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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 18. テュルカ・チルカ

 それから二人でのんびりとお茶をしながらシルバーや双子の話をしていると、店舗の扉が開く音がした。

「あら珍しい、お客様かしら」

 ローランが立ち上がって扉のない敷居越しに店内を覗く。

「まあテュルカじゃなぁ~い、いらっしゃ~い。あなたがここへ来るなんて珍しいわね、どうぞ入って入って。お茶を入れるわ」

 親しい間柄の人物が訪ねてきたらしい。そのまま手招きでリビングへ誘う様子なので、キヨはお湯を沸かし直すために席を立った。隣合ったキッチンでお茶を三杯入れて戻ると、リビングテーブルにはローランの他に背の低い少女が座っていた。

「ほらキヨ、この子がテュルカ・チルカ。チルカギルドのマスターよ」

「えっ!」

 紹介され、改めてキヨはちんまりと椅子に腰掛けている少女に目を向けた。どこかむっつりとした表情のその少女は、見た目はエリンダよりも年下に見える。これでローランと同じテラ――つまりいくつかミレニアムを超えているとは…。

 ―――幼女テラキタァ―――――! つうても俺幼女属性ねーんだけどね。でもこの無表情といい将来を予感させる美幼女っぷりといい、その筋の方々にはきっとたまらんのでしょうな! まあテラなんで将来までずっと美幼女のままなんですけど! だがそれはそれでまたたまらんのでしょうな!!

 脳内でこんなくだらない評価をされているとは知らない少女は、キヨの方をちらりと見上げて会釈をした。さらりとした栗色の髪が白い頬にかかるのが女の子らしくてかわいらしい。

 キヨはハッとして、こちらもぴょこんとお辞儀を返した。こんな顔してても中身は酸いも甘いも噛み分けた熟女。機嫌を損ねてはいけない。

「本庄清澄っス!」

「挨拶も済んだところで、キヨも座りなさいな。あなたたちに用があるんですって」

 ローランがチルカの隣の席から、にこにこと椅子を勧めてきた。

 あなたたち、という言葉にキヨは首をかしげる。ひょっとして先日ショッピングをした日にチルカギルドでまずいことでもしてしまったのだろうか。それとも例の双子のアコギな取引条件に文句をつけに来たのか。

 ―――ありえる。しかしどんだけ値切ったんだあいつら…!?

「えーと、もしかして値切り交渉の件? だったら俺じゃなくて、美形の双子が犯人なんで!」

「それズラ」

 ―――へ? ………ズラ? 今ズラって言った? この子。

「今日うちっちが来たのはその件ズラよ」

 表情に乏しい美少女の口から似合わない方言が飛び出した気がして、キヨの思考がフリーズする。

「こん前うちっちの店でお前さんとこの若い衆が買い物してったってはすぐ耳に入っとったズラが、そんあとイプスリウムの長剣とシッダリンのサーベルの話を報告されてね、うちっちもおったまげたズラよ」

