第一章 2. 異世界
ある日目覚めると異世界に来ていた。
その日も普通にゲームをして、怠惰な一日を過ごして、夜明け前に就寝した。昼夜逆転の典型的なひきこもりルーチンである。
そのままなら普通に目覚めて自分のベッドの上にいるはずが、なぜか知らない場所にいた。
土とか木とか、とにかくそういう普段馴染みのない湿った匂いを嗅いで目が覚めると、洞穴のようなところにいた。
後から知ったのだが、そこはダンジョンを取り囲むようにしている森のはずれだった。その中の、樹齢500年にもなる大樫の木のウロ。
そこがキヨのこの世界での始まりの場所だった。
昔からその場所は異世界からの漂流物がまれに流れ着くのだという。
キヨは一人ではなかった。
なぜだか、中学までのクラスメイトが一人一緒に来ていたのだ。
そんなに親しい仲ではない。というかむしろこれまでほとんど関わったことのない人種だ。名前は長谷川理嘉。長身でイケメンでスポーツ万能。栗色の茶髪が王子様ルックなやつで、これで年上だったらそのへんのミーハー女子とともにキヨもこっそり惚れていたかもしれない。キヨは身の程知らずにも、ステレオタイプなイケメン王子が理想のタイプなのだ。
わけのわからない状況に陥り、パニックになったキヨをなだめてくれたリカは外見上はとても平静に見えた。
キヨとリカに共通点はまるでない。ひきこもりのキヨに、高校生活エンジョイ=リア充中のリカ。同じ時、同じ場所になんでいるのか、まるで意味がわからなかった。
リカは部活のジャージ姿、キヨの方も就寝中だったので寝巻き代わりのジャージに裸足姿だ。どうしたものかと途方に暮れた二人の前に、わりとすぐに絶体絶命のピンチが訪れた。
大きな衝撃音が聞こえたと思ったら、突然アフリカ象ほどもある巨大な怪物が現れたのだ。姿かたちだけで言えばステゴザウルスのような感じだろうか。だがそいつは、口元からジュウジュウと煙を吐き、二人を見つけると煙だけでなく火まで吹き始めた。
身の危険を感じるよりもびっくりしてしまって動けずにいた二人を助けたのは、金髪碧眼の涼やかな美青年だった。
キヨにとって、それは衝撃的な出会いだった。
「無事か!」
緑色の風をまとって颯爽と現れたその男は、ファンタジー映画のヒーローのような出で立ちをしていた。銀色の薄手の鎧、大きな両手剣、背中には深いグリーンのサラサラとしたマントを羽織り、森の精か大天使かと見まごうような神々しい登場だった。
これも後から知ったことだが、彼の名はキャセラ・ビリシオン。近接した自由都市〈ドーン〉随一のギルド『ジオ・ギルド』のトップクラスのステラだった。絵に描いたような貴公子的振る舞いの上、恐ろしく強いので有名なのだそうだ。
その人間離れした戦いぶりを間近で見た二人は、一発でキャセラの魅力にとりつかれてしまった。
それ以来キャセラはキヨの片思いの相手というわけだ。
キャセラの働きによって危機を脱した二人は、その後自由都市〈ドーン〉に異世界人として足を踏み入れることとなった。
「つまり、ここは異世界ってことなんだな」
「でもってお前も帰る方法がわからない―――と」
二人は大して驚きもせずに今の状況を受け入れた。後ろにいる青鬼を見ると、双子にすべてを預けているようで我関せずという顔をしている。
「も…ってことは、あんたたちも知らないのか……」
キヨはがっくりと肩を落とした。
何を隠そう、キヨはこの世界に来てから一ヶ月、ひきこもり生活をしていたあちらの世界に帰る方法を探して東奔西走してきたのだ。
それでも戻り方は手がかりすら掴めていない。
ドーンは大きな街なのでかなりたくさんの人が住んでいる。その上近くには異世界から漂流物が流れ着くと噂の場所まであり、自分たちの他にも異世界からの来訪者が結構いたりするのかと最初は期待したのだが、探しに探した結論が、「そんなやついねー!」だった。
