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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 15. 袖すり合うも他生の縁

 ドーンは古い街だ。少しずつ街を大きくし、造成、再開発を繰り返してきたため思わぬところに思わぬ施設が置き去りにされているような箇所がある。

 ここもそんな場所だ。

 開発に取り残された建物と建物をつなぐ細い通路。高さは2.5階分くらいの高さがある。どちらの建物も空家なので、誰が通ることもない通路だった。

 キヨは誰も人のいない場所を探してさまよっている時にここを見つけた。以来、一人になりたい時の避難場所にしている。

 ローランも街のみんなも優しくしてくれる。キヨがひとりぼっちにならないように気遣い、気配りもしてくれる。

 それなのに一人になりたいなんて、贅沢だし恩知らずなんだろう。

 でも今は一人になりたかった。

 古ぼけた石造りの手すりに背中を預けて足を投げ出すと、キヨはひとり、物思いに沈んだ。

 この世界に来てからおよそ一ヶ月半。

 いろんなことがあったように思うのに、キヨ自身は何ひとつしていないような気がする。

 もう二度とあちらには帰れないんだろうかとか、ステラとしての将来への不安とか、ギルドの借金とか、会えないあの人への気持ちとか、存在すら覚えてもらえないやるせなさとか、開いていくばかりのあいつとの差とか。

 不安や焦燥はあるのに、なにかできている実感がひとつもない。

 キヨは己の両の手のひらを見つめた。右の手には剣ダコができていた。双子が訓練をつけてくれるようになってからできたものだ。あの三人が来て、あちらに帰るつもりはないと言うのを聞いてから、ようやくキヨにも少し覚悟ができてきた気がする。

 ひきこもっていた家から突然こんな場所に放り出されたことは、生まれてから一度も出たことのなかった巣穴から振り落とされたようなものだ。どうにかすればもう一度巣穴に戻れるんじゃないかと足掻いてみたが、さすがに無理くさいと諦めもついてきた。

 それに、キヨだってもう17だ。

 どっちにしたってあとほんの数年で巣穴を自力で飛び出さねばならなかったはずなのだ。

「男ってツライよなぁ………」

「なんだよまた黄昏てんのか兄ちゃん。隙だらけだぜ?」

 完全に無防備に呟いたところに突然声が降ってきて、キヨの体は本当に10センチくらい飛び上がった。

「ふぅおおぅ…っ!!!!」

 横から声をかけてきたのは、あのダンジョンでキヨの財布を盗んでいった赤茶色の髪の少女だった。確か名前は―――

「エリンダ?」

 キヨのおかしな叫び声にケタケタと笑い声を上げていたエリンダが、うん、と頷いた。

「あたしのとっときの場所に人がいるのが見えてさ、遠慮しとこうと思ったら兄ちゃんだったんで、つい声かけちった。悪かったな」

「いや! そういうことだったらこっちが遠慮すっぜ。俺はもうずいぶん長いことここ占領してたからさ」

 エリンダは腰を浮かせかけたキヨの隣にすとっと座り込むと、ぐいっとキヨのジャージをひっぱった。

「まあそう言うなって。袖触れ合うもナントカなんだろ?」

 エリンダの屈託のない顔を見下ろして、キヨは少しの間黙り込んだ。

 ―――こんな場所に一人で来といて、屈託ないもなにもあるもんか。

 それに、とっときの場所、ということはキヨと同じく何度もここにお世話になっているということだ。

 一人になりたいくせに人恋しいなんて、ほんとに複雑で贅沢者だ。

 キヨはもう一度どすんと尻を落とすと、両足を引き寄せて胡座をかいた。

「それを言うなら『袖すり合うも他生の縁』だぜ」

 キヨは苦笑いを浮かべて訂正した。キヨのせいで異世界に変なことわざが広まったら困る。

「意味はさ、現世で他人同士としてちょっとすれ違っただけだったとしても、前世や来世では家族や恋人みたいな縁の深い人だったかもしれない。だから無下にしないでおこう、とかそんな感じ」