 相変わらずの無表情だが、「おったまげたズラ」のところでその半眼気味の茶色い瞳がわずかに大きく見開かれた。

 ―――うん、すごくおったまげたんだね…。

 キヨの脳内で、亡くなった田舎の曾祖母がにっこりとほほ笑みかけてくる。

『キヨちゃん、また来んズラ? お父さんとお母さんをてんだったげてね』というのが口癖であった。

『パパァ、てんだったげてってなぁにぃ?』『手伝ってあげてってことだよ。キヨにはたーっくさんパパのお手伝いしてもらわないとなぁ』『えーっ、やだよー!』

 小学校に上がる前だっただろうか。まだキヨがいたいけな幼児だった頃の思い出だ。

「…ヨ! キヨったら!」

「……ハッ! 今俺気ィ失ってた!?」

 走馬灯が見えた気がして、キヨはカッと目を見開いた。

「あぶね~ひいばあちゃんがニコニコしながら手ェ振ってた気がする。――で、なんだっけ?」

「そん取引条件の短剣を見に来たズラよ」

 ―――あ、やっぱズラは夢じゃなかったか………。

「双子ちゃんたちったらそんな取引を持ちかけてたのね~」

 ローランは困ったふうを装いながら、どこか楽しげに笑っている。

「笑い事じゃないズラ。派手な色男の売名に使われんなんて冗談じゃないズラ。んで、その双子ってのはどこズラか?」

 ―――おいおい売名とか言われてっぞ。そんなんじゃないって今俺が説明するべき? コミュ能力の低い俺が…?

 しかし人生二人目に出会ったテラが、まだチルカでちょっとホッとするキヨだった。鍛冶ギルドのマスターというからには、職人気質系親父か、もしくは金鎚を振るうのが趣味の筋肉ダルマを想像していたのだ。

「双子たちはたぶん連盟本部。今日はもうここには来ないかもしれないんだけどさ…そのぉ」

 キヨはどうにか双子の真意を言葉にしようと思うが、そもそもなぜビンボ臭い取引が売名行為に結びつくのかがわからなくなって、続くセリフに窮する。

「無駄足を踏んだズラね。手遅れになる前に正体を見極めたかったズラが…」

「やぁねぇ正体だなんて穏やかじゃないこと言わないでぇ。あの子たちはいい子たちよん」

 カップを持つ右手の小指をぴんと立てて、ローランが庇い立てをするもチルカは軽く鼻を鳴らすのみである。

「それに双子ちゃんたちはここに住んでるわけじゃないから、あなたがここを訪ねてくるよりあの子たちにあなたのところへ行ってもらった方が早いと思うわ。明日にでも伝えとくわよ?」

「それは駄目ズラ。やつに見っかったら最悪身ぐるみはがされるズラ」

「……は? やつ? 盗賊でも出るの?」

 チルカの穏やかでないセリフに、内心戦々恐々としながらキヨが訊くと、少女はじっとりとした目を向けてきた。

「ある意味盗賊のがまだ可愛げあんズラよ…。やつの暴走はうちっちでも止められんズラ」

 ―――なにそれどこのモンスター!?

「それってひょっとして…」

 ローランが言いかけたとき、またしても店舗の扉が開く音がした。

 開くと同時に駆け込んでくる音とこちらを呼ばう声が聞こえたので、今度は客と間違うことはなかった。

 双子たちだ。

「キヨ! ローラン! 祭りだ!」

「フェスティバルだ!」

「カーニバルだ――――!!!」

 そんな叫びとともにリビングに飛び込んできた二人のあとから、シルバーもやってくる。

 先に入ってきた双子はリビングにいつもとは違うメンバーがいることに気づくと、一瞬だけ探るような眼差しをチルカに向けたあとにっこりと微笑んだ。

「お客さんだったのか」

「騒いですまない」

「はじめまして、俺はユエ」

「俺はシンだ。よろしくな」

「俺はシルバーだ」

 入口を屈んで入ってきたシルバーが、最後に双子に倣って挨拶をした。

「うちっちはテュルカ・チルカ。チルカギルドで頭領の身分を預かってる身ズラ。そん言えばここに来た理由がわかるズラか?」

 挨拶もそこそこに、チルカは本題に切り込んできた。

 ―――なんかいきなり見えない火花散っちゃってない!? 微妙に喧嘩腰に見えるんだけど気のせいかな~? チルカも。…んー、もしかして双子も??