いや、かなり有力な情報もあったのだ。
何年か前にも連盟に異世界からの放浪者『ヴェイグラント』申請をした者がいたらしいと聞き、方々訊きまわってやっと所属ギルドを割り出して会いに行ったのだ。が、キヨにもたらされたのは、ダンジョンでの死亡報告のみだった。
他にも、召喚系の大魔術を使う術師に異世界召喚されたのでは!?との大胆な仮説を立て、それ系の情報を集めてみたこともあった。散々探し回った挙句、街一番の魔法使いのエルフに「そんな魔術あるわきゃねーだろ!」と一蹴されて終わった。
何度も落ち込みながら、それでもキヨは諦めなかった。
この世界にはあちらにはない不思議な魔法だの法術だのが溢れているのだから、中には異世界への渡り方を知っている者がいるかもしれない。その思いから街の酒場という酒場、宿屋という宿屋を情報を求めて歩き回った。
元ひきこもりにはなかなか大変な重労働だったのだが、それでも有益な情報を得ることはできなかった。
「でもお前、なんでそんな必死に帰ろうと思ったんだ? そのキャセラだかいう男に惚れたんならこっちにいりゃいいじゃん。どうせあっちではひきこもってたんだろ?」
「ほ…ほ…惚れた――とまでは言ってないだろ…ゴニョゴニョ」
双子の言葉に、キヨはほんのりと頬を染めながらもじもじと両手の指を組み合わせた。ひきこもりのそもそもの原因もそうだが、自他ともに認めるかなりの奥手なのだ。
だが、こちらの世界ではどうやら同性愛についてかなり寛容らしく、ゲイだホモだと迫害を受ける心配はないらしいので、キヨもオープンマインド…というほどではないが、あちらの世界でのように性癖をひた隠しにしてはいない。目の前の双子もやたら美丈夫の青鬼にベタベタイチャイチャしまくっているので、…まあそういうことなのだろう。
無論、双子の言うようにキャセラのいるこの世界に大変な魅力を感じたのは確かだ。だが、それで生まれ育った故郷をあっさり捨てられるかといえば話はまた別だ。
それに、キヨがそこまで必死になったのにはちゃんとした理由があったのだ。
キャセラの導きでギルド連盟の事務所に連れて行かれたキヨとリカの二人は、まず『ヴェイグラント』申請をしてドーンの仮市民権を得ることになった。しかし、仮市民でいられるのは一週間だけという決まりだという。
二人は一週間以内に身の振り方を決めて本物の市民権を得るか、ドーンを出ていくことを告げられたのである。
火を吐くドラゴンを目にした時からわかっていたことではあったが、いよいよ異世界に来てしまったことを自覚した二人は、まずは元の世界に戻る方法を探すことにした。
さすがにいきなり「はあそうですか異世界ですかそりゃいいですね!」というノリには到れなかったのだ。
最初の晩、キヨとリカは連盟の契約宿で遅くまで話し込んだ。突然のことへの一時の動揺は過ぎ去っていたが、代わりに未知の世界への不安や恐怖といったものが芽生え始めていた。
恐竜のようなモンスターと人間とは思えないようなファンタジックな剣士の戦いを目の当たりにした興奮と恐れもあった。
剣や魔法といったものへの憧れはあったが、何の力も持たないただの高校生である自分たちでどうにかなる世界ではない、という気持ちの方が大きかった。
二人は話し合い、一週間のうちにはあちらへ帰る方法を探し出そうと決めた。
幸いどこに行っても言葉は通じた。毎日別々に情報を探っては宿に持ち帰り、二人で話し合った。それまでほとんど話したこともなかった二人の間に、運命共同体であるという連帯感のようなものが生まれつつあった。
少なくとも、キヨはそう思っていたのだ。
だが六日目の夜、キヨは信じられない話をリカから聞かされた。
キヨが懸命に情報収集をしている間に、リカは『ジオ・ギルド』に加入してしまったというのだ。
よりにもよって、あのキャセラのいるギルドへだ!
