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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
19/61

第一章 19. 異世界的ネゴシエーター

「しっかしシルバーの料理はほんと美味いよな。レストランとかマジでできそう」

 今日の献立はスパニッシュオムレツにアクアパッツァだった。

 ドーンではナスやトマトなどのナス科の野菜が豊富なので、シルバーはよくスパニッシュやイタリアンを作ってくれる。お手製のトマトソースがまた絶品なのだ。

 キヨはもとより、ローランも気に入った様子で舌鼓を打った。

「これまで会ったヴェイグラントの中でもシルバーはダントツに料理が上手だわ~。あちらの料理がこんなに美味しいなんて初めて知ったわよ」

 ローランがそう言った時、双子が何事か思い出したように顔を上げた。

「そうだ。祭りだ!」

「フェスティバルだ!」

「カーニバルだったんだった!」

「あー…、そういやそんなこと言ってたよな」

 チルカがいたんで中断していたが、そういえば双子はなにやら大騒ぎで帰ってきたんだった。

「なんなんだ? それ。お祭りでもあんの?」

「そのとおり!」

 ユエが頷くと、シンが魚を突き刺したフォークを片手に続ける。

「一ヶ月後、ここドーンでは街をあげての収穫祭が催される。闘技場では興業が行われ、大通りには市や屋台がたくさん出るって話だ」

「あらぁ、もうそんな時期なのね~」

 ローランも目を輝かせる。

「収穫祭ってことは毎年やってるってこと?」

「ええそうよ~。他の街からもたくさん人が集まって、そりゃもう賑やかなんだから!」

「へぇ~面白そうだな」

 聞いていたらキヨも楽しみになってきた。

 双子の『祭りだ!』では浴衣で法被で神輿でワッショイなイメージが、『フェスティバルだ!』では鼓笛隊で万国旗なイメージが、『カーニバルだ!』では美少女が玩具のピアノを前にくるくる踊り狂うイメージがそれぞれ頭に浮かんだ。

 ここは異世界。

 一体どんなお祭り風景を見せてくれるのだろうか。

「面白がってる場合じゃないぞキヨ!」

「俺たちには借金があることを忘れんなよ!」

 双子は交互にしゃべるのと食べるのを器用にこなすので、案外食べるのが早い。こんなに忙しなくしているように見えて食べ方もきれいでそつがないのがさすがだ。

「そんなこと言ってたらいつまでもお祭りなんて楽しめないじゃん。借金返し終わってからなんてジジイになっちまう」

 ―――ローランみたいな永遠の20代なわけじゃねぇんだぞこちとら。

「阿呆ぅ。楽しむ側じゃなくて楽しませる側に回れって意味だ」

 ―――楽しませる側…?

「というと?」

 首をかしげるキヨに、双子は揃って舌打ちをした。

「ちったァ自分で考えろよ」

「こういうときこそ稼ぎ時ってことだろーが」

「とりあえず、屋台の申請だけ本部の方に出しといた。大通りの一番いい場所確保しとけって言っといたぜ」

 シンが男らしい表情でウィンクを寄越す。

 ―――おお~。祭りのテキヤってことか! なんの屋台にするかはこれから考えるってことね。オーケーオーケー!

「軽食系は普段から結構屋台出てるし、甘いもの系とか?」

 こっちでは菓子は各家庭で作るのが基本らしく、あまり店では売られていない。ケーキとまでは言わないが、地球でも移動販売ワゴンなどでクレープ屋やアイスクリーム屋などがある。キヨはそれをイメージして提案してみた。

「そうだな。俺たちもスィーツがいいかなと思ってる。ローランも作るの好きだろ?」

 ここにはいつも売れるほどたくさんのクッキーが常備されている。全部ローランの手作りだ。

「そうね。お菓子作りなら協力できそう」

 うふ、とウィンクポーズ付きで頷くローランである。さっきのシンの男らしいウィンクとこれが同じウィンクかという…。

「ドーンはお砂糖が手に入りやすいって点でもいい案だと思うわぁ」

 森のダンジョンを抱える自由都市は大体食材系が特産品として挙げられるが、中でも砂糖は世界の市場の何割かを占めるほどなんだという。キヨもダンジョン内でよく見かける潅木が砂糖の生る木――スイカンだ。水辺に多く生え、枝に小さな花を付ける。この透明で結晶質の花を砕けばそのまま砂糖となる。

 そもそもダンジョンの植生はダンジョン外の普通の植生とは全く異なる。同じ様な景色に見えて、ダンジョンの中には普通の植物は一本として生えていない。また外にダンジョンの植物を植えても見る間に枯れてしまう。

