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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 17. 巨人族の悲運

 それから一週間、キヨは新しい装備の慣らしを兼ね、これまでどおりの訓練を続けた。

 初めての金属鎧ということで危惧していたような重さや動きにくさなどは、戦っているうちにまったく気にならなくなった。

「フルプレートと違って要所要所だけだからな。そのうちもっと馴染んでくる」

 キヨの感想に対してユエが言ったとき、空からポツっときた。

「とうとうきたな」

 朝からどんよりした空模様だったのだがこんなに早く降り出してしまうとは。

「どうする? このまま続ける?」

 雨のダンジョンというのはかなりやっかいだ。雨天時の訓練はこれまでにも何度かやっているので当然このまま続けるかなと思ってキヨが訊くと、ユエは冴えない顔つきで首を振った。

「やっぱりやめとこう」

「どうしたユエ、調子でも悪いのか? ポーションでも飲んどけよ」

 こちらの世界では風邪でも疲労回復でも腹痛でもなんでも、薬といえばポーションなんだそうだ。もちろん小さな傷も大きな怪我も。その度合いによってハイポーションになったりすることもある。命に関わるほど重症、重篤の場合でもエリクサーで大抵は治ってしまうらしい。つまり、驚いたことにここには医者がいないのだ。

「いや、この場合必要なのはマジックポーションだから大丈夫だ」

 マジックポーションは魔力を回復するための薬だ。日常ではほとんど出番はないが、魔法職のステラにとっては命綱とも言える重要なアイテムだ。

「あ、魔法の練習してんのかー」

 そしてマジックポーションはそこそこお高いアイテムでもある。魔法を使わずに普通に休めば自然回復するため、練習ごときではあまり使いたくない気持ちは理解できた。

 現在のローランギルドでは、マジックポーションを自家精製することができない。ポジテの実というモンスタードロップアイテムを精製して作られるポジテ油というものをライバル店から買って作るか、完成品を買うしかない。なぜなら双子とシルバーの三人でも、まだポジテのいるLv40オーバーの区域までは行ったことがないからである。

「カネあるんだから買ってくりゃいいじゃん。エリクサーほど高いわけでもないんだしさ」

「いや大丈夫だ。…というか今日はリボンの色も気に入らないし本部に行ってる二人のことも気になるから帰りたい」

 珍しいこともあるものだ。双子がこんなふうに感情からのセリフを言うのをあまり聞いたことがない。

「リボンってお前な…」

 キヨは苦笑してユエの黒髪を飾ったリボンを眺めやった。

 四人で買い物に行った日、双子はシルバーと一緒に白鳩通りの小間物店で色とりどりの細長い織り布を買った。様々な織り模様の入った、女子が好みそうな綺麗なものだ。5ミリもないようなものから10センチ以上あるものまで、幅はいろいろだ。

 翌日からその日の気分で双子はそれを髪に飾りつけてきた。

 キヨが区別がつかないと言ったのが発端だったらしい。

 ユエが黄色でシンが赤、などと決めてくれているわけではなく、本当にその日の気分で選んでくるので、毎朝どっちがどの色かを覚えなければならないのだが…。

「どうせどの色もシルバーチョイスなんだろ~? いいじゃんか彼氏チョイスとかめっちゃ羨ましいわ」

 ピコン、とユエの機嫌センサーが上向く。

「まぁな」

 暖色系でまとめられたヒマワリのような模様の入ったリボンをちょっと手で触れて、わずかに口元が緩んだ。

「今日は天気が悪いから太陽のような色がいいってシルバーが…」

 ―――リボンの端をいじりながらモジモジ言うのはやめろ…!

 途端に砂でも吐きたい気分になってきたキヨであった。


 結局ユエは先に帰り、キヨは低Lv帯区域でソロ訓練をしばらくした後、昼前にはダンジョンをあとにした。雨の中のダンジョンはただでさえ気が滅入る。集中できたのはほんの一時間ほどだった。