何も聞かされていなかったキヨは、寝耳に水の話にリカを問い詰めた。どうしてそんな話になったのだ、と。元の世界へ帰ろうと約束したではないか、と。
だがリカは聞く耳を持たなかった。
結局、キヨはリカに裏切られ、その上ドーンでも指折りのギルドである『ジオ・ギルド』は募集要項が厳しく、キヨは入ることができなかった。むしろ、そんなギルドにあっさり加入を認められたリカがすごいとも言えた。
一方のキヨは情報収集している間に知り合ったジャック=ローランというギルドマスターに気に入られ、なんだかんだと一緒にいるうちに一週間が経ってしまい、覚悟も何も決まらないまま『ローラン・ギルド』に入る事になったのだった。
裸同然でドーンを追い出されるのは論外としても、市民となるためギルドに加入せず一般人として職を得る、という方法もあった。だがキヨにもギルド員となってテラと契約を交わし、ステラになるということへの好奇心がどうにも無視できなかったのである。
「ちょっと待て」
「そのテラとかステラとかいうのは一体何だ?」
ふむふむと大人しく話を聞いていた双子が割って入った。ふたりの疑問はもっともだ。かくいうキヨも、この世界で初めてギルドシステムを耳にしたときはしつこく説明を求めたものだ。キヨに詳しくこの話をしてくれたのは、現在のギルドマスターであるローランだった。
「テラっていうのはギルドマスターのことだよ。俺のところだとローランて人がそう。俺はローランと契約して、ローランのステラになったんだ」
「つまりギルドに入る=ステラになる、ってことか」
「そういうこと。で、ステラになるってのは、簡単に言うと能力啓発ってことになるのかな~?」
キヨ自身、ステラになって飛躍的な能力を手に入れられたかというと、割とそういうこともなく、ごくごく地味なステラデビューをしたばかりである。
まだ契約を交わして数週間しか経っていない身なので、実感として感じ取れるのは身体能力の向上とかその程度で、それ以上となると聞いたり見たりした話でしか知らない。
「経験値を積んでLvを上げていけば、特殊なスキルを発動したり魔法が使えるようになったり、モンスターからのデバフ抵抗が上がったりするらしいよ」
ドーンでも指折りのギルド『ジオ・ギルド』に入ったリカはたくさんの先輩たちに囲まれて華々しいダンジョンデビューを果たし、驚くべきスピードでLvを上げているという噂だ。
一方の『ローラン・ギルド』はといえば…。
ローランのステラになってから、キヨは彼が莫大な借金を抱えていることや、そのためにギルド員に逃げられ、キヨ一人しか仲間がいないことを知らされた。
先輩の一人もおらず、またテラ自身はダンジョンに入ることができないためキヨはたった一人で危険なダンジョンに入っていかねばならず、ほとんどLv上げもままならないというのが現状だ。
異世界永住の覚悟も決められないキヨが右往左往している間にも、リカは着々と足場を固め、キャセラの信頼も得ようかという優等生ぶりを発揮しているとかいないとか。
その落差や、恋焦がれるキャセラとまともに会うことすらかなわない毎日に落ち込まない日はない。
それがこの異世界生活一ヶ月のキヨの日々であった。
「なるほどね」
「お前の中途半端っぷりがよくわかった」
「中途半端って言うなァ!!」
双子の簡潔な感想にキヨが吠えた時、湖の対岸でパァンと花火のような音が響いた。
「あ、やべ。戻んないと」
キヨは今日、アルバイトでダンジョンに入ったのである。あれは雇い主からの合図だった。
「あの場所まで行くけど、お前らどうする?」
「俺たちも行っていいのか?」
「んーたぶん。ていうか、そっちの話全然聞いてないし。まさかこのままだんまりのつもりかよ?」
三人はちらりと顔を見合わせた。アイコンタクトは一瞬で、こちらに顔を戻した時には全員同じ表情をしていた。恐るべき以心伝心ぶりである。
「モンスターがいたってことはここってダンジョンなんだろ?」
「とりあえず最寄りの街までは同行したい」
相変わらず阿吽の呼吸で、双子はそんなふうに交互に答えた。
青い大鬼は間違いなく成人男性という顔だが、美形の双子は中性的な綺麗な顔で年齢不詳だ。それでも、背丈はキヨより低く、おそらく歳はキヨとほとんど変わらないだろうと推察する。だが、ちょっとした仕草や物言いが同年代とは思えない大人っぽい雰囲気を感じさせる気もした。
「わかった。なるべくゆっくり走るけど、置いてかれると街まで戻れなくなるからそこそこ頑張ってついてこいよ」
「心配はいらない。最速で走ってくれて構わねーよ」
双子は言うが早いか、身軽に鬼のシルバーの肩に駆け上った。キヨがびっくりして見ていると、「早く行け」と言って進行方向を指差してくる。
命令されているようで若干ムッとするも、ごもっともではあるのでキヨは走り始めた。
―――ついてこれなくても知らねーかんな!