 これは森のダンジョンだけでなく、すべてのダンジョンに言えることだが、ダンジョン内のもの――植物も生物も岩も土も、みな植物や生物や岩や土のように見えてじつはダンジョン固有の物質で形作られている、と言われている。

 それがなんなのかはわかっていないが、摘んだり採掘したりしてダンジョンの外に持ち出しても、数時間から数日で再生してしまう。まさにダンジョンが無限の宝物庫と言われる所以である。

「具体的なメニューはこれから吟味していくとして、差し当たり砂糖集めは今のうちからやっとこう」

「いいな、キヨ」

「へ?」

 間抜け面で呆けているキヨに、再び双子の舌打ちが投げられる。

「へじゃねぇ。ただでその辺にポンポン生ってるもん高い金出して買えるほど裕福か? このギルドは」

 ―――だって今までは普通に商店で買ってたしぃ……

 キヨの心の呟きを余さず読み取ったらしく、双子は今度は揃って首を振った。呆れ返ったと言わんばかりだ。

「これまで一ヶ月でもせいぜい1キロ買いだったのを何十キロも仕入れなきゃならないんだぜ?」

「しかも砂糖だけじゃなく粉やら卵だのも必要になる」

「日本人は節約すんの好きだろ?」

 そういうことかと納得しながらも、ひきこもり高校生に節約を言われてもな…という気分のキヨだ。もちろん、声には出さない賢明さは持ち合わせている。

「ああそれとローラン、例のアレ、連盟と話ついたからな」

「今後の借金は連盟に返していくことになる」

「利子なしにできないかかなり粘ったがさすがにそこまでは無理だったけどな」

「それでもこれまでの1/10以下にまで値切り倒したから」

 双子のセリフに、ローランが突然立ち上がった。

「いやぁあだぁ!! 双子ちゃんすごい! あたしがどんなに頼んでもダメだったのにどんな魔法使ったのぉ!?」

 思い切り息を吸い込んだと思ったら、ローランはいきなり奇声をあげた。びっくりしてキヨも思わず椅子から飛び上がる。

「な、なに? どったの?」

「双子ちゃんたちが奇跡を起こしたのよぉおお!」

 感極まっているローランだったが、双子の方は至ってクールだ。

「ローランが無造作に借りまくった闇金ばりの悪徳高利貸しからの借金を、全部一括で連盟に肩代わりしてもらったんだ」

「現在の借金額が減るわけじゃねーけど、これからはごくごく低利子での返済になるから随分楽になるはずだぜ?」

「よくわかんねーけど、それがかなりマジカルなことだってことはなんとなくわかった。で、どんな魔法使ったんだ?」

 ―――あるいはどんな姑息な手を使ったのか!?

 心の中の一言は口には出さなかったのだが、双子はニッコリと微笑んだ。キヨの背筋に一瞬悪寒が走る。

「俺たちにしちゃかなり真正面から行ったぜ?」

「まずヴェイグラント申請に行った時のこと覚えてるか?」

「ああ、あの変な文章読まされるやつな」

 キヨもついていったので、よく覚えている。というかあれからまだ一ヶ月も経っていない。

「俺たちはあれからちょくちょくあそこに行ってたんだ」

「え、そうなの? 一体また何しに?」

 キヨなど用がない限りお役所的なところには足を運びたくないくらいなのに。

「あの審査資料がしょぼすぎたからな、押し掛けバイトで資料整理を申し出たんだ」

「四カ国語しかないんじゃ今後困る奴が出ないとも限らないしな」

「ほぇ~…」

 語学に堪能な双子らしい発想だ。

 ―――日本語すらあやしい俺には絶対真似できねぇ芸当だぜ。

「そんなこんなであのたぬきっぽい耳のオッサンと結構懇意になったんだ」

 ―――おお! あのタヌ耳の親父か。だったらぜひあのタヌ耳を触らせてくれるように頼んでくれないだろうか。というか、タヌ尻尾は存在するんだろうか!? あったらぜひ触りたいぞ!!!

