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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 16. 月と星の夜

 宵口の猫の目館は、仕事が始まったばかりの姐さん方で賑わっている。オレンジ色のランプを軒先に吊るして、客待ちの合図に灯すのだ。昼の光の中では娼館だなんてわからないほど瀟洒な建物だ。たくさんのベランダが並んだ姿は粋なリゾートホテルのよう。だがひとたび日が暮れれば、凝った意匠のランプの下では艶めく肌の女たちが化粧をする姿がちらりと覗く。

 ユエとシンは、中庭を挟んで斜に向き合ったベランダに並ぶランプを眺めながらグラスを傾けた。グラスの中身はただのジュースだ。アルコールを摂取しても一切酔うことのない二人にとっては、どちらでも同じことだ。

 ―――チートって言われちゃったなぁ

 ―――ま。まちがいじゃねーわな

 窓辺に並んだ安楽椅子に腰掛けた姿はきれいに相似になっている。

 二人は地球にいた頃、ニューヨークという街で殺し屋を生業としていた。

 別になりたくてなったわけではない。

 ただ生まれ、生き、そして行き着いた先がそれだった、というだけの話だ。


 デザインチャイルド―――遺伝子の設計図をあらかじめ決められて生まれてきた子供。ユエとシンは、そうして生み出された実験体だった。

 どういう研究施設だったのかはよくは知らない。ただ、研究者たちが生み出そうとしていたのは天才児だった。卓越した発明力と人知を超えた発想力―――要するに、無限の可能性を持った存在―――神とでも言うべき存在を作り出したかったのだ。

 だが、そんなものが容易く生み出せるわけがない。

 数え切れない程の失敗作が出来、処分されていった。

 二人はそのうちの二体に過ぎない。迷走した研究者たちが作った頭脳だけに特化されないバランス個体―――どちらかというと肉体強化の方に重きを置いた丈夫なサンプル―――それが二人だ。

 研究費確保のために別の組織に下げ渡され、殺し屋としての英才教育を施された―――それが二人の地球での過去だ。


 二人は左側の肘置きに置いていた手をちらりと見た。

 と、その甲にぽぅっと光が灯る。宵闇にチラチラと輝きを放ちながら、魔法陣のような円がいくつも浮かび上がり、重なり合い、ひとつの球体を象った。

 その魔法陣一つ一つにテラの文字が細かく刻まれている。いまでは、二人はその意味を詳細に読み取ることができた。

 スキルが三つ、魔法が一つ、アビリティが二つ。そして中心にLv表示。その数字は35。

 先日、キヨの特訓の後に三人で向かった夜のダンジョンで、二つ目のアビリティが発現した。

 名称は『以心伝心』。

 その瞬間から、二人は周囲の人間やモンスター、それに二人が意識を向けた対象、もしくは二人に意識を向けた相手の思いを汲み取ることができるようになった。

 つまり、考えや思っていることが筒抜けになって伝わってくる、ということ。

 ―――これがチートでなくてなんと言おうか

 ―――相当なレアアビリティであることは間違いなさそうだけどなー

 もともとお互いの頭の中なんて筒抜けも同然の二人が、とうとう意識だけで会話できるようになってしまった。

 ―――これって遺伝子関係してると思うか?

 ―――どうだろう。これでも一応人間の範疇にはいると思ってんだけどな…

 ―――まあでも、これも万能ってわけじゃない。考えを読み取りにくい相手っているよな

 ―――ああ。たとえばテラとか

 ―――ローランみたいなぽややんなやつでもノイズがかかったみたいになってたからな

 ―――上位のステラなんかも試してみる価値がある

 ―――ダンジョン奥地のモンスターとかもな

 この能力も発現したばかりなので、いろいろと検証の真っ最中だった。

 ―――それにしても、キヨのやつ……

 ―――ああ、ほんとメンタル弱いよなあいつ……

 今日の帰り際、リカの姿を目にしたキヨがずずーんと沈み込んでいくのを、二人はリアルタイムで観測していた。ちなみに、シルバーも様子がおかしいことにはいち早く気づいていた。

 だが、キヨ自身が一人になりたがっていたということもあり、とりあえず今日のところはそっとしておこうという結論でまとまったのだった。

 ―――まああんまり甘やかすのもあいつのためになんねーしな

 ―――男なら自力でどうにかすんだろ。

 ―――なんたっていずれ主人公になる男だしな!

 くくっと含み笑いながら、最後の言葉は二人同時に心の中でハモらせる。

 そのとき、二人の意識に部屋の中から別の意識が流れ込んできた。

 シルバーだ。

『早くこっちに来いユエ可愛いシン綺麗だユエ抱きたいシン抱きしめたい触りたいユエキスしたい舐めたいキスしたいシン愛しているユエ愛してる愛してる愛してる』

 シルバーの心の中はいつも二人への想いで溢れいている。前から知ってはいたが、アビリティのせいで本当に奔流となって流れ込んできたその想いの量に、二人はいつでも圧倒された。

 グラスを置いて立ち上がると、二人は部屋の中に駆け込んだ。

「シルバー!」

「お待たせ!」

 ベッドにダイブすると、青白い肌をした二本の腕に柔らかく抱きとめられる。

 このアビリティのことを、二人は人に言うつもりはなかった。

 シルバーにだけはいずれ伝えるつもりだが、それはまたの機会。

 今はただ、胸を焦がすこの想いの嵐に身を委ねるのみ……。

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