 キヨがハラハラと見守る中、双子はシルバーだけを座らせて自分たちはキヨの後ろ側、チルカの正面に立ったままセールストークを始めた。

 受けて立つ姿勢ということだ。


「俺たちは先日こっちにやってきたばかりのヴェイグラントだ」

「故あってローランギルドに入ったのはご覧のとおりだが、このギルドが借金まみれなのも周知の事実ご存知のとおり」

「そこで俺たちは考えた」

「ヴェイグラントといえば異世界の神秘をもたらす異邦人」

「遠い世界からここにはない技術、ここにはない香り、ここにはない美食をもたらすさすらいの伝道師」

「そんなヴェイグラントである俺たちにできることはないかとね」

「考えれば考えるほどこちらとあちらは違うことだらけ」

「借金返済のためにこちらにないあちらのものをカネに変えられないかと思いついた」

「そこでない知識を絞り出して三日三晩考え抜いた俺たちは、いくつかの発明品のアイデアを売ることを思いつき、これに成功した」

「もしかしたらお耳に入っているかもしれないがね」

「たいそうな額で売れはしたが、借金すべてを考えれば微々たるものだ」

「さてさて他にはないものかと考えることさらに三日三晩」

「俺たちは自分たちの持っている一番の商売道具に目を留めた」

「だけどこいつだけは売れない」

「売っちまったら仕事ができないからな」

「売れないなら見せるだけじゃダメだろうかと思いついた」

「こいつにはそれだけの価値がある」

「なんといってもこっちにはないこの世に二つっきりのお宝だ」

 そこまで一気にまくし立てると、双子は勿体ぶった仕草で腰のホルダーからぱちんと鞘を外し、ナイフの柄を手に取った。鞘付きの短剣を二人は左右対称の動きで顔の前に持ってくる。捧げ持つようにそれをかざすと、おもむろにトーク再開。

「こいつは特殊な鉄で作られたナイフだ」

「そう、錆びない鉄だ」

「俺たちの世界でも100年ほど前に発見されたばかりの新しい技術だが、この100年の間に目を瞠るほどのさらなる進歩を遂げた」

「こちらでは考えられないほど巨大な企業がカネと優秀な人材をつぎ込んで開発に開発を重ね、次々と新しい鉄を作り出していったんだ」

「そうしてできたうちの一つがこれ」

「ナイフの用途といえば切る、削る、突く。そのいずれをも優れた性能でこなし、屋外で使用することを想定してのあらゆる環境への対策も考慮されている」

「雨、土、熱、血脂、果汁、海水、その他過酷な状況を乗り切るだけのポテンシャルを持った材質、それがこいつだ」

「市販品という側面上オールマイティなバランス性能と言わざるを得ないが、それを踏まえて丁寧に使用すればこれこのとおり」

「これでも一年以上魔物を切り刻み続けてきたんだぜ?」

 二人はゆっくりとそう締めくくると、鞘をスラリと外してなめらかな刀身を空気に晒した。

 ―――なんつーか、あれを思い出すな。さァさァお立ち会い!寄ってらっしゃい見てらっしゃいってやつ。バナナの叩き売りとかガマの油売りとか? ああいうのなんてんだっけ? ダシ? いやヤシか? 確かあれだよな。寅さんの職業。男はツライよってか?

 見事な弁舌を披露した双子は二本の抜き身のナイフをテーブルに置くと、正面のチルカを見据えた。表情はにこやかなままだが、目に挑むような光を帯びている。明らかに喧嘩腰なのにやけに生き生きとしていた。

 ―――そういやさっき祭りがどうの言ってたけど、なんかテンション高め? ユエのやつ結局マジックポーション飲んだんかな?

「なるほどズラ…。百戦錬磨のうちっちの店員が太刀打ちできないわけズラね」

 首を左右に振りながらチルカはため息をついた。

 ―――その気持ちすげーわかるぜ! よくもここまで舌が回ると感心するよな!!