 キヨの内心のくだらないお願いなど知らぬげに、双子は続けた。

「審査資料の整備が終わったら、今度はあっちから漂流物の鑑定を依頼してきてさ」

「漂流物? ってあっちの世界からのか」

「そう。こっちでは何に使うのかもわからないものとか、何から出来てるのか見当もつかないものとかがあるんで見てくれないかってね」

「へぇ~そりゃ面白そうだな。俺にも見せてくんねーかなぁ」

 キヨが興味本位で言うと、双子は軽く首を振った。

「見て面白いほどじゃねーな。ほとんどゴミばっかだし」

「昭和時代に期限の切れた定期の入った誰かのパスケースとか」

「虫食いだらけのキモノとか」

「誰かのサイン入り野球ボールとか」

「昔の女が髪に飾ってた簪とか」

「えーっ、タイムカプセルみたいで面白そうじゃん」

 ―――最近のものばかりとは限らないもんな。とんでもなく古いものもあったりすんのか? たとえば平安時代とか?

「そんないいもんじゃねーよ。管理もあんまよくねーからみんなボロボロだし」

「恐らくそう頻繁に流れてくるもんでもないんだろうな。せいぜい年に1個か2個ってとこだろ。あの感じだと」

「どんなに古くても江戸あたりまでかな、判別できたのは。木、布、紙類はほぼ全滅。んで、昔の日本は木、布、紙で生活してたろ?」

「あー…そうね。そうだよね」

 ―――聞く限りだと日本からの漂流物が大半っぽい? ってことはやっぱ日本と繋がってんのかな、あの木のウロ。

「でも、これまでこういう形でちゃんとヴェイグラントに鑑定を依頼したことってなかったらしくてさ」

「一つ一つ目録を作ってやったら結構喜ばれたよ」

「それはいいことをしたわねぇ」

 ローランが我が子を褒めるようにニッコリと言うと、双子はにやりと笑い返した。

 ―――これ絶対親に褒められた可愛い息子がする顔じゃねぇええ!

「あのタヌ耳のオッサンあれで案外顔役らしくてさ、連盟のお偉いさんにもつなぎをとってくれたんだ」

「あ、もしかしてそっから借金肩代わりの話になんの?」

「まぁな」

 話している間にすっかり空になった皿をシルバーが黙って片付け始めたので、話は一旦中断となった。男五人で皿の片付けをし、食後のお茶を入れてキヨがもう一度リビングに戻ってくると、ちゃっかり片付けの途中からいなくなっていたローランと双子が、食後のデザートにクッキーを摘んでいた。

 ―――なんかこう家族的位置関係がわかってくるよなー。まずシルバーは絶対世話好きお母さんだろ。俺は不本意ながらも末っ子、双子が二人で一人分の長男、でローランがうだつの上がらないお父さんてとこか? 見た目は恐ろしい程しっくりこねーけど!

 双子はなぜか喉奥でくつくつと笑いながら、さっきの続きを始めた。

「いいかローラン、交渉のテーブルに着く前にまずこっちに有利なカードを用意すんのがポイントだぜ」

「俺たちならヴェイグラントってのがまず思いつくだろ?」

「お前だったらって考えるんだよ」

 胸元に指を突きつけられて、ローランは小さく唸った。

「え~っ、あたしの取り柄なんて薬の調合がちょこっとできることぐらいしかないわよぉ? そりゃあそれなりに長くやってるからまぁそこそこにはできるけど、薬舗のステラみたいに特殊なスキルを持ってるわけじゃないし…」

「そこじゃねぇよ。お前はこの街に20人しかいない珍しーい種族だろうが」

「え? テラってこと?」

「テラであり、ギルドマスターだろ」

 パチパチパチ、と瞬きしながら、ローランは口を閉ざした。

 そんなこと今更誰だって知ってるじゃない?という心の声が聞こえてきそうだ。

「今回俺たちが使ったカードにも当然お前は入ってる」

「テラとかギルドマスターとか? そんなのが切り札になったりすんの?」

 キヨもローランと同じ意見だ。そんな簡単なことだったらとっくにローランの頼みは聞き届けられていたはずである。

「切り札なわけねーだろ。ローランのカードはおまけだ」

 二人は右手を前に突き出すと、交互に指を一本ずつ立てていった。

「今回俺たちがしたことは、まず目立つこと」

「せっかく目立つ容姿をしてるんだからな、ジオギルドのトップステラと大立ち回りを演じたりダンジョンで派手に稼いで大いに街の連中に顔を売り、その上でローランギルドに加入したことをアピールする」

「次にヴェイグラントとしてあちらの知識を豊富に持っていることを示すために本部の審査室でバイトをしたり、街で発明を売り歩いたりもした。こいつはカネも稼げて一石二鳥だったろ?」

