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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 3. 自由都市<ドーン>

 バカ話に花を咲かせている間に本日の野営地に到着し、移動中頑張ってモンスターを排除してくれていた護衛役たちのためにキヨたち荷役夫が食事を作ることになった。そこで大活躍したのが意外にも寡黙な青鬼のシルバーだった。彼がもともと背負っていた大きな背嚢(リュックサックと呼ぶにはワイルドすぎた)には、こうなることを見越していたとしか思えないサバイバルグッズが山ほど入っており、簡単な調理道具まで準備されていたのである。

 湖の近くでキャラバン隊が収穫しておいた果実や野草に、備蓄の干し肉を使い、シルバーはあっという間に旨そうな料理を作ってみせた。

「あんちゃんやるなぁ。こんな旨い野営料理は初めてだぜ」

 疑ってかかっていた『ストレンジャー』の意外な特技に、ワンズも思わず強面をほころばせる。

「俺たち以外がシルバーの料理を食えるなんて滅多にないんだぜ。味わって食えよオッサン!」

 女と見まごうような美形兄弟のくせに、双子は口が汚い。ワンズは落くぼんでいる目をくわっと剥いて「誰がオッサンじゃっ!」と唾を飛ばした。ドワーフ族は年齢の割に老けて見えるというから、ワンズも案外若いのかもしれない。

 思いがけず旨い料理にありつけ、一行は和やかな雰囲気で夜を過ごした。護衛係が交代で寝ずの番をし、夜明けを待つ。


 油断は禁物だが、この辺りはすでにLv10区域に入っている。野営地はダンジョンの辺境、障壁の間際に立てるのが定石なので、そういう意味でもモンスターの対処はしやすかった。

 夜中に若干のモンスターの襲撃を受けたりもしたが、護衛たちの素早い対処により一行は無事に朝を迎えることができた。

「はよーっす」

 寝ぼけ眼でキヨが目を覚ますと、キャラバン隊はほとんどがすでに出発の準備を始めていた。朝は軽く喉を潤して携帯食料をかじる程度で出発する。

 歩き出してすぐに、ワンズがキヨの近くに寄ってきた。

「おい坊主、お前のツレはやはりどうにも怪しいぞ」

 ストレンジャー三人組からさりげなく離されたと思ったら、ガッシリとしたドワーフはそんなことを囁いてきた。

「えー? 夕べあんだけ旨い旨いって飯食ってたのに~?」

「馬鹿もん! その後夜中に一騒動あったんじゃ」

 ワンズは声を潜めて叱りつけると、周囲に目を配りつつ昨夜のことを思い浮かべるようにして言った。

「そんなのあったんすか? 全然気づかなかった」

「お前はずっとグースカ寝とったわい。ある意味大物じゃの」

「えーそんな~~~」

 テレテレとキヨが後ろ頭を掻くのへ、「褒めとらんわい!」と唾が飛んでくる。

 ワンズの話では、誰が異変を感じ取るより先に、三人は起き出してきたのだという。そして寝ず番に警戒を促した。護衛役が全員起きて準備が整ってから、モンスターの襲撃があったのだ。大した数ではなかったのと、暗闇の中、どうやら件の三人も闘いに加わっていたようだということだ。

 暗闇といっても、ダンジョンの中はうっすらと視界が保たれている。モンスターだけでなく、ダンジョン自体がスフィアを内包しているからだと言われている。

 月や星が出ていなくても星月夜のような明るさがあった。

 キャラバン隊は全員ステラだということもあり、目はいい。

「ああ、あいつら強いだろ! 昨日だってジェノサイドテディをあっというまに倒しちゃったんだぜ」

 なぜか自慢げなキヨである。ワンズの小さな目がまたもや限界まで見開かれる。

「はぁ!? なんじゃそら!」

 ワンズは言葉を失ってしばし考え込んだ。昨日のキヨの話しぶりでは、まだステラにもなっていない『ストレンジャー』に出会った、というふうに解釈できたのだが、どうやらそれはワンズの思い違いだったらしい。