「これにはダンジョンで採れたもんは一切使ってないとか?」

「もちろん」

「俺たちの世界にはダンジョンは存在しないからな」

「だけどお前さんらはさっき、『魔物を切り刻み続けた』と言ってたズラ。そりゃあどういう意味ズラか?」

 キヨは思わず『あっ』と思った。双子たちの失言だったのか、と。

 ―――だけどややこしいよな、AとかBとか説明すんのも。

「シルバー」

 どうするのかと見守っていると、予想外にも双子はシルバーに丸投げした。シルバーはいきなりのご指名に動じることもなく頷いて口を開いた。

「ダンジョンはないがモンスターはいる。こちらのモンスターのように火を吐いたりはしないし、アイテムをドロップしたりもしない。殺せば消える。何も残さずにな」

 シルバーの言葉には日常に即していた実感の響きがある。その信憑性はチルカを納得させたようだった。

 チルカは黙って頷くと、初めてナイフに手を伸ばした。少女の小さな手には長剣ほどもあるバカデカイ短剣はどう見ても手に余る大きさだ。持ち上げようとすると、その重みで手が傾く。

「いいナイフズラ」

 手元に引き寄せたあと、テーブルに置いたまま刀身に指を滑らせてチルカは呟いた。グリップから刃先までを念入りに見つめ、何かを確認するように指を滑らせていく。

「丹念に作られているズラ。ここまで完成度の高い作品をステラでない人間が作ったとは信じられないズラな…」

 自分たちの世界の技術が褒められているとなると、なんの縁もゆかりもないとわかっていても嬉しく感じるものだ。キヨはなんとなく鼻を高くして聞いていた。

「それに、こいつを見りゃあお前さんらがこれをどういうふうに使ってきたんか手に取るようにわかっズラよ。相当な手練、おまけに自分で言ってたとおり、正しくきちんと手入れしながら大事ぃにしてくれてきたんが一目瞭然ズラ」

 キヨも貸してもらったことがあるから知っているが、刃こぼれ一つなく、いつもピカピカに磨かれていた。今だってそうだ。遠目に見ていてもくもりひとつない刃面がよくわかる。

「道具作りを生業にしてる職人にとっちゃこういうんを見せられると弱っちまうズラ。お前さんらの人間性はどうでも、信用したくなっちまう…」

 本当に困った様子で呟くチルカの頭に、隣に座ったローランが手を乗せた。そのままぐりぐりと柔らかそうな髪を撫でて笑い飛ばす。

「だから最初からいい子たちだって言ってるでしょー。双子ちゃんたちはねぇ、ちょぉーっと口が悪くて、ちょぉーっと企みごとが多くて、ちょぉーっとやんちゃなところもあるけど、根はとぉーっても優しいのよん」

 途中褒めているのかどうなのか微妙な部分もあったが、とりあえずローランに悪気がないのはわかる。

「………仕方ないズラね。でも、これだけじゃ足りないズラよ。この金属の組成が分かるなら教えて欲しいズラ」

 訊いて当然のことをチルカが訊いてきた。

 双子のことだから、細かい構成金属のパーセンテージまで知ってそうだったが、さすがに口にする気はないだろう、とキヨは思った。

「正直、俺たちは鍛冶ステラたちが使うっていう鍛冶スキルがどういうものなのか知らないんだ。実際のところここでそれを教えたら、たちどころに作れちまうもんなのか?」

 そう言ったシンの口調からは、わずかに胸襟を開いた雰囲気があった。条件次第では教えてもいい、というような。

「鍛冶スキルを持つステラたちも色々ズラ。ステラの能力に頼ってるばっかじゃ一人前の鍛冶師にもなれんズラよ。どこまでいっても最後に頼りになるのは己の知識、勘、センスズラ」