「そっから先はあっちから食いついてくるままに漂流物の鑑定なんかをやっとけば、連盟に協力的だってところをさらにアピールできるってわけだ」

「強さに加えて知識と将来性、この辺が今回の交渉での切り札ってとこかな」

「あとおまけでローランギルドがくっついてくる」

「初心者用のポーションセットを作って半額割引券を連盟に卸す約束をしてきた」

「それ以外にも、テラ的雑用があったら遠慮なくうちのギルマスをこき使えってな」

 ―――そんな最初の頃からこれを狙ってのかよ!? 鮮やかすぎだろ……。

 内心感心しきりのキヨに、シンが「ネゴシエーターと呼べ」と片頬を歪ませてみせた。それでぶっと吹き出したキヨがひとりで受けていると、ユエがローランに忠告を与えた。

「いいか、ローラン。今回のことでうちは否応なく連盟に借りができたことになる。文字通りってやつだ。今後やっかいな雑用ごとを押し付けられやすくなるだろうが、そのへんはなんとかお前が上手く立ち回ってくれ」

「うう…わかったわ~」

 うだつの上がらないお父さんがオネエ言葉で頷いてみせた。甚だ頼りなくはあるが、これでもローランだってミレニアムな経験値を持つギルドマスターである。その場になればなんとかなるだろう。………たぶん。……………おそらく。

「ただ、今回俺たちはちょっとやりすぎたような気がしなくもないんだよな…」

 ユエが最後に気になる一言を付け加えた。

「へ? どういうこと?」

 キヨの間抜け面を指でピンと弾いて、シンが肩を竦めた。

「頼りになるとこを見せすぎちまったような気がするってことだよ」

「気になってるのは、漂流物のラインナップがゴミ過ぎたこと、それと――チルカの訪問がタイムリー過ぎなこと、…かな」

「えっ、そっちも関係あんの?」

 昼間のチルカとのやり取りはまったく別の値切り交渉が発端だったはず。まあ確かに結果的に名を売ることに関してはかなりの爆弾級のやつを落としていってくれたわけだが。

「漂流物がゴミ過ぎって、他にもまだあるんじゃないかってこと?」

 ローランの問いに、ユエが頷いた。

「可能性はあると踏んでる」

「連盟だってバカじゃない。そう簡単に余所者を信用したりはしないだろう」

 シンのその言葉に、キヨは突然冷水を浴びせられた気分になった。

 ヴェイグラントはかなり優遇されているし、普通に歓迎されている気になっていたキヨである。どこに行っても親切にしてくれるし、疎外感を覚えたこともなかった。

「そう…なんだ?」

 なんだか思いがけない拒絶に遭ったような気分で、キヨはしょんぼりとしてしまう。

 双子は二人同時にクッキーを摘むと、鏡に映したように同じ速度でキヨの口にそれを押し込んだ。

「あっ…あにふんら……っ!」

 ふふんと鼻で笑って、二人はキヨの目を覗き込んできた。

「だからチルカが来たんだろ?」

「まあそれは俺たちの想像…あとは勘だけどな?」

 両手で口を押さえて押し込まれたクッキーを懸命に咀嚼していると、ローランがその様子を可笑しそうに眺めながら付け足した。

「仮に連盟に頼まれてたんだとしても、ここへテュルカが来た主目的はあの子が自分で言ってたように、あなたたちを自分の目で見極めたかったんだと思うわよ。連盟の方はほんのついでじゃないかしら」

「ま、そんなところだろうな」

「だがチルカが来たことで俺たちの懸念のパーセンテージがちょっと確率を上げちまったのは確かだ」

「俺たちの予想じゃ交渉はもっと時間がかかるはずだったし、連盟の連中の様子は少し慌てた感じだった」

「祭りを控えて忙しくなるからかと思ってたが……さて、これがとんだ貧乏くじじゃなきゃいいけどな」

 ―――不吉な言霊放つんじゃねーよ!!!

 キヨはお茶でクッキーを喉に流し込みながら心の中でツッコミを入れた。

「――さてと。それより、屋台のメニューを考えないか?」

 いつまでも借金絡みの話をしていても面白くないとばかりに、双子が話題を変えてくると、ローランが身を乗り出して食いついてきた。

「いいわね! ねぇねぇ、どうせならヴェイグラント風のお菓子にしましょうよぅ。話題になるしキヨたちが売るならうってつけでしょ! あぁん、作るのも食べるのも、すっごく楽しみ!!」 

 和気あいあいとした食後のティータイムはそれからも和やかに続いた。

 言霊が現実を呼び込むのか否か―――それはいまだ闇の中。


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