 さすがに、ダンジョンは一般の人間が立ち入れる場所ではない。ましてやジェノサイドテディはLv20級のモンスターである。

 あの三人は、とっくに”ステラになっているストレンジャー”だったのだ。

 それならば納得がいく、とワンズは一人頷いた。

「どうやらわしの勘違いだったようじゃ」

 なにやら一人で考え込んで一人で結論に達してしまったらしいワンズを見下ろして、キヨはきょとんとした顔で首をかしげた。

「え、もういいの?」

「ええ、ええ。あとはお前に全部任すわい。まあ、最初からお前のツレのことだしな」

 さっぱり意味がわからないが、どうやら疑いは晴れたらしい。

 深く考え込むことのないキヨはにこりと笑って「それならよかった」とこちらも満足げに頷いてみせるのだった。


「そろそろこの辺から俺のホームグラウンドになってきたぜ!」

 ここへ来るまでモンスターがでるたびに「ひぃ!」だの「お助け~」だの叫んでいたキヨが、ようやく強気な顔で胸を反らしてみせた。

「なんかカピバラに似てるな、あの雑魚」

「ああ。一角カピバラだな、あの雑魚」

 護衛係の兄ちゃん達にすでに片手間に処理されているモンスターを見て、双子が頷きあった。頭のてっぺんに一角獣のような角を生やしたげっ歯類っぽいモンスターは、確かに地球最大のネズミであるカピバラにそっくりだ。だが二足歩行なので、歩き方といい顔つきといい、ちょっと憎めない感じのモンスターだった。

「雑魚雑魚言うなーっ!」

 とりもなおさず、一角カピーを雑魚扱いするということは、つまりキヨ=雑魚ということにほかならない。…まあ真実ではあるのだが。

「キヨLvになってきたってことはそろそろ出口か?」

「あとちょっとだ。出入り口の障壁は分厚くなってるから、モンスターもあんま近寄らなくなるんだってさ」

「障壁って?」

「モンスターがダンジョンの外に出ないように張ってるバリアーみたいなもんらしい。詳しいことはよくわからん」

「モンスターはダンジョンの外には出られないようになってるのか…。待てよ、そしたらお前が遭ったっていう恐竜は? お前とリカはダンジョンの外の森ン中にいたんじゃなかったか?」

 そうなのだ。これも後から聞いた話なのだが、もともとあのステゴザウルスもどきはダンジョンの中でキャセラたちが追っていたモンスターなのだという。

「壁際で派手にドンパチやったもんで、障壁に穴が空いちゃったんだってさ」

「へぇ」

「モンスターを外に出すわけには絶対いかないし、はじめから追っかけてたやつだったわけだし、まああの人にとっては俺たちを助けたのはついでみたいなもんだったんだよなー」

 てくてくと歩きながら、キヨは木漏れ日を見上げるようにして呟いた。

 運命的な出会いと思っているのはこちらだけで、あの金髪碧眼の麗人はきっとキヨのことなど忘れているに違いない。

「どうせモブ顔だしな…」

「モブ顔ってなんだ?」

 キヨの小さな独り言を聞きとがめて、双子が訊いてきた。キヨが胡乱な眼差しを向けた先には、輝くような美貌が二つ。

「お前らに俺の気持ちがわかるかよ…」

 ふんと顔を背けてむくれるも、双子の追及の手は緩まなかった。

「なんだよモブって」

「なあなあ、モブってなぁに~?」

 このふたりにはいじめっ子属性があるに違いない。サラウンド放送で左右から「なあなあ」攻撃に詰め寄られて、キヨは早々にギブアップした。

「アニメ・漫画用語! 名前も与えられない群衆のことだよ。主人公たちが手前で喋ったりしてる後ろにいる通行人とか、ただのクラスメイトとか」

「ああ、エキストラのことか」

 モブに求められるのは主人公より目立たないこと。イケメンすぎるのも良くないし、逆に悪相も目立つのはダメ。ひたすら凡百に、平凡に、平坦に。

「あー確かにお前ってこう突出したものがないよな」

「すげー日本人ぽいっつーか」

 ―――戦後の画一教育の賜物でこの顔になったってのか? いや、断じて違う! だったらリカだってモブ顔でなきゃおかしいじゃんか!!