「ただいまぁ」

「あらキヨ早かったのね。おかえりなさ~い」

「うーさぶさぶ」

 ダンジョンで合羽を着たが、探索用の合羽は戦闘の動きを制限しないようにカバー範囲が狭く作られている。着ていて役に立っているのか若干疑問ではある。

 濡れ鼠一歩手前程度には濡れてしまったキヨは、まずは自室で服を着替えた。洗濯済みのジャージを着てリビングに降りていくと、ローランがランチを準備してくれていた。

「まだでしょキヨ。一緒に食べましょ」

 持たされていた弁当を包みのままテーブル上に置いていたのが広げられ、サラダやスープと一緒に並んだ食卓は彩りも鮮やかだ。

「サンキューローラン」

 濡れて冷えた体にスープの温かさが染みる。ぺろりと全部平らげると、キヨは礼代わりにハーブティーを二人分入れた。

「そういやローラン、巨人族って知ってる?」

 皿を片付けたテーブルにカップを二つ置くと、キヨはもう一度腰を下ろした。

「知ってるけど、どうかしたの?」

 作りおきのクッキーを小皿に二三枚乗せると、ローランはそれを摘みながら美味しそうにお茶を飲んだ。

「こないだ武器屋に行ったときにさ、シルバーのことをその巨人族とエルフのハーフだって噂してる人がいたんだよな。それってやっぱあの体格から?」

 勧められ、キヨもクッキーを齧りながら話し始める。

「そうねぇ、確かに巨人族もあれくらい大きいわね。中にはもっと大きい人もいたかしら」

「えっ、そんなに!?」

 キヨと60センチ違うということはシルバーは恐らく2.3メートルほど。それよりでかいとかどこのテディだ。

 ローランは過去の記憶を掘り起こすようにしながら頷いた。

「でも、そばで接してみると、シルバーはやっぱりエルフ族とも巨人族とも違うわね。彼がヴェイグラントだというのは、実感としてよくわかるわ」

「エルフと違うっていうのは俺もわかるけど巨人族ってのは見たことないからなー」

「このあたりじゃもう何十年も見てないもの。街の人たちも、実際に巨人族を見たり会ったりしたことのある人は少ないはずよ」

「ダークエルフみたいな少数民族ってことか?」

「ええ。それも、ダークエルフよりもっと少ない、ね。住処が限定的だというのは同じだけど、……昔大きな戦争があったときにとても数を減らしてしまったんですって」

「戦争……。この世界にもあるんだ…」

 キヨはドーンしか知らない。ドーンは豊かで活気があって、それでいてどこかのどかな感じがするいい街だ。だから、キヨの持つこちらの世界のイメージからは血腥いことはあまり想像できなかった。

「巨人族っていうのは、体は大きくてとっても力持ちだけど、心は穏やかでおっとりしているの。少しだけ欠点があるとすれば、騙されたり利用されたりしやすいところかしらね…」

 ローランのかなりオブラートに包んだ説明から、ウドの大木的な印象を受けたキヨだった。

 よくアニメや漫画で出てくるステレオタイプな脳筋チンピラ…の力持ちでうすらデカイ愚鈍で従順な子分、といったイメージか。ひたすら「ヘイ兄貴!」とか言ってそうな。

 たまにシルバーがそういう感じの目で見られているのは薄々察していたキヨである。いつも無口でひたすら双子に付き従っているように見えるので、よけいにそう思われるのだろう。

 この世界の巨人族というのが実際どういう種族なのかは会ったことがないのでわからないが、人々が頭の足りないウドの大木と思っているなら妙に納得できるキヨだった。

「戦闘奴隷としてたくさんの巨人族が戦場で命を落としたと聞くわ」

「ひでぇ話だな。もともと少なかったんだろうに…」

「そうね…。でも、それも今は昔。巨人族は今では滅多に住処からも出なくなってしまったので、ほとんど幻の種族のように扱われてるの」

「なるほどな~、だから余計にシルバーは注目の的ってわけか。ハーフエルフってだけでもレアなのにさらに倍掛けでレア中のレア種族とのハーフだと思われてんだもんな」

「しかもあの容姿ですものねぇ」

 ローランがうっとりと付け加えた。

「青いしなぁ」

 その上角まであるし。

 ―――正確には、あったし、だけど。

 双子は2センチほど残っていたシルバーの折れた角を、少しずつ削り、もう片方と同じく前髪で隠れるほどにまで削り取ってしまった。結局、ローランとキヨには口止めをして、シルバーが鬼だったことはなかったことにされた。

 シルバーにも特に鬼としてのアイデンティティなどはなさそうなのでキヨも最近では忘れかけている。

 双子やシルバーの口振りからは、角は不要なものという感覚が伝わってくる。なくなってせいせいした、というような。

 だったら、キヨにも異存はない。

 ―――この秘密、墓場まで持ってくぜ。っつーか墓場に行く前にたぶん忘れる……。

 なくなった角なんかより、2.3メートルはありそうな身長とか、あの全身のカラーリングとか、繊細でいて男らしい美貌とか、双子を溺愛しているところとか、キヨよりよっぽど優秀な頭脳とか、とにかくあっちもこっちも気になる部分が多すぎて。

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