ステラになって一番に驚いたことは、恐ろしく足が速くなったことだった。たぶん元の世界に戻れば陸上のオリンピック選手になれる。それどころか、全種目総なめの金メダリストだ。……いや、熟練技術が必要な種目は無理か。
セルフツッコミを入れながらちらりと背後を振り返ろうとして、キヨは思わず吹き出しかけた。
「ええっ! ついてきてるぅ!?」
「心配無用だって言ったろ」
斜め後ろにぴたりとついて走る人人一体の三人組に目を剥くと、シルバーの左肩に乗った方がにやりと笑って応えた。二人を肩に乗せて走る方も走る方なら、高速で走る肩に乗って平然と笑える方もすごいバランス感覚だ。
というか、明らかにその移動方法に慣れているように見えた。
「もしかしていつもそうやって移動してんのか?」
「まあね。言っとくが楽だからってわけじゃなくて、シルバーが走った方が速いからだぜ?」
今度は右肩の方がやけに自慢げに言った。
「あー………、うん、だよねー」
アメリカにはイケメンの鬼がいて、日本にはないこんな移動方法があったのか。
―――……いやいやいや。ありえないから!
さすがに移動しながらの会話はそれ以上はなかなか難しいので、キヨは街に着いたら洗いざらい吐かす!と決めて先を急ぐことにした。
キヨの今回のバイトは、荷運びである。
この湖の周囲はモンスターがあまり出ない安全地帯だが、キヨのLvでは単独でこんなダンジョンの奥まで来ることはできない。
ダンジョンの中に存在する安全地帯のうち、ここのように広くて見晴らしの効く場所にはアイテム売りなどの簡易的な商店が立っている。夜間や悪天候の日などは閉店してしまうし、ときどきモンスターの襲撃を受けて長期休業したりもするらしいが、過酷なダンジョン探索をする者たちには重宝されているんだとか。
商店主たちは共同でキャラバンを組み、こうやって商品の補給やアイテムの回収にやってくるというわけだ。
荷運びは賃金は安いしクソ重い荷を山と運ばなければならない仕事だが、キヨは勉強も兼ねてキャラバンに同行していた。もっと上級のアルバイトだと、モンスターからの護衛なんていうのもある。もちろんキヨにはまだまだ高嶺の花なバイトだ。
「遅くなりましたー!」
「なにしてやがったこのすっとこどっこい!」
ずんぐりとした親爺が巨大な戦斧を振り上げて怒鳴りつけてきた。今日のキヨの雇い主で、この商店街(と呼ぶにはまばらだが)の実質リーダー格のドワーフで、名をワンズという。顔の半分を覆ったもじゃ髭がトレードマークだ。
「なんかヴェイグラント仲間に会っちまって」
「ストレンジャーだとぉ?」
連盟に正式に申請をするのは『ヴェイグラント』という呼称だが、一般には『ストレンジャー』という言い方の方が普及しているらしい。
親爺は値踏みするような目を後ろの三人に向けた。
「こいつぁえらいべっぴんじゃねぇか。揃いも揃ってエルフ並の器量よしなんて怪しすぎるぜ」
30センチは違う背丈をものともせずにキヨの肩をぐいっと引っ張って、野太い腕でヘッドロックをかけてくる。囁きかけられたセリフに、キヨは腰をかがめて顔をしかめてみせた。
「怪しいったって俺の同郷だぜ?」
「そりゃあ間違いないのか?」
「もちろん!」
太鼓判を押すキヨに、ワンズは渋々といった様子で腕を外した。
「そこまで言うんならしゃあねぇ。…どっちにしろ判定は連盟でするしかねえしな」