 双子に教えてもらった豆知識である。日本のことわざをアメリカ人に教えてもらうとか、ほんとになんだかなーだが、異世界人のエリンダにはバレまい。

 エリンダは不思議そうな顔でキヨを見つめていたが、やがてふにゃあっと相好を崩した。

「それって…もしかしたら兄ちゃんとあたし、どっかの世界では家族だったかもってこと?」

 へにゃへにゃに崩れた笑っているんだか泣いているんだかわからない顔でエリンダが訊く。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、キヨは慌てて顔を正面に戻した。

「かも、な」

 エリンダはしばらくの間膝を抱えたまま黙っていた。やがて小さく鼻をすする音がしてから、

「そっか」

 と呟いた。

「そ、それはそうとお前、アレ、もうやってないだろうな」

 いたたまれなくなってしまったキヨが、ちょっと偉そうなフリをしてわざとらしく話題を変えると、エリンダはもう一度だけすんと鼻を鳴らしてから声のハリを取り戻した。

「やってねーってば。兄ちゃんみたいなムボービな奴見てっとちょっとばかし右手が疼くときもあるけどさ」

 甚だ危なっかしい発言ではあるが、キヨは信じることにした。

「そっか、約束したもんな」

「おおよ」

 ニカッと笑ってみせるエリンダにキヨもニカッと笑い返した。

「兄ちゃんとこは結局あの三人が入ったんだってな。どうだ? 借金返せそうか?」

「んー…、額が額だかんな~、まあ気長にやってくつもりだけど、でもあの三人のおかげで不可能ではなくなった気はするな。少なくとも俺が生きてるうちには返せそうな気がする。うん」

 もともとの金額もそうだが、ローランがぽやんとしているうちに恐ろしいまでに利子が膨れ上がっているのだ。

「そ、そっか。まあ頑張れよ」

「おう。そういうお前はどうなんだよ。俺んとこほどじゃないんだろうけど、貧乏そうなこと言ってたじゃねーか」

「あー…、あたしの場合は大したことねーよ。うちは攻略ギルドだしさ」

「へぇ! すごいじゃん。てことはお前、意外と強かったりすんのか?」

「なわけねーだろ! 一緒にLv20のジェノサイドテディにブルってたの忘れたのかよ」

「――あったね、そんなことも」

 キヨは遠い目をして呟く。

「あたしなんてギルドじゃ下っ端も下っ端、やらせてもらえるのはせいぜい死体漁りがいいとこさ」

 蓮っ葉な口でエリンダが吐き捨てた。キヨはぎゅっと眉をしかめる。

「それってスフィア回収のことだろ。必要なことじゃんか、そんなふうに言うなよ」

「それが事実だよ。あたしはご覧のとおりガタイも小さいし力もない。はしっこいのぐらいが取り柄の役立たずだ。上の連中からはそういう言い方されて、実際あたしは上級者たちのおこぼれを拾って食いつなぐしか能がない」

「………だったらさ、そんなふうに言うんだったらもっと別なギルドに行けばいいじゃんか。あ、ほら、郊外にある農場ギルド、あそこに行けば食うには困らないって聞いたぜ?」

「あそこはダメだ。実入りが少なすぎる。たとえノルマがきつくても、攻略ギルドにいた方がまだ稼ぎが大きいんだ。……うちはさ、大家族であたしは長女なんだ。こんなあたしでも、家にとっては稼ぎ頭ってわけ」

 少なからずキヨは驚いた。キヨから見たら、エリンダはまだ中学生くらいの子供にしか見えない。

 ―――こいつ、こんな小さいのに出稼ぎに来てたんだ…。

 キヨのイメージでは、攻略系のギルド員というのは一発当てたいとか名を挙げたいとか、そういう上を目指す連中の集まりだと思ってたのだが、内情はいろいろあるのかもしれない。

「ノルマがきついって…?」

「ある程度の稼ぎは当たり前ってギルドだからさ、最低限のノルマってのがあるんだよ。それもあたしにとっては結構きついんだ。だから前は足りない分を財布ちょろまかして補ったりしてた。…もちろん今はやってない! そこは信じていいぜ?」

「わかってる!」

 キヨはギュッと目を閉じた。

 ―――こいつだってこんなに必死で頑張ってんのに。俺ってやつは……!