 無言のままキッと鋭い眼差しを向けると、双子は大仰に肩をそびやかした。見た目はアジア系で、それこそ日本人と言われてもおかしくないくらいなのに、こういうしぐさを見るとアメリカ人だと納得させられる。

「なんだよモブいいじゃん」

「俺たちの昔の職業だったらめっちゃ活躍してたわモブ顔」

 慰めるというのでもない心底からの口調で言いながら、双子はキヨの左右に並んでそれぞれポンポンと肩を叩いてくる。

「……なんだよ昔の職業って」

 そういえば、同じくらいの年格好なので双子も学生のような気でいたキヨだが、よく考えてみるとジェノサイドテディを鮮やかに仕留めてみせた手際といい、なにか専門的な職業と言われた方がしっくりくる。

「テディ倒したり、解体したりしてたのもその職業とやらに関係してんのか? ナイフ捌きとかすげー手馴れてたもんな」

 双子はちらりと顔を見合わせると、腰につけていたナイフケースをパチンと外して手に持った。やはり馬鹿でかい。

「それ軍用ナイフとかそういうの? まさかのアーミー?」

 俄然興味が沸いてきたキヨである。

「目の付け所は悪くない」

「キヨ、当ててみろよ」

 それぞれ両手でナイフを弄びながら双子はにやりと笑う。

「なんだよぅもったいつけんなよぅ」

 右に左に肩をぶつけながら言うと、双子は楽しそうに笑い声を上げた。

「どうせもうモンスターもほとんど出ないんだろ?」

「退屈しのぎにクイズをしようぜ」

 昔の職業当てクイズということらしい。キヨは腕組みをして考え込んだ。

 そういえばモブ顔がうらやましいとか言ってたっけ? つまり目立たない方が活躍できるってことか? ナイフが使えて目立たない? なんじゃそりゃ??

「レンジャー?」

「ハズレ」

「消防士」

「ハズレ」

「肉屋」

「ハズレ。…なんかどんどん離れてってるぞ」

「えーっ、んじゃあ……あっ、ボディーガードとか!?」

 ぽんと手を打ってキヨは叫んだ。目立たなくて強いとか、ボディーガードの仕事するには結構いいんじゃね?

「おお~イイ線ついてきたな。そういう依頼も中にはあったぜ」

「依頼の中にはあった~? ずばりそのものってわけじゃないのか。ってことはァ、……―――あ」

 話に夢中になっている間に、とても見慣れた景色が見えてきた。

 ダンジョンの出入り口である。

「時間切れみたいだな」

「正解はまたあとで、な」

 双子は少し小走りになってキヨを追い抜くと、首だけ振り向いて左右対称のウィンクを寄越した。


 ドーン・ダンジョンの出入り口はちょっとした街のようだった。

 屋根付きのアーケードは広々としており、壁際に沿ってずらりと商店が並んでいる。

「あっちに窓口がいっぱいあるだろ? あれが連盟のスフィア換金所。ここでは換金用のチケットを渡してくれるんだ。それを持って街ん中のドイルっていう銀行みたいなとこ行くと、カネと交換してくれるって流れ」

「ああいう店は?」

「ダンジョン探索用のアイテムを売ってる店だよ。防具とか武器とか、薬系のポーションとか。街ん中より割高だけど、買い忘れたのいちいち買いに戻ったりすんの面倒だろ?」

 あのダンジョン内の湖畔の商店と意味合いは同じというわけだ。

 説明しているうちにキャラバン隊も荷を解き始め、キヨはワイズに呼ばれて駆けていった。待ちに待ったバイト代の支給である。

 帰りの分はスフィアでの支給だったため、ワイズと別れてキヨと三人組は連盟の換金窓口へ寄っていくことにした。

「よっろしく~! なるべく高く買い取ってくれよなっ」

 窓口越しに差し出されたトレーにキヨが嬉しそうにザラザラとスフィアを袋からあける。中に座っていた男性職員は処置なし、という顔で首を振るだけだった。

「まあ実際んとここういうちっさいクズ石だとグラムいくらとかって決まってるから値段交渉しようもねーんだけどね~」

 キヨが振り返って苦笑いで双子たちに説明する。

 役人然とした職員が至って事務的に渡して寄越したチケットを手に、一行はアーケードを冷やかして歩いた。

「この先は橋になってんだ」

 行く手に見えてきた門を指してキヨが言う。道の幅は大人が十人手を広げて通れるくらい広く、橋の幅もそれくらいあった。アーケードの終わりが橋の入口で、アーチ型の門になっている。それをくぐったところがダンジョンの終わりだった。