『ストレンジャー』はときにこの世界にはない貴重な技術や発明をもたらすことがある。そのため、多少怪しいところがあっても客人として迎えるのが習わしだった。それを見越して他の地方からストレンジャーを偽って入り込む輩もいるので、そのへんの判定は連盟で厳しくしてくれることになっている。
キヨ自身も通った道だが、どのへんが厳しかったのかはいまいちわからない。
なにはともあれキャラバンとの話はつき、キヨが三人に同行の許可を伝えた。
「ありがとなキヨ」
「いいってことよ。俺こそちゃんと礼も言ってなかったよな。ジェノサイドテディから助けてくれたこと、ほんとに感謝してるぜ」
一行は街への帰還の荷支度を済ませると、ほどなく出発した。臨時の客分となった双子とシルバーも手ぶらもなんだからということで、少し荷物を分担している。といっても受け持っているのはシルバーがほとんどで双子は申し訳程度だ。ちなみに、キヨの提案でシルバーの角の痕は布を巻いて隠すことにした。
異世界生活一ヶ月のキヨも、肌の色や髪の色については地球では考えられないようなカラーリングに出会ったが、角のある人種にはまだお目にかかったことがなかったのだ。
そのあたりのことも詳しく聞き出したいところだったが、まずは落ち着いて話せるところまで行くのが先決だった。
ダンジョンの出口まではおよそ二日の行程だ。入り組んだ迷宮と化しているダンジョンを慎重に進むためそれなりの時間がかかる。ショートカットコースもないではないが、そういう場所には大抵強いモンスターが縄張りを主張している。大きな荷を抱えた大所帯のキャラバンは一般的な安全ルートを取るのが常だった。
「このあたりは大体Lv10~20くらいの初級クラス用の狩場なんだ」
湖から離れ、鬱蒼とした森に入ってからキヨが三人組に説明する。
「へぇ~。普段はお前もこの辺でモンスター狩りをしてるのか?」
「いんや。この辺になるとソロでやってる奴はいない。俺がソロで入れるのは初心者用の入り口付近だけだ」
「ふーん。…で? お前のLvはいくつなんだ?」
「…………」
双子の屈託のない問いに、答えるキヨの声はぐっと小さくなる。
「は? いくつだって?」
「…だから、…ん、だよ」
「「はぁ~??」」
二人揃って耳に手を当て、聞き返してくる。
「うっせーな3だよ! デリケートな話題なんだからもちっと気ィつかえよぉ!!」
顔を赤らめて怒鳴るキヨを尻目に、双子はくつくつと笑いをこらえた。
「そういやあのテディベアーちゃんはLvでいやあどれくらいになるんだ?」
双子の一人が、ポケットに手を入れてテディの体から出てきた石を取り出してみせながら訊いてきた。
「ああ、ジェノサイドテディはLv20以上の区域のモンスターだよ。あの辺りに出るのはたぶん珍しいと思う。運が悪かったよな~」
「へぇ、あれでLv20ねぇ。そんで? コイツは一体何なんだ?」
あのとき、自ら淡く発光しているようなこの石を拾うように指示したのはキヨだ。双子はキヨの過去語りを聞きながら熊の解剖実験を完遂し、最後にこの石を肉の中から拾い出したのだった。
「それはスフィアっていうエネルギー鉱石だよ。連盟が相当額のカネと替えてくれるんだ」
「これを切り離した途端に熊が消えてなくなったのはどういう仕組みだ?」
「俺も詳しいことは知らねー。一応モンスターの命の源とか?そんな感じで理解してるけど」
物事にあまりこだわる方ではないので、キヨ的にそれ以上の追求は放棄している。双子は納得はしていない顔つきだが、キヨに訊くのは諦めた様子で相槌を打った。
「ってことは、モンスターには必ずこいつが埋まってるってことか」