 よく知りもしないでスリをやめろと言ったり。

 ―――いや、スリをやめさせたこと自体は良かったと思う。けど、俺はエリンダの個人的な事情とかそんな忖度なんて一切考えなくて、ただ単純にダメって言ってただけだ。

 いつだって自分のことしか考えられなくて。

 自分が一番不幸みたいな顔でひとりよがりにぼっち気取ってこんなとこで悩んだりとか。

 ―――男はツライよとか呟いてんのこいつに聞かれちゃったし……。

 恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。そうか、こういう時に人は穴に入りたくなるもんなんだ。

 キヨは閉じていた目を開いて、奥歯を一度ぐっと噛み締めてから口を開いた。

「エリンダ、お前はすごいよ。そんなにきつくっても、ちゃんと盗みはやめた。家族のために頑張ってる。スフィアの回収だって立派な仕事だ。俺は下手くそで、すぐにスフィアに傷を付けちまう。倒すのも下手だから、粉々に砕いちまうこともしょっちゅうだ。だからきれいにスフィアを拾えるやつを尊敬する。お前なんて、俺に比べりゃずっと上等だ。俺は何の役にも…誰の役にも立ててないんだからな」

「兄ちゃん……」

「俺さ、最近あの双子に稽古つけてもらってんだ。で、ようやくどうにかモンスターとも一人で向き合えるようになってきた。スフィアの回収もさ、前は全然いい加減で、傷がついても砕けても俺なんてどうせこんなもんだとか気にもしなかった。クズ石の値段なんてたかが知れてるだろ? でも俺にはそういうのが似つかわしいとか変に斜めに構えててさ。ほんとカッコ悪いよな、俺」

「バッカだなァ、もう」

 赤茶色の髪を揺らして、少女は笑い出した。

「…エリンダ?」

「ダメ自慢とかなにやってんだあたしら」

 エリンダはおかしくて仕方がないというように笑う。少し空気が抜けたようなその笑い声が気の抜けたコーラみたいで、キヨの肩からも力が抜けた。

「それに、兄ちゃん慰めんのも励ますのも下っ手くそだなぁ」

 笑いの発作を収めると、エリンダはちょっといたずらめいた目つきをしてキヨを見た。目尻に笑いすぎた涙が残っているのが見えた。

「いいか兄ちゃん、よく聞けよ?」

 そんな前置きをして、少女は言った。

「兄ちゃんは誰の役にも立ってないなんて言うけど、兄ちゃんはあたしに盗みをやめさせたんだぜ? あたしの命を救って、あたしに約束をさせた。これってあたしにとっては結構すごいことなんだぜ? わかってるか?」

 ちゃんと役に立った、自信を持て、と。

 そう少女が言ってくれたのがわかった。

 褒めたから褒め返すとか、そういうことじゃなくて。

 キヨの行いがエリンダを動かし、それによってキヨ自身が救われる、これはそういうことなのだ。

『袖すり合うも他生の縁』という言葉がすとんとキヨの胸に届いた。

 ―――ああ、そうか。これってこういうことなんだ。

 さっきエリンダがふにゃっとなったのがやっと腑に落ちた。

 思わずキヨの顔もへにゃへにゃになりそうになるのを、男の意地でぐっと堪える。堪えてキヨは、言った。

「よし! エリンダ! 今日からお前は俺の妹だ。今度すっげー美味いもん作る予定だから、そしたらお前に一番に飲ませてやるからな!」

 どんと胸を叩いて頼りになるお兄ちゃんアピール。

 しかしなぜかエリンダはまずいものでも口に入れたような顔で「え~」と返した。

「兄ちゃんが兄ちゃんとかどんな罰ゲームだよ~。あ、でもその美味いもんはありがたくもらっとくぜ」

 ―――なにそれそっちの方がどういう罰ゲーム!! もう台無しィいいい!!!!

 内心の叫びは高らかに響き渡ったが、不思議とキヨの心は軽くなっていた。この通路に足を踏み入れたときとはそれはもう雲泥の差。

 今度の約束はキヨが守ろうと決意する。美味しいコーラやチョコレートができたら、いの一番にエリンダに食わせてやる。新しい決意は、シュワシュワはじける炭酸のようにキヨの胸を爽快にしてくれた。

 キヨはエリンダと顔を見合わせて我慢できずに吹き出した。

 誰もいない、誰も通ることのない忘れ去られた場所で、二人はしばらく笑い転げるのだった。


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