解き明かそうと駆けずり回った」
「ただそれだけのことだよ」
先ほどの過去話は随分短く省略されていたらしい。苦労話をまるっと省かれては、双子のこの警戒っぷりが理解できない。
「つまり、そこでたどり着いた世界の謎とこの世界の謎とか関係してるんじゃないかってこと?」
キヨの質問に、双子は頭を振った。
「そうは思ってない。あの世界とこことじゃ、全然違う」
そう言うと、ユエとシンは珍しく迷うような視線をお互いに絡ませてから、もう一度キヨの方を向いた。
「うまく言えないが、この世界は法則性の『在り方』みたいなものが全く違う気がする。肌で感じるんだ」
二人の言わんとすることが、キヨにはなんとなくわかる気がした。
キヨ的に言ってしまえば、この世界はオタク脳に優しい世界、なのだと思う。
理屈などわからないが、そういうところがキヨの感性に合うのだ。
でもって、そういうところがリア充っぽいこの双子には違和感覚えまくりなのではないだろうか。
「ローラン、説明してやってよ」
「え?」
「ダンジョンのこと。―――ユエとシンはさ、この世界を理解したいんだと思う」
ユエ、シン、それにシルバーとは昨日出会ったばかりだったが、キヨは三人のことを結構気に入っていた。はっきり言えばかなり好きだ―――というか、この先付き合っていく中で、たぶんかなり好きになるに違いない予感がする。
「な?」
にこっと笑ったキヨの笑顔を見て、ローランが苦笑いのような笑みを返した。
「わかったわ…。別に双子ちゃんたちに意地悪したいわけじゃないの。ただちょっと、昔似たような子がいたのを思い出しちゃったのよ。才気走った将来性のある子だったのだけど…あっという間にダンジョンで死んじゃったわ」
小さく吐息をすると、ローランはまっすぐに双子へ目を向けた。
「あたしが知ってることならなんでも教えてあげるわ。その代わり約束してちょうだい。―――決して無茶はしないこと。いい? キヨ、あなたもよ」
2000年もおネエをやっているからだろうか。ときどきローランがお母さんのように思えてくることがある。
「う、うん」
思わず素で返事をしてしまうと、ローランはいつもの顔で微笑んだ。
「俺たちだってダンジョンなんてわけわかんねーとこで無茶はしないよ」
双子が請けあうと、ようやくローランは語り始めた。