第一章 14. 異世界に足りないもの
それから一行は大通りの大衆レストランで昼を食べた。キヨもすでにメニューの文字くらいなら読める。ちなみに双子は既に公用文字はマスターし、今はローランにテラの文字を習っているらしい。シルバーもキヨと同レベルくらいまでにはなったと聞く。
「お前らってどんなチート技使ってんだよ」
頼んだ料理を頬張りながらキヨがむくれ顔で文句を言う。ロコモコに似た料理で、最近のキヨのお気に入りだった。ワンプレートでボリューム満点なので昼に食べるにはもってこいなのだ。
「あ? チート技ってどんな技だ?」
真顔で訊ね返され、キヨはハァーっっと大きなため息をついて説明する羽目になった。
「主にゲーム用語。不正ツールとか使ってズルっこすること!」
つまりは単なるキヨの言いがかりである。性能差のありすぎる双子に物申したかっただけだ。
だが双子は互いに顔を見合わせただけで、何も言わずに小さく肩をすくめた。
それからしばらくは食べに専念して、目の前の皿に集中する。食後のフレッシュジュースを飲む段になって双子が口を開いた。
「なあキヨ、この世界には圧倒的に足りない物があると思うんだ」
「やぶからぼうだな。なんだよ圧倒的に足りない物って」
キヨがジュースのグラス片手に話に乗ってやると、双子は身振り手振り付きで語りだした。
「聞いた話じゃドーンは森のダンジョンを抱えてることもあって食料にはかなり恵まれてるらしいんだよな」
「郊外には農場ギルドもあるっていうしな」
「街ん中にはレストランはあるし酒場もある、軽食の屋台なんかもよく出てるし野菜ジュースやフルーツジュースも売店で売ってる。食うには困らんしあっちの飽食に慣れてる俺たちから見てもかなり充実してるとは思う」
「だけど、ちょっとお茶する店ってのがない」
「喫茶店もなけりゃカフェもない。ついでに言うとケーキ屋もない。菓子類は焼き菓子がパン屋の片隅に置かれてるくらいだ」
なるほど、確かに双子の言うようにあっちには腐るほどあるそれらが全く見受けられない。ローランが淹れてくれるお茶も専らハーブティーで、いわゆる茶葉を使ったお茶やコーヒーは見たことがなかった。
「つまり? お前らが言う圧倒的に足りないものってのはお茶とかコーヒーとかケーキとかの嗜好品てこと?」
「まあケーキはまた別としてだ。俺たちが求めているのは紅茶、コーヒー、あとコーラ!――――つまりカフェインだよ」
「この世界には、圧倒的にカフェインが足りないんだ!」
双子はやけに熱の入った調子で力説する。
「カフェイン漬けの現代人なめんなよ。こんなノンカフェイン生活なんてこれまで地球Bでしかしてこなかったっつーの」
「あー。カフェインはともかく確かにコーラはいいな。俺も飲みたいけど、あれって化学合成物質の塊みたいに思えるんだけどこっちでも作れんの?」
「バカ言え。最初に発明されたコーラは天然素材だけで作られてたんだぜ。ついでに言えば薬として薬剤師が発明したんだ」
「いわば薬舗であるローランギルドで売り出すためにあるような飲み物だ」
「お、マジで! うちで作んの?」
いつでもコーラが飲み放題というのは悪くない。期待を込めて見つめるキヨである。
「んーそのへんは材料入手とローラン次第かな。あと他に売り出すならチョコレートとか甘いもの系もどうかなと思ってる」
「ああ、チョコ好きな女って多いよな。目の色変えて飛びつきそうではある。そういやチョコもカフェイン入ってんだっけ?」
―――確か動物に食べさせると中毒で死ぬとか聞いたことあるなぁ。
キヨがそんなことを思い出していると、双子が頷いて答えた。
「ああ。チョコレートは刺激物だからな。初期のコーラにはコカが使われてたりもしたし、刺激的な食べ物ってのは人を熱狂させるのかもな」
確かに、薬屋で売るならただ美味いだけのものより、ちょっとくらい刺激的な方が受けるかも知れない。
「コカ? もしかしてコカ・コーラのコカ?」
キヨの脳裏には、今度はお馴染みの赤いロゴマークが浮かんできた。
「そう。そしてコカインのコカさ」
「………はぇ!?」
―――えええええ!? コココココカインてあの!? 末端価格ン千万とかニュースを賑わしちゃうあれ!?