 うるさそうにローランの手を払ったチルカは、乱れた栗色の髪を整えながら答えた。

「どんな金属を使ってっか聞いてみんことにはわからんズラが、今のうちっちのステラにはちっと荷が重いかもしれん」

「あらぁ、そういうもの? テュルカのところのステラはいつだってとっても評判いいじゃなぁい?」

 どこまでも気楽そうに口を挟むローランに、チルカは胡乱な目を向けた。

「お前さんとこだって同じような類の話はあんズラが。新薬を開発すっときのひらめきみたいなもんを想像してみるズラよ?」

「んー……ああ、なるほど」

 顎に人差し指を当てて自分のギルドに置き換えて考えてみたローランは、ふむふむと頷いた。

「確かにセンスは必要ね。もちろん本人の注意力とか論理性なんかも大事。でも最後の一歩でひらめきがあるとないとじゃ、全然違ってくるわねぇ」

 納得した様子のローランの言葉を引き継ぐようにして、シンが続けた。

「つまり、今は無理でも今後そういうセンスのあるステラが生まれればいずれこれと同じものを作れるようになるってことだな」

 そしてユエが、さらに続けた。

「だったらダメだ。こいつの組成は教えられない」

 双子が言葉を切ると、頑なな沈黙の空気がリビングに流れた。

 ふう、とチルカがため息を一つ。

「作らせるつもりもないもんをどうして見せる気んなったズラか」

 もっともな疑問だ。キヨはその答えをすでに本人たちから聞いていたので、気を揉みながらも双子たちを見守った。

「お前たちの技術を少し侮っていたというのがひとつ」

「もうひとつはお前たちの方向性を見極めたかったというのがひとつ」

 いささか軽薄な商人モードは鳴りを潜め、今の双子たちは挑むような気配はそのままに鋭く切り込むような目をしてチルカに対峙していた。

「方向性…?」

 眉をひそめてチルカが繰り返すと、双子はギルドに置いてあったシルバーのあの背嚢から、小さなサバイバル用の片手鍋を取り出して持ってきた。

「こいつに使われている金属を知ってるか?」

 銀白色の小鍋は使い込まれた様子だったが、これも丁寧に使われているのがひと目でわかる。キヨの目には、それはアルミの鍋に見えた。

「随分と軽いが……これもダンジョン産の鉱物は使われてないんズラ? 信じられん…」

 ―――え、アルミもないんだ? この世界って。

 キヨは内心驚いた。ステンレスに続き、またもや驚きの新事実。まあ確かに、ファンタジー世界に缶ジュースなどがあったらちょっとシュールすぎではあるのだが。

「この金属は鉄と同じく、割合豊富に産出する鉱物だ」

「持ってみてわかるとおりとても軽いのが特徴だ。それにそいつも錆びない」

「ふむ…。豊富にあるとはとても思えん。見たことがないズラ」

「そうだと思ってた。あっちでは当たり前に使う電気をこちらではまったく使わないらしいからな」

「電気ィ?」

 頓狂な声を上げたのはキヨである。そちらへキロリと目を向けて、シンが呆れたように言った。

「おい、学校の授業でも習うはずだぞ。コイツの精製には大量の電気を食うってな」

「へ、へぇそうなんだ…」

 不勉強を指摘され、つい目をそらしてしまう。

「電気というと…雷撃のことズラか」

「そういえばヴェイグラントの世界では雷撃をスフィールと同じようにして使うって聞いたことあるわね。なんだか危なそう~」

 テラ二人がいかにも異世界人らしいコメントを披露してくれた。

「無理もない。こっちでは魔法のスキルか、天然の雷ぐらいしか普段目にすることがないようだからな」

 ―――なるほど。てことは、もしでんじろう先生がいたらリアルに魔法使い扱いされるってことか…。一発静電気ショーでもやってみんなをアッと言わせてみてーな! やり方知らねーけど!

「もうひとつ、ついでにこれも見せてやろう」

 そう言ったのはユエだった。腰の後ろに手をやると、ジャケットの裾に隠れていた例の女王様アイテム――黒い鞭をテーブルに置いた。

「これは?」

「こいつにはあちらでもとくに優れた技術が使われている。といっても、俺たちも細かい説明はしたくてもできない。しなやかで伸縮性があり、かつ硬くて丈夫。ちょっとやそっとじゃ切れない――そういう注文をして作らせた特注品だからな」