「なるほど。有事の際は跳ね橋を上げて街を守るんだな」

「へぇ~、下は堀になってるのか。城みたいだな」

 橋は木だが堀は石造りでかなり深い。

「空を飛ぶモンスターはどうするんだ?」

「大手のギルドから常時魔法職のステラが派遣されてるって話だよ。俺は見たことないけど」

「どっちにしろそうなったら街中総出で対処しなきゃならないんだろうな」

 弱小ギルド員であるキヨには今のところまったくの他人事である。話している間に橋も終わり、今度は一行の前にドーンの外壁がそびえ立っていた。ドーンの外からの街道とダンジョンからの短い道が交差して、ドーンの大門へと続いている。

「えーと、お前らはたぶんこっち。連盟の詰所が通用門の方にあるから」

 キヨがキャセラに連れられて初めてここへ来たときもそこから入ったのだった。『ヴェイグラント』は正式な通行証を持っていないので、ここで連盟に身分申し入れをしなければならない。

「すんませーん!」

 大門の脇にある通用門へ回り、詰所へ声をかけるとお仕着せの制服を来た連盟職員が顔を出した。

 キヨがあれやこれやの説明をしている間、双子と鬼の青年はおとなしく待っていた。

「ワリィ遅くなった」

 二十分ほどしてから、ようやくキヨが仮の通行証を手に戻ってきた。

「いや、俺たちのためにしてくれてるんだからな」

「ありがとうキヨ」

 口は悪いくせにこういうところは変に素直な双子である。にこりと微笑まれると、美貌の破壊力が増すのでやめてほしい。

「…そんなことより、ほら、さっさと行こう」

 相変わらず照れ屋なキヨはくるりと背を向けるとそのまま通用門を通ってドーンの街へ入っていった。


「おお~でかい街だな」

「なーっ、俺も初めて来た時は若干びっくりしたわ」

 大門を抜けた先は街の目抜き通りだ。やたらと広い大通りが真っ直ぐに伸びていた。中央に葉を茂らせた街路樹が等間隔で植えられており、これを分離帯に見立てると片側五車線はありそうな道である。

 そこに、少なくない数の人々が往来していた。

「圧巻だな、エルフに、ワーウルフに、…あれは? ワーキャット? 背の低い種族はドワーフと…あっちは? なんか犬っぽいな」

 ちょっとやそっとでは慌てたりしそうにない双子も、亜人博覧会のような目の前の光景にさすがに興奮気味である。

「すげーだろー! 獣人はいろいろいるみたいだから、俺も全部は把握しきれてないんだよなー。あと、街中にはいないらしいけど、手のひらサイズの妖精種なんてのまでいるらしいぜ! 一度は会ってみたいよなァ!!」

 お上りさんの観光客よろしくしばらくきゃっきゃと騒ぎながら道なりに歩き、キヨはさきほど言っていたドイルというこちらの金融機関に入っていった。

「あっちの銀行みたいにカネを預けて貯めることもできるんだぜ。その場合も身分を証明するこの手形が必要になるんだ」

 キヨは大門で職員に見せていた名刺大の札を三人に見せた。銀色に光る金属プレートでできており、表面に複雑な文様が彫り込まれている。角に穴があいていて、キヨは紐を通して首から下げていた。

「なんか特殊な魔法がかかってて、偽造できないようになってるんだってさ」

「へぇ~。でもそれ盗まれたらどうすんだ?」

「ぜぇぇぇぇったいに!盗まれるなってローランには言われてるよ…」

 今にも盗まれそうなキヨが戦々恐々とした顔つきでぎゅっと札を握って言う。

「まあ一応、ギルドに所属してるとそれ自体が身分証明になるから最悪テラが保証人になって再発行してはもらえるらしいけどな。それに、ステラの場合テラがこいつに魔法を重ねがけしてくれるから、本人以外には使うことができなくなんだってさ」

「なるほど。ギルド特典て感じか。…特典があるってことは、なにか義務もあるってことだよな?」

 換金した硬貨を大事そうに財布にしまうと、キヨはドイルを出てさらに歩き始める。一行は大通りを真っ直ぐに街の奥へと進んでいく。

「うーんと…、一般社会で言う会社みたいなもん? ステラの能力を使って稼いだ分の何割かをギルドに収めるってのが基本じゃないかな。ローランも他のギルドのシステムまでは把握してないみたいだけど」

「会社によって雇用形態が違うようなもんか」

「じゃね? 大手ギルドなんかだと稼ぎが多い代わりに縛りも多いみたい。でっかいとこは何百人も抱えてるらしいからある程度組織とか規律がないとやってけないだろうし」

「でかいとこは窮屈そうだなぁ」

「さっき言ったみたいに街の守りにも駆り出されるしねー」

 どうやら、話しぶりからキヨなりにギルド勧誘を行っているらしい。歩きながらちらちらと双子の反応を伺う様子に、キヨに気づかれないように苦笑を交わし合うユエとシンだった。


 ギルド連盟本部はドーンの中央部に位置する馬鹿でかい広場に面して建てられていた。あの広い目抜き通りは、広場を貫くように南北に伸びていたのだ。

 そして連盟本部はその南通りと広場の交わるところから、東西に伸びる大通りよりはいくらか細い中通りまで達するほど大きな施設だった。

 太い柱が何本も立ち並ぶファサードを抜けると、だだっ広いホールになっている。ファサードには扉がなく、ホールは屋根付きの半屋外の作りで、多くの人が行き交っていた。

 キヨは慣れた様子でホールに入っていった。

「これ掲示板ね。アイテムハントのクエストとか、臨時パーティーの募集とか、連盟からの告知とかも出てるんだ。…つっても俺もまだ全部は読めねえんだけど」

 右手に伸びた壁にいくつも掲げられたボードに、所狭しとビラが貼られている。キヨがそれらを指で差しながら前を横切っていく。

「見たことのない文字だな」

「この世界の公用文字なんだって。お前らさ、言葉が通じるの変だって気づいてた?」

 ちらりと振り返りながら、得意げな顔でキヨが訊いてくる。

「そりゃ気づくだろ」

「口の動きと内容が合ってない」

「吹き替え版の映画でも観てるみたいだよな」

 こともなげに返してきた双子に、キヨはえっとなって足を止めた。

「お前ら気づいてたの!?」

 体ごと振り返って叫ぶと、双子は呆れた顔で肩を竦めた。

「当たり前だろ。お前こそ俺たちが何ヶ国語で喋ってたかわかってんのか?」

「え…………なんですかそれ?」

 ドヤ顔で説明しようとしていたのに肩透かしを食らっただけでなく、カウンターパンチを食らった気分のキヨである。

「最初に会った時、お前とあのエリンダって子が違う言葉を喋ってたのはすぐ気づいたよ」

「でもってお前が日本語を喋ってるのにもな」

「俺たちには日本語に聞こえてた。エリンダの喋ってる言葉はどう見ても知らない言語なのに、意味は通じる……ていうか、あの場では日本語を聞いてるように感じたな」

「あのドワーフもそうだ。口の動きでは全然知らない言語を話してるのに、頭に入ってくる内容は日本語のように感じた」

「そのあと色んな人間の話す言葉を聞いてたけど、みんなバラバラな言語を話してたのにやっぱり意味は通じてた。お前と喋ってる人間の言葉が日本語っぽく聞こえるのは、たぶんお前の話してる言語を俺たちが知ってるからそう感じたんだと思う」

「で、俺たちは実験を試みた」

「英語、日本語、ロシア語、イタリア語、中国語、スペイン語、あとなんだったっけ?」

「まあ思いつく限り適当にごちゃまぜでお前に話しかけてみたけど、お前は至って普通に返事してたな」

「キヨ、お前日本語以外にわかる言葉あるか?」

 高校二年からひきこもっている身で英語もできますと胸を張って言えるわけがない。

「……ねーよ…」

 おバカ認定されているような気分でボソリと答える。双子は頷くとキヨの敗北感には頓着せずに続けた。

「あと、シルバーにも同じようにしてみたけど、結果は同じ。ちなみにシルバーが理解できるのは英語と日本語が半分くらい」

「お前が特別な能力を持ってるっていうよりは、この世界自体がおかしいんだろう」

「という結論に達したわけだけど。―――実際んとこどうなんだ?」

 逆にこれでもかとドヤ顔を向けられて、面白くないキヨである。

 じつはキヨは、ローランに言われるまでこの現象に全く気づかなかったのだ。この世界の不思議な常識というやつに。せっかく自分より後に異世界入りをした人間に出会えたのに、それがこれっぽっちも可愛くない後輩とは!