「なんだキヨ知らなかったのか。有名な話だぜ? って言っても、コカインとして精製する前のコカには大した効果はない。お茶にして飲むくらいなら今でも普通にされてるしな」
「…へ、へぇ~。それ、入れるのか?」
ここで作るときにもコカを使うのかという意味だ。
「初期の、って言っただろ。今は入ってないし、材料探しが面倒になるだけでメリットはない。それよりキモのコーラの実を見つける方が骨が折れそうだし問題だ」
キヨの内心の危惧をあっさり退けた双子は、心配事はそこではないとばかりに嘆息した。
「ローランもコーラらしきものの存在は知らないみたいだったしな。チョコレートは知ってたけど」
「え、こっちにもチョコってあんの? 俺見たことないけど」
食料品の買い出しにはキヨもしょっちゅう行くし、ローランが菓子作りが好きなので菓子の材料にもそこそこ詳しくなった。が、店でチョコらしきものを見かけたことはないと思う。
「これもゴムと同じだ。王侯貴族や金持ちの嗜好品だな。それもかなり貴重な部類の。お前みたいな貧乏人が拝めるような代物じゃない」
双子の回答は簡潔だった。
―――くそう、またしても貧乏の壁か……。
「地球のチョコレートの歴史では長い間チョコレートは飲み物としてしか利用されてこなかった。カカオの成分を分離する発明のあと、チョコは飛躍的な進歩を遂げて現在のような姿になったんだ」
「こっちのチョコは、その進歩する以前の飲み物の状態のものしかない。つけいる隙があるとすればそのあたりかな?」
「へぇ~お前らはその分離方法っての知ってるのか?」
「いや、知らない」
二人はそろって首を横に振った。
「なんだよ使えねーな。今こそチートの出番じゃねーか」
自分のことは棚に上げ、キヨが偉そうに先輩風を吹かすと、双子は怒りもせずに思案顔で続けた。
「それについてはちょっと考えてることもあるんだが…。まあそれはおいおいな」
「どっちにしろ原料の確保ができてからの話だ」
「今すぐってわけにはいかないから、またいずれな」
この二人と話していると、途方もないような話も案外簡単にできてしまうような気になってくる。一人でいた頃には考えられなかったことだ。
キヨは今日聞いた様々なこと、それからこれからのことに思い巡らせてワクワクした気持ちになった。
「まあでも、金属技術より着るものだの食い物だのの方が考えてても楽しいだろ」
「それには激同!」
キヨがニカッと笑って答えると、双子は寸分たがわぬ仕草で顔を振り向けてきた。
「「はげどう??」」
その恐怖映画に出てくるようなシンクロした動きに一瞬ビビりながら、キヨは答えた。
「激しく同意ってこと!」
「あー腹いっぱい!」
昼下がりの大通りに出ると、まだまだ日の高い通りにはたくさんの人が行き交っていた。
「俺もさぁ、売り込みアイデアいろいろ考えてたんだぜ? 鉄道とか、自転車とか、あと花火とかどうだ?」
双子の話を聞いて、キヨもあればいいな~と思うものを漠然とながら考えていて思いついたものだ。
一応、キヨもヴェイグラントの端くれとして、役に立ちたい気持ちはあるのだ。ただ技術もなければ原理も知らないのでこれまで積極的になれなかっただけで。
「いいんじゃないか? 原理も大体分かるぜ?」
「お、マジで!?」
まさかこんなにあっさり賛同を得られると思っていなかったのでびっくりするキヨだった。
「もちろんいろいろ問題点はあるけどな。キヨが本気で売り込む気があるなら話を詰めよう」
「オッケーオッケー! まあ鉄道とかは本気っつーには規模がでかすぎるかなーっては思ってるけど。まずは自転車とかからトライしてみようぜ!」