 ユエはぱらりと鞭を解くと、それもチルカの方に押しやった。

「これは金属じゃないズラね。革…でもないし、繊維の束なのは確かなようズラが…パズーフの糸のわけはないズラよね?」

 パズーフというのが噂の蜘蛛モンスターのことらしい。シルクに匹敵する艶と光沢を持ち、熱や衝撃にも強いというスーパー繊維だ。

 だがもちろん地球にパズーフはいない。

「金属の糸も使われてるぜ? 他にも色んなものを細長くして、縒り合わせて、編み込んである」

 金属の糸、と聞いてチルカの目が開かれる。

 ―――チタン合金とカーボンファイバーっつってたっけ? それ以外にもなんかすごい超とかつく強化合成樹脂の繊維とか使われてそう。

「俺たちがいた世界は軍需産業によって科学技術が発展していった世界だ」

「このナイフに使わてる金属も、この鍋に使われてる金属も、この紐に使われてる繊維も、あれもこれもみんな戦争の道具にされてきた」

「悪いことばかりじゃないけどな。効率よく人を殺すために開発された武器に使用されている金属が、キッチンで大活躍の錆びない鍋として母親たちを喜ばせたり」

「日常生活に欠かすことのできない便利な道具として大量に使われているのも事実だ」

「要はなんのために使うか、だ」

 双子は言葉を切ると、わずかの間思いに沈むような表情を見せた。だがすぐに目を上げ、続ける。

「俺たちの世界にはプロメテウスの火、という話がある」

 ―――プロメテウス…? 聞いたことあんな。確か………

「なあ、プロメテウスってプロメテウスの刑のプロメテウス?」

 キヨの言葉に、双子は小さく頷いた。

「そうだ」

「確かあれだよな、プロメテウスって心臓を鳥に毎日食われるっていう刑罰を受けるんだよな。でも不老不死だもんで次の朝にはまた復活しちゃって毎日毎日死ななきゃならないっていう。――俺さあ、ローランの話聞いててなんか覚えがあるなって思ってたんだよ、テラってプロメテウスみたいだったんだな」

「なにそれ怖い」

 傍で聞いていたローランが自分の肩を抱いてブルっと震えた。

「あー…補足すると、」

 双子が少し苦笑いしながら地球に伝わる神話のあらましを語った。

 プロメテウスはギリシャ神話に登場する神族の一人だ。彼は、神族の掟を破って人間に火を与えた神として知られている。人間は彼のおかげで煮炊きした食べ物を食べ、暖をとることができるようになったが、同時に武器を作ることもできるようになり、争いを起こすようになってしまった。プロメテウスは掟を破った罪で、罰を受ける事になる。それがキヨの語った無限の責め苦だ。神話の中では、プロメテウスは岩に鎖で繋がれ、ハゲタカに活き肝を食われることになっている。死ぬことのない神である彼は朝日とともに蘇り、その罰は三万年続いたという。

「三万年!?」

 ローランが真っ青になって叫んだ。

 ―――不老不死ならではの刑だよなぁ。そりゃテラにはおっかねぇよね。

「人の手に余る技術――特に武力を表す言葉として、プロメテウスの火、という言葉が使われるようになった」

 核兵器、巨神兵、という言葉がキヨの脳裏に浮かんでは消えていった。

 双子は再び真正面にチルカを据えて、左右対称の姿勢で問う。

「他人の思惑を止めることはできないだろうが、武器屋はそうも言ってられないだろ? 俺たちの世界の武器商人たちはどう見ても度を失っているとしか思えないほどの武器を生み出していった」

「俺たちの世界には、人を殺すためだけに発展したとは到底思えないほど強力な武器がごまんと溢れている。まさにプロメテウスの火と称するに値するものが――悲しいことにな」