「つまんねー後輩だなーもう。少しは空気読めよ! ちょっとくらい先輩に花を持たせてやろうって心遣いはねーのか!」

 キヨの逆ギレに双子はきょとんとした顔をしたあと、盛大に吹き出した。

「わりーわりー!」

「ついいじめた…いや、可愛がりたくなる先輩だもんで」

「お前それ言い替わってなくね?」

 珍しく片割れがもう片方にツッコミを入れている。キヨにとってはどっちもどっちである。

「もういいよっ。もうお前らにはなにも教えてやらん!」

 ぷいっとそっぽを向いた可愛い先輩に、双子が左右からまとわりついてなだめにかかる。

「まあまあそう言わずに」

「これでも意外と頼りにしてるんだぜ?」

 両側から肩を組まれる。首が締まって、捕獲された気分になってきた。

 そのうえ、黙っているキヨを見て、双子は微妙に方向転換してくる。

「じゃあさ、発想の転換だ」

「一ヶ月程度のハンデなんて俺たちにとってはカスみたいなもんだ」

「そう遠くない未来に俺たちの方が頼りになる後輩になってるだろう?」

「そうなった時のために恩を売っておくと、後々お前にとっては有利になる」

「どうだ? 悪くない話だろ?」

 なんというナルシスト。しかも全面的にキヨに対して失礼極まりない。

 だが悲しいことに、一理あった。

 というか、テラとの契約もなしにジェノサイドテディを倒せる腕前がすでにあるのだ。今現在の時点でキヨより強いのだから、キヨのアドバンテージなどもともとないと言ってもいい。

 キヨは馬鹿だがそれゆえにかなりお人好しな面がある。

 そもそも似合わない先輩ヅラをしようとした恥ずかしさもあるので、こんなふうに形だけでも下手に出てくれた双子の行動には、内心ホッとしていた。

 コホンと小さく咳払いして、キヨは「しょうがねーなァ」とわざとらしい前置きをしてから最前の続きを始めた。

「この世界では、言葉の壁ってもともとないんだって。俺たちからするとすっげー変だけど、こっちではこれが当たり前なんだ。エルフもドワーフも、全然違う言葉喋りながらへーきで会話してるってわけ」

「ふーん。便利な世界だなぁ」

 双子が肩を組んでいた腕を解いたので、キヨは気を取り直してまた歩き始める。ホールを抜けて建物の奥へ続く通路へ入っていくと、ほどなく小さな窓口が見えてきた。

「すんませーん」

 中にいた女性職員が、眼鏡を押し上げながら見上げてくる。

「『ヴェイグラント』申請をしたいんだけど」

「あら、あなた先日申請してきた人じゃなかった?」

「俺じゃなくって、こいつら」

 亜人種ではないノーマルヒューマンタイプの若い職員が、キヨの後ろに並ぶ三人を見て顔を赤らめた。

「あら…」

 美形ぞろいのストレンジャーに女性の態度が目に見えて変わる。

「『ヴェイグラント』審査室にご案内しますわね」

 窓口横の扉からいそいそと出てきて、通路を先導してくれる。ちらりちらりと振り返り見る視線の先は、どうやらシルバーである。

「そういや大通りを歩いてる時も、すげーシルバーモテてたよな…」

「女の視線もそうだけど、老若男女問わずって感じだったぜ」

「やっぱ目立つのかな…」

 ヒソヒソ声で会話する双子の様子は少し不安げである。

 確かにシルバーは見た目がとにかく派手だ。いろいろ青いし、規格外にデカいし、やたらめったらイケメンだし。それ以外に理由があるとすれば、耳の形がエルフっぽいというのが挙げられるだろうか。