―――絶対ダメ出しされると思ってたのに。言ってみるもんだな~。
鼻歌交じり、上機嫌で歩いていると、少し行ったところで人だかりに出くわした。なにかのパレード見物でもしているかのような人垣ができている。
「どうしたんだ?」
手近なところにいた親子連れに双子の一人が声をかけると、父親に肩車されていた男の子がシルバーを見上げてぽかんと口を開けた。父親の方は声をかけてきた双子を見て、こっちはこっちでびっくりしている。
「あんたたちは噂のストレンジャーかい?」
たっぷり数秒たった後、父親の方が目を白黒させながら訊き返してきた。
「そうだ。何を見ているんだ?」
見たところダンジョン探索チームのような装いの集団が歩いているだけのようだった。この街ではそれほど珍しい眺めでもない気がするが…。
「あれだよ、ジオギルドがダンジョン攻略に向かうのさ」
「……!」
驚いて、キヨはもう一度その集団に目をやった。すでに先頭の方はだいぶ先まで行ってしまっていてもう見えなかった。おそらくキャセラは先頭か、それに近い位置にいただろう。
「へぇ、こんな時間からダンジョンに入るのか」
「なんでも最初の野営地まで行くのにちょうどいい時間なんだそうだよ」
「なるほど、今から出るとちょうどそこで夜を迎えるってわけか」
「で、明日早くから本格的な探索を開始できるってわけだな」
「そうそう、さすがあんたたちはわかってるねぇ。そういやあんたたちジオギルドに誘われてたっていうじゃないか、どうしてその話を断っちまったんだい?」
「ああ、それはさ…」
双子と父親の会話が耳を上滑りしていく。
キヨは数十人にはなるその集団の中にリカの姿を見つけてしまった。
大きなバックパックを背負っているので、恐らくは装備運搬要員としての参加だ。だがジオギルドの攻略遠征といったら、Lv帯で言えば軽く50は超えるはずだ。
―――つまり、リカはもうそこまで行けるってことなんだ…。
物理的な距離にしたらほんの数十メートル。しかしなんと差を開けられてしまったことだろう。スタート地点は一緒だったはずなのに。少なくとも、キヨは同じだと思っていたのに…。
リカは前だけを向いていて、こちらには気付かなかった。見物人たちの応援やらやっかみやらなど、歯牙にもかけていない顔だった。
「……ぃキヨ」
「おい! キヨ!」
突然耳の中に双子の声が響いてきてキヨは文字通り飛び上がった。
「おおう! な、なに!?」
「何度も呼んだろ? これからどうするかって話」
気づけば親子連れはもういなかった。それどころか、ジオギルドの行列も見物人もいない。
「あ、ああ」
「新しい武器の試し切りにでも行くか?」
キヨの様子に気づいていないらしい双子が、キヨが持つ買い物の荷物を目で示しながらにやりと笑った。
「いや、他の荷物もあるし今日はこのまままっすぐギルドに帰るよ」
ひきつりそうになる頬を意地で引き上げて、キヨはにこっと笑顔を作った。
「そうか? じゃあ今日はこのまま解散するか」
「お疲れキヨ、また明日な」
「おう、また明日」
キヨが手を振ると、最後にシルバーが手を上げた。
「キヨ、また」
背を向けた三人が並んで歩いていくのを、キヨはなんとなくしばらく眺めていた。たいして行かないうちに、60センチの身長差が面倒になったのか、シルバーが二人を両腕に抱き上げた。前を見る必要のなくなった双子はシルバーだけを見つめて話す。きっとシルバーの頬も楽しげに緩んでいることだろう。
そこまで想像して、キヨはくるりと背中を向けた。