「ひょっとしてお前は、武器屋としてそういうものに興味を持つタイプか?」

 ―――方向性ってのはつまり、平和利用したいのか、他人を傷つける武器として使いたいのか、…ってことか。さすがにこの流れじゃ答えはひとつだろうけど。

「試されるのは好きじゃないズラが……うう、人んこと言えんのがツライとこズラね。うちっちもお前さんらんこと、同じような意味で見極めたかったんズラ」

 チルカは何度目かのため息をつくと、やれやれという顔でちょっとだけ表情を緩めた。

「答えは『否』! こういう駆け引きは苦手ズラよ…。うちっちが…チルカギルドが目指すのはあくまでもダンジョン制覇のための武器、防具作りズラ。作った武器がどう使われっかまでは正直把握しきれんとこがあんのは事実。だけど人を斬った武器は二度と市場には出さんし、それを行なったと思しき輩にも二度と武器は売らんようにしてるズラ。―――これで満足ズラか?」

 チルカの顔に浮かんだ歪みは苦笑に近い。双子はしばらくじっとその顔を見つめていたが、やがてこちらもフゥっと息を吐き出した。

「誠意には誠意で応えなきゃな」

「コイツの組成と、あとこっちの鍋の金属の精製方法もあとでメモして渡しとく。こっちの世界で作れるかどうかはわからないがな」

「まあもしコイツが作れて、なおかつプロメテウスの火になってしまうことがあったら、そのときは俺たちの代わりにローランに罰を受けてもらうとしよう」

「そりゃいい。俺たちは不老不死じゃないからな」

 双子の言葉に今度こそローランは蒼白になり、プルプル震える手でチルカの両手を握った。

「ぜぜぜぜ絶対に使い方を誤らないでね………!」

 双子は喉の奥でくつくつと笑うと、慣れた仕草で抜き身のナイフをしまい、鞭をまとめるといずれも腰のホルダーに装着した。

「これで取引は成立だな」

「うむ。イプスリウムの長剣とシッダリンのサーベルはお前さんらの言い値で売るズラよ。鍋の分のおまけとしてあのお飾りの巨人族用の剣もつけてやるズラ」

 ローランの手を振り払い、冷め切ったお茶をこくっと飲み干すと、チルカはこともなげに言った。

「は?」

 ――――えええええっ!? あのシルバーが持ち上げてたバケモノ大剣っすか!?

「いや…さすがにあれは……」

「どんなに値引きされても買えねーよ」

 さしもの双子も口ごもっている。シルバーの顔を見ると、こちらも珍しく戸惑ったような表情だ。

「カネは要らんズラ。150年もあそこで埃をかぶるしかなかった剣ズラからな、単に日の目を見せてやって欲しいだけズラ」

 ここに来てまさかあれを押し売り――押しつけられるとは思ってもみなかった。

 ―――だけどおかしくないか?

「…ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 大団円、というにはチルカの最初の言動がキヨには引っかかっている。

「確かあんた、売名行為に協力する気はないみたいなこと言ってただろ? 双子のセコイ値引き交渉はともかく、あのオバケ大剣くれるとかって、それってどう考えてもこいつらの名を轟かしちゃうんじゃね? めちゃめちゃ売名協力しちゃってんじゃん」

 せっかくまとまりかけた取引を潰す気は毛頭ないが、ただより高いものはないという言葉もある。チルカになにか思惑があるのなら、聞いておかなければ後で痛い目を見ることになるかも知れない。

「セコイってなんだ」

「売名行為とは穏やかじゃないな」

 シンがキヨに文句を言い、ユエがチルカに迫る。

 しかし詰め寄られたチルカはあっさりと肩を竦めた。

「お前さんらはうちっちがなんもしなくっても、勝手に名を売ってくズラよ。こうして直接会って話して、それがよっくわかったズラ。だったらマスターとしてうちっちのすることはただひとつ。ギルドの名声を高めっことズラ」