「そうそう。さっきから、……ほら、護衛の兄ちゃん達がバッタバッタ切り倒してるホブゴブリンたち、あいつらもちゃんと一個ずつこいつを持ってる」
見ていると、アタッカーの他のサブメンバーが小さなナイフを手に死骸から職人的手さばきで石を取り出していた。鮮やかな分担作業である。
「いちいち取り出すんだな」
「ほっといても肉が腐って石が落ちたときに死骸は消えるらしいけどなー」
「それまで待ってられないってことか」
「スフィアの他にも、ほら、消える時に残る部位がたまにあるだろ? ゴブリンの牙とか皮とか。ああいうのも売れるから。モンスターのドロップアイテムは装備品とか薬の材料になるんだってさ。それに、モンスターの死骸をそのままにしとくのはマナー違反ってことらしいよ」
「ああ、公共の狩場ってことね」
双子は互いにちらりと顔を見合わせると、小さくため息をついた。
「…なんつーか、いちいちゲームっぽいな」
「俺たちが言うのもなんだけど、非現実的だ」
異世界に来たばかりの双子の意見に、キヨも同意して頷いた。
「俺だって最初はそう思った。てか今でもすげー思ってる。物理的にありえねーもんな~。消えるってなに? 質量保存の法則はどこいったの? ステラって何? Lvって何? 魔法って何? ………数え上げたらキリがねーよ」
考え出すと頭がおかしくなりそうなので、適当なところでキヨは投げ出した。
「俺って自慢じゃないけど結構なオタクなわけよね。アニメとかゲームとかかなりやり込んでたから、実際んとこ世界観としてはわりとあっさり理解できちゃった部分はあるんだよ。―――でもさ、……でもさぁ」
だからこそ割り切れない気分というのもあるのだ。
「どんなネトゲ廃人だって、ほんとにリアル世界がゲームみたいになっちまったら驚くだろ?」
アニメネタとしては結構多いシチュエーションパターンなのだ。ある日突然ゲームの中に入り込んで、エルフの美少女から「世界を救って!」なんてお願いされちゃうっていう王道ストーリー。
RPG好きなら一度は思い描く「俺ってじつはヒーローだったんだ!」的ストーリーだ。
しかし、現実はアニメほど楽ではない。
「モンスターはめちゃめちゃこえーし、やられると本気で痛いし…ていうか殺されたらマジで死ぬし実際死んじゃった人だっているわけだし…」
『ヴェイグラント』を探しに行って、「ダンジョンで死んだ」と言われた時のえも言われぬ気持ちは、今でも忘れられない。心臓に冷水を浴びせられたような、突然崖っぷちに立っていたことに気づかされたような。
「オフラインゲームならヘボい高校生だって誰だって主人公になれたのにさ」
主人公の名前を入力してください。オーケイ、名前は『キヨスミ』だぜ!『キヨスミ』は勇者になった!テッテレー!!
キヨの脳内では16ビットの二頭身キャラが一生懸命剣を振るう映像が流れた。
「オフラインゲーム? ああ、テレビゲームのことか。オンラインだといっぱいユーザーがいるから主人公になれないんだっけ?」
双子はあまりゲームに詳しくなさそうだった。興味深そうな顔をしているので、キヨはゲーム薀蓄を道々披露してやった。
「なるほどなー。それでいくと、リカがプレーヤースキル上位の花形ユーザーで」
「お前は課金しないとついていけない底辺ユーザーってとこだな」
「だからそうやって傷口抉るなよぉぅぅぅ! こう見えて繊細なんだからね!!」
楽しげにネトゲヒエラルキーを語る双子に、キヨは胸に両手を当てて傷心乙女のポーズをとりながら叫び返した。