「俺もあんま詳しくないけどさ、ハーフエルフだと思われてるんじゃないかな?」

「ハーフエルフ?」

「うん。その耳。エルフそのものにしては体つきが逞しすぎるしさ。だからハーフエルフ。ハーフエルフって結構珍しいらしいよ」

 キヨにしてもシルバーが鬼っぽいというだけで種族も出身も不明なのだが、少なくともこの世界で言うところのエルフとは別物らしいということはなんとなくわかる。

 話題にされているからか、シルバーが自分の耳に指で触れた。

「あのぉ、その方も『ヴェイグラント』なんですか?」

 ヒソヒソ話に割って入るのをためらうようにしながら、女性職員が尋ねてくる。

「そうだけど…何か問題でも?」

 わずかに尖った声で双子の片方が問うと、職員は「いえいえ!」と慌てて手を振った。

「…ただ、『ヴェイグラント』には亜人種はいないと聞いていたので…」

 異世界=キヨの住んでいたあの世界、という法則が成り立つなら、確かにヴェイグラントに亜人種は存在しないだろう。

 自然シルバーに視線が集まってしまう。双子とシルバーはどこか不安げに、女性は好奇心を隠しきれずに、キヨは…。

 キヨは、どう判断していいのかわからずに、ただ黙ってシルバーの図抜けた体格を見上げるばかりであった。


 女性職員に案内されてたどり着いた部屋は、ごく狭い部屋だった。そこに小さな窓口があり、中には小柄な中年男性が座っている。キヨも初対面の男性の頭の上には獣耳が生えていた。顔は普通に人間の顔なので、ついつい耳に視線が集中してしまった。

「タヌ耳…っ?」

 キヨがポロリと漏らした声に反応して、男性がぎろっと目を上げる。

「なにか?」

「いえいえ別に! あ! こいつらなんすけど~」

「『ヴェイグラント』申請ね」

「そうっす!」

「あんたは?」

「ただの付き添いだから気にしないで」

 にこっと愛想笑いを浮かべたキヨを片眉を上げただけでいなすと、男は手にしたカードを窓口に並べた。

「読める種類の文字をこの中から選んで」

 あるカードには平仮名が暗号文のような滅茶苦茶な文字列で並んでいた。別のカードには同じような感じでアルファベットが。見たところカードは4枚。平仮名、アルファベット、ロシア文字、中国漢字の四種類のようだ。

「お前はアルファベット選んどけよ」

 双子がシルバーに言うと、男性職員が「あー他の人にヒントを与えるようなことはしないように」と釘を刺してくる。

「俺たちはどれでも構わないけど」

 双子がそう言うと、職員は頷いてカードを引っ込めた。

「それじゃ、一人ずつあちらの扉に入って」

 手で示された先には、ドアがふたつ。ちらりと顔を見合わせただけで、双子が一人ずつ、気負わない表情でそちらへ入っていった。

 シルバーとキヨが残される。

 職員が見ているので、キヨも極力おとなしくしていた。

 審査自体はキヨも受けたことがあるが、それほど難しいものではない。いくつかの質疑応答に答え、簡単な文章を朗読させられるだけの内容だ。事前に説明するほどのことでもないので三人には言わずにいた。

 あれでどうやって『ヴェイグラント』の証明になるのか、あのときはさっぱりわからなかったが、あとでローランにこの世界の言葉の常識を聞いてなるほどと思った。あちらの世界の文字を読めるのはあちらの世界の人間だけ、ということなのだろう。朗読すればこちらの審査官にも意味がわかる。それを照合すれば『ヴェイグラント』である証明になる、というわけだ。

 ほどなく扉が開き、双子が出てきた。二人の視線はまっすぐに残ったシルバーに向けられた。

 シルバーは心配いらない、というようにひとつ頷いて、小さなドアに屈んで入っていった。

「お前はなんだった?」

「俺のは日本語だった」

「こっちは中国語」

「英語ならあいつは大丈夫だろうけど、問題は年齢とか出身地とかだな」

 そういえば、質疑応答でそんなことも答えさせられた気がする。それを聞きながら担当官が書類を書いていたから、たぶん履歴書みたいなのを口述筆記で作成していたのだろう。

「まああいつのことだからうまくやるだろう」

 その口ぶりでは、やはりシルバーの出身には秘密がありそうだった。

 もちろんあの見た目で、ニューヨークはマンハッタン生まれ、とか言われても違和感ありまくりだが。


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