「今度は逆にチルカギルドの名を世に知らしめるためにシルバーを利用しようってか!」

 呆れてキヨが言う。双子たちはにやにやと笑っているだけだ。

「ただでもらうんが嫌なら預かるだけでええズラよ。傷の修復代はもらうけどメンテはばっちしやってやるズラ。いずれあの剣に用がなくなったらまた返してくればええズラ」

 いずれが狸か狐の化かし合いかといったところか。チルカもこれでなかなか商魂逞しいようだ。それでなくては、あの大店は切り盛りしてはいけまい。

 キヨが内心感心して唸っていると、双子は後ろからシルバーの肩に手を置いて「どうする?」と左右から問いかけた。

 最後は武器を手にする本人に委ねるつもりのようだ。

 シルバーは先日店頭で持ったあの巨大剣のことを思い出しているのだろうか、自分の右手を持ち上げて開いたり閉じたりしてみせた。

 やがて顔を上げてチルカを真っ直ぐに見つめると、はっきりと頷いてみせた。

「そういうことなら、預かろう」

「契約成立ズラ」

 チルカが立ち上がり、シルバーに右手を差し出す。シルバーも立ち上がって大きく屈むと、その小さな手を握ったのだった。


 長々と話し込んでしまったので、外はもう夕闇が迫っていた。

 今日は夕食の支度をシルバーがしてくれるというので、三人組はキッチンに引っ込んでいる。キヨはカップを片側に寄せながら、ダスターでテーブルを拭いていた。

「そこまで送っていくわ、テュルカ」

 帰り支度を始めたチルカにローランがスキップでもしそうな足取りでついていく。

「結構ズラ。テラに手ぇ出そうなんて輩はそうはおらん」

「なに言ってんのよそんな可愛い顔して~。それにあたしとあなたの仲でしょ。遠慮はなーしよん」

「お前さんとうちっちの仲は今は特に何もないズラ」

「またまたぁ、そんなつれないこと言わないの! あたしたち、結婚してた仲じゃなぁい」

 社交辞令的大人の挨拶などつまらんとばかりに意識の外に追いやっていたキヨは、テーブルの片付けをしていた手を止めてグリンと首を振り向けた。

「け…っ、結婚んんんん―――!?」

 入口に並んだ男と幼女を比べ見て、叫んだ。

「言っておくがコレも昔はこうじゃなかったズラよ」

「しっつれいね~。200年以上連れ添った仲なのにぃ」

「若気の至りズラ」

 軽く首を横に振りながら、チルカはさっさと店舗の方へと歩いていく。

「あぁん待ってよテュルカ!」

 二人が店の扉を開けて出て行ってから、それまでずっと同じポーズのまま固まっていたキヨがハッとしたように動き出した。

「こンの………ローランの犯罪者めぇええええええ!」

 テーブルダスターを握り締めて叫ぶキヨだった。


「ひどいわねぇ、もぅ!」

 夕食が出来上がる頃に帰ってきたローランと五人で食卓を囲む段になってキヨがさきほどのことを声高に糾弾すると、ローランは心外そうに膨れてみせた。

「テュルカはずっとあのままなんだからしょうがないじゃない」

「そうだぞキヨ、個人には個人の趣味ってもんがあるからな」

「まああまり責めてやるな」

「ちょっとそこ~? フォローしてるように見せかけてあたしを貶めないでよぅ」

 騒ぐローランを尻目に双子はクックッと喉を鳴らすばかりだ。人外(?)を彼氏にしているだけあって、双子の許容範囲は広そうだ。

 まあ確かに、キヨとて日本で同性愛者と知られればホモだ変態だと後ろ指を指されることだってあったかもしれない。

 ―――だけど少なくとも犯罪者扱いはされねーかんなぁ。

「それに考えてもみろ、チルカはずっとあのままってことは、結婚適齢期の見た目にはいつまでたったってなれないってことだ」

「ほんとはずっと結婚したかったのかもしれないぞ。相手なんてどうでもいいぐらいに」

「あっ、なるほど!」

「ちょぉおっとぉ! そこ!」

 ぽんっと手を打って納得したキヨに、ローランから鋭い裏拳が飛